障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律-司法分野の施策の進展に期待

「新ノーマライゼーション」2022年6月号

弁護士
田中伸明(たなかのぶあき)

1. はじめに

第208回通常国会において、「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律」(以下「本法律」という)が審議され、成立しました。本法律は、障害者に対して、日常生活及び社会生活における情報アクセシビリティの拡充を進めるとともに、コミュニケーションの障壁解消を目指すものとして期待されています。

本稿では、本法律13条において、「障害者が自立した日常生活及び社会生活を営むために必要な分野」の1つとして、「司法手続」が例示として定められたことの意義について述べたいと思います。

2. 障害者の裁判を受ける権利の重要性

(1)裁判を受ける権利(憲法32条)

日本国憲法32条では、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」として、裁判を受ける権利を基本的人権の1つとして定めています。そして、障害者にも、この裁判を受ける権利が保障されることは当然のことです。

(2)障害者の司法手続へのアクセスに関する国際的枠組み

また、このことは、日本が2014年1月20日に批准し、締約国となっている「障害者の権利に関する条約」(2006年12月13日第61回国連総会において採択、以下「障害者権利条約」という)の13条においても、「手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること等により、障害者が他の者との平等を基礎として司法手続を利用する効果的な機会を有することを確保する」として定められ、確認されています。なお、この「手続上の配慮」(Procedural accommodation)は「合理的配慮」(reasonable accommodation)とは異なる概念であることに注意を要します。すなわち、合理的配慮は「均衡を失した又は過度の負担」を課さないものとされていますが(障害者権利条約2条)、手続き上の配慮は「均衡を失した又は過度の負担」という概念によって制限されるものではないことが明確にされています。このことからも、裁判を受ける権利が重要なものとして位置づけられていることが理解できます。

そして、2020年8月には、国際連合において、障害者の権利に関する特別報告者であるカタリナ・デバンダス・アグイラー氏を中心として作成された「障害者の司法アクセスに関する国際原則とガイドライン」(International Principles and Guidelines on Access to Justice for Persons with Disabilities Geneva, August 2020)が公表されました。この国際原則とガイドラインでは、障害者の司法手続へのアクセスに関する10の原則と、各原則に関する複数のガイドラインが定められています。障害者の司法手続における情報アクセスのための手段の確保やコミュニケーション支援についても定められており、例えば、第4原則のガイドライン(b)では「司法制度及び手続に関する情報が、適切かつ必要な場合を含め、さまざまな方法で入手できることを確保する」と定められ、その方法として、手話(Sign language)や点字(Braille)等が列挙されています。

(3)障害者基本法

そして、障害者基本法においても、29条(司法手続における配慮等)において、「障害者がその権利を円滑に行使できるようにするため、個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮する」ことが定められ、国内法においても、個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段の確保が重要であることが明記されているのです。

3. 現行法の問題点

このように、憲法で定められた裁判を受ける権利を実質的に確保しようとする法的な枠組みが、障害者権利条約を中心として進められてきている一方で、国内法においては、障害者基本法に定めはあるものの、民事訴訟法、刑事訴訟法には、「耳が聞こえない者」や「口がきけない者」に対する通訳の定めや、文字(書面)で質問し回答することができる旨の定めがあるだけです(民事訴訟法154条、刑事訴訟法176条、刑事訴訟法規則125条)。また、民事訴訟法では、聴覚に障害のある人が必要とする手話通訳者の費用は訴訟費用とされ、敗訴した当事者が負担する扱いとなっています。

このような現行法制度においては、障害者が司法手続を利用しようとする際に必要とする手話通訳者その他の意思疎通支援者に関する規定が不十分であること、その費用負担を公費負担とする制度が存在しないこと、そして、障害者に対する手続上の配慮の提供を定める総則規定が存在しないこと等、障害者権利条約の締約国の法制度としては不十分であると言わざるを得ない状況にあるといえるでしょう。

4. 本法律に期待すること

このような状況の下において、本法律13条で「司法手続」が例示としてであっても定められたことには大きな意義があると思います。特に、本法律では10条において、障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策を実施するため必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講じなければならない旨が定められており、司法分野における必要な施策に関する財政上の措置も明確になりました。

また、本法律の第9条では、国が障害者基本計画を策定する場合には、その障害者基本計画が本法律の規定の趣旨を踏まえたものとなるようにすることが定められました。そして、国が障害者基本計画を策定する際には、障害者政策委員会の意見を聞くこととされており(障害者基本法11条4項、同法32条2項1号)、また、策定された障害者基本計画の実施状況については、障害者政策委員会が監視を行うとともに、必要があると認める時は、内閣総理大臣又は内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告することができるとされています(障害者基本法32条2項3号)。そうすると、今後は、司法手続に関する必要な施策についても、障害者基本計画の内容とすることが可能であり、定められた内容については、継続的に障害者政策委員会による監視が可能となっています。

5. おわりに

障害者が自らの権利を擁護するためには、障壁なく司法手続が利用できる環境が整うことが必要です。その意味で、「司法手続」が本法律13条で例示されたことは、司法分野における必要な施策の実現に向けて期待が持てるものといえます。

また、第208回通常国会では、民事裁判手続のIT化を進めるための「民事訴訟法等の一部を改正する法律」が審議され、成立しました。衆参両院では附帯決議として、「民事訴訟手続を利用する障害者に対する手続上の配慮の在り方について・・(中略)・・障害者のアクセスの向上に資する法整備の要否も含めて検討し、必要な措置を講じること」が定められました。本法律の趣旨も踏まえて、十分な審議が行われ、民事裁判手続を含めた司法分野において、障害者の司法手続へのアクセスが拡充されることを期待しています。

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