公的支援給付データを活用した個別避難計画作成の可能性

「新ノーマライゼーション」2022年8月号

国立障害者リハビリテーションセンター研究所
福祉機器開発部福祉機器開発室長
硯川潤(すずりかわじゅん)

1. トップダウン型アプローチ

障害者は、自身の心身機能を補うために日常生活でさまざまな物的・人的支援を活用する。災害時にはそれらの支援が突然遮断される。すると、支援で補われていた心身機能不全が活動レベルの低下として顕在化する。その影響が基本的な日常生活活動に及ぶと、健康状態の維持が難しくなる。避難生活が長期化するにつれ、この健康状態の悪化は新たな心身機能不全をも誘発する。

このような避難生活での健康悪化を防ぐためには、支援の代替手段を事前に準備する必要がある。発災後の不安定な状況下で、利用するすべての人的・物的支援の代替手段を入手することは難しい。従って、各支援が途絶する影響を評価し、必要度の高いものからその代替策を計画することが重要になる。

令和3年から、災害時避難行動要支援者への個別避難計画が基礎自治体の努力義務とされた。個別避難計画には、発災直後の安全確保手段に加え、上述のような避難生活での健康維持手段も含まれる。現状では、地域の支援者と当事者本人が、共同で計画を作成することが想定されている。しかし、必要性の高い代替支援手段を網羅的に確認する作業には、相当の時間を要する。また、支援者には医学から防災にまたがる高い専門性が求められる。

筆者は、このような個別避難計画作成を簡略化する目的で、図1に示した障害者の災害対策チェックキット「自分でつくる安心防災帳」を開発した。生活機能と日常で利用する支援の確認から、用意すべき備えのリスト化に至る作業がパッケージ化されている。このキットを使えば、確かに個別避難計画の作成は容易になる。しかし、依然として一定の時間が必要であり、地域でのリソース確保が課題となっている。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

そこで筆者が提案する新たな解決策が、公的支援給付データの活用である。訪問介護や補装具など、制度として給付される人的・物的支援は、個々の生活機能評価にもとづいて支給が決定される。災害対策にこの評価を流用できれば、時間とコストを節約できる。また、公的支援の受給者に、一律に個別避難計画を届けることも可能になる。本稿では、このようなトップダウン型の個別避難計画作成手法の可能性を検証してみたい。

2. 公的支援給付データからわかること

まず、障害者にどのような公的支援が給付され、その情報から何を推測できるかを確認したい。障害者総合支援法にもとづいた公的支援給付は、すべて市区町村が一元管理する。従って、以下の給付データも市区町村に保管されている。

障害者総合支援法にもとづいて支給される障害福祉サービスとしては、介護給付、訓練等給付、相談支援、自立支援医療などが挙げられる。これらのうち、特に介護給付の状況を確認することで、人的支援の必要性を判断できる。居宅・重度訪問介護の給付時間数が多ければ、多くの日常生活活動に人的支援が必要であることが示唆される。従って、個別避難計画にはその代替手段を含めることが求められる。

また、物的支援としては、補装具費支給制度と地域支援事業の一環としての日常生活用具給付がある。補装具費支給制度では、義肢装具、手動・電動車椅子、座位保持装置などが、更生相談所の判定にもとづいて支給される。日常生活用具には、電動ベッド、褥瘡予防マット、排泄・入浴関連用具、電動式たん吸引器など幅広い福祉機器が含まれる。

これらの用具支給データからは、肢体不自由・視覚・聴覚といった障害種別を判断できる。さらに、用具の特性を加味すれば、詳細な心身機能も推定できる。用具の使用に電気や水が必要であれば、停電・断水時の具体的な対策を事前に計画しておく必要がある。個人での対策が困難なら、速やかな福祉避難所への誘導も解決策となり得る。

障害者総合支援法にもとづく給付に加え、健康保険の利用状況を確認できれば、生活機能評価の精度はさらに高まる、特に、定期的な医療ケアや服薬の必要があれば、医療機関と当事者との事前協議を促すことも重要な対策となる。

3. 誰がどう使うか?

このように、公的支援給付データを活用すれば、生活機能評価の作業を経ずに同等の情報が得られる可能性がある。もちろん、そのためには給付データから生活機能を推定するための、何らかの仕組みが必要である。筆者は、今年度から開始された国立研究開発法人日本医療研究開発機構の研究課題において、AIを利用してこの仕組みを開発する予定である。本研究課題では、生活機能の評価結果から発災時の代替支援手段も半自動的に提案することを目指す。この手法が確立されれば、個別避難計画の作成作業は大きく簡略化され、以下の2つの場面で活用できると考える。

まずは、サービス等利用計画の作成を支援する相談支援専門員による活用である。同職種は、個別避難計画の作成にも大きな役割を果たすことが期待される。しかし、生活機能評価とそれにもとづく代替支援策の立案作業は、現場に大きな負担を生じることも事実である。給付データから生活機能、生活機能から代替支援手段と、ドミノ倒し的に個別避難計画を作成できれば、作業負担は大きく軽減される。

もう一つの利用方法が、地域の福祉避難所計画の策定である。もし、ある地域に住む公的支援受給者のデータを集計できれば、開発手法の適用で、準備すべき代替支援手段の総数を推定できる。また、地域のハザードマップと比較すれば、自宅避難が困難になる要支援者と必要な代替手段の対応付けも可能になる。従って、理想的な極論だが、行政が持つ公的支援給付データから、各地域で必要となる福祉避難所のスペックを推測できる可能性がある。

4. 今後の課題

まだ研究開始直後という段階で、大風呂敷を広げてしまった感があるが、もちろん、予想される課題がいくつかある。

まず、公的支援給付データを集約する過程における課題である。市区町村が管理することは確かだが、保管されている部署や電子データの形式・項目は自治体ごとに差がある。これらの収集と整理には相当の工数が必要かもしれない。個人情報の取り扱いにも注意が必要である。福祉避難所計画への適用には住所情報を利用する必要がある。例えば中学校区単位など、一定の範囲まで情報を丸める配慮などが欠かせない。

公的支援給付データだけではわからない重要な心身機能の支障が存在するのではないか、という懸念もある。例えば、さまざまな技術発展の結果として、一般製品が福祉機器として用いられることが増えている。特に、スマートフォンやスマートスピーカが心身機能の補助に大きな役割を果たしている。これらの公的給付外の機器利用情報が欠落する影響は、今後十分に精査する必要がある。

では、これらの課題が解決され、提案手法が実用化されれば、個別避難計画が「自動的」に作成される日が来るだろうか? 筆者は、そうは思わない。これまでに、障害当事者とその支援者が、前述のチェックキットを用いて、防災のための備えを考える場面に何度も立ち会ってきた。そして、出力として得られる個別避難計画以上に、そこに行きつく過程の大切さを痛感した。代替支援手段の重要性,現在の備えの貧弱さ、そして、意外と少しの努力で多くの備えを確保できそうだという希望。こういったことを実感し、防災への意識を高めることも、計画作成作業の重要な要素である。紙上の計画を現実に実行するのは、当事者本人に他ならない。

従って、最後の課題は、完成したシステムをいかに地域での防災活動で利用するかという点にある。トップダウンに個別避難計画を届けて終わりではない。それを当事者・支援者で吟味し、実効性のある計画に昇華させることが重要になる。この種の仕組みは、研究者だけで完成させることは難しい。地域行政から防災・福祉に至る多様な現場からのフィードバックを得ながら、実用性を高めていく過程が不可欠である。読者の皆様にも、ぜひご協力をお願いできれば幸いである。

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