一般社団法人日本自閉症協会 副会長
今井忠(いまいただし)
今、息子は32歳です。ダウン症で、最重度の知的障害で自閉スペクトラム症(以下、自閉症)です。言葉を発しません。現在、近くの入所施設で生活しています。定時排泄が基本で食事も支援者がほぼ横に付きます。音楽と食べることが大好きです。
息子は、胎児水腫、肺水腫で産まれ、直後から、病院の特別な部屋で酸素テントの中でたくさんの管をつながれました。長い間、生死をさまよい、3歳くらいまでは、1年の3分の1は入院生活でした。
息子が6歳の時に私の転勤で都心の生活になり、地元の養護学校(現、特別支援学校)に行き始めると、さまざまな自閉症の行動上の問題が目立つようになりました。7歳頃からは、おでこを家具の角や床、コンクリートに激しくぶつける、頬に爪を立てて肉が見えるほどえぐるなどの自傷をするようになりました。つなぎやミトンが必須になり、目が離せなくなりました。息子が自傷モードになると夫婦で支えて治まるのを待つ毎日でした。ひどい頃は10分、15分おきにそれが襲ってきます。そんな時、妻はトイレに行くことも、食事の準備をすることもできません。また、物投げ・倒し、窓叩きのため、家具を固定し、窓ガラスを叩けないようにしました。食事では皿を一つ固定し、他の食器は遠くに離しました。
睡眠障害もひどくなり、本人は眠たいのに眠れなくて苦しみます。眠りに入ったかと思うと急にガバっと起きます。夫婦共倒れになることを避けるため、交互に寝ることにしましたが熟睡はできません。それでも私は昼間、会社で気持ちを切り替えることができます。妻はそうはいかず、息子が養護学校に行ってくれる時が救いでした。寝てくれないので夜中のドライブで興奮を抑えたりしました。いろんな睡眠薬や睡眠導入剤を試しましたが、どれも効果がなく、最終的にはメラトニンが効きました。
衝動的な髪引きや叩きは特に妻に向かいます。へらへら笑って興奮します。妻の髪の毛がたくさん抜けます。妻が嫌いだからではなく、逆で、他害は優しい人に向かいます。息子が病気の時、妻にすがるのでそれがよく分かります。
排泄では溜っているはずなのにトイレに誘ってもしてくれません。それなのにその直後に床に排泄し、それを足や手でこねまわし、壁や床に付け回します。汚れた息子を風呂場に連れていき、洗って着替えさせ、違う場所に居てもらって、部屋をきれいにしなければなりません。その間も息子がまた自傷や失禁をしたりするので、同時に2人が必要になります。
今の生活は息子には辛いと判断し、主治医の勧めもあり、児童入所施設に1年待って10歳で入りました。周囲の障害児の親からは敗北者のように言われました。そして14年間そこにお世話になりました。施設では家と同じように、寝る時は妻自作のミトンとつなぎの服を着用し、ベッドに付けたベルトを服の背中に通して、寝がえりや座りはできるが立ち上がることを制限し、覚醒を避け、睡眠を確保してあげました(これはその時の息子には有効でしたが、お勧めしません。逆効果になりえます)。ヘッドギアもつけました。このような抑制を減らそうと、施設の職員さんと毎月検討しました。
施設の生活でゆっくりと安定していきました。しかし、安定化は一直線ではなく波があり、自傷や失禁トラブル等々の頻度は少し減りましたが治まらず、約3年間は似たような制限を続けました。帰省中も以前と同じ生活でした。最近は物倒しなどの衝動の頻度は減りましたが、排泄には課題があり、また、自傷が一時再発しました。このように、息子の強度行動障害は自傷と髪引きや物倒しといった他害行為と危険な衝動行動でした。
今思えば、幼児期から手をヒラヒラさせて眺める、物をクルクル回す、葉っぱや石を口に入れる、網ネットをいつまでも眺める、歩行者の動く靴を床に顔を付けて眺める、等々の自閉的特徴はありました。
強度行動障害の子の大変さは多様です。どの親も語りつくせないほどの苦労話を持っています。息子よりももっと大変な方もたくさんいます。
息子はそうなりやすい体質だとしても、問題は外的な原因です。息子のその時の自傷発症のいちばんの原因は、養護学校での歩行訓練ではなかったかと考えています。息子は足腰が弱く、体温調節がうまくできず、汗も出ず、熱がこもります。そのため冷たい水を飲んで体の中から冷やします。登校時刻になると柱にしがみつくようになりました。歩行訓練の不参加を学校にお願いしましたが理解してもらえませんでした。主治医の文書で渋々受け入れてくれました。学校に理解してもらえなかった理由は、自傷を学校では起こさないからです。そのため、原因は家庭にあると思われたのです。学校では息子は周囲に気を取られて自分が疲れていることに気が付かないからだと思われます。息子をよく観察していると、不快な時にすぐに自傷が出るのではなく、家でぼうっと自分の世界にいると溜まっていた不快が襲ってくるようです。このように、原因と結果のタイミングがずれることが問題をややこしくします。また、一度自傷などが癖になると強迫的になり、原因がなくなっても癖として続けるので分かりにくいのです。
息子のような幼児期に問題行動が現れるケースよりも、思春期に暴れるケースのほうが多いという印象です。自我が目覚め、身体が成長し、対処が難しくなります。しかも、その暴れが弱い母親に向かうことが多いのです。知的には私の息子よりも高く、限られた会話が成り立つ人も少なくありません。生育期の被害体験、人への警戒心、理不尽さ、パニックなど、思春期以降に問題行動が出る自閉症の人への対応は、構造化や自閉症特性の十分な理解に加えて、本人自身をよく理解しなければなりません。
東京都自閉症協会では昨年、強度行動障害の子を持つ親御さんに向けて、「おもに在宅でお子さんの行動に困っておられる保護者の皆様へ~有志11人から~」をまとめました。
まず、ハイリスク児や初期兆候を明らかにし、発症や重篤化を予防することです。強度行動障害状態になる前の発見が重要です。2つ目は、在宅者のための訪問支援を実現することです。3つ目は、在宅生活を継続することが困難なほど深刻な場合の改善実力のある受け入れ先(病院含む)を増やすことです。今は他の利用者の安全のためや、対応できる職員がいないなどの理由で断られます。結局、受け入れ先を見つけるためには状態の改善が必要になります。では、長期間を要する状態の改善と安定化はどこが担うのでしょうか。福祉か医療か。福祉や医療が互いに特長を活かして連携することだと考えます。理解のある福祉関係の事業所はまだまだ少ないのが現実です。病院では、国立病院機構肥前精神医療センターの會田千重先生、菊池病院の田中恭子先生、愛知県医療療育総合センター中央病院の吉川徹先生などが取り組んでおられます。そして学校もこの問題への理解をお願いしたいのです。4つ目は、発症原因別に対応方法を整理することです。私の仮説ですが、1.身体や脳の異常からの不快感や不安感、2.学校を含む生活環境の刺激、3.過去の嫌な体験、4.衝動、感覚遊びなどがあるのではないかと考えています。