音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

講演2 「日本における誰もが読める本の取り組み」

渡辺順子
東京布の絵本連絡会 代表
すずらん文庫 主宰

 皆さん、こんにちは。北欧諸国では「さわる絵本」が点字図書と共に、国立の専門図書館に位置づけられていること。日本の国の視点との大きな違いを、本当に感じております。アニカさんのお話をお聞きしながら、野口さんと一緒に日本がそこまでいくにはあとどのくらいかかるのだろうかと話しておりました。でも諦めはしておりません。私たちは黙々と作り続けるのみです。今日皆さんにお伝えしたいのは、さわる絵本の中でも日本の「布の絵本」の側面から、東京布の絵本連絡会としてのメッセージです。活動の根底には人権、環境、平和の実現があり、それを一針の行動に託しております。その実現のため辞めるわけにはいきません。縫い手のバトンタッチも同時進行しながら続けるのみです。布の絵本に関心ある人との出会いをとおして国内外広げるのみです。布の絵本を知って頂くには、実際に見て、触って、感じていただくことが一番です。だから今日も野口さんと一緒に事前に発送し、さらに可能な限り持参もして展示させていただきました。休憩時間や終了後に見ていただきたいと思っています。

 布の絵本の作品については野口さんがかなり話してくださいましたので、私は布の絵本がなぜ今、この時代に私たちが黙々と縫っているのかという、私たちの願いの根底にある人権・環境・平和の視点からお話したいと思っております。

 まず私が37年前家庭文庫を始めた動機は、半世紀前にこの日本に映像文化であるテレビが入り、「テレビ子守り」が一般化されたことにあります。私もその一人でした。わが子が生まれたときは白黒テレビの時代でした。最初はとてもいい時代に親になったと喜びました。つけっ放しにしておけば家事ははかどるし、安全でしたからね。しかし、次の瞬間です、本当に次の瞬間、これで満1歳、3歳、5歳、20歳になったときに、この子は絶対に人間にならないぞという母親の本能的直感が走りました。じゃあどうしたらいいのか。図書館に行っても書店に行ってもその答えはなかった。そのようなときには常に原点を確認すればいいのです。子育てのことなら「人間の育ちの原点」を確認すればいい。実は人間育ての原点確認は文庫以前、私自身の子育て初期のことなのです。一母親として悶々と悩んでいた末到達したのが、人間は「思考する動物」であるという当たり前のことだったのです。そしてその思考の背景には「言葉」があること、それぞれの母語があることです。それを家庭教育で実践したのち文庫活動にも適用し、この地球上に生まれたすべての子どもたちに、それぞれの個の生命のルーツである「言葉=母語」、それをしっかりと育むこと。その手段として「絵本」が使える。そのスタートは0歳である。厳密に言えば胎児期から。妊娠15~16週で五感の中で最初に芽生えるのは聴覚だという論もあります。だとしたならばモーツァルトの曲を聞かせるのではなく、親の「肉声」で語りかけ歌も唄い、そして日常生活の音、ドアを閉める音、蛇口からの水の音、カラスの鳴き声、車の音など、その諸々を安全な羊水に守られる中で、聴覚として聞くということが非常に大事です。ですから機械音であるテレビのボリュームを下げること、必要以外のテレビは切ることです。

 その意味で、資料の①を見てください。これが私の37年間の文庫活動の流れです。常に、「すべての子どもに読書の楽しさを!」。その前提に0歳児、障害児、在住外国の子どもたちには「言葉、母語の喜びを!」。最初は自宅での家庭文庫でした。その運営方針に必ず基本の考えを入れています。脱管理主義です。子どもの自主性・主体性尊重。簡単に言えば、親のペースで選び、読んで聞かせるのではなく、子どものペースで選び読むことです。「これ読んで」と言われたときにそれを読んであげる。「もう一回」と言ったらもう一回心を込めて読むということです。「子どものペース」でということが原則。それは子どもの「自主性・主体性尊重」であり、「人格尊重、人権尊重」ということになるわけなのです。この考えで家庭文庫をスタートさせました。(読書推進法の基本理念にも「自主的に読書活動を行う・・・」とあります。資料②) 尚、「子どもペース」と言ったときのもう一つの原則は、子どもが選ぶ前提に図書館や文庫が責任もって選んだ絵本・児童書の中からです。

