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情報バリアフリーの目指すもの―現状と将来―

山田肇
東洋大学経済学部 教授

項目 内容
発表年 2003年
転載元 季刊誌「人間生活工学」第4巻第2号

情報通信機器・サービスをすべての利用者にとって利用しやすいものにするために、守るべき基本的な技術仕様を定め、それを日本工業規格(JIS)として制定しようという活動が進んでいる。この動きは、情報バリアフリーにどのようなインパクトを与えるのだろうか。また、どのように将来が展望されるのだろうか。

1.JIS化の動き

日本では、情報処理器と電気通信設備について、1980年代後半から、ガイドライン作成のための活動が個別に開始された。

情報処理機器については通信産業省を中心とする動きがあり、その成果として、1995年に「障害者等情報処理機器アクセシビリティ指針」が告示されている。これは、2000年には「障害者・高齢者等情報処理機器アクセシビリティ指針」として改訂された。

電気通信設備では、郵政省によって1998年に「障害者等電気通信設備アクセシビリティ指針」が告示され、また1999年には郵政省及び厚生省によって「インターネットにおけるアクセシブルなウエブコンテンツの作成方法に関する指針」が発表されている。

これまで個別に定められてきた情報処理機器と電気通信設備に対するガイドラインは、できる限り整合がとられることが望ましい。技術の進歩とともに情報処理と電気通信の区別はますます曖昧になっている。また、似てはいるが、異なる基準の製品があれば、消費者は混乱するからである。

情報通信分野に共通するガイドラインを作成しようという動きが始まったのは、2000年のことである。

日本規格協会には情報技術標準化研究センター(INSTAC)という内部組織がある。2000年9月、このINSTACの自主活動として「情報バリアフリー実現に資する標準化調査研究委員会」が結成された。そして、その結論を受けて、改めてINSTAC内に「情報技術分野共通及びソフトフェア製品のアクセシビリティの向上に関する標準化調査委員会」が組織され、政府からの委託を受ける形で2001年4月に活動が開始されたのである。

「情報技術分野共通」という言葉には、個別の基準を揃えるという前述の理由のほか、次のような意味がある。

すなわち、この分野では今までに類を見ない新製品が頻繁に市場に提供されている。時間がたってそれが製品群として定まったときには個別指針をつくることができるかもしれないが、最初の段階では個別指針は存在しない。そこで、そのような新製品でも参照できる共通指針を提供しようということが、第二の意図である。

なお、今回JIS化されるのは、情報通信分野のすべての機器やサービスに共通する設計指針であって、今までの製品群ごとのガイドラインよりも上位の位置づけになる。これからは、この共通設計指針に基づいて、個別のガイドラインを見直しつつ、それらのJIS化を図っていくことになる。

同委員会については、その体制に特徴がある。第一の特徴は、総務省と経済産業省が共に参加して活動を支えているということである。高齢者・障害者等に役立つJISを提供しようということについて両省から理解が得られ協力体制が組まれたことは、ともすれば省間の争いが起きやすいわが国では特筆すべきことである。第二の特徴は、個別の製品群ごとにガイドラインを作成したり、関連する活動を進めていたりした多くの団体(工業会等)が委員会に参加をしたことである。これらの組織参加者に加えて、アクセシビリティの専門家、企業及び障害者団体の関係者によって、調査委員会は構成された。現在、JIS原案を作成することを目標に活動が進められており、2003年にはそれが完了することになっている。

また、すでに存在している情報処理機器アクセシビリィティー指針やウエブコンテンツの作成方法に関する指針を基にして、個別分野ごとのJISを作成する動きも、平行して進められている。

これらの共通及び個別の諸活動への参加者は、すでにメーリングリストなどを利用して、情報交換に努めている。今後いっそう情報の流通を促進していくことが、階層的な諸規格の整合性を保っていく上でも重要である。

2.JIS化と国際整合

製品やサービスに関する規格は、それらを販売したり、サービスを提供したりするときに技術基準として用いられる。それが各国ごとに異なると次のような2つの問題を起こす恐れがある。

第一は、製品やサービスの貿易に支障をきたすということである。メーカーは国ごとに異なる製品を作る必要に迫られる。それはコストを上昇させるように働くので、購入する市民の側にも不利が生じる。また、サービスについても、電子的に取り引きされる場合など、他国から接続してそのサービスを利用することが困難となるかもしれない。いずれも、市場を各国に閉じたものに制限することになるので、貿易上はできるかぎり取り除くことが好ましい。

