情報バリアフリー化の取り組み~岡山放送の30年にわたる手話放送から生まれた「岡山方式」と広がる活動

「新ノーマライゼーション」2022年10月号

岡山放送株式会社コンテンツ推進部担当部長〈アナウンス室〉
情報アクセシビリティ推進室長
篠田吉央(しのだよしお)

街を青色にライトアップ

岡山駅前の桃太郎像が見つめる先に輝くのはビルの壁面を活用した青いライトアップ。その先にある、商業施設「杜の街グレース」では約50灯のブルーライトが木々を照らすなど、この日、岡山市中心部は青く染まりました(写真1、2)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1、2はウェブには掲載しておりません。

ライトアップが実施されたのは、国連が定めた「手話言語の国際デー」である9月23日。制定から5年の節目で初めて行われたものですが、実は去年、この国際デーを今までにない形で彩れないかと全日本ろうあ連盟と岡山放送で考え出したのが、このライトアップ企画だったのです。私たちのアイデアを今年、世界ろう連盟が採用し、世界規模での啓発イベントとして実施。国連や世界ろう連盟のシンボルカラーで「平和」や「自由」を表す青い光で名所や施設を照らし、「手話が言語」であることを訴えました。この企画のきっかけを作った岡山放送では、世界にない発信を行おうと、系列局のフジテレビにも協力を呼びかけ、東京・台場の社屋を青くライトアップしていただいたほか、手話言語に関する条例を制定した岡山市と連携し市役所駐車場で青い光を放つ複数のドローンを飛行させ独自のライトアップにも挑戦。また、当事者団体などと一緒に街行く人に青いマスクや青く光る腕輪を配布するなど、さまざまな方法で啓発にあたりました。

岡山放送の情報バリアフリー化の取り組み~岡山方式の構築

ではなぜ、岡山放送がここまで手話言語の理解・普及のために取り組むのか。それは約30年にわたり手話放送を継続し情報のバリアフリー化に取り組んできたテレビ局としての責任と覚悟の表れに他なりません。

岡山放送で手話放送が始まったのは1993年。障害者施策の質の向上などを目指す、「アジア太平洋障害者の十年」がスタートした年です。以来、手話の言語性にこだわりキャスターも手話を学びながら、手話付きのニュース特集「手話が語る福祉」を毎月1回放送しています。目指すのは「情報から誰一人取り残されない社会」の実現。約30年の取り組みの中で、取材者としてだけでなく実践者として3つの岡山方式を構築したのも特徴です。

1つ目は聴覚障害者や手話通訳者らと立ち上げたOHK手話放送委員会で、瞬間瞬間に情報を届けなくてはいけないテレビだからこその手話表現を検討し、一緒に番組制作にあたっています(写真3)。メンバーの聴覚障害者は、「画面に手話を表示することは、単なる情報伝達だけでなく、手話を言語として生きるテレビの前の聴覚障害者の存在を認め人権尊重につながる。聴覚障害者と健常者が一緒に番組を作るこの空間は、インクルーシブでダイバーシティの象徴だ」とコメント。全日本ろうあ連盟は手話放送の普及を考える上で、全国のテレビ局のモデルケースになる取り組みだと評価してくださっています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

2つ目は、手話放送に協力する企業・団体に対し「手話協力」として社名などを表示する方法です(写真4)。番組の提供枠とは別にスポンサーを確保し制作費を賄うことで、手話放送の継続的な実施と普及に繋げるもので、過去に協力いただいた岡山商工会議所は「手話通訳への協力は、福祉として特別なところにあるのではなく、経済活動として普通に位置づける『新しい公』」だと、この方式への理解を示しています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真4はウェブには掲載しておりません。

3つ目は、記者会見を遠隔で手話通訳する「情報保障」の取り組みです。市役所などでの会見で首長の横にモニターを置き、離れた場所にいる手話通訳者が通訳するもので、コロナ禍での感染リスクを減らすために考案しました。また、去年6月には、慶應義塾大学SFC研究所と「テレビ放送における情報アクセシビリティ」の共同研究を始め、放送と通信の融合の観点からも情報のバリアフリー化に向けて取り組んでいます。

取り組みの評価

こうした一連の取り組みが高く評価され、今年2月にはバリアフリー社会を推進する優れた取り組みを評価する国際賞「ゼロ・プロジェクト・アワード2022」を日本のテレビ局として初めて受賞(※)。オーストリアの国連ウィーン事務所で行われた授賞式に参加するとともに、3つの岡山方式を世界に向け発信しました(写真5)。またこのほかにも、2019年に全日本ろうあ連盟の「厚生文化賞」を、2020年には内閣府のバリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰で、内閣府特命担当大臣表彰優良賞を受賞していて、岡山方式に注目が集まっています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真5はウェブには掲載しておりません。

