多様性は可能性~東京都におけるソーシャルファームの推進

「新ノーマライゼーション」2023年2月号

公益財団法人東京しごと財団 企業支援部雇用環境整備課長
山本(やまもと)あずみ

1. ソーシャルファームとは

東京都では、就労を希望する誰もが個性や能力を発揮し活躍する場として、ソーシャルファームの取り組みを進めています。ソーシャルファームとは、「一般的な企業と同様に自律的な経済活動を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業」です。東京都が全国に先駆けて条例を制定し、取り組みを進めています。

ソーシャルファームは、1970年代にイタリアで誕生しました。イタリア国内の精神病院の廃止に伴い、患者の方々が通院治療しながら就労する場として設立されたことが始まりです。精神障害者雇用から始まったソーシャルファームは、各国の社会事情を背景に、雇用対象者も拡大しながら、国を超えて広がっています。現在ではヨーロッパ全体で約1万社、韓国に3千社が存在しています。

2. 東京都が進めるソーシャルファーム

東京都は、令和元年12月に全国初となる条例「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」(以下「条例」)を制定しました。この条例の検討を開始した平成30年当時は、都内の有効求人倍率が2年以上にわたって2倍を超えており、雇用情勢が改善する一方で、働く意欲がありながら仕事につけない人も多い状況にありました。社会が複雑化、就労が困難な要因も多様化する中、「ソーシャルファーム」の考えも取り入れながら、より広い視点で就労支援のあり方を考える必要がある、という認識のもと、一般就労や福祉的就労支援等に加えて、新しい雇用の機会としてソーシャルファームの創設と活動の促進を進めることとなりました。

3. 東京都の認証制度

この条例で重要となる基本理念が「ソーシャル・インクルージョン」です。条例第3条第2項では「就労の支援は、都と都民、事業者等が相互に理解を深め、社会の一員として共に活動しながら支え合うソーシャル・インクルージョンの考え方に立って推進されなければならない。」とあります。ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)とは、誰もが排除されずに全員が社会参加する機会を持つことです。さまざまな個性をもつ方を、相互に理解した上で個性として包み支え合い、共に活動していくことを目指しています。

東京都は、ソーシャルファームの創設及び活動を支援するため、支援対象となる事業所を認証しています。その要件は三つあります。

一つ目は、事業からの収入を主たる財源として運営することです。事業収入により主な収益を上げて、自律的かつ持続的な運営をしていくことです。

二つ目は、就労困難者と認められる者を相当数雇用することです。「就労困難者と認められる者」とは、就労を希望しながら、心身の障害をはじめ社会的、経済的その他の事由により就労することが困難である者であり、東京都の認証審査会で、支援が必要であると認められた方をいいます。これまで、認証審査会で就労困難者として認められた方は、発達障害がある方、刑務所出所者の方、元引きこもりの方、障害のあるお子さんを育児中の方などです。また、「相当数雇用すること」とは、認証基準で「就労困難者と認められる者を従業員総数の20%以上かつ最低3人以上雇用していること」となっています。

三つ目は、就労困難者と認められる者が他の従業員と共に働いていることです。福祉作業所のように、指導者と指導を受ける人という関係ではなく、同僚として一緒に働くことです。

以上の三つの認証要件と、経営や雇用面をはじめとする認証の基準に適合しているかを東京都の認証審査会で総合的に審査し、基準をすべて満たした事業所が「東京都認証ソーシャルファーム」として、支援対象となります。また、認証の区分には「認証」と、将来的に認証を受けるために計画段階で認証を受ける「予備認証」があります(図)。

図 創設の流れ
図 創設の流れ拡大図・テキスト

4. 東京都認証ソーシャルファーム

令和2年度、東京都は認証ソーシャルファームの担い手となる法人を募集し、令和3年3月に初めて「東京都認証ソーシャルファーム」が誕生しました。現在、31事業所(令和5年2月現在)が東京都認証ソーシャルファームとして活動しています。

事業所の業種は、清掃業、建設業、カフェや飲食の販売、リサイクルショップ、印刷業やWeb事業等、さまざまであり、その事業所の規模もさまざまです。ウェブサイト「東京SOCIAL FARM」では、東京都認証ソーシャルファーム事業所の事例を紹介しています。(https://www.social-firm.metro.tokyo.lg.jp/social-firm/cases/

5. 東京しごと財団の支援

東京しごと財団では、「ソーシャルファーム支援センター」(以下「支援センター」)を設置し、東京都認証ソーシャルファーム事業所(以下「認証事業所」)に対する支援と、ソーシャルファームの創設を検討している方に向けた普及活動に努めています。

認証事業所に向けては、東京しごと財団で各事業所の担当者を設け、担当職員が実施状況等の定期的な把握や事業実施に係る必要な情報提供等、認証事業所と密なコミュニケーションをとりながら、各種支援を行っています。その一つが、運営費等の補助です。予備認証段階で事業所を開設する際の工事費や設備導入費等が対象となる「整備・改修費等」と、認証を受けた後から5年間、就労困難者と認められる方の人件費や、不動産賃借料、広告・販路開拓費等が対象となる「運営費」を補助します。また、各認証事業所の課題やニーズに応じて、中小企業診断士や社会保険労務士をはじめとする専門家を派遣し、コンサルティング支援を行っています。さらに、認証事業所と就労支援機関等とのマッチングの場を提供し、新たな雇用へ繋げる機会や、認証事業所と各機関とが連携するきっかけづくりを行っています。

また、支援センターでは、ソーシャルファームの創設を検討している方に向けて、職員が相談や情報提供を行っています(写真)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真はウェブには掲載しておりません。

今後、支援センターでは、これまでも実施してきた認証事業所向け支援について、コンサルティングや勉強会等を充実させ、就労支援機関との連携強化も進めながら、各認証事業所の自律的な経営に向けたサポートをしていきます。

6. ソーシャル・インクルージョンの実現に向けて

ソーシャルファームでは、これまで就労の機会がなかった就労困難者の方々が仕事を通じて知識や技術、経験を得られるだけでなく、「共に働く」ことによって一緒に働く人々も新たな気付きや経験をし、一緒に成長している、といったお話を認証事業所の方から聞くことがあります。このソーシャルファームの取り組みが、「ソーシャル・インクルージョン」や「共に働く」ことへの理解や共感へと繋がり、就労を希望するさまざまな方が活躍する場がさらに広がっていくことを期待しています。東京しごと財団では、東京都と連携しながら、ソーシャルファームの活動促進に向けた取り組みを行い、ソーシャル・インクルージョンの実現に向けて進めて参ります。

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