そこで、国際合意として世界貿易機構(WTO)で締結されたのが、「貿易の技術的障害に関する協定」である。この協定の下では、強制規格についても任意基準についても、特別な理由がない限りは、国際規格との調合を取ることが求められている。

国際整合がないということは、一人ひとりの市民にとって、他の問題を引き起こす可能性がある。それは、われわれが外国を旅行する際にすでに遭遇している問題である。

例えば、銀行の現金自動支払機、電車の切符の自動販売機などの操作方法が国ごとに異なっているということで戸惑った人は多いだろう。後者の場合、行き先を決めてから硬貨を投入するか、硬貨を投入してから行き先を決めるかということについて、少なくとも2つ手順がある。硬貨の投入位置もまちまちである。このようなことは、旅行者を混乱、させる。特に、その旅行者が障害を持つ場合には、影響は大きいものと考えられる。

このような2つの問題を避けるには、まず国際規格を作り、それを基に国内基準を作るという手順を踏む必要がある。しかし、今、国際規格は存在せず、むしろJIS化が先行する状況にある。また、ヨーロッパやアメリカでも、それぞれの地域あるいは国内基準作成の動きが、次に説明するように先行しているのである。

3.欧米の動き

アメリカでは、リハビリテーション法と呼ばれる法律の中に「連邦政府機関が電子機器を購入またはリースする場合には、障害を持つ職員が障害のない人と同じように電子機器を利用できるようにすること」という条項が存在する。この条項は、過度の負担を課さない範囲で、連邦政府機関が調達する情報通信機器・サービスにアクセシビリティの確保を求め、また、アクセシビリティの欠如に対して職員・利用者が不服を申し立てることも可能としている。

つまり、政府が購入する様々な情報通信機器、ソフトウエアや事務機器、あるいは提供するウエブページやサービスは、職員向けでも市民向けでもアクセシビリティが確保されていることが要求されているのである。アクセシビリティ基準は2000年に公表されている。

この条項は、米国でのビジネスのあり方を大きく変えつつある。米国に多くの情報通信機器を輸出している日本企業も、今これへの対応を迫られているという。

さらに、このアクセシビリティ基準を作成した関係者等にヒアリングしたところ、米国はそれをカナダ、メキシコを始めとして、世界に「輸出」したいと考えているそうである。米国企業はこの条項に準拠した機器やサービスを提供できアクセシビリティが優れているが、わが国の企業にはそれが提供できないとなれば、貿易上不利となる危険がある。

ヨーロッパでは、各国の政策と欧州連合全体としての政策が互いに影響を及ぼし合いながら、情報のバリアフリー化に関する活動が展開されている。欧州委員会で進めている研究開発プログラムは、ヨーロッパ全体にアクセシビリティに関する大きな市場を作るということを目標に、1990年代に入って開始された。それまでは機会の均等という観点での議論だけが行われていたが、この研究開発プログラムのスタートとともに、技術的な側面での議論が開始された。基準化が意識され出したのも、これ以降である。

一方、ヨーロッパ全体としての情報社会への取り組みはeEurope計画として発表されている。その中では「障害者には特別な配慮を払い、情報からの排除に対して戦う」とした上で、欧州委員会と各国政府による次のようなアクションが明記されることになった。

第一は、特別なニーズを持つ人々の雇用可能性を改善し社会への参加を促進するために、情報技術に関連する製品についてDesign for allの基準を2002年末までに発表するということで、第二は、法律と基準がアクセシビリティに関する考え方に合致しているかについて、2001年末までに検証するということであった。さらに、公共団体のウエブサイトの改善も明記された。

上述のDesign for all、またはeAccseeibilityを合言葉に地域標準化団体が情報・通信分野に関するガイドラインの作成に動き出している。2002年末にはその成果として、ガイドラインの草案が公表された。

わが国では、これら地域に分かれた活動を統一して国際規格を求めるべきであるという提言を、世界に向かって発信しているところである。国際基準化機構(ISO)の関連する技術委員会やヨーロッパでの地域会合などに活動者を派遣して、国際整合が求められているということを説き、各国の賛同を募っている。今後、この分野での活動が強化されていくことが期待されている。

4.政府による調達

JIS化は、アクセシビリティに配慮した機器・サービスの普及に役立つものである。

政府は、1995年、関係省庁の申し合わせとして、「コンピュータ及びサービスの調達に関わる総合評価落札方式の基準ガイド」を決定している。この中には、「国際基準、国内基準等に準拠して評価する項目を設定する」との一文があるため、政府調達においてはアクセシビリティに配慮して設計されたことが要件となる。

