NHKにおける放送アクセシビリティの取り組み

「新ノーマライゼーション」2022年5月号

NHKメディア総局メディア戦略本部 副部長
花輪裕久(はなわひろひさ)

1. 東京2020でのチャレンジとノウハウ継承

NHKでは、すべての視聴者が、見やすく、聞きやすく、分かりやすく、安心して視聴できる「人にやさしい」放送・サービスの充実を公共メディアの使命ととらえ、その拡充に努めています。さまざまな取り組みのなかで、ここ数年で最も大きなチャレンジは昨年夏に開催された東京2020オリンピック・パラリンピックでのユニバーサル・サービスでした。この大会ではほとんどの競技会場で無観客となったため、これまで以上に放送・サービスが重要な役割を担いました。

まず放送については、オリンピック開会式のあと、開閉会式に手話通訳を付けてほしいというご要望を多数いただきました。これを受けて、オリンピック閉会式、パラリンピック開会式・閉会式では、Eテレで全編に大きいサイズの手話を付けた放送を行いました。NHKにとって初めての試みでしたので、普段から手話番組の放送に関わっているスタッフやキャスターらと議論を重ねながら制作を進めました(画像1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で画像1はウェブには掲載しておりません。

字幕については、総合とEテレでは、両大会の開会式・閉会式、およびすべての競技中継に付与しました。また、パラリンピック期間中の朝に放送した「あさナビ」では、生放送でありながら字幕が遅れずに表示される「ぴったり字幕」に取り組みました。

この「ぴったり字幕」のポイントは「30秒の時差再生」にあります。「あさナビ」は、朝8時15分からですが、本番を8時14分30秒(本番の30秒前)にスタート。これを収録して、30秒遅れで再生したのです。この30秒の間に、スタッフが、スタジオの様子を聞き取り、文字を入力、話者ごとに色分けをして字幕データを準備しました。そして8時15分、映像と音声に、字幕データをぴったり合わせて放送に出したのです(画像2)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で画像2はウェブには掲載しておりません。

聴覚障害のある方からは「生放送のスタジオのやりとりに初めてリアルタイムで笑えて楽しかった」「突っ込みを映像と同じタイミングで笑えて、生放送の楽しさを知った」などの感想をいただきました。一方、健常者の方からは「30秒でここまでぴったりに字幕が出るとは感動した」「赤ちゃんを寝かしつけながら音を消して楽しんでいる。育児は孤独だが、無言の応援をもらっている気持ちになる」といった声をいただきました。

デジタルでの取り組みについては、NHK東京2020特設サイトで、ライブストリーミングの映像に字幕や手話を自動的に付ける試みを行いました。1つめが「ロボット実況・字幕」。これは試合進行に合わせて送られてくる競技データをもとに自動的に字幕や合成音声を作成して、ライブストリーミングの映像に加えるサービスです。オリンピックでは10競技、パラリンピックでは7競技で実施し、およそ1000時間にわたって配信しました。2つめが「手話CG実況」です。こちらは競技データからCGキャラクターの手話を作成してライブストリーミング映像に加えるサービスです。バスケットボール、車いすバスケットボール、車いすラグビーの3つの競技で合計27試合、およそ54時間の配信を行いました。スポーツ中継にCGの手話をつけるのはNHKとして初の試みでした。開発にあたっては、手の動きだけでなく、手話のコミュニケーションで大切な眉や唇などの表情の動きもリアルに再現して、情報がより伝わりやすくなることを目指しました。

こうした一連のチャレンジから得られたノウハウは、今年開催された北京オリンピック・パラリンピックでも継承されました。開会式と閉会式については、オリンピック、パラリンピックともに、総合テレビとEテレで生中継し、Eテレでは手話と副音声解説をつけて放送しました。そして、ぴったり字幕、手話、手話CG、副音声での解説放送などを取り入れた番組「みんなでハイライト」をオリンピック・パラリンピックで計4回放送。視覚や聴覚に障害のあるゲストをスタジオに招いて、多様な人たちとともにオリンピック・パラリンピックの魅力や選手たちの活躍を伝えました。

多くの可能性を実感できたチャレンジでしたが、一方でいくつかの課題も浮かび上がりました。特に「ぴったり字幕」と「手話CG」については、コスト面、運用体制面などで改善すべき点が少なくありません。東京2020のレガシーをいかに継承していけるか、試行錯誤を続けながら、安定的なサービス実現に向けて取り組んでいきます。

2. 本部と地域局の連携強化でさらなるサービス拡充へ

NHKでは、昨年秋、「ユニバーサル推進プロジェクト」を立ち上げました。参加するのは、本部の字幕・解説・手話・放送設備・新技術などの担当者に加え、すべての地域局のユニバーサル担当者です。プロジェクトでは、NHKのユニバーサル・サービスについて情報共有を図るための連絡会を定期的に開催。そこでは、文字のフォントや地図表示についてのユニバーサルデザイン、AI音声合成システムといった最新のテクノロジーなど、さまざまな取り組みが報告され、活発な意見交換が行われています。

先日このプロジェクトで「NHK手話ニュースキャスターとのファンミーティング」についての報告がありました。主催したのはNHK仙台放送局。今年1月、6人の手話ニュースキャスターを仙台局に招き、聴覚に障害のある方など多くの来場者を迎え、2時間あまりのイベントを実施したのです。イベントは全編手話にし、「番組のメイキング物語」「絵本の読み聞かせ」「一人芝居」「手話表現教室」など、エンターテインメント性を重視した演目を手話で楽しめるようにしました。また、出演者の手話の読み取り通訳をつけ、聴者も手話の演目を堪能できるようにしました。観覧者の募集や通訳の派遣については、宮城県聴覚障害者情報センター(みみサポみやぎ)、手話での座席案内など運営については、東北福祉大学の協力をいただくことができ、イベントは盛会だったとの報告でした。

来場者のアンケートには「番組の裏話やキャスターの忘れられない話など普段聞けない内容が面白かった」「手話ニュースへの興味、関心だけでなく魅力的な手話・ろう文化を広げていく意味でもとても良いイベントだと思いました」と好意的なものが多く、なかには「今回のことでNHK仙台放送局のイメージが変わりました」というものもありました。NHKが公共メディアとしての使命をいかに果たし、地域貢献していけるのか。いただいた声を踏まえ、一層努力していきたいと考えています。

ユニバーサル・サービスをめぐっては、つねに技術面・コスト面のハードルが立ちはだかりますが、それでも一歩ずつ前に進んでいくことで、より良いサービスを実現できると思います。また、仙台でのファンミーティングのような新たなサービスについても引き続き可能性を検討していきます。NHKでは、今後も視聴者のみなさまのニーズに寄り添い、より良いコンテンツを発信していきたいと考えています。

menu