初回審査の傍聴を通して考える障害の人権モデル

「新ノーマライゼーション」2022年12月号

日本障害フォーラム 代表
社会福祉法人日本身体障害者団体連合会 会長

阿部一彦(あべかずひこ)

障害者権利条約をめぐるJDFの取り組み

多様な障害当事者団体を中心に全国レベルの13の団体で構成されている日本障害フォーラム(JDF)では、2017年からパラレルレポート特別委員会(佐藤聡事務局長)などで、熱心な議論や細やかな検討を重ね、3つのパラレルレポートを障害者権利委員会に提出するとともに、他の国々の審査などの傍聴を行ってきました。

そして、本年8月、約70名のJDF代表団がスイス・ジュネーブの国連事務所を訪れ、市民社会組織(障害者団体等)の立場から対日審査に先立つ障害者権利委員との情報交換(プライベートブリーフィングやロビー活動)を行うとともに、障害者権利条約に関する日本の実施状況の審査(建設的対話)を傍聴してきました。

建設的対話の傍聴

建設的対話(8月22日、23日)における、障害者権利委員の質問に対する政府の回答は、関連施策の説明、考える方向性の追認、現在検討中などという慎重な回答に止まり、統計資料や市町村の実施状況に関する情報に乏しく、説明不足に感じられました。

一方、権利委員は、パラレルレポートやプライベートブリーフィング(JDFなどによる報告と質疑応答)によってかなり準備していたようで、政府に対して具体的な鋭い質問や確認が行われました。日本担当の国別報告者のヨナス・ラスカス副委員長(リトアニア)は建設的対話開始時に審査の核心的課題について述べるとともに、キム・ミヨン副委員長(韓国)は当事者の視点から心のこもった素晴らしい閉会の辞を述べています。

心に響いた障害の人権モデル

私にとって印象的だったのは、ラスカス氏が繰り返し「障害の人権モデル」に言及したことです。人権侵害に関して問題意識が高い国、リトアニアの体験をもとにしたラスカス氏の問題提起には説得力がありました。

私自身、対日審査前日に、国連会議場のちょうど道路を挟んだ向かい側に位置している国際赤十字博物館で、世界中のさまざまな人権侵害の実態とそれに対応する赤十字活動の展示を通して、人権侵害の恐ろしさと人権擁護の大切さについて深く学んだ体験によって、人権モデルという言葉が心に響いたと思います。

ラスカス氏は、相模原障害者殺傷事件(2016年)は障害者に対する優生思想に基づいた考え方が日本の社会に根付いてきたことに起因し、わが国の法律や政策が障害の人権モデルに調和していないことも要因であると述べました。だからこそ、建設的対話では、すべての障害者のすべての人権の完全な承認が求められるすべての問題を特定することが、今後の日本の在り方を問う絶好の機会であると主張しました。

それらの問題は、JDFとしても最重要課題として取り上げている、手話言語の認定(1-4条)、障害女性(6条)、法的能力の行使(12条)、精神科病院の強制入院・長期入院(14条)、個人をそのままの状態で保護すること(旧優生保護法被害)(17条)、地域移行(19条)、インクルーシブ教育(24条)、労働(27条)、監視体制の強化・人権救済制度の不在(障害者団体の参画)(33条)などです。

障害の社会モデルについては、ある程度認知されてきていますが、加えて「多くの支援を受けている障害のある人も含めて、その人の意思決定に基づいてその人の持っている力を最大限に引き出し、その人らしい生活が送れるように意思決定支援を十分に行うこと」という「障害の人権モデル」について本人、家族、地域の人々、関係機関での理解につなげることが重要です。

建設的対話の閉会の辞

もう一人の国別報告者であるキム・ミヨン氏は「建設的対話の閉会の辞」として、パラレルレポートが示す日本の障害者の実際の状況と、政府報告に大きなギャップがあることを指摘しています。

そして、政府と障害者・家族・市民社会団体が連絡を取り合い、連携することによって、勧告を踏まえた、人権の実施と障害者の生活の質の改善が達成できると述べています。とても大事な指摘です。

総括所見をもとにした今後の活動

10月7日には障害者権利委員会から総括所見の確定版が出されました。勧告には、すぐに達成できそうなものもありますが、すぐに取り組んでも漸進的に予算と時間をかけるべき内容のものもあると考えられます。

JDFでは、今後、総括所見について詳細な分析を行うとともに、地域フォーラムなども含めて、総括所見の意義に関する周知活動を展開していく必要があります。この時、各勧告に共通している障害の人権モデルという考え方について、私たち自身がさらに学びと考察を深めるとともに、当事者・家族を含めた国民全体の基本的な理念として取り入れていくことが重要です。どのような障害があっても、適切な支援を実践することによって本人の意思決定をもとに、その人の持っている力を発揮して、その人らしい生活を送ることがとても大切なのです。

そして、総括所見を踏まえたわが国の取り組みについて、関係府省並びに地方自治体などと具体的な意見交換を行って実践に結び付けるとともに、各地域における今後の実施状況を見届けていくことも重要です。

JDF等の障害者団体は地方の関係する組織と連携して、総括所見の意義について学びと理解を深め、誰もが暮らしやすい社会を実現する活動を展開していく必要があります。障害による不便や困難を体験してきた障害当事者団体の大きな役割です。

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