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図書館利用に障害のある子どもへのサービス

山内 薫
(墨田区立あずま図書館)

1 二つのシンポジウム

2005年7月、国際子ども図書館において「バリアフリー図書の普及を願って-図書館と出版の協働」というシンポジウムが開かれた。このシンポジウムの第1部では、として元国際図書館連盟(IFLA)障害者サービス分科会常任委員で、「読みやすい図書のためのIFLA指針」(日本障害者リハビリテーション協会訳 http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/easy/ifla.html)の編著者でもあり、現在スウェーデンのやさしく読める図書センター(LLセンター)所長をしているブロール・トロンバッケ氏が「やさしく読める図書の出版-スウェーデンの経験から」という基調講演を行った。

やさしく読める図書とは、一般の書籍や新聞などを正確に読むことが困難な人に対してやさしく読めるテキストを提供するもので、主な対象は知的障害者や学習障害、認知障害者などの読むことに障害のある人たち、そして移民して間もない人や教育を十分に受けられなかったために書かれていることへの理解力や読解力が乏しい人である。このような正確に読むことが困難な人は、どの国ににも20%~25%いるといわれている。

スウェーデンでは1960年代からやさしく読める図書に関する機関ができて研究が始められ、1991年にはやさしく読める図書を専門に出版する出版社が発足した。現在では年間に30冊の「やさしく読める本」が国家の補助を得て出版されており、今までに600タイトルの本が作られたという。また、読むことが難しい人たちにどうしたらニュースを伝達できるかを調査する中で『8ページ』というやさしく読める新聞が刊行されるようになり、現在は週刊で発行されている。特に興味深かったのは、「やさしく読める本」や「8ページ」を出版しているこのLLセンターで1992年から試験的に始められた「朗読代理人」という制度で、他の人に読んでもらうことが必要な障害のある人たちと一緒に図書館に行って読みたい本を代読する「朗読代理人」を派遣しているという。これはちょうど日本の対面朗読サービスに当たるといえよう。対面朗読の対象は視覚障害者と限定されているが、知的障害や学習障害などで読むことに困難を抱えている人へのサービスとしても考えていかなくてはならないのではないだろうか。

このシンポジウムではトロンバッケ氏の他に、山内が「日本の障害のある子どもへの図書館サービスの歴史と展望」、大阪府立中央図書館の脇谷邦子氏が「大阪府立中央図書館の取り組み-図書館とわんぱく文庫のいい関係」、元偕成社の編集者で『これなあに?』などバリアフリー関係の児童書を数多く出版した鴻池守氏が「バリアフリー図書の出版を手がけた経験から」、ふきのとう文庫の理事長、高倉嗣昌氏が「障がいのある子どものための本作りと普及」をそれぞれレポートした。このシンポジウムの詳細については、国際子ども図書館のホームページ(http://www.kodomo.go.jp/images/event/evt/2005-06/symposium.pdf)で読むことができる。また、このシンポジウムを契機に作製された「日本のバリアフリー図書の歩み」は明治以降の障害児への取り組みを年表(http://www.kodomo.go.jp/images/event/exb/2005-02/chrono.pdf)としてまとめたものである。

翌年の2006年11月には、日本障害者リハビリテーション協会の主催で、講演会「障害児に豊かな読書体験を」が開催された。この講演会は国際児童図書評議会(IBBY)障害児図書資料センター長のハイジ・コートナー・ボイエセン氏を招いて開催されたもので、ハイジ氏が「障害のある子どもたちに読書の楽しみを」という講演を行った。

ノルウェーのIBBY障害児図書資料センターの目標は、障害児のために特別にデザインされた図書の調査研究、作成、貸出の仲介、そして利用を促進することで、2006年現在世界から集められた蔵書は4,000タイトルにのぼる。その最も重要な活動は、世界各国の支部からの支援であり、各国支部は障害児図書のリスト作りのプロジェクトに参加している。現在進行中のプロジェクトは、2007年のボローニャ児童図書フェアでの巡回展からスタートする予定だという。「障害児図書推薦リスト」作成プロジェクトで探し求めている本は、特別に作成されたり、改良されたりした、次のような本である。

