海外情報-発達障害に関するERIA研究プロジェクトの概要

「新ノーマライゼーション」2022年8月号

法政大学現代福祉学部教授
独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園客員研究員
佐野竜平(さのりゅうへい)

同研究プロジェクト発足の経過

毎年4月2日は国連が定めた「世界自閉症啓発デー」です。2016年4月に行われた同啓発デーの日本シンポジウムに、ベトナム自閉症ネットワーク(VAN)のHoang Ngoc Bich代表(当時)が招待されたことがありました。筆者もタイから参加しました。その際控え室で発達障害の支援を考える議員連盟(会長:尾辻秀久参議院議員、以下発達障害議連)役員との懇談の場が設定され、現地の施策や実践に関して意見交換が行われました。

2019年9月、発達障害議連の高木美智代事務局長(当時)、国立重度知的障害者総合施設のぞみの園の日詰雅文研究部長および筆者が、その後の事情について話し合いました。そこから、発達障害議連、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)を支援する議員連盟(会長:二階俊博衆議院議員)、厚生労働省医政局、同大臣官房国際課、同障害保健福祉部障害福祉課障害児・発達障害者支援室、そしてERIA事務局と相談しつつ、同研究プロジェクトの準備を進めていきました。同時に、インドネシア・フィリピン・ベトナムの関係者と直接会い、課題を共有しながら見通しや体制を整理していきました。新型コロナ禍により開始時期を延期せざるを得ませんでしたが、「発達障害に関するERIA研究プロジェクト」が現在行われています。本研究プロジェクトの概要は表1のとおりです。

表1 発達障害に関するERIA研究プロジェクトの概要

実施期間 2021年12月~2023年11月(2年間)
対象国 インドネシア、フィリピン、ベトナムを中心に東南アジアの10カ国
調査対象 発達障害関連施策・実践に関わる政府機関、障害者団体、研究者など
研究方法 文献調査、個別およびグループヒアリング、ワークショップ&研修の実施
成果物 東南アジアの発達障害者に関する保健医療政策一覧
発達障害者の家族支援のガイドラインの作成
特定国で発達障害者施策に関するアクションプランの作成
研究体制
(事務局)
独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園
LSPR大学(インドネシア)

出典:筆者作成

本研究プロジェクトの進捗・体制

すでにインドネシア・フィリピン・ベトナムを訪問し、1年目および2年目の研究計画に合わせて、本研究への協力確認を得ながら、障害を主管する政府機関、全国規模の当事者団体、大学等の研究者、そして他の障害や関連するNGOの代表などにヒヤリングを行っています。3か国の関係者へのインタビューですが、すでに一部は終了しています。中間報告までに聞き取った内容を整理し、2年目から分析や考察など深めていく見通しとなっています。

研究体制については、国立重度知的障害者総合施設のぞみの園を日本の事務局、インドネシアのLSPR大学を現地事務局として、国際的な研究を進める体制が確立されています。その上で、日ごろの研究活動をプロジェクトチーム7人(日本3人、インドネシア3人、フィリピン1人)でやり取りしています。新型コロナ禍で広がったオンラインの仕組みも駆使しながら、特に新型コロナ禍の発達障害当事者・親の事情に配慮しつつ研究を進めています。

日本でも存在感を増す東南アジアの3か国

現在調査を重点的に進めているインドネシア・フィリピン・ベトナムについて、表2を参考にしつつ4点補足します。

表2 発達障害に関する東南アジア3か国と日本の簡易比較

国名 人口 発達障害者数
(推定)
平均寿命 高齢社会到達
(高齢化率≧14)
発達障害者支援法の有無
インドネシア 2.76億人 1800万人 72歳 2051年 ×
フィリピン 1.11億人 720万人 71歳 2068年 ×
ベトナム 0.98億人 640万人 75歳 2034年 ×
日本 1.26億人 820万人 85歳 1994年

出典:世界銀行等から筆者作成

1点目は、この3か国が「東南アジアで人口規模が大きいトップ3」という点です。欧州連合(EU)の約1.5倍もの人口規模を持つ東南アジア諸国連合(ASEAN)ですが、インドネシア・フィリピン・ベトナムはASEAN全加盟国の70%以上を占めています。この3か国に日本の約4倍に当たる約4.8億人が暮らしています。そこには、3160万人程度の発達障害(ADHD・学習障害・高機能自閉症等)のある人がいると推定されます(2012年文部科学省の全国実態調査結果を参考に、人口比で6.5%と仮定した場合)。ちなみにブルネイ・カンボジア・ラオス・シンガポールの4か国を足した人口規模よりも、この数値は大きいことになります。この3か国の発達障害に関する本研究プロジェクトをきっかけに、社会課題の解決につながる一助を見出していくことが期待されています。

2点目は、「平均寿命と高齢社会の到来の早さ」です。平均寿命は現時点で日本よりも10年~15年近く低く、そのような社会背景を受けて3か国の発達障害当事者・親が苦慮していると口を揃えるのは、「学童期を過ぎた就労や社会参加の仕組み」や「親なき後の住まいとしてグループホーム等の整備」です。発達障害者を念頭に置いた住まい施策は、まさに保健・医療に直接関係する論点です。さまざまな意見があることは承知していますが、日本が「課題先進国」として就労や社会参加、グループホーム等に関する施策や実践の経験を積んでいるのは事実です。日本を上回るスピードで高齢社会が迫るベトナムなどでは「高齢対応は喫緊の課題」とされて久しいですが、発達障害当事者の家族という観点からは緒に就いたばかりという段階です。発達障害者支援法のポイントに沿って日本との比較を進めている本研究プロジェクトであり、そこから得られる学びがあると見ています。

3点目は「来日する外国人材の傾向とその未来への洞察」です。日本の人口減少への対応策の一つとして注目されている外国人労働者ですが、すでに活躍している医療・福祉従事者の実に6割近くがこの3か国出身です。共生社会の一員として今後も増加傾向が続くと見込まれるインドネシア・フィリピン・ベトナム人材であり、発達障害のある家族が一定数いると推定されます。日本で障害のある外国児童に関する研究も進みつつありますが、本研究プロジェクトで焦点を当てる内容はまさに双方の課題解決につながると言えます。特にこれまで意見交換してきた政府関係者から、この点について明確に同意を得られている点も追い風となっています。

4点目は「防災・災害応急対応で共通した教訓・学び」です。この3か国は、地震、台風、洪水など災害関連で日本と共通しています。発達障害者およびその家族への対応を学び合うことで、相乗効果を発揮しやすいでしょう。実際に災害時の経験に関する意見交換会を現地で行った際、創意工夫できる余地の大きさに驚きました。被災した発達障害者・家族の事例を話すたび、そこから得られた知見を掘り下げたいという声が寄せられます。

今後の見通し

このように発達障害関連の施策や実践を研究し情報を整理することは、日本と東南アジア諸国の双方にとって有益になると確信しています。ポストコロナでは、これまで先進国と開発途上国間で行われてきた「一方に寄与しがちな取り組み」から、その経済規模や背景を問わず「双方向に寄与する取り組み」へ加速していくことでしょう。本研究プロジェクトはまもなく1年目を終えようとしています。2年間かけて進める研究となっており、その主な結果については別途誌面を通じて紹介できればと考えています。

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