 1980年頃、私は偕成社から品川区のむつき会の「さわる絵本」と同時に、先ほどの野口さんたちが作られた「もこもこ号」をお借りしていたのです。障害のあるなしに関係なく,文庫の子も親にも大受けでした。そのことを聞きつけた全盲のお子さん親子がある日文庫に来られたのです。視覚障害のお子さんが文庫に来られたことと、保健師の紹介で点頭てんかんの赤ちゃん親子に出会ったことがきっかけで,すずらん文庫として「布の絵本」作りが始まりました。

 たった一人でも絵本を求め、ことばの出ることを願う子や親が文庫に来られたならば、応えるのが当然。(法的根拠としても「児童憲章」がある。資料②)。しかし,全盲のお子さんにとっては文庫の本棚にある本はただの紙でしかない。どうしようと文庫の世話人たちと考え合いました。その結果、布の絵本づくりのサークルをスタートさせました。点字講習会に通って点訳を目指す人もでてきました。それから朗読テープ作りも始まりました。これは「友情テープ」といって、子どもの声親の声でそれぞれ親子の大好きな絵本をテープ朗読してもらい、貸し出しをしたことです。プロの朗読ではないのですが、文庫で出会う友だちや親たちの声で、絵本の内容が聞けることも文庫ならではの友情でした。晴眼者親子にとっても新しい体験となりました。視覚障害児との出会いは文庫活動の貴重な学びとなりました。その後、先程のてんとうてんかんの母親が代表となってすずらん第二文庫が生まれました。偶然その年は「国際障害者年」(1981年)でした。その頃から、布の絵本のことで偕成社の担当者,故鴻池守さんとの交流がもっと活発になっていきました。沢山の情報、アドバイスをいただいていました。たまたま偕成社を訪ねたとき,布の絵本の保管されている棚に、この資料があったのです。「障害児の社会参加に児童書が果たす役割」トーディス・ウーリアセーター講演録(注1)(注2)。これは「本と障害児」に関するセミナー 1981年4月1日 ボローニア児童図書展主催・ユネスコ協賛の講演録です。この茶色くなってしまったトーディス・ウーリアセーターさんの講演記録には、点字本、音の本とともに「さわれる絵本」が位置づけられていました。私はこの項目に釘付けになりました。「布の絵本」が該当する!と。以来この記録集は私の布の絵本活動のバイブルです。常時確認しながら、読書に困難な子どもたちに布の絵本で役立ちたいと、今日まで迷うことなく継続できたのです。私の布の絵本のバックボーンとして、T・ウーリアセーターさんの理念は貴重でした。障害をもつ子の社会参加に児童書が重要という問題は、今こそより多くの人々に知って頂く必要があります。その後,この講演録は子どもたち向けに「本は友だち~障害をもつ子どもと本の出会いのために~」(注3)と題して、偕成社から出版されました(1989年)。

 私も障害児文庫を作りながら、障害児が主人公の絵本、障害児の親向け教育書、更には障害をもつ人たちに対する理解を深める図書などを各文庫の書棚に意識的に収集して入れてきました。その中に「マイ・サイレント・サン」(ぶどう社)(注4)も並んでいました。その著者がT・ウーリアセーターさんであったことの驚きは忘れられません。身の引きしまる思いが走りました。自閉症の息子さんをもつ一母親としての著書でした。私には目の前の第2文庫のお母さんたちの思いを代弁されている本として受け止めました。講演記録の背景には親としての気持ち、世界中の障害をもつ子たちの気持ちの代弁であり、何よりも専門家として社会参加に児童書が役立つという問題提起は非常に重い。「障害者の権利条約」が国連で採択され(2006年)、発効(2008年)した現在、この普遍的価値ある講演録は障害のあるなしに関係なく、21世紀の人権実現として世界中の大人たちの必読論文であると思っています。

 障害をもつ子の読書のことも含めながら、「言葉」をしっかりと育てると言うことは、人間の証です。その言葉で考え・判断すること。同時に社会的動物ですから、コミュニケーションとしても言葉が必要です。その言葉は、テレビから、目からは入りません。しっかりと本来の0歳からの「対面育児」が当然です。今その回復が必要な時代です。そのようなことを訴えながら、障害をもって生まれたお子さんや、0、1歳の赤ちゃんには布の絵本が市販の絵本への導入としても使えるということで、著作権の許諾を得て作成してきました。この会場でも私の文庫の作品は、右側のテーブルに展示してありますが、原作絵本と一緒に並べてありますので対比して見てください。さらに3~4歳くらいからは物語絵本の世界に入っていきますので、和服の生地を活用して表現した作品もあります。絵本の世界への導入として原作忠実に布絵本化してきました。やがて図書館にある大量の絵本、児童書に移行していけるように、その第一歩になるようにと布の絵本に取り組んでいます。

