総括所見の意義と活用―障害者権利条約・第1回国家報告審査を終えて

「新ノーマライゼーション」2022年12月号

神奈川大学名誉教授
山崎公士(やまざきこうし)

はじめに

2022年8月、スイスの国連ジュネーブ事務所で障害者権利条約(以下、「条約」という)の国内実施状況に関する日本の国家報告が国連障害者権利委員会によって審査され、同10月に総括所見が公表された。この審査と総括所見の意義、そして条約の国内実施に向けた課題を考えたい。

1. 障害者権利条約―締約国の法的義務と条約を守らせるしくみ

条約は2006年の第61回国連総会で採択され、2008年に発効した。締約国(条約に入った国)の数は2022年11月末現在で185か国である。世界中の障害当事者・障害者団体は条約の起草過程に積極的に参画し、条約の成立に大いに貢献した。日本はこの条約を2014年に批准し、同年日本について発効した。

締約国の法的義務

締約国が負う主要な法的義務は次のようなものである。1.適当な立法措置、行政措置等を通じて、障害に基づく差別なしに、障害者の人権を完全に実現すること(4条1項(a))、2.条約実施のための法令・政策の作成や実施過程で、障害者を積極的に関与させること(4条3項)、3.障害に基づく差別を禁止し、障害者差別撤廃のため合理的配慮が提供されるようにすること(5条)、4.障害者が地域社会に完全に受け入れられ、参加できるよう効果的で適当な措置をとること(19条)、5.障害者の教育に関する権利を認め、あらゆる段階でインクルーシブな教育制度と生涯学習を確保すること(24条)、6.障害者の労働権を認めること(27条)、7.障害者の政治的権利を保障すること(29条)、8.国際協力が重要であることを認識し、国家間、国際的・国際地域的機関、市民社会(特に障害者の組織)と連携して、適当で効果的な措置をとること(32条)。

締約国に条約を守らせるしくみ

条約上の法的義務を締約国に守らせるため、条約は国際的実施と国内的実施のしくみを備えている。後者は他の人権諸条約に例を見ない、この条約独自のものである。

(1)国際的実施のしくみ

締約国が条約上の義務を守っているかを国際的に監視するため、条約は障害者権利委員会(以下、「委員会」という)を設置する。委員会は個人資格で選出される独立専門家18名の委員からなる。個々の委員は自身の国籍国から指揮・命令されることは一切ない。委員会は、1.国家報告制度(今回の審査は、この制度の運用)、2.個人通報制度と3.調査制度を通じて、締約国による条約の国内実施を監視している。詳しくは、拙稿「障害者権利条約:条約を守らせる仕組みを中心に」『ノーマライゼーション』34巻1号(2014年)を参照されたい。

(2)国内的実施のしくみ

締約国は条約の国内的実施にあたり、国内人権機関(政府から独立した国設の人権機関)の地位に関する国連パリ原則を考慮に入れることを求められている。市民社会、特に、障害者や障害者団体は監視の過程に完全に関与し、かつ、参加できるようにすべきことも明文で規定されている(33条3項)。

2. 障害法制の整備

日本が条約の締約国となった2014年前後以降、日本の障害法制は大きな展開を示している。日本の国家報告審査に関する委員会の総括所見は、障害法制や施策の進展について17項目にわたり肯定的に評価した。以下にその主要なものを紹介する。

1.障害者差別解消法(2013年)の制定と2021年改正(民間事業者にも合理的配慮提供を義務化)、2.障害者雇用促進法の2013年改正(障害者の法定雇用義務の対象を精神障害者に拡大し、合理的配慮の確保を義務化)、3.視覚障害者等による著作物の利用機会促進マラケシュ条約の批准(2018年)、4.読書バリアフリー法(2019年)の制定、5.電話リレーサービス法(2020年)の制定

3. 国家報告の審査プロセス

人権諸条約の国家報告は概ね次のようなプロセスで作成され、審査される。

〔プロセス1〕 国家報告の準備・提出:締約国の中央政府が提出する。準備段階で、国内のNGOと報告内容について協議することがある。国家報告とは別に、NGOがパラレルレポート(並行レポート; Parallel Report)を委員会に提出することが多い。パラレルレポートには国家報告が触れていない事実や情報が記載されており、委員会の有益な情報源となる。

