鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学講座
井上雅彦(いのうえまさひこ)
強度行動障害とは、自傷、他傷、こだわり、物壊し、睡眠の乱れ、異食、多動など、本人や周囲の人の暮らしに影響を及ぼす行動が通常では考えられない頻度で出現し、現在の生活環境では著しく処遇の困難な状態(行動障害児者研究会,1989)を意味する行政用語で、医学的な診断名ではありません。厚生省(当時)の当時の施策は、施設入所されている方への支援が中心で強度行動障害判定基準表(表1)で10点以上を強度行動障害とし、20点以上を強度行動障害特別処遇事業の対象としたことから始まりました。
表1 強度行動障害判定基準とその評定基準
行動障害の内容 | 1点 | 3点 | 5点 |
---|---|---|---|
1 ひどい自傷 | 週に1, 2回 | 一日に1, 2回 | 一日中 |
2 強い他傷 | 月に1, 2回 | 週に1, 2回 | 一日に何度も |
3 激しいこだわり | 週に1, 2回 | 一日に1, 2回 | 一日に何度も |
4 激しいもの壊し | 月に1, 2回 | 週に1, 2回 | 一日に何度も |
5 睡眠の大きな乱れ | 月に1, 2回 | 週に1, 2回 | ほぽ毎日 |
6 食事関係の強い障害 | 週に1, 2回 | ほぽ毎日 | ほぽ毎食 |
7 排泄関係の強い障害 | 月に1, 2回 | 週に1, 2回 | ほぽ毎日 |
8 著しい多動 | 月に1, 2回 | 週に1, 2回 | ほぽ毎日 |
9 著しい騒がしさ | ほぽ毎 | 一日中 | 絶え間なく |
10 パニックでひどく指導困難 | あれば | ||
11 粗暴で恐怖感を与え,指導困難 | あれば |
現在の強度行動障害の基準は、法律の改訂に伴い障害福祉サービスを受ける際に行う障害支援区分に併せて行われる「行動関連項目」(福祉型障害児入所施設の場合は強度行動障害判定基準表)の10点以上(表2)となっています。現在では、強度行動障害特別処遇事業は廃止されましたが、行動援護、重度訪問介護が重度障害者等包括支援の対象とされるとともに、施設入所支援、共同生活援助、生活介護、短期入所において重度障害者支援加算が設定され、福祉型障害児入所施設、児童発達支援、放課後等デイサービスにおいても、強度行動障害児(特別)支援加算が設定されるなど、支援施策が拡充されてきています。
表2 行動関連項目
項目 | 0点 | 1点 | 2点 | ||
---|---|---|---|---|---|
コミュニケーション | 1.日常生活に支障がない | 2.特定の者であればコミュニケーションできる 3.会話以外の方法でコミュニケーションできる |
4.独自の方法でコミュニケーションできる 5.ミュニケーションできない |
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説明の理解 | 1.理解できる | 2.理解できない | 3.理解できているか判断できない | ||
大声・奇声を出す | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
異食行動 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
多動・行動停止 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
不安定な行動 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
自らを傷つける行為 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
他人を傷つける行為 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
不適切な行為 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
突発的な行動 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
過食・反すう等 | 1.支援が不要 | 2.希に支援が必要 | 3.月に1回以上の支援が必要 | 4.週に1回以上の支援が必要 | 5.ほぼ毎日(週5日以上の)支援が必要 |
てんかん | 1.年に1回以上 | 2.月に1回以上 | 3.週に1回以上 |