これによって市場が拡大すれば、このような機器・サービスの民間への普及の起爆剤になるものと考えられる。

これに加えて、次項で説明する障害者基本計画をめぐる動きにも注意を払う必要がある。

5.新しい障害者基本計画の決定

2002年12月、内閣において新しい障害者基本計画が決定した。この計画は2003年度以降、10年間にわたる政府の施策の基本を定めたものである。この計画では冒頭に横断的視点として、「社会のバリアフリー化の推進」、「利用者本位の支援」、「障害の特性を踏まえた施策の展開」、「総合的かつ効果的な施策の推進」の4点がうたわれ、その下に「重点的に取り組むべき課題」が示されている。

「重点的に取り組むべき課題」は、「活動し参加する力の向上」、「活動し参加する基盤の整備」、「精神障害者施策の総合的な取り組み」、「アジア太平洋地域における域内協力の強化」の四本柱である。このうち第一の柱の中に「IT革命への対応」という表現がある。この「IT革命への対応」は、次の3項目からなっている。

  1. 急速に進展する高度情報社会において障害者の参加を一層推進するため、デジタル・デバイド(ITの利用機会及び活用能力による格差)解消のための取り組みを推進する。
  2. 特に、ITの利用・活用が障害者の働く能力を引き出し経済的自立を促す効果は大きいことから、その積極的な活用を図る。
  3. また、障害者が地域で安全に安心して生活できるよう、ITの活用による地域のネットワークを構築する。

また、これらの四本柱の後には「分野別施策の基本的方向」が書かれている。そして、分野の中に啓発・広報、生活支援、生活環境などに加えて、情報・コミュニケーションがあり、そこには「情報バリアフリー化の推進」が明記されている。その内容は次のとおりである。

  1. 障害者のリテラシー(情報活用能力)の向上のため、研修・講習会の開催、障害者のITの利用を支援する支援技術者の養成・育成を推進するための施策を促進するとともに、障害者のIT利用を総合的に支援する拠点の整備を推進する。
  2. 障害者が容易に情報を発信し、情報にアクセスできるよう、使いやすい情報通信機器、システム等の開発・普及等を促進するとともに、ISO/IECガイド71(高齢者・障害者のニーズへの配慮ガイドライン)に基づき、障害者にとって使いやすいように配慮した情報通信機器設計の指針等をJIS化する。
  3. 各省庁、地方公共団体は公共調達において、障害者に配慮した情報通信機器、システムの調達に努力する。
  4. 行政情報について、ホームページ等のバリアフリー化を推進する。

いままで説明してきたJIS 化を目指した活動が上記施策の2.に対応していること、また政府調達に際してアクセシビリティについて配慮することで市場を拡大しようとしていることが3.から、それぞれ読み取れるだろう。

さらに、障害者基本計画前半の5ヵ年については「重点施策実施5ヵ年計画」が同時に定められた。そこには、「デジタル・デバイトの解消」として、基本指針の内容とほぼ対応する次のような施策が示されている。

  1. 高齢者と障害者の利用するIT機器の設計ガイドラインを2003年までに作成し、以降IT機器別のJIS規格を順次整備する。
  2. 障害者のIT利用を支援する技術者の養成・育成研修等の開催を推進し、2007年度までに10,000人以上が受講することを目指す。
  3. 障害者のIT活用を総合的に支援する拠点を整備する。
  4. ホームページ等のバリアフリー化の推進のための普及・啓発を推進する。

説明してきたように、障害者基本計画及び5ヵ年計画は、アスセシビリティに関する基準のJIS化と政府調達の推進を繰り返しうたっている。この施策が推進されることは、情報通信機器・サービスを提供している企業に大きなインパクトを与えるだろう。また、社会的な関心も高まっていくものと考えられる。

6.障害者の社会参加

情報通信機器・サービスを障害者にとって利用しやすいものにしていくことの究極の目標は何なのだろうか。実は、それも障害者基本計画の中に書き込まれている。

それが、出前の「IT革命への対応」の第二項と第三項である。すなわち、ITの利用・活用で障害者の経済的自立を促すことと、IT活用による地域のネットワークを構築するということである。

つまり機器・サービスの改善で情報の受信が容易になるという第一段階の後には、障害者自ら情報を発信し、それを手がかりにして社会参加していくという第二段階が待っているのである。

この第二段階まで、いかに進んでいくか。その道のりは遠い。まさに、千里の道の第一歩を踏み出したところ。それが情報アクセシビリティの現状ということができるだろう。われわれは、この問題の重要性を、いっそう社会に対して訴えていきたいと考えている。