  • 「手話のイラストや、ブリスシンボル、絵文字が載っている本、触れられる絵が載って いる本、点字や大型活字の絵本」
  • 「障害者を描いたフィクション及びノンフィクションの本、はっきりとした絵と簡単な 文章の一般向けに作成された絵本」

これらの本はIBBYの50周年記念として企画された「世界のバリアフリー絵本展」で紹介され、2003年8月から2005年9月まで日本でも巡回展が行われた。2005年の展示会に出展された「推薦図書」から11冊が、ハイジ氏の講演にあわせて、日本障害者リハビリテーション協会のホームページ上で紹介されている。

講演の中でハイジ氏は、トーディス・ウーリアセーターの次のような発言を引用している。「読むことができない、または話すことに大きな障害を抱えている場合でさえ、どの子も、どの若者も、本によって人生を楽しむ権利がある。絵本は、言語の発達を促し、自己の確立と社会参加を助けることができる。また絵本は、孤独感を減らし、芸術的体験や文化的体験、そして喜びを与えてくれる。すべての若者には、本のある生活を楽しむ権利がある。」

このシンポジウムでは、ハイジ氏の講演の他に日本国際児童図書評議会(JBBY)バリアフリー絵本展実行委員長の撹上久子氏による講演「日本におけるバリアフリー図書の推進活動について」、日本障害者リハビリテーション協会情報センターの吉広賢史氏による「DAISYを利用したバリアフリーな図書製作」、山内による障害のある子ども、あるいは知的障害の若い人たちにサービスをしている現場のレポート、お子さんが視覚障害当事者である藤本優子氏によるレポート、お子さんが視覚障害である藤本優子氏によるレポートがあり、いずれもホームページ上で読むことができる(http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/conf/seminar20061117/kouen01.html)。

2 特別支援教室へのサービス

2006年6月、文部科学省は障害児教育の考え方を特殊教育から特別支援教育に転換し、学校教育法の一部改正を行った。この特別支援教育の理念は一人一人の教育的ニーズを把握し、それに応えていくというものである。2007年4月より盲・ろう・養護学校は、特別支援学校へ一本化される。これは重度・重複化した障害への対応の必要性と、障害の種類によらず、一人一人の特別な教育的ニーズに応えていくという理念に基づくが、当面は、盲部門、ろう部門、肢体不自由部門など、学校ごとに主として教育を行う障害種が決められる方向である。また、特別支援学校は、地域の幼稚園、小・中・高校等の支援もすることとなった。従来の障害に加えて、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症などの子どもたちにも、地域や学校で総合的で全体的な配慮と支援をしていくことになった。

図書館においても、図書館利用や資料利用に障害のある子ども一人一人のニーズを把握して応えていくという意味で、特別支援教育の理念に学ぶ点も多くあるだろう。今後特別支援教室へのサービスに取り組み、教師や地域と一体となってサービスを展開することが求められているともいえるだろう。近くの小学校の特殊学級(現在は特別支援教室)の教師と協同で公開授業を行った記録(山内薫「みどり学級での公開授業」『みんなの図書館』2006年6月号)等が参考になるだろう。

3 日本初のLLブック刊行

先の国際子ども図書館のシンポジウムでブロール・トロンバッケ氏が「やさしく読める図書の出版-スウェーデンの経験から」という講演を行ったが、2006年に日本初のオリジナルなLLブックが刊行された。日本では今までにスウェーデンで刊行されたLLブックの翻訳『山頂にむかって』(スティーナ・アンデション著,エバ・ベーンリード写真,寺尾三郎訳,藤澤和子監修,愛育社,2002)と『リーサのたのしい一日―乗りものサービスのバスがくる』(マーツ・フォーシュ文,エリア・レンピネン写真,寺尾三郎訳,藤沢和子監修,愛育社,2002)の2冊があったが、2006年の3月に刊行された『ひろみとまゆこの2人だけのがいしゅつ―バスにのってまちまで』(内田由美おはなし,西矢育子絵,大阪府立金剛コロニー監修,コロニーAAC研究班製作・編集,清風堂書店,2006)は、知的障害の当事者が文と絵を担当した日本で初めてのLLブック(やさしくよめる本)である。この本は「IBBY障害児図書資料センター2006年日本からの推薦図書」として選出された。JBBYのホームページには、次のように紹介されている。「知的障害のある二人が、バスに乗って買い物に行き、自分たちでバス賃や買い物の代金を払うときのドキドキや、自分自身で食べるもの買うものを選ぶ楽しさなどの体験を、絵とお話で伝える。日本版PICシンボルが文と写真や絵を補い、文字だけに頼らずに読書ができるように作られている(LLブック=やさしく読める図書)。」(http://www.jbby.org/news/n20061016.html