行動障害に関連した支援(重複あり)を受けている利用者ののべ人数は68,906人(2021年10月時点)で、これは障害支援区分判定を受けた方の約15%とされています。この中で特に重篤な行動障害のある方について、旧基準である強度行動障害判定基準(表1)をもとにした2017年の鳥取県調査の推計では、療育手帳所持者の約2.6%であり、この方たちに対しては特に手厚い支援が必要であると考えられます。海外の研究では調査方法や尺度の違いからその結果は一様でないため単純に比較できませんが、知的障害のある方の10~15%が何らかの行動関連の支援ニーズを持つとされています。
強度行動障害にはさまざまな状態像が含まれますが、重度の知的障害と自閉スペクトラム症との関連性が高いとされています。強度行動障害のある人への支援では、知的障害や自閉スペクトラム症の特性などの個人因子と、どのような環境のもとで強度行動障害が引き起こされているのかという環境因子をあわせて分析していくことが大切です。つまり、強度行動障害は生まれながらに特定の個人が有しているのではなく、個々の障害特性と環境との相互交渉から二次的に生じるものといえます。Inoue ら(2022)は、強度行動障害における自傷行動や他害行動などは思春期(中学部・高等部段階)にかけて重篤化していくこと、一方食事、排せつ、睡眠の問題や多動、こだわりについては3歳以前に顕在化する傾向があることを示しました。リスクの高い幼児に対する予防的介入と、重篤化した強度行動障害に対する領域横断的な専門家チームによる支援システムが求められます。
また強度行動障害は虐待を受けるリスクが高いことも明らかになっています。毎年実施されている厚労省の調査においても養護者や支援者から虐待を受けた障害者の約3割が行動障害のある方であることが示されています。また養護者や支援者側の虐待要因として最も多いものは「教育・知識・介護技術等に関する問題」となっています。虐待防止に関連して養護者・支援者に対する行動障害に適切に対応するための支援が必要とされています。
先の鳥取県調査での行動関連項目10点以上の人の年代別人数分布では、10歳代以下は判定そのものを受けていない人が多いため参考になりませんが、強度行動障害のある人の人数は50歳代から徐々に減少するものの、ライフステージの中で長期的に持続する可能性が示されています。居住環境では、在宅の割合は年齢が上がるとともに減少し、30歳代では約30%、40歳代では約20%、50歳代では2.6%、60歳代では0%と低下していきます。これは在宅での支援が十分でないことも要因となっており、これを受けて鳥取県では令和2年度から「在宅強度行動障害支援事業」を開始しています。国内での地域差もあると思いますが、強度行動障害のある人が生涯にわたって健康で安心な生活環境を維持していくために、多様な居住場所の確保、在宅支援と医療連携体制の充実が課題となると考えます。
叱責や罰による行動の抑制は、倫理的な問題に加えて、それが一時的に抑制されたように見えても長期的にはより悪化させてしまうことが多くの研究で示されてきています。問題となる行動の介入に関する近年の研究は、ポジティブな介入手続きを使用し、個人の尊厳を尊重した社会的に妥当な成果を強調する方向へ向かっています。また行動障害に対しては、まずその行動の機能のアセスメントと環境調整を含む心理社会的介入を実施し、それが効果的でなかった場合に薬物療法を導入することが国際的な基準となっています。しかし我が国においては、有効な心理社会的介入の拡大はその途上にあり、薬物療法の適用も先行してしまう傾向が伺えます。
行動障害に対する心理社会的アプローチに関する多くの研究が、行動分析学をベースにした「機能に基づくアプローチ」を最も有効なものとして示してきています。機能に基づくアプローチでは、まず“なぜその人がその行動をするのか”を理解するため、問題となる行動を引き起こしている先行事象とその行動を維持している強化子を特定します。介入としては問題となる行動を引き起こしている先行事象を変更する(環境調整)ことで行動を生じにくくするとともに、問題となる行動は強化せず、問題となる行動の代わりとなる望ましい行動(コミュニケーションや余暇活動、課題従事行動など)を教えていきます。
近年、米国を中心として学校教育に取り入れが拡大している「ポジティブ行動支援(PBS)」は、問題となる行動を引き起こす前後の環境要因を機能的・生態学的にアセスメントし、適切な行動レパートリーの獲得を包括的に促進する介入システムです。PBSは問題となる行動に代わる適切な行動の獲得だけでなく、問題となる行動が生じる幅広い意味での環境やシステムの変更、ライフスタイルの改善までを含むものです。問題となる行動に対するPBSの有効性は多くの研究からエビデンスが示されていますが、我が国での普及はまだ途上にあるといえます。