〔プロセス2〕 質問票の作成:委員会は、国家報告に関する論点を整理するため、締約国に質問票(List of Issues)を送り、審査前に回答するよう求める。質問票の内容に関しNGOは委員に働きかけることが多い(ロビー活動が重要)。

〔プロセス3〕 国家報告の審査:委員会の独立した委員と締約国との間で国家報告の内容について建設的対話を行い、 締約国による人権条約のより良い国内実施を促す。この建設的対話において、国内人権機関が中央政府とは別の立場で発言することがある。委員会は数名の委員を国別報告者に指名する。審査に先立ち、NGOは委員に働きかけ、議論してほしい問題点を説明することが多い(ロビー活動が重要)。

〔プロセス4〕 総括所見の公表:委員会は国家報告の審査結果を総括所見として公表する。

〔プロセス5〕 フォローアップ:委員会は締約国に対し、総括所見に関してとった措置を次回国家報告で説明するよう求める。総括所見において指摘された懸念事項や勧告は、締約国の人権政策・施策に影響を及ぼし、人権法制の改正・整備や行政慣行の改善をもたらす場合もある。

今回の日本の第1回国家報告審査では、2016年に日本障害フォーラム(JDF)や日本弁護士連合会(日弁連)等から9本のパラレルレポートが出され、2019年には委員会事前作業部会で委員とNGOが質疑を行うカントリーブリーフィングも実施し、委員会は質問票の確定版を公表した。

これを受けて、上記団体は総括所見に向けたパラレルレポートを提出した。その後2021年、JDFと日弁連は質問票への回答案に関し政府と意見交換し、政府は2022年に委員会に質問票への回答を提出した。建設的対話直前の2022年8月に2日間、JDF、日弁連等8団体と障害者政策委員会が委員会に対し口頭説明を行うプライベートブリーフィングの機会を得た。これとほぼ同時期に、JDFと日弁連は国別報告者に面会し、建設的対話における論点を説明するロビー活動を行った。

このように、今回の国家報告審査では、委員会と日本政府の間の建設的対話に先立ち、〔プロセス1〕と〔プロセス2〕で委員会、日本政府、NGOの間で有意義な意見交換がなされた。

4. 日本の国家報告審査と総括所見

建設的対話

2022年8月22日と23日に委員会と日本政府との建設的対話(国家報告審査)が行われた。外務省、内閣府等7府省からなる日本政府代表団31名、市民社会から100名以上が参加した。これは上記の〔プロセス3〕にあたる。

審査では国別報告者やその他の委員からパラレルレポート、プライベートブリーフィングやロビー活動等を通じて得た情報も踏まえ的確な質問が出され、政府代表団は順次回答した。長瀬修立命館大学教授によれば、外務省参事官を団長とする代表団の構成に象徴されるように、障害者基本法を所管する内閣府の存在が希薄であり、俯瞰的で総合的な障害者政策という視点が見られなかったという。ただし、2日目の冒頭で政府代表が、津久井やまゆり園事件と優生思想に触れ、旧優生保護法について「政府として真摯に反省、心から深くお詫びする気持ちに変わりはない」という官房長官発言を引用した発言は、例外的に建設的対話らしい部分だったという。

なお、障害者政策委員会の石川准委員長は、同委員会が提出した独自の「障害者政策委員会の見解」に基づいて、1.法的能力の制限(12条)、2.精神医療(14条)、3.インクルーシブ教育(24条)の3点に絞った鋭い発言を行った。日本政府から条約の独立した監視枠組みとして指定されている委員会の長による発言は、存在感を示したという。

