CBRからCBIDへの変遷と事例紹介

日本障害者リハビリテーション協会 上野悦子

はじめに

2月25日に、リハ協カフェで表題について発表したのでその概要を紹介します。ひとつはCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)からCBID(地域に根ざしたインクルーシブ開発)への流れ、もうひとつは、CBIDの事例として日本、タイ、ベトナムの実践の紹介です。実践例は、2021年11月6日に当協会主催の国際シンポジウムでの発表をもとに、CBRマトリックスを使用してみえたことを紹介します。

CBRからCBIDへ

CBRはWHOにより1980年代から途上国の障害のある人と家族の生活の質の向上のために取り組まれてきました。CBRの定義はCBR合同政策方針(WHO、ILO、UNESCO、1994)により「リハビリテーション、機会均等、ソーシャル・インクルージョン(社会的統合)のため総合的な地域開発の中の一つの戦略」であるとされ、障害者自身とその家族、地域社会とかかわる人たちがいっしょになって取り組むことと示されました。合同政策方針の改訂版(2004年)では、障害のある人と地域住民の参加が概念に加わり、さらに2010年にはCBRガイドライン(WHO、ILO、UNESCO等)が発表され、CBRはCBIDを目指すという考え方が示されました。CBIDとは、障害のある人を含む脆弱な状況におかれた人たちが地域の開発の計画や実施に参加できるようにように本人が強められ、地域の理解も進むような変化を起こすことで、すべての人の社会へのインクルージョンが実現することを意味しています。またCBRガイドラインの議論の過程で作られたCBRマトリックスは、個人や組織、地域のおかれた状況把握および変化をみるツールとして使われます。

事例紹介

ひとつめは日本での医療が基本となる活動で、報告者は滋賀県東近江市永源寺地域で永源寺クリニックの院長をしている医師の花戸貴司さんです。永源寺クリニックのある東近江圏域(近江八幡市、東近江市、蒲生郡(日野町、竜王町)の2市2町)は滋賀県のほぼ中央にあり琵琶湖の東側に位置しています。東近江圏域の人口は22.8万人、高齢化率は26.9%。永源寺地域の人口は約5,000人、高齢化率は37%。花戸さんは平成12年から永源寺クリニックの所長に就任され、地域での医療に携わっています。東近江圏域では、多職種連携会議「三方よし研究会」が開催され、様々な立場の関係者との連携がはかられてきました。三方よし、というのは、この地域で活躍した近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」という精神で、花戸さんが「三方よし精神は家訓です」と発表で言われたように今でも地域に根付いた考え方のようです。患者さんが病気になり医療施設から専門職による支援を経て、病気や後遺症をかかえて家に戻ったときに地域で安心して暮らせるよう、地域住民たちがささえ合うしくみである、NPOチーム永源寺を立ち上げました。

チーム永源寺が開催する研究会には患者さん本人、家族を含めて約30の立場や職種の人たちが集まります。参加しているのは福祉や医療の専門職だけではなく薬屋さん、おまわりさん、消防士さんなども含まれ、普段から顔の見える関係づくりが行われ、誰もが親しめる演劇も行って、地域の様々な課題を共有しています

永源寺での活動をCBRマトリックスでみてみると、基本となる活動は医療や保健領域で、それ以外に、学校医、スポーツ、レクリエーション、演劇を含む文化活動、さらにコミュニティの資源を動員することまで広がっていることがわかります。

CBRマトリックス 東近江市永源寺

2つめはタイでの子どもの教育を中心とする活動で、報告者は「希望の家」財団代表のラオン・マニタームさんおよび理事のソムチャイ・ランシップさんです。タイ東北部ブリーラム県(人口1,561,000人)にあるロン郡(人口113,864人)では、小学校の教員グループが18才以下の弱い立場の子どもたちのための支援を1994年に開始し、子どもの支援のためのホームを作りました。「希望の家」財団は2008年に登録され、2019年に事業評価を行い、ホーム自体はよい評価を得ましたが、周辺の地域にはホームや行政の支援を受けられない障害のある子どもたちが多く住んでいることに気づき、ニーズ調査を行った結果、ホームを閉じて地域に暮らす障害のある子どもたちのための支援をはじめるよう方向転換をしました。そして地域住民も少しづつ参加するようになりました。「希望の家」財団はリハビリテーションの提供や、農園をもち有機野菜、有機米、サボテン栽培、なまずの養殖などをとおして収入創出活動も行っています。また閉じたホームは新型コロナウィルス感染者のための隔離施設としても使われるようになりました。

「希望の家」財団の活動をCBRマトリックスでみてみると、基本的には教育からはじまり、医療、生計の諸活動や社会活動にも広がり、コミュニティの資源動員まで実現していることがわかります。

CBRマトリックス タイ「希望の家」財団

3つめはベトナムのハノイにある障害者団体が主体となる活動で、報告者はDPハノイの副代表ドゥー・ティ・フーイエンさんおよび理事のソムチャイ・ランシップさんです。ベトナムの人口は9,762万人、ハノイの人口は約800万人、障害者は約10万人と言われています。DPハノイは2006年に設立され、48の傘下団体をもち、能力開発、職業訓練と雇用、インクルーシブ教育等の活動をしています。障害のある人にスポーツは必要と認識していますが、偏見や差別があり、またアクセシビリティが整っていないため一般の人が利用するスポーツセンターを利用することが難しいという課題がありました。そのことを受けて、DPハノイは小学校の敷地を借りてスポーツジムを設立し、地区レベルでパイロットプロジェクトとして障害のある人のためのスポーツを開始しました。約30人の障害のある人と家族が卓球、バドミントン、将棋、ヨガなどを楽しむようになりました。

成果としては、障害のある人たちの体力が向上し自己肯定感がついたこと、スポーツには学校の教員や地域住民も参加するようになり、スポーツ大会を開催して地域の人たちとの交流がすすんだことなどがあげられます。また自治体のサポートもあり、今後も障害のある人のスポーツを続けたい、という希望があります。

CBRマトリックスで活動をみてみると、基本的な活動はマトリックスのエンパワメントにある障害者団体で、そこが主体となってスポーツの機会を提供し、障害のある人の健康増進がすすみ、自信がついたことでスポーツ・レクリエーション以外にもコミュニケーションの向上やコミュニティの資源動員まで広がりがみられます。

CBRマトリックス ベトナムDPハノイ

写真はDPハノイのスポーツの様子

ヨガのクラス

3つの事例を、CBRの持続性の要因である、リーダーシップ、連携、地域住民の主体的参加、地域資源の活用などの項目に沿ってみてみると、程度の違いはあっても実現されていることがわかります。事例の人たちはそれぞれ国や地域の特徴が異なるため、三者間の比較はしにくいですが、持続性のために必要な要素がそろっているかどうかをみることができると言えます。

CBR・CBIDの持続性の成功要因から事例を見る

おわりに

このようにCBIDと呼ばなくてもCBIDの考え方である地域とつながる活動は、アジアばかりではなく日本でもみられます。いずれも障害のある人に特化した支援だけではなく、地域に働きかけて変化を促すことの両面がみられ、それにより地域でのインクルーシブで持続性のあるくらしが実現されるというCBIDの考え方が生きているのではないかと考えられます。CBRマトリックスを使うことで、障害のある人と家族が地域資源を活用し、状況改善のための多様な方法を利用していることがわかります。当協会では日本の地域社会での高齢化とそれに伴う担い手不足への取組みに役立つことを願って、CBIDの推進をすすめていく予定です。

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