心理社会的アプローチのガイドラインとして、米国国立保健機構(National Institutes of Health Consensus Development Conference Statement,1989)は「重篤な破壊・自傷・攻撃行動に対しては行動的介入、薬物療法、環境の改善、教育などを複合させることが重要」とし、「望ましい行動を促進し、行動問題を低減するための機能の分析が重要なステップである」と提言しています。また障害のある人の教育法(IDEA 97 Individuals with Disabilities Education Act)では機能的な行動アセスメントを遂行し、なぜ児童生徒がそのような行動を示しているのかを判断する必要があると規定しています。英国では英国政府機関ガイドライン(National Institute for Health and Care Excellence:NICE,2015)において「行動のための心理社会的介入は、行動の機能的アセスメントを用い行動原理に基づいて行われるべきである」ことが明記されています。
我が国の支援手法としては、障害特性のアセスメントから環境調整まで、支援手順書を活用した統一的な支援を「標準的支援」としていましたが、2023年の「強度行動障害を有する者の地域支援体制に関する検討会」の報告書(以下、検討会報告書)においては、障害特性を正しく理解し、機能的なアセスメントを行う等の根拠のある標準的な支援を行うことを支援の基本とすることが明記され、今後の発展が期待されます。
2013年から障害特性の理解、支援手順書に基づく支援、日々の記録等について新任者等が基本的な事項を学ぶ「基礎研修」、2014年からは行動観察・情報収集、行動の分析理解を行い、本人に合わせた支援手順をまとめた支援手順書の作成について学ぶ「実践研修」が開始されました。
しかし、これらの研修(基礎・実践)だけでは、障害特性や支援の手順等の基本的な知識は獲得できても実際の現場での支援を支援者が自信をもって実践することが難しいという問題も指摘されてきました。2023年の検討会報告書では、「外部の専門人材によるコンサルテーション等を活用しつつ、各事業所で実践やアセスメントスキルの向上を図るため、各事業所に「中核的人材」を養成していくことが必要である」とされ、これらの事業所に対するスーパービジョンなど地域の中心的な役割を果たす「広域的支援人材」の養成が求められるとしています。広域的支援人材においては、機能的アセスメントに関する専門性とともに、事業所のみならず家庭や学校、医療機関、行政など幅広いマネジメント能力が必要と考えます。
2023年の検討会報告書では、保護者への理解や支援が盛り込まれたという点で画期的といえます。子どもの行動障害は親の心理状態に大きな影響を及ぼすことが知られています。鳥取県で実施された保護者に対する調査結果においても、問題行動の対応だけでなくサービスの利用に対しても大きな不安を抱えていることが示されていました。例えば支援者側からは過干渉や抱え込みに見える事例でも、子を預けても大丈夫か、事業所や他の利用者に迷惑をかけるのではないか、などの不安から、利用を控えたり、控えざるを得ない状況に追い込まれたりすることもあります。支援者に対しては、保護者の精神的健康や心理とその支援について研修することも必要ではないかと考えます。
強度行動障害は生まれながらに特定の個人が有しているのではなく、障害特性のある個人と環境との相互交渉から二次的に生じると考えられます。つまり「問題となる行動」にはその個人にとっての意味や環境に対するニーズが隠されているということです。機能的アセスメントとそれに基づくアプローチは、環境との相互作用に目を向け、本人にとっての「意味」とニーズを知り、それに代わる適応的行動を提案することができます。このような支援が、その方のQOLの向上に寄与するためには、問題となる行動の一時的な減弱や特定の施設環境のみに限定された治療効果を最終目標とするのではなく、治療効果の持続の先にある当事者の自己決定に基づいた社会参加の拡大を目指すべきでしょう。そのためには親や支援者の理解やその支援だけでなく、生活環境のシステム自体を当事者の特性に合ったものに変えていくことが重要であると考えます。
【文献】
Inoue, M., Gomi, Y., & Matsuda, S. (2022). Developmental trajectories of challenging behaviors reported retrospectively by Japanese parents of adult children with intellectual disabilities. International Journal of Developmental Disabilities, 1-9.