情報アクセス・コミュニケーション保障は「生きる権利」

「新ノーマライゼーション」2022年6月号

一般財団法人全日本ろうあ連盟 理事
小中栄一(こなかえいいち)

「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律」が成立しました。12年にわたる私たちの運動の成果が実り感慨深いものがあります。全日本ろうあ連盟は「聴覚障害者制度改革推進中央本部」(全日本ろうあ連盟、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会、全国盲ろう者協会、全国手話通訳問題研究会、全国要約筆記問題研究会、日本手話通訳士協会の6団体で構成)において2010年度から、情報・コミュニケーション法の制定を求めて取り組んできました。

ろう者、難聴者・中途失聴者、盲ろう者それぞれの実情と必要とするコミュニケーションの方法を分かりやすく説明した「We Love コミュニケーション」パンフレット30万部普及と「すべての聴覚障害者に情報アクセス・コミュニケーションの権利を保障する法制度の実現を求める要望書」120万人署名の2つによる運動を行いました。

パンフレットのタイトルは、1985年に行った手話通訳制度化を求める「I Love コミュニケーション」パンフレットの発展的なもじりです。ろう者だけでなく、難聴・中途失聴者、視覚障害者等コミュニケーションの難しさに直面している人たち(We)がいること、そして手話言語、要約筆記、文字、点字、朗読等のさまざまなコミュニケーション方法があることをアピールするものでした。

当時は国の障がい者制度改革推進会議において、国連・障害者権利条約を踏まえた国内法の整備が進められている時でした。「アクセシビリティ」と「コミュニケーション」の保障は福祉分野にとどまらず、社会のあらゆる分野において重要な施策の一つとして位置づけなければならないと話し合いました。署名の趣旨を以下に抜粋します。

「……コミュニケーション支援各事業の実施は、地方自治体の財政や考え方によって大きく左右され、派遣範囲や回数、広域派遣に制限を受けるなど、地域格差が大きくなっています。

コミュニケーション支援だけでは社会参加はできません。情報アクセスの保障も必要です。列車が遅延した時の音声アナウンスを文字で表示すること、臨時災害放送・政見放送・CMも含めて放送に手話・字幕を付けることなど、聞こえないことで情報を得られず不利な立場におかれることがないようにしなければなりません。聴覚障害者が社会生活のあらゆる場面で、手話・文字・触覚的手段により情報が保障され、さらに、直接、手話や筆談、触覚的コミュニケーションで日常会話できることが当たり前になる社会づくりも必要です。」

忘れられないのは、2011年5月13日の全国集会です。パンフ・署名運動の目標達成へ運動を盛り上げるために準備された集会は、この年の3月11日に発生した東日本大震災により大きな被害を受けた東北各県協会の状況では開催は無理ではないかと思われました。しかし、東北各県の仲間たちは、災害支援にお礼を言いたいと参加することを伝えてきました。そして衝撃を受けたのは被災した地域の人々が記入した署名用紙です。津波のため水につかりボロボロになった署名用紙をていねいに揃えて届けていただきました。記入された人々には津波に巻き込まれて亡くなった方もいたことでしょう。情報にアクセスできなかったら、命をおとすことになる。必ず情報コミュニケーション法を実現させてほしいという願いが心に伝わってきました。この思いに応えなければならないと全国から仲間が集まりました。こうしてパンフレットは全国25万部を普及し、2011年9月27日の全国集会にて約350名の参加者の確認のもと、国会と内閣府に多くの汗と涙、そして命の結晶である116万筆の署名用紙を届けることができました。

「情報アクセシビリティ」という言葉は新しい言葉であり、分かりにくいので、身近に知ってもらおうと、大きなイベントを開催しました。講演、シンポジウム、映画上映、展示等を行い、見て触れて実感として分かってもらう「情報アクセシビリティ・フォーラム」を秋葉原にて2013年に開催。3日間で約20,000名の来場。2015年に2回目のフォーラムを2日間で開催、約10,000名の来場がありました。

2012年には先進諸国の施策を学ぼうと、米国(連邦通信委員会、司法省等)、韓国(保健福祉省、放送通信電波振興院等)、英国(労働年金省、聴覚障害者法律センター等)の情報アクセスやコミュニケーション保障の実態を視察しました。私は韓国に行き、テレビ放送に字幕を付けるための施策推進と電話リレーサービスの実施状況を視察し、日本の遅れを痛感しました。

そして、情報・コミュニケーション法の提言を出さなければならないと、ワーキングチームを作り議論を重ねて、2018年に「障害者情報アクセシビリティ・コミュケーション保障法案」を取りまとめて公表しました。

今回の障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法は「障害者の社会参加のために情報アクセスとコミュニケーションが極めて重要である」とし、基本理念として1.障害に応じた手段の選択、2.地域格差がなく等しく、3.障害のない人と同等の情報を同一の時点で、4.デジタルの活用による十分なアクセスとまとめているところは、より具体的であり、広く周知していかなければならない重要な考え方です。基本的施策についてはまだ不十分な面もありますが、他の法律との関連もあるので、まずはスタートして、今後の実施実績を積み重ねた上での改正が期待されます。

聴覚障害者制度改革推進中央本部では「情報アクセシビリティ」とは何かについて時間をかけて論議しました。「情報」とは何か、それを利用しやすくするとはどんな意味か、情報を求める、自ら情報を発信する、それは一人ひとりの姿勢も関わってきます。かつては利用しにくいため諦めてしまう、情報があることさえ分からない、そうしたバリアに直面していることに社会も無関心でいることが当たり前であったと思います。私がろうあ協会の役員になったばかりのころ、テレビ番組に字幕をつけてほしいという要望意見を出しましたが、誰も賛成してくれませんでした。知りたい、情報が必要だ、情報を利用したいという姿勢は否定されてはいけません。その上で情報の取得のしやすさ、利用のしやすさがアクセシビリティです。12年、いやそれ以上の時間をかけた運動の積み重ねで、諦めることはないのだと学びました。きこえないから手話言語で、文字で、要約筆記等の方法で利用できるようにすることが当たり前になるよう、新法は総合的に施策を推進していくための法律です。これから具体的にどのような施策を進めるかは、私たちが諦めない姿勢でアクセシビリティを求めていく姿勢にも関わってきます。また障害に応じたコミュニケーションとともに言語の選択として手話言語法の制定が必要です。国、自治体、業者、国民の責務とともに、私たちが今後も運動していき、一人ひとりが努力していくことが私たちの責務だと思います。

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