ソーシャルファームへのチャレンジ~株式会社ベネッセソシアスの取り組み

「新ノーマライゼーション」2023年2月号

株式会社ベネッセソシアス 代表取締役
山口元(やまぐちげん)

1. 弊社の概要

ベネッセソシアスは、特例子会社では採用が難しかった方たちの雇用を目指して2016年に設立した会社です。社名のソシアスはラテン語で「仲間」。ソーシャルの語源でもあります。

特例子会社といえども自立した企業体であり、受託した仕事には納期や品質責任があります。よって期待するアウトプットを出せるかどうかが採用の基準となります。ベネッセの場合、この基準が高く、結果として、10名の実習生のうち、1番手、2番手しか採用できないという状況がありました。「5番手、6番手の実習生も採用できるようになりたい」「もっとハードルの低い職域を創ろう」という想いが弊社の原点です。

新しい職域の条件は次の3点でした。

1.支援員と利用者が集合して作業する形態(≒支援がしやすい)

2.仕事量があり、今後も機械化が難しい業務(≒20年先にも仕事がなくならない)

3.競争や評価をできるだけ排除した人事制度(≒各人のペースを尊重)

1年間グループ内外を歩きまわり、老人ホーム入居者の日常衣類の洗濯業務を受託する大型洗濯センターを、就労継続支援A型事業所(以下、「A型事業所」という)として運営することに決め、福祉サービス提供を目的にした新会社を設立しました。現在3か所の洗濯センターで84名の「仲間(手帳を持つ方)」が働いています。

2. ソーシャルファームに取り組むことになった経緯

最初のセンターを稲城市に、2番目を板橋区に、それぞれA型事業所として開設しました。そして次の展開を考えていた時に「東京都認証ソーシャルファーム」のことを知りました。「障がい者だけを集めた職場でいいのか」「手帳を持たない人をどうする?」など個人的なモヤモヤを抱えていたこともあり、“ソーシャルインクルージョン”の概念に惹かれました。すぐに企画書をホールディングス(グループを統括する持ち株会社)へ提出し、事業化の承認を得ました。

事業コンセプトは、「社会的自立を目指す就労困難者のための高効率洗濯センター」。障がい者にとっては「それぞれの特性を活かし、安心して長く働ける場所」、ニートやシングルマザーにとっては「生活リズムや働く自信を取り戻し、次のステージに踏み出すための場所」としました。

目標は「年収200万円の実現(都内で一人暮らしするための最低額)」と「給付金ナシで採算をとる」の2点。そのため、従来センターの1.5倍の生産性を目指すこととしました。

そして、2020年10月に東京都に予備認証を申請し、2021年8月に大田区西六郷に第3センターとして開業しました。

3. どのような人たちが働いているのか

障がい者と健常者が一緒に働く職場を目指して2つの採用ルートを用意しました。手帳を持っている就労困難者は、サポートピア(大田区立障がい者総合支援センター)。手帳を持たない就労困難者は、JOBOTA(大田区生活再建・就労サポートセンター)。この2つを軸に少しずつ人が集まり、現時点(2023年1月)で24名が働いています。

内訳は、職員(センター長と支援員)3名、東京都が認定した就労困難者10名(単なるニートやシングルマザーは認定されません)、それ以外のパート従業員11名です。就労困難者には、障害者手帳を持つ方(知的、精神、身体)や20年間引きこもっていた方、外国籍のシングルマザーがおられます。

4. 仕事の内容

業務内容はA型事業所の洗濯センターと同じく、老人ホーム入居者の日常衣類やホーム備置のタオル類の洗濯です。現在、近隣17か所の老人ホームから750名分の洗濯物をお預かりしています。

<作業工程>

洗濯物の受け取りと返却→洗濯前チェック(ポケット内確認、洗濯可能か素材判断など)→機器操作(業務用洗濯機、乾燥機、ボイラー)→たたみ→返却準備

メインの作業は日常衣類をたたむ作業です。ほとんどの業務が立ち仕事で、身体的には決して楽な仕事ではありません。

5. みんなが働けるために工夫していること

障がいのある人もない人も、外国籍の人もみんなが働けるように工夫をしています。作業面、支援面ともA型事業所で積みあげてきたしくみやノウハウを継承しており、自分たちにとって特別感はありませんが、あらためて「3つの軸」に整理してみました。

<働きやすい環境づくり>

・良好な空間:洗濯センターにありがちな「暑い寒い」や「狭い」が起こらないよう空調や休憩スペースに配慮しています。

・構造化:視覚優位の方が多いことを前提に、洗濯手順や洗濯種別ごとにランドリー袋やブラスケットを色分けし、モノの置き場も動線に従って細かく指定しています。

・勤怠の自由度:あえて時給制を選択しました。本人の生活リズムや体調に合わせて出勤日数や勤務時間をフレキシブルに設定しています。

<意欲や自己肯定感を育む>

・「ありがとう」が飛び交うしかけ:作業中の雑談もOKとし、お互いに声を掛け合い手伝うことを奨励。支援員が率先して「ありがとう」の声掛けを行います。

・作業見通しの共有:その日の作業スケジュールを掲示しています。「進んでいる」「遅れている」をそれぞれが感じながら作業する中で連帯感が生まれています。

・カイゼンへの参画:作業手順・ツール・レイアウトなど提案活動を奨励し、表彰制度も用意。各自の提案が職場内でどんどん形になっていくことで意欲や帰属感が高まります。

<不調時を想定した支援体制>

・職員は全員、ジョブコーチや介護福祉士の有資格者で、人のケアについて一定の見識を持った人材を配置しています。

・3年内に何らかのトラブルや不調が発生することを前提に、外部支援者と連携した支援体制を構築しています。「3年」というのは、A型事業所での経験値です。就労困難者ごとに、サポートピア、JOBOTAはもちろん、行政機関(障害福祉課、生活福祉課)、ハローワーク、グループホーム、家庭との関係性を維持。定期的に情報を発信し、不調の兆候があった場合はすぐに連絡を取り合い連携してサポートをしています。

6. 現状と今後

開業から1年半が経ちました。かつての個人的なモヤモヤに対するひとつの回答が形になり始めているのを感じています。現場に立って「いいな」と思うのは障がい者と健常者が普通に会話し、一緒に作業をしている風景です。20年間引きこもっていた方は、週3勤×3時間から始めて今は週4勤5時間勤務をしており、入社時とはまったく違う表情をされています。働くことで社会とつながっていくプロセスが目の前で展開されている。これが職員のやりがいに直結しています。

同時に、契約形態や人事制度などが今の形(A型事業所の発展形)でよいのだろうかなど、新たなモヤモヤも生まれてきています。給与水準をもっと上げる必要もあります。これらのモヤモヤをひとつずつ解決しながら現在の事業モデルをさらにブラッシュアップしていくつもりです。

東京都産業労働局や東京しごと財団をはじめ多くの方々に支えられて現在の事業所が生まれました。ご支援いただいた方々にこの場をお借りしてお礼申し上げます。

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