海外情報-アジア太平洋障害者の新十年の最終年を迎えて

「新ノーマライゼーション」2022年4月号

国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)社会問題担当課
秋山愛子(あきやまあいこ)

はじめに

ESCAPは58の加盟政府によって成り立つアジア太平洋地域をカバーしている。ラテンアメリカやアフリカなど他の地域に比べてユニークなのは、1993年から今年まで、アジア太平洋障害者十年という取り組みが3回にわたり連綿と続けられてきたことだ。この取り組みは今年終了する。今年後半には政府や市民団体の取り組み、障害者の社会経済参画の実態、今後の課題などが整理される。結果の共有は来年に譲るとして、ESCAPで障害の仕事に20年関わってきた私個人の意見を共有してみたい。

厳然としてある格差

障害のある人とない人の生活実態の格差は依然としてある。一方、差別禁止の法制度の拡大、典型的に障害に関係あると思われている福祉・アクセシビリティ以外の領域の法制度に障害や障害の視点を反映させる障害メインストリーミング化、経済・企業アプローチが改善されてきている。

世界的には障害のある人の雇用率は障害のない人に比べて24%低い。アジア太平洋地域で10か国のデータがあるが、それによると雇用率の差が半分以下である1。また、障害者は障害のない人より非正規の仕事につく割合が多い2。小学校の卒業率も障害のない児童は82%であるのに対して、障害児の場合32%というデータもある。高校卒業率は障害のない人は34%であるのに対して、障害者の場合平均14%。これらの格差が30年前に比べて改善されたのかどうかはまだデータが出てこないのでわからないが、むしろ、コロナでその格差はますます広がったかもしれない。実態と理想はまだまだかけ離れている。

差別禁止の法制の拡大

障害者に対して差別を禁止する法整備がされている国は15年くらい前までは、オーストラリアやニュージーランド、香港特別行政区など少数であったが、障害者権利条約発効以降、さまざまな国でもみられる。例えばインドの障害者法は差別禁止を基軸にし、法の義務を遵守しなければ罰金が課される他、公的な場で障害者に屈辱を与える言動を意図的に起こしたものは最大で5年の禁固刑に処される3。フィジーの憲法は、障害を含む個人を取り巻く状況や現実、そのようにみなされるものに基づいて直接的にも間接的にも差別すべきではないと明記している4

伝統的「障害」領域以外の障害メインストリーミング化

障害に関わる政策といえば福祉、アクセシビリティという既成概念があるが、それ以外の領域に障害の視点を反映させる動きも出てきた。タイでは中央政府の公共調達入札プロセスを変更し、業者が国のアクセス基準にあった製品やサービスを作れる証明を提供することを入札条件にする制度設計が進んでいる。オーストラリアでは、各州の警察、日本でいえば県警の障害インクルージョンプラン作成・実現が義務付けられている。ビクトリア州では「ビクトリア警察アクセシビリティアクションプラン」がウェブでも公開され、当事者やその他の市民団体、他省庁のネットワークも巻き込みながら、警察のユニバーサルデザイン化、障害者と警察官のコミュニケーション向上、障害者雇用の実現に取り組んでいる5

経済・企業アプローチの台頭

障害の視点を政策に反映するのは経済的利益になるという言説も多くなってきた。コストの削減とマーケット拡大、新たな労働力の確保、イノベーションの源泉という4つの視点だ。

例えばオーストラリアでは、公共住宅をユニバーサルデザインにすれば、高齢者のけがを防ぎ、移動が楽になるので老人保健施設や特別養護老人ホームや入院費など、国の予算を年間4,800万米ドル節約できるという。また、観光業において、2017年には、380万人の障害者が一泊以上の旅行にでかけ、その年の観光客の17%を占めることがわかった。バングラデシュでは、障害者が労働市場に参画しないことで年間8億9,100万米ドルを損失しているに等しいという調査結果も出ている。障害者自身が起業家になることで、これまでにない新たな商品やサービスが市場に導入されるのではないかという期待も高まっている。これ以外に、世界経済フォーラムと密接な関係にある「価値ある500社」プロジェクトは、アジア太平洋の多くの企業を含めた500社近くが登録し、企業活動の核となる部分に障害の視点を取り入れようと発信している。アメリカでは、投資の格付けに、ウェブサイトがアクセシブルであることや企業内のバリアフリーなどの「障害インクルージョン評価基準」を導入した障害者の投資家もいる。

