日本審査において市民社会が果たした役割

「新ノーマライゼーション」2022年12月号

名城法律事務所豊田事務所 弁護士
田中伸明(たなかのぶあき)

1.市民社会の活動の重要性

2022年8月22日、23日の両日にわたり行われた国連障害者権利委員会による日本審査では、日本から市民社会として100名を超える障害当事者、障害者団体関係者(以下「障害者団体等」といいます)が出席し、障害者権利委員会と日本政府代表団との間の建設的対話を傍聴しました。また、障害者団体等は、この日本審査に先立って行われたプライベートブリーフィングにも参加するとともに、障害者権利委員会の各委員に対しても個別のロビー活動を行っています。

今回の審査は、日本が障害者権利条約の締約国となって初めての審査となりますが、このように多数の障害者団体等がジュネーブまで赴き、障害者権利委員会、そして障害者権利委員会の各委員に対して積極的な働きかけを行い、日本における障害者が置かれた実情を直接報告することは、建設的対話における障害者権利委員会から日本政府代表団に対する充実した質問の基盤を作る者としてとても重要な意味を持ちます。そして、忘れてはならないことは、このような障害者団体等による積極的な働きかけは、障害者団体等の制度改革に向けた熱意を直接障害者権利委員会の各委員に伝える機会となることです。

今回参加した障害者団体等の構成メンバーは、それぞれの立場から、今この時を懸命に生きている障害当事者が少しでも障壁のない生活を送ることができるようにするために、また、障害のある子どもたちが、これから少しでも幅広い選択肢の中で自分の人生を歩んでいけるような社会をつくるために、現状の問題点を改善していきたいという熱意にあふれていました。この熱意が、障害者権利委員会の各委員に伝わったことは確かだろうと思います。

2.市民社会が提出したパラレルレポートの重要性

このような障害者団体等の働きかけもあって、今回の建設的対話における障害者権利委員会から日本政府代表団に対して出された質問は、日本の現状の問題点を踏まえた的確な質問が多かったと感じています。もちろん、このことは充実したプライベートブリーフィングやロビー活動が行われた結果であるということができますが、障害者団体等がこの日本審査に向けて提出していたパラレルレポートに、日本における現状の問題点が正確な情報ととともに、豊富に提供されていたことも指摘しなければなりません。今回の総括所見の内容を見ると、日本障害フォーラム(JDF)を含めた市民社会が提出したパラレルレポートで指摘した改善点が多く取り入れられていることが分かります。

以下では、一例として条約13条(司法手続の利用の機会)が定める「手続上の配慮」に関する総括所見について、ご紹介したいと思います。

3.「手続上の配慮」をめぐる建設的対話と総括所見

条約13条では「手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること等により、障害者が他の者との平等を基礎として司法手続を利用する効果的な機会を有することを確保する」ことが定められています。そして、ここにいう「手続上の配慮」は「合理的配慮」とは異なる概念であって、「均衡を失した又は過度の負担」という概念によって制限されるものではないことが明確にされています。そこで、JDFのパラレルレポートでは、日本の民事訴訟法や刑事訴訟法等に、この「手続上の配慮」を定めた規定がないことを指摘した上で、個々の障害者の特性に応じた手続上の配慮が迅速に提供されるための規定を整備することを求めました。その結果、建設的対話においては、障害者権利委員会のシェーファー委員から日本政府代表団に対して、刑事、民事、行政すべての手続において、あらゆる障害者に対して手続上の配慮を定める法規定を定める計画があるかどうかについての質問がなされています。

これに対する日本政府代表団の回答は、条約13条が求めている障害者に対する「手続上の配慮」に関する法規定はすでに存在しているのであって、具体的には障害者基本法第29条において「個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮する」ことが定められていること、民事訴訟法第2条が定める裁判所の公正義務の内容には、障害者への合理的配慮の提供も含まれる、との回答でした。しかし、日本政府代表団が、回答の中で「合理的配慮」という言葉を用いていることからも、また、現行の法制度上、聴覚障害者が民事訴訟手続を利用する際に必要な手話通訳者を確保するための費用が訴訟費用とされ、敗訴した場合には費用負担を強いられる制度となっていることからも、現行の法制度上は条約13条が求める「手続上の配慮」が保障されているとはいえない状況にあります。そこで、今回の総括所見では、第30項の(b)において、当該障害の内容にかかわらず、すべての司法手続において、障害者のために手続上の配慮を保障する旨が指摘されることとなりました。

4.おわりに

このように見てみると、障害者団体等によるパラレルレポートの提出、プライベートブリーフィングへの参加、ロビー活動という一連の活動が、的確な総括所見につながっていることが理解できます。次回の日本審査に向けても、市民社会が一丸となって、今回と同様の一連の活動を行っていくことの重要性をあらためて感じています。

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