総括所見の内容

委員会と日本政府との建設的対話(〔プロセス3〕)を経て、2022年9月2日、委員会は総括所見を採択し、10月7日付で確定版を公表した。

2.肯定的側面の概略は、上記の「2. 障害法制の整備」で紹介したので、ここでは、3.主要な懸念事項と勧告、および4.フォローアップの概略を紹介する。

(1)主要な懸念事項と勧告

条約の条文ごとに記載される。17頁に及ぶが、主要箇所の骨子のみを記す。

〔一般原則と義務(1-4条)〕

*障害に関する医学モデルの要素を排除するための法令の見直し

*優生思想や障害者差別的な考え方と闘うため、津久井やまゆり園事件の見直しとこうした考え方の助長に対する法的責任の確保

〔生命に対する権利(10条)〕

*緩和ケアを含む治療に関して、障害者の生命に対する権利の明示的認知とそれに必要な保護措置の確保

*非自発的入院や治療の防止と地域サービスでの障害者への必要な支援の確保

*精神科病院での死亡事例の原因や状況に関する徹底的かつ独立した調査の実施

〔法の前の平等の承認(12条)〕

*代替的な意思決定体制の廃止を視野に入れた民法改正

*支援付き意思決定制度の確立

〔身体の自由と安全(14条)〕

*障害者の非自発的入院による自由の剥奪を認める法的規定の廃止

*同意のない精神科治療を正当化する法的条項を廃止し、強制的治療をなくすための監視機関の設置

*すべての障害者の自由意志に基づくインフォームド・コンセントの権利を保護するためのセーフガードの確保

〔自立した生活と地域社会への包容(第19条)〕

*無期限入院を止めるため、精神科病院に入院している障害者の全ケースの見直し

*障害者がグループホームを含む特定の生活様式を義務付けられず、居住地を選択し、どこで誰と生活するかを選択する機会を持てるようにすること

〔教育(24条)〕

*分離された特別支援教育を終えるため、障害児のインクルーシブ教育への権利を認め、インクルーシブ教育のための国家的行動計画を採択すること

*普通学校が障害児の入学を拒否できない制度を設け、特別支援学級に関する文科省通知を撤回すること

*障害児への合理的配慮の確保

*インクルーシブ教育について通常教育の教員および教員以外の教育関係者への研修実施

*通常教育環境における補助的・代替的コミュニケーション様式・方法の使用の保証、インクルーシブ教育環境でのろう文化促進、盲ろう児のインクルーシブ教育へのアクセス

*高等教育における障害学生への障壁に対応する国家的な総合政策の策定

〔条約の国内実施と監視(33条)〕

*パリ原則に完全に準拠した(政府から独立した)国内人権機関の設置、ならびに同機関の枠組みにおける障害者政策委員会の強化

(2)フォローアップ

*自立した生活と地域社会への包容(第19条)およびインクルーシブ教育(第24条)に関する勧告への緊急対応が求められた。

*2028年2月20日までに、第2、第3および第4の定期報告をあわせて提出し、本総括所見でなされた勧告の実施に関する情報を含めるよう要請された。

結びにかえて―今後の課題

障害者権利委員会による日本の第1回国家報告審査では、〔プロセス1〕から〔プロセス4〕段階における市民社会団体の綿密で熱意に満ちた準備と参画によって、実のある総括所見が得られた。総括所見には、障害の有無を問わずすべての人びとが生きやすい社会づくりに向けたいわば“世界知”が込められている。これらは日本国に対する“グローバルなエール”であり、国内問題への外圧ではない。

ところが、これまで日本政府は、自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約等の国内実施状況に関する総括所見に対し、必ずしも真摯に向きあってきたとはいえない。民主主義、法の支配と人権尊重を国の基本方針として内外に宣言する日本政府は、今回の総括所見で示された勧告内容を真剣に受け止め、法制度や政策の改変に取り組む時期にさしかかっている。市民社会は総括所見で示された“世界知”を活用して、日本政府の背中を押す活動を活発に展開するであろう。その際のポイントをいくつか紹介し、結びにかえたい。

第1は、新聞、テレビ・ラジオ等のメディアやSNSを通じて、総括所見を広報することである。第2は、“世界知”を参照しつつ障害者政策を推進するよう、与野党に要望することである。第3は、総括所見の内容を周知し、業務の中で参照・活用するよう、行政、司法(裁判官を含む)ならびに全自治体に要望することである。障害の有無にかかわらず人格と個性が尊重される社会づくりに向けて、総括所見はさまざまな可能性を秘めている。

menu