この文中にある日本版PICシンボルとは、いわゆる絵文字のことで、2005年4月には「障害者と高齢者のためのコミュニケーション支援用絵記号」として日本工業規格(JIS)にも採用されている。このPIC(ピクトグラム)は、先のスウェーデンの翻訳書2冊にも採用されているが、本の内容をわかりやすく説明するために各ページに数枚ずつ使われている。今後誰もが読みやすく、わかりやすい本を考えていくときには欠かせないものになっていくのではないかと思う。また本に限らず、図書館の利用案内や書架表示などにも積極的に採用していかなければならないだろう。

2006年の6月には同じくスウェーデンで刊行されたLLブック『赤いハイヒール-ある愛の物語』(ビョーン・アーベリン写真,ロッタ・ソールセン文,中村冬美訳,相良麻里子朗読,(財)日本障害者リハビリテーション協会発行,原本は1994年刊)が翻訳出版された。この本は2002年のIBBY50周年記念「世界バリアフリー絵本展」で選ばれた本で、今回出版された日本語版には音声と同時に画像とテキストが表示され、読むことが困難な人たちの理解を助けることができるマルチメディアDAISY(アクセシブルな情報システム)のCD-ROMが付いている。このマルチメディアDAISY図書は、視覚障害だけではなく、ディスレクシアなどの文字から情報を入手することが苦手な学習障害者や知的障害の方々がより本を楽しめるように工夫されている。なおLLブックに関しては、工藤邦彦「LLブック普及について図書館が果たすべき役割」(『図書館界』59巻1号,2007)も参考になる。

4 手話によるお話会

聴覚障害の子どもへのお話会は、1979年に東京都立江東ろう学校で始められた江東区立城東図書館の「絵本の読み聞かせ」が先駆的な例として取り上げられることが多いが、この実践は耳の聞こえる図書館員による口話法によるお話会であった。(『聴覚障害者も使える図書館に-図書館員のためのマニュアル改訂版』日本図書館協会障害者サービス委員会聴覚障害者に対する図書館サービスを考えるワーキンググループ編,日本図書館協会,1998,p.29-37)。

一方、手話によるお話会は手話のできる図書館員や手話ボランティアによって行われる例がいくつか見られたが、日本手話を第1言語とするろうの成人の手話によるろう児のための読み聞かせが、2004年に石川県の白山市立松任図書館で始められた。このお話会は「手とおはなしの会」と名付けられ、地元の聴覚障害者や手話サークルの方々が協力して行っている。毎回10名から15名のろう児の参加があり、近県の富山や福井、長野、愛知などからも参加者があるという。

このプログラムを立ち上げた同図書館の小中和也氏はその効果について、(1)ろう児への図書館利用の場の提供、(2)ろう児同士、保護者同士が集まる場の提供、(3)ろう児のロールモデルとなるろう者と接する機会の提供、(4)ろう者自身の社会参画、(5)ろう者、聴者(手話サークル)、図書館との対等な関係づくりと地域づくり、の5点を挙げている。図書館がろう児、そしてろうの方々のコミュニティーの場となることは、ろう児の手話言語の獲得という課題にとっても非常に大きな意味があるだろう。

また、大阪の枚方市立図書館では2006年から「手話で楽しむおはなし会」を開始した。このお話会はろうの職員である山元亮氏と、手話のできる職員を加えた2名の3名体制で行われている。平均参加者数は14名から20名で、その中にろうの子どもが1、2名ぐらいが来ている。ろう児の保護者も一緒に参加し、とても勉強になると喜んでもらっているという。(「聴覚障害者(ろう)者)サービスの充実を目指して―枚方市立図書館からの取り組み」『図書館雑誌』101巻5号,2007年5月号)。