障害のある人たちと一緒に取り組みことで得られる大きな気づき

国際賞受賞を機に、私自身オーストリアを訪問し世界のさまざまな団体と交流を深め、最新のバリアフリーの取り組みや考え方を知ることができましたが、共通していたのはチャリティーやボランティアの精神だけでなく、「活動をいかに経済的に自立させ持続可能にするか」マネタイズまで責任を持つという視点でした。また、障害者を支援するという発想ではなく、一緒に取り組むことで障害者から大きな気づきを得る。障害者の存在によって健常者も助けられているんだという、海外の考え方にも大いに共感しました。岡山放送も約30年にわたり当事者と一緒に番組制作を行ってきましたが、情報が届きにくい障害者に情報を届けようと努力することは、情報伝達を仕事にするテレビ局のマインドとスキルを高めることにつながると実感していて、災害時などに、より丁寧な放送となって視聴者に届けられていると信じています。

新たな岡山方式「シュワQ」

帰国後、日本国内では5月に「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律」(通称:障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法)が成立・施行され、健常者と障害者の情報格差のない社会を目指すことがより求められていますが、岡山放送では世界で学んだバリアフリーの精神を生かそうと新たな岡山方式を考案しました。

それが「シュワQ」というものです(写真6)。QRコードを読み取ると、手話、字幕、音声での案内が動画で表示されるユニバーサル対応のシステムで、すべての人への情報提供を目指し岡山放送が企画制作しました。すでに商業施設にも導入されていて、施設紹介や避難ルートなど9種類の案内動画を施設内に掲示しています。QRコードを開発した(株)デンソーウェーブもこの活用アイデアに対し「弊社の技術が活用されていることを嬉しく思うと同時に、本システムが広がり、多くの方々の充実した生活に貢献することを期待しています」とコメントいただいています。岡山放送では、医療や福祉など公共性の高い分野での情報保障だけではなく、日常生活を当たり前に送る上での情報保障にも役立てないかと考えシュワQを開発していて、「なぜ美味しいのか」「どんなこだわりがあるのか」などの情報が得られることで社会がより楽しく感じられるようになるのではと考えています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真6はウェブには掲載しておりません。

経験を活かしたこだわりの手話番組を放送

こうした情報のバリアフリー化への意識は本業であるテレビ放送でも、年々高まっていて、今年の手話言語の国際デーでは、情報番組と夕方ニュースの2つ自社制作番組に全編手話通訳をつけ放送しました。1日の生放送に計100分の手話通訳をつけるのは岡山放送では初めての試みで、特にスタジオトークが中心となる情報番組「なんしょん?」では、その日にオープンした商業施設について詳しく伝えたり、CGキャラクターが手話で天気予報について解説したほか、コンビ芸人による漫才を手話通訳し伝えました(写真7)(図1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真7はウェブには掲載しておりません。

図1 なんしょん?配信のQRコード
図1 なんしょん?配信のQRコードQRコードのURLへ

漫才の手話通訳では言葉を仕事にする芸人と手話通訳士が互いのこだわりを見せ、オチを的確に伝えるために音声と手話表現では違う文言を使うなど工夫が見られました。また、こだわりのグルメを伝えるために、手話通訳士自身も試食をして番組に臨むことで手話表現や表情が豊かになるなど、長年にわたり手話放送を継続する岡山放送だからこそのノウハウが凝縮された番組が放送できました。

番組を見た聴覚障害者からは「通常の生放送はテロップも少なく、映像を眺めることが中心だったが、長時間の手話対応で初めて“行ってみたい”“食べてみたい”という気持ちになった。漫才など健常者と同じタイミングで笑えたことが本当に嬉しかった」など、さっそく感想をいただいていて、スタッフ一同大きな学びとなっています。

約30年前、取材した聴覚障害者に自分のニュースを見てもらいたいと手話を付け始まった岡山放送の情報バリアフリーの取り組み。きっかけは小さな一歩でしたが、当事者とつながり、地域経済とつながり、ICTとつながり、今その輪は大きな広がりを見せています。そして今年、岡山市中心部を照らしたあのブルーライトの輝きのように、岡山放送の情報から誰一人取り残されないことを目指す思いが、これからも多くの人に届くことを願っています。


編集部注:本誌2022年4月号「トピックス」参照。

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