 30年ほど前でしたら気楽に布の絵本にできましたが、その後著作権が厳しくなってきたので、オリジナル作品の制作に方向転換しました。オリジナル作品の最初は布の絵本「いくつ?」のように、数の本や図形遊びの絵本が印刷の絵本として適当なのが見当たらなかったので、毎日著しい成長をしている子どもには、出版されるまで待つことはできないという思いで縫い始めました。私たちの場合はオリジナル布の絵本づくりは出版されていないから作るということから始まりました。

 もう一つは「環境問題」も布の絵本づくりの柱にしています。私たちはボランティアですから意欲はあっても、常に材料代に悩んでいました。バザーをして文庫の運営費と布の絵本づくりに必要な最低限のフエルト,刺繍糸、マジックテープなどを購入していました。やがてバザーの残り品、つまり着る目的を失った古着、それから残り生地などのリサイクルということも意識的に始めました。そのご結成した東京布の絵本連絡会でも、制作に当たってリサイクルの心を訴えてきました。ですから今回DAISY版にもなりました「おはよう・おやすみ」は、長年のバザーでたまったボタンを活用することで生まれた作品です。登場する動物の目がボタンです。ボタンをはめると「おはよう!」、外すと「おやすみなさい」というように。次つぎ登場する魚、猫、パンダ、カニなどの目をボタンにして、はめたり外したりを繰り返しながら、やがて自分の洋服やパジャマのボタンはめができるようになっています。さらに気に入った絵本は堪能したいという子どもの気持ちをくんで、裏表紙からも続けて何度でも繰り返し遊べるように製本しました。実際には自由にことばを添えて親子で楽しんでいただきたい。その読み聞かせの一つの例としてDAISY版を見てください。小ぶりにしましたから外出時に持参して、電車の中や小児科の待合室でも開いて楽しむことができます。

 「環境問題」も意識した布の絵本の展望としては、最終的には今回展示しました「モチモチの木」「花さき山」(共に斉藤隆介 文・滝平二郎 絵 岩崎書店 許諾済み)のような民話の世界を、眠っている和服の生地のリサイクルで布の絵本にしたいと思っています。それも著作権の心配も少ない各地にある伝説や民話を、「ふるさと民話」として布の絵本にと。この思いは1999年から始まった群馬県桐生市での「手づくり布の絵本 全国コンクール」で提唱しました。その第1回目に展示したのが先の2作品でした。昨年の第6回コンクールではどれもが受賞作品といってよいくらい、和服地を使ったハイレベルな作品が出ていました。本来の言葉や手指の発達を促す実用的布の絵本の充実を基本にしながらも、各地のふるさと民話を方言存続も意識して布の絵本で継承してほしいと願っています。

 私たちは布の絵本を縫いながら人間の証である「言葉」にこだわっているのですが、話を戻しますと、レジュメAの(2)を見てください。「聞く・話す」という音声言語、これが言語の土台であり、読み聞かせの時代であるということで確認しております。やがて文を「読む・書く」という文字言語へ。これは子ども自身その土台の上に、言語のビル建設をすることと位置づけております。やがて活字読書へという道筋になるわけなのです。音声言語の第一歩の「聞く」ということは0歳児期です。そこでの「聞く力」をつけるということは、やはり肉声で語りかけることの重要性、わらべ歌、子守唄など歌ってあげるという諸々の関わりを向き合って、対面育児として回復させるということが重要になってきます。レジュメCの冒頭で布の絵本とは「絵本+遊具性、教具性」と書きましたが、1ページごとに子ども自身、自主的、主体的に参加でき絵本の世界ですから、従来の読み聞かせ、つまり子どもがじーっと親の読み聞かせを聞くという受け身の場合と違って、子どもが自ら手を使って取ったり付けたり参加するという遊具性は、親子のコミュニケーションとしても大きいのです。あらためて対面育児の回復にふさわしい絵本であると確信しています。ですから布の絵本をもっともっと縫い続け、全国に普及させたい。どんな家庭でも楽しめるように無料で借りられる公共図書館に布の絵本があることを常識にしたいと願っています。