世界障害インクルージョンインデックスを

ESCAPでは、障害者の経済・社会参画実態を示すデータを集めるよう訴え続けてきた。その結果は、冒頭に述べたように、今年後半を待つわけだ。現実には、障害者の人口を数える努力は進んでいるが、その他のデータとなると大きく優先順位が下がる。この順位を上げるには、先にあげた障害インクルージョンの経済利益的側面を強調することも大事かもしれない。

また、側面的貢献ができるのではないかとささやかに期待しているのが、SDGs実践に関する国連加盟国の報告努力義務だ。これまで世界各国が毎年か断続的に報告してきたが、ESCAP域内では44か国がすでに提出しており、そのすべてが障害について言及している。その内容の濃淡について現在ESCAPで調査中だが、障害について中身の濃い報告が出されることを望んでいる。そして、ジェンダーギャップ指数ならぬ障害ギャップ指数が世界的に信用ある指数として使われるようになってほしいと思う。

統計 1993 2003 2013 2021
人口(人) 3,224,356 3,886,842 4,325,802 4,687,005
国連が主張する
障害者人口比率
10% 15% 15%
平均寿命 男性:65
女性:67
66
70
69.5
73.3
71.7
76.2
高齢者率 8%>60歳以上 6%>65歳以上 8%>65歳以上 14.3%>60歳以上
9.5%>65歳以上
1.7%>80歳以上

人口動態を把握したうえでのアドボカシー

表に示されているように、ESCAP域内の高齢化は30年前に比べると進んでいる。現在、世界保健機関(WHO)は、どの国でも人口の15%は何らかの障害をもっていると伝えているが、その割合は2003年には10%だった。背景にはさまざまな要因があるが、高齢化はその一つだ。男女の寿命は延び、高齢者人口率(60歳以上)も1993年(8%)に比べると2021年(14.3%)は増えている。また、2050年までにはアジア太平洋地域の4人に一人が60歳以上になると推定されている。一般に60歳以上の高齢者の最低46%は何らかの障害をもっているというデータもあることから、障害はより社会の当たり前の事実になっていくことが予想される。ならば、このような人口動態を視野に入れた政策提言が必要になってくると思われる。社会福祉領域やアクセシビリティに関してだけでなく、防災、公共調達、起業支援、スマート・シティ、イノベーションなどさまざまな領域が考えられる。

意味ある当事者参画の充実

障害当事者が意思決定に参加すべきということは30年前から言われ続けていることである。この間、私もESCAP域内でさまざまな障害者が国の諮問委員会的なところに参画するのを見てきた。また、障害者が個人的に行政や議員個人と関係をつくり、実質的にいろいろな場面で、政策に影響も与えている。一方、行政が当事者参画という時、イベントやワークショップで当事者に意見を聞き、障害の社会モデルや平等について見識を得る機会を、当事者参画と認識する場合も多い。もちろんそれも悪くないが、個別具体的に政策を改正したり、政策策定の際にパートナーとして一緒に参画していくことが望まれる。

最後に

2019年、国連事務総長が「国連障害者インクルージョン戦略」を発表し、全世界の国連機関が、普段、障害に関係ない仕事をしていても、障害者を雇用する、施設や情報をバリアフリー化する、事業に障害の視点を導入する努力義務が課された。このため、30年前はアジア太平洋で障害のことを行っているのはESCAPくらいであったかもしれないが、今では国や域内の小地域など多くの機関が実施するようになった。これからのアジア太平洋の取り組みもこの動きを視野に入れながら、障害当事者、政府、そして企業などと一緒につくっていきたいと思っている。


1 https://www.unescap.org/sites/default/d8files/knowledge-products/DAG2021-Final.pdf

2 Sophie Mitra and Jaclyn Yap, The Disability Data Report 2021 (New York, 2021).

3 https://www.unescap.org/sites/default/d8files/knowledge-products/SDD-DAG-2019.pdf

4 https://www.laws.gov.fj/ResourceFile/Get/?fileName=2013%20Constitution%20of%20Fiji%20(English).pdf 26条3項

5 https://www.police.vic.gov.au/sites/default/files/2021-06/Accessibility%20Action%20Plan%2021-23.pdf

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