東南アジアにおける農林水産業と障害者が持つ暗黙知の実際

法政大学現代福祉学部教授 佐野竜平

東南アジアの開発途上国や中進国には、農林水産業について長い歴史があります。日本でおなじみの食材が東南アジア発であることもしばしばです。今日インターネット利用やスマートフォンの普及に加えてコロナ禍があり、食の安全や衛生面への意識が大きく向上しています。グローバル化の進行とともに生活スタイルが大きく変化していると同時に、農林水産業の技術やインフラ整備などには課題が残っています。

東南アジアの障害者に関する福祉分野と農林水産業の関係はどうでしょうか。障害への理解が少しずつ進んでいますが、福祉施策は国によって大きく違っています。農林水産業における障害者の就労となると、その支援策が十分に広がっているとは言えません。

日本では、障害者等が農業・水産業・林業分野において自信や生きがいを持って社会参画を実現していく「農福連携」「水福連携」「林福連携」が注目されています。一方、福祉施策が未成熟な東南アジアの一部の国では、障害者の暗黙知が農林水産業に従事する切り口の1つになると考えています。マニュアルには書かれていない独自の工夫であり、自身の経験に基づき積み上げてきた知識を駆使しています。何とか生計を立てようという現場には大きな魅力があります。本稿では、2022年2月25日(金)に開催された第10回「リハ協カフェ」で紹介した事例を含め、暗黙知に溢れる実践的な現場について概要を紹介します。

事例① 改良した三輪バイクで養鶏場を営むAさん:ミャンマー

Aさんは幼少の頃、木から落ちて脊髄を損傷し、両足が麻痺しました。その後仏教の教えを通じて困難を克服し、農業に関わることになりました。ランブータンなどの果物栽培から始めましたが、Aさんの直感でミャンマーで人気の嗜好品であるキンマの葉の生産にシフトしていきました。こうした地道な取り組みで得た貯蓄を採卵のための養鶏場整備に投資し、やがて流通市場に卵を出せるようになりました。

その養鶏場内では、自ら水やり・餌やりにも関われるようにシステムを改良しました。また、農村部ではでこぼこがあったり泥濘んでいるなど道路が整備されていないため、オートバイを三輪車に改造し、いわゆる三輪の「あそびの部分」をうまく活用できるように自助具を開発しました。「地上から5cmの高さに三輪を調整する」のがコツで、それ以上でもそれ以下でもバランスが取れずにいるということです。こうしてわずかな追加料金で顧客に卵を簡単に届けられるようになりました。

事例② プラスチックの椅子を義足代わりにして働くBさん:ベトナム

Bさんは、20年以上前に血液の感染症で両足を切断しました。日常の作業は4脚の小さなプラスチック椅子で行い、農場の外の移動は三輪車で行っています。鳩用ケージは、2つの小さな椅子に座ったままでも、最も高い位置から完全にアクセスできるように工夫して作られています。鳩は生後1カ月でレストランに売られるか、生後5〜6カ月で繁殖用として売られるかのどちらかです。Bさんは協同組合の組合員で、鳩の飼育の管理から日々の世話まで指導を受けました。

鳩は鶏に比べて病気になりにくく、障害者が参画しやすいとBさんは言います。最も収益性の高いビジネスの1つであり、鳩の飼育は今後も続いていくことが見込まれています。

事例③ 自ら畑を管理しつつ、農業資材・園芸用品の販売も行うCさん:タイ

感染症で失明したCさんは、農村部のコミュニティで必要とされる肥料、農薬、種子、農機具などの農業資材・園芸用品の販売をしています。コミュニティの仲間から得られるインフォーマルな情報を活用し、農産物市場の状況を踏まえたビジネスを行っています。Cさんは農作物需要や予測される天候に応じて作付けする作物を決定しています。Cさんの周りには、自らの視覚障害に優しいオリジナルの時計や計算機などの装置、ラベルを貼るための点字機などの支援機器が多々あります。

Cさんによって管理されている5ヘクタール以上ある土地では、バナナやライチなどの果樹を栽培しています。整枝や剪定にできるだけ自ら関わり、果物に直接触ることができる高さにしておくことが大切とCさんは実体験で学びました。果実の完熟度と収穫時期を見極め、販売価格を最大化する「勘」を身につけており、近所の人たちにも頼りにされています。また、木の葉や樹皮を触って果樹の健康状態を確認することもあります。

事例④ アートとデザインで自ら経営者になったDさん:ベトナム

Dさんは幼い頃に患った小児麻痺の影響で、大学時代に獣医学を専攻したものの就労の場に苦慮していました。絹織物業を営み蚕を飼育している父親の影響を受け、蝶の方が管理しやすいと考えたのが自らの諸活動のきっかけとなりました。

その後、自分の障害を考慮しつつ、自宅の庭で蝶を捕まえ、プラスチックの容器で育て始めました。プラスチックは安かったのですが、すぐに割れてしまうので、独自に安全な囲いを作っていきました。今ではビジネスの経営者として、5人の障害のない従業員とともに蝶のアートや手芸に取り組んでいます。

この活動のユニークな点は、創造性と付加価値の高い製品、そして極めて低い生産コストにあります。また、友人や家族、地元の学校や大学の先生など、地域の人びととのネットワークを通じたマーケティングが功を奏しました。メディアで取り上げられることが多くなり、ビジネスの土台が固まっていきました。

事例⑤ 海外へ輸出される製品の生産に従事するEさん:フィリピン

当初4名でスタートした釣り用具の生産会社にEさんは勤務しています。現在はEさんら聴覚障害者5人を含む40名近くの障害者が雇用されています。工場で働く従業員は全員女性で、手話でコミュニケーションをとっています。Eさんたちには1日に20個から200個程度、デザインの複雑さに応じて釣り用具を生産するノルマがあります。集中力を要する作業である一方で、フレックスタイム制(6時〜22時)が導入されており、労働者が希望すれば副収入を得られるようになっています。障害のある従業員の私生活をより充実させようという会社の方針が、より働きやすい環境を生み出しました。

その後、国際市場にも流通する釣り用具を生産するようになりました。米国の販売会社と契約を結び、輸出されています。利益の一部はフィリピン国内の障害者が通う学校の支援に充てられています。

事例⑥ コミュニティ内で調達した補助具を駆使するFさん:ベトナム

Fさんは幼少期に事故により、下半身に障害のある人生を送ることになりました。かつて床を這って移動するしかなかったFさんの中で、「移動するための道具を作り出したい」という思いが強くなっていきました。しかし、多くの障害者が使っている松葉杖や車椅子では、Fさんのニーズを満たすことはできません。そこでFさんは、地元の大工さんに頼んで、簡単に素早く前進・後退ができる、自分だけの「木製支え棒」を作ってもらいました。移動に工夫ができるようになったFさんは、養豚場を管理できるようになりました。豚は病気になりやすく、その健康を守ることが最大の関心事です。そのため、豚舎の掃除、世話、薬の管理、食事の手配など、日々の作業を丹念にこなしています。豚は需要に応じて業者に販売するなど、生産管理から営業・販売まですべての業務を一人でこなしています。ビジネスを広げる上でリスクマネジメントの観点から、現在は鳩の飼育も行っています。
 

事例① 事例② 事例③ 事例④ 事例⑤ 事例⑥

これらの事例に共通しているのは、それぞれの環境に照らした創意工夫があることです。福祉施策はなくても、生計を立てる一助となるべく障害者が持つユニークな暗黙知が表出しています。サプライチェーンの透明化を求める傾向にある中、東南アジアの農林水産業における障害者の暗黙知には、持続可能な開発のヒントが詰まっています。

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