実効性ある個別避難計画作成に向けて

「新ノーマライゼーション」2022年8月号

跡見学園女子大学 教授
鍵屋一(かぎやはじめ)

はじめに

障がい者などの避難行動要支援者(以下、「要支援者」という)を災害から守るため、2021年度、政府は福祉施設のBCP義務化など大きな制度改正を行いました。なかでも「市町村への避難行動要支援者の個別避難計画作成の努力義務化」は重要な改正です。その意義は、単に障がい者の災害時の安全を確保するだけでなく、防災における福祉関係者と地域コミュニティ・自治体の連携を進めることで、最終的に地域共生社会の実現を目指すことにあります。

個別避難計画の現状

要支援者について、災害時の避難計画を作成する「個別計画」(現在は「個別避難計画」)の制度が始まったのは2005年です。2020年10月1日現在、消防庁によると要支援者名簿に掲載されている者全員について個別計画の策定を完了している市区町村は12.1%にすぎませんでした。

一方で、近年の災害では直接死だけでなく、関連死を含めて要支援者が数多く亡くなられています。地域社会の善意に頼るだけの避難支援では不十分であり、実効性のある計画作成、訓練、検証と計画の見直しが求められています。

個別避難計画作成を阻む壁

個別避難計画作成には、いくつかの壁があります。これを、人、地域社会、制度の面で整理し、解決の方向性を考察します。

(1)人について

まず、高齢者・障がい者の絶対数が多いのに比し、自治体職員が少ないことです。後期高齢者はこの25年で2.6倍、手帳取得の障がい者は6割以上増加していますが、自治体職員は逆に16.5%減少しています。地域住民の側も、やはり高齢化により支援者不足に悩まされています。

そこで、福祉専門職の個別避難計画作成への関与が強く求められます。相談支援専門員は日常から障がい当事者に接していることから、その状況に詳しく、また当事者からの信頼もあります。一方で、一人の相談支援専門員が多くの障がい者を支援していることから、災害時に、全員をすぐに支援することは困難です。このため、障がい者・家族と話し合って、その了解を得て当事者と地域住民をつなぐ地域調整会議が重要になります。こうすれば、個人情報共有の問題もなく、顔の見える関係と具体的な計画作成、訓練へとつなげることが期待できます。

(2)地域社会について

1997年には近所と親しく付き合っている人は42.3%(平成19年版国民生活白書)でしたが、令和3年には8.9%(令和3年度社会意識に関する世論調査)と激減しています。さらに、以前から障がい者と地域コミュニティのつながりが弱く、地域における障がい者理解が課題となっていました。東日本大震災時に福島県の沿岸部を回った聾学校の校長は「多くの被災地を回った経験から、残念なことに障がい者にとって地域の助け合いは重要だが、必ずしもうまく行われていないと思う」(中村雅彦「あと少しの支援があれば 東日本大震災障がい者の被災と避難の記録」、ジアース教育新社、2012年2月)と述懐されました。

平時であれば、障がい者にとって地域社会とつながる必要性はそれほどありません。しかし、災害時に助かるためには、平時から顔の見える関係をつくっていくことが重要で、それが地域調整会議の場になります。大分県別府市や兵庫県の先進事例では、優先度の高い要支援者については、本人も参加する地域調整会議を開催し、福祉専門職や地域住民が必要な情報を共有し、調整を行って個別避難計画を作成します。実際に計画を作成する福祉専門職には、1件で7千円の報酬が支払われます。

(3)制度、ノウハウ

個別避難計画は、福祉BCPの一部と重なります。在宅障がい者の避難、避難生活支援だからです。しかし、計画作成のノウハウがまだ十分に積み上げられていません。国がモデル事業を実施していますので、その成果を踏まえながら考察します。

「いつ」については、警戒レベル3「高齢者等避難」が発令された時が一般的ですが、避難をするためには、それなりの準備と、何より避難するという「決心」が必要です。そこで、予報段階で避難の準備を呼びかけたり、避難場所の確認をするなど家族、支援者からの心のこもった連絡、支援が必要です。また、SNSなどつながりやすい道具を活用することも有効です。

「どこへ」では一般の指定避難所、多くは小中学校ですが、障がい者にとっては極めて厳しい環境です。そこで、福祉避難所が求められるのですが、福祉避難所に指定されていても図のようにマニュアルが作成されず、訓練不足で備蓄物資さえ準備ができていません。

図 指定福祉避難所のマニュアル・訓練・備蓄状況
図 指定福祉避難所のマニュアル・訓練・備蓄状況拡大図・テキスト
出典:「避難所外避難者の支援体制に関する調査研究」2022年3月、一般財団法人「日本防火・危機管理促進協会」

福祉避難所の研修を数多く行っている一般社団法人福祉防災コミュニティ協会は、開設・運営マニュアルを無償提供しています。ホームページからダウンロードできますので、ぜひ活用してください。

「だれと」が当面の最大の課題です。現時点では障がい者と地域住民がつながっていないことが多いので、具体的に支援者が決まりません。地域住民も障がい特性を知らないので、責任をもって支援するのが怖いのです。そこで、自主防災組織、町内会・自治会、消防団、福祉事業者など組織を支援者に決めます。実際に、避難訓練をしながら徐々に支援者が具体化されることもあるでしょう。ずっと支援者が組織でも、そこに避難困難な障がい者がいることを知ってもらえるだけで、きっと助けに来てくれます。

「どうやって」は、家族支援者がいて障がい者が車に乗れる状況であれば、車避難を勧めます。避難時は多くの場合、雨が降っているので、徒歩避難は現実的ではありません。

ある研究によれば「宮城県七ヶ浜町において、震災前に津波避難訓練に参加経験が「ある者」では「ない者」に比べて、避難したオッズ比が1.99倍高く、津波浸水域内にいた場合はさらにオッズ比が3.46倍高い。」(中谷直樹「津波避難訓練が避難行動に与える効果」埼玉県立大学地域産学連携センター2019年度WEB講座)とのことです。やはり、訓練の効果は高いのです。

おわりに

わが国は災害列島と呼ばれ、毎年、どこかで大災害が発生します。しかし、都道府県では「たまに」、市区町村では「ごくまれに」被災を経験する程度です。まして、個々の福祉関係者にとっては、ほとんどの場合、「初めて」の経験です。だからこそ、個別避難計画を作成して訓練を重ね、シミュレーションする必要があります。

障がい者の個別避難計画は、福祉事業者のBCPそのものです。災害時に障がい者を守るのは、日常から支援している福祉専門職が役割を果たすほかはありません。地域住民、市区町村を巻き込み、人、地域社会、制度の壁を乗り越えることで、平時の地域社会で支え合える関係をつくる機会にもなります。「災害は弱い者いじめ」という社会に訣別し、日常も災害時も安心で安全な「地域共生社会」づくりを進めていきましょう。

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