手話を第1言語とする図書館員が図書館で働いていることによって、「対面手話で本を読んで欲しい」など、ろうの利用者からさまざまな要望が寄せられているという。全国の図書館には視覚障害職員が40名近く、聴覚障害職員が30名余働いているが、障害当事者を採用することによって新たなサービスが展開することを期待できるのではないだろうか。

5 拡大教科書の無償配布

2003年6月の著作権法の改正によって拡大写本を製作するボランティアの場合教科書会社にFAXを送れば著作権者の許諾を得なくても拡大教科書の製作が出来るようになった。また2004年度からは通常の小、中学校でも拡大教科書が国費で無償給与される道が開けた。盲学校や弱視学級でも出版されている拡大教科書のみならず、ボランティア製作の拡大教科書も国費で保障されることになった。

こうした中で、全国の弱視学級や通常の学級に在籍する弱視児からの製作依頼がボランティアに殺到することになり、製作作業が不可能になり、依頼を断らざるを得ない事態に陥るケースも出てきた。全国の拡大写本ボランティアの窓口である全国拡大教材製作協議会によると、2004年度は依頼の6~7割しか製作ができず、2005年度は新規の依頼数168件に対して43パーセントしか対応できなかったという。

さらに最近は、養護学校からの問い合わせも増えてきており、知的に障害のある子どもたちにとっても大きな字の教科書は興味、関心を引くことがわかった。また車椅子利用者の場合にも、教科書までの距離があっても読みやすいといわれている。学習障害児や軽度発達障害児にとっても効果的なのではないかという声も寄せられており、そのニーズはますます膨らんできているという。これは単に教科書の問題だけではなく、さまざまな障害のある子どもたちにとって読みたいものが読めるようになっていないという問題であり、図書館としても今後真剣に取り組まなければならない課題であろう。(なお、拡大教科書に関する情報は、ホームページ「LVCの部屋」http://www.lv-club.jp/に詳しい)。

6 少年院と図書館

『障害者サービスの今をみる―2005年障害者サービス全国実態調査(一次)報告書』(日本図書館協会,2006)によれば、日本の公立図書館で受刑者に対してサービスを行っている館は9館という結果が出ている。矯正施設はどこの自治体にもあるというものではないが、アメリカやイギリスの公立図書館では自治体内に矯正施設がある場合には、ほぼ100%サービスを行っているのに比べて、日本の場合には逆にほとんどサービスが行われていないのが現状である。

2005年10月に医療少年院を除く全国にある50の少年院に対して行われた読書環境アンケートによれば、有効回答数22の少年院のうち、地域の公共図書館から本を借りている少年院はわずか2施設という結果が出ている。(脇谷邦子「少年院と図書館」『図書館界』58巻2号,2006)。

同アンケートによれば、日本の少年院にはおよそ500冊から12,000冊、平均すると1施設約5,000冊の蔵書がある。すべての施設が読書は入所者にとって大いに役立っていると回答している。「少年院における読書は、矯正教育として利用する『読書指導』と、余暇時間における『読書』の2重構造になって」おり、読書に関する取り組みとして「読書会」(3施設)、「読後感想発表会」(15施設)、その他、読書感想文コンクールへの参加、個別に課題図書を指定して感想を書かせるなど(8施設)、すべての施設で何らかの読書指導が行われている。

地域図書館の団体貸出を利用している2施設の他、11の施設(50%)では、団体貸出の制度があることを知りながら利用しておらず、制度そのものを知らない施設が9施設あった。しかし、公共図書館の利用を検討中という施設もいくつかあり、公共図書館が手をさしのべるのを期待している施設も少なくないようである。

先の論文では、少年院に対する図書館の役割について、(1)本の情報を届ける、(2)団体貸出をする、(3)読書会等へ参加する、(4)朗読会やストーリーテリング、ブックトーク等を出前する、(5)少年院からの見学を受け入れる、の5点を提言している。サービス地域に少年院のある図書館は、ぜひともサービスを検討して欲しいものである。

この記事は、児童図書館研究会編『年報こどもの図書館 2002-2006 2007年版』日本図書館協会,2008.3.20,p.248-252より転載させていただきました。