防災と保健・福祉の連携による避難行動要支援者のための個別避難計画作成の取組~誰一人取り残さない防災と地域共生社会を目指す取組~

「新ノーマライゼーション」2022年8月号

高島市健康福祉部社会福祉課 主任
梅村淳(うめむらじゅん)

1. 高島市における取組の過程

高島市における個別避難計画作成の歩みは、2008年までさかのぼります。市において「障がい者市民のための防災懇談会」を開催した際、医療依存度の高い重度心身障がい者のご家族から災害時の避難に関する悩みが提起され、そこから行政や訪問看護ステーション、障がい者相談支援センター等で連絡会やプロジェクトチーム等を結成、約10年かけて計画作成のワーキンググループとなる構成機関会議を発足させ、計画相談の業務の一環として個別避難計画の作成を行ってきました。2011年の東日本大震災を契機に災害対策基本法が改正され、避難行動要支援者名簿の作成が市区町村に義務付けられましたが、それ以前からこの取組が進められていたことに高島市の特色があると感じています。この取組は、在宅で生活されている重度の障がいがある方等を対象に、チェックシートを用いて計画作成の優先順位付けを行い、相談支援専門員が中心となって丁寧に計画作成に取り組んできたものです。

2021年度からは、滋賀県の個別避難計画作成にかかる取組指針である「滋賀モデル」とも連携し、高齢分野や医療的ケア児者分野にもこの取組を広げられるよう、計画の作成方法や実際の避難行動の実効性に重点を置き、計画作成のモデル事業を行いました。そして、2022年度からは市内全域へ取組を水平展開・本格実施できるよう取り組んでいるところです。

2. 防災と保健・福祉の連携による高島市個別避難計画作成推進協議会の設置

2021年度、モデル事業の実施にあたり、「防災と保健・福祉の連携による高島市個別避難計画作成推進協議会(以下「協議会」という)」を立ち上げました。この協議会には、この取組を連携して推進するための核となる防災・保健・福祉分野の庁内外の各種団体に参画いただき、実務者レベルの「障がい者・医療的ケア児者WG」と「高齢者WG」を設置し、計画作成の優先順位を決めるチェックシートの作成(更新)や個別避難計画の様式の策定、そしてこの取組の全体的なスキーム等について協議を行ってきました。

図1 防災と保健・福祉の連携による高島市個別避難計画作成推進協議会
図1 防災と保健・福祉の連携による高島市個別避難計画作成推進協議会拡大図・テキスト

3. モデル事例の紹介とその成果

2021年度のモデル事業における障がい分野の取組を紹介します。対象者の居住地域の災害リスクとしては、河川の決壊や内水氾濫等により自宅付近で1~2mの浸水、地震発生時の最大震度は6強、原子力災害におけるUPZ圏内(※)というものでした。体幹機能に障がいがあり身体障害者手帳1級、一人暮らしのうえ、自治会には未加入であり、これまでは、「災害がきたら命をあきらめる」とおっしゃっていた方でした。ただ、毎年のように全国各地で発生している大規模災害の状況をテレビ等でご覧になられたことや、普段接しておられる相談支援専門員や民生委員との会話から、命の大切さをあらためて考えられるようになり、計画作成の同意へとつながりました。当事者にかかわる関係者やメディア等が防災の大切さを伝え続けることで、こうした当事者の心境の変化にもつながると思われ、復唱・継続の重要性を考えさせられた事例でもありました。

計画の必要性や重要性について、当事者や地域住民に理解を深めていただくための研修会、当事者および地域のアセスメント、当事者にかかわる関係者が一堂に会して避難方法等を検討する地域調整会議(ケース会議)を経て計画を作成した後、計画の実効性の検証のための避難訓練を実施しました。避難訓練では、自宅から一時避難所への移動訓練や乗用車乗車訓練を実施し、訓練終了後の意見交換では、机上の計画作成ではわからないことを補完することができ、あらためて避難訓練の重要性を認識できました。

モデル的に取組を行ったことで、取組を進めるための3つの重要な要素がわかってきました。1つ目は、「当事者(その家族)の意見を最大限に尊重すること」です。避難方法等の検討の過程において、当事者(その家族)の意見を尊重することで、当事者(その家族)の防災意識の向上が見込まれ、自助の取組が推進されることが期待できます。また、研修会や地域調整会議(ケース会議)、避難訓練等で話しやすい環境をつくることで、当事者(その家族)に心身の状況等を包み隠さず話していただくことができ、地域の方々を含めたさまざまな計画作成の場面で活発な議論につながることが期待できます。2つ目は、「この取組のキーマンは保健・福祉専門職であること」です。保健・福祉専門職は、普段のお付き合いから当事者の心身の状況はもちろん、ご家族や近隣住民との関係等さまざまなことに精通されています。そのような利点を生かし、この取組の重要性を当事者に説明して本人同意を得ることや、この取組のさまざまな場面で、当事者のサポート役や代弁者としての役割を担っていただくことが期待できます。そして3つ目は「地域ぐるみの取組につなげること」です。災害発生時には、当事者に普段かかわっている保健・福祉専門職等は駆け付けることができない場合がほとんどであるため、当事者の居住されている地域での「地域ぐるみ」の避難支援につなげることが重要です。また、この取組は災害に備えるための取組ですが、この取組を通じて、当事者と関係者が接点を持つことで普段の生活課題・地域課題の解決の糸口にもつながることが期待できます。

4. さいごに

この取組は社会から求められている取組と考えています。災害が頻発・広域化・激甚化する日本において、避難行動要支援者への支援の必要性は、これまでも行政・地域・専門職の方々等において認識されていましたが、その複雑性、困難性ゆえ、具体的な支援方法の明示、確立には至らなかったと思っています。この問題は、現代社会における喫緊の課題であり、災害から大切な命を守るためにも、今後は新たなキーマンである保健・福祉専門職の協力を得て、この取組を前に進めたいと考えています。

防災対策はよく「ソフト対策」と「ハード対策」の両輪の取組が重要と言われますが、加えてこの取組は「ハートの対策(当事者・その家族・区・自治会、自主防災組織、保健・福祉・医療・看護専門職、行政等が心を通わせ「スクラム」を組んで進める取組)」でもあると、実感しています。今後は、この3つの対策を連結・連携させながら、防災対策を進めることが重要であると考えます。この取組をきっかけとして地域防災力の向上はもちろん、地域共生社会の実現に向けても取り組んでいきたいと思います。

原点に立ち返ると、この取組は災害時に当事者の命を守るために行うものです。高島市において、当事者が誰一人取り残されない、地域は誰一人取り残さない、社会は誰一人取り残させない、そんな地域の実現を目指す取組でありたいと思います。


(※)室内退避などの防護措置を行う「緊急防護措置を準備する区域」で、原子力発電所からおおむね半径30kmを目安として設定される。

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