 私はテレビ時代の育児に、絵本は「心の栄養」と位置づけて読み聞かせを続けてきました。今「心の栄養」という表現はいろいろなところで広がっているので嬉しく思っています。人間を育てるということは心身二面があります。身体を育てるのは母乳、ミルク、離乳食から始まって食べるということです。しかし心=精神面の栄養については、保健所にも心の栄養士さんはいません。これは日本では文庫の人たちや布の絵本の人たちが担ってきたかなと思っています。心の栄養として言葉を育むことを絵本、読み聞かせを通してボランティアでしてきました。しかし、私は本当の最高の心の栄養は、9歳までは五感を通した「直接体験」であるとして位置づけて「心の三大栄養素」といって文庫活動をしてきました。その一つは「自然」にふれること。朝昼晩、四季折々のこの日本の自然体験です。それから音楽会や生の舞台を見たり絵本の原画展に行ったり、「文化や人」に直接ふれることです。シミュレーション世界の自然や人ではなく生体験です。それが前提の上で間接体験の「絵本」です。ですから、1日24時間の中、絵本の読み聞かせは10分か15分でよい。特に日中は可能な限り日常的な本物の体験をということを訴え、文庫活動の柱としても実施してきました。

 それともう一つ私が力を入れているのは、子どもの成長の中でも胎児期・0歳児期です。この日本では乳幼児サービスとか赤ちゃん絵本と称して、非常に乳児と幼児のけじめがなく曖昧です。私は乳児は0歳、生後12か月までということにずっとこだわっています。それは1歳前後で人間になるその準備期間だからです。人間になるとは二足歩行をすることであり、言葉を片言しゃべり出すことなのです。その貴重なしかも急速な発達をする準備期間の1年間である0歳児代というのはとても重要です。

 そのことは2000年代に入って、わが国では「0歳児が絵本と出会う」全国運動が二つ始まりました。レジュメのBを見てください。その一つは「ブックスタート」です。私も視察団として、イギリスのバーミンガムを中心に見てまいりました。現地に入ってわかったのですがイギリスは多民族国家でした。ブックスタートの必要性は差し迫った問題だったと思います。今はイギリスでは全自治体の90%を超えて実施されているようです。この日本では予算削減・人減らしといった行革のまっただ中で始まりましたのでとても厳しかったのですが、NPOブックスタートの担当者は奮闘しています。今年(2010年)はブックスタート開始10周年を迎えましたが、4割を超える自治体が実施するようになりました。

 もう一つは、厚生労働省の健やか親子21運動(注5)の中の「絵本と出会う 親子ふれあい事業」です。こちらは練馬区の保健所文庫がモデルでした。健診時に絵本のコーナーを作り、図書館員や読書ボランテイアが、0歳児から絵本を使って「ことばを育くむ」こと、「親子のコミュニケーション」を大事にすることを伝える場です。赤ちゃんに絵本をプレゼントしませんので予算がなくても実施できる運動です。1984年から始めた練馬区の保健所文庫では実際に貸出もしています。私たちの練馬文庫連絡会は昨年(2009年)40周年を終えているのですが、教育委員会の理解をえて文庫助成制度を実現してきました。それは各文庫がリストアップした絵本、児童書を現物でいただくというものです。当初は1団体上限年間100冊ということでした。保健所文庫も毎年100冊の助成本を受けてきました。10年間だと1,000冊ですので充分活動ができていました。現在は予算削減で50冊になりましたが。保健所文庫では実際に借りて、家で読むことを試すことができます。保健所文庫の日は読み聞かせの仕方、楽しみ方のアドバイスや絵本相談も受けています。当日借りる絵本を選ぶお手伝いもしています。私は「すべての子どもに絵本を」といった場合、その第一歩は図書館ではありません。保健所です。だから保健師と連携して始めました。その意味では乳児の98%が受診するという保健所で、ブックスタートが始まったということは非常に嬉しいことです。ブックスタートとともに、2000年代に入って「0歳と絵本の出会い」が各地で実施されていることは本当に貴重な運動です。

 0歳児と絵本と言うことではもう一つ国際的な動きがあります。これまでは国内外を問わず図書館界では、実際には0歳児は視野になかった。それが国際的にも意識されてきました。先ほど冒頭で河村宏さんがおっしゃっていましたIFLAという国際図書館連盟の大会、1986年には日本であったのですが、2007年の南アのダーバン大会では、初めて「乳幼児への図書館サービスのガイドライン」が発表されました(注6)(注7)。でも「乳幼児」といっても日本の図書館界と同じく、実際には0歳児は落としているのではないかと危惧したのですけれど、そうではありませんでした。翻訳された冊子を見ましたら、きちんと乳児とは生後12か月までの子ども、幼児とは生後12か月から3歳までの子どもと定義され、それに基づく解説であり、事例報告集でした。そして、「乳児用の本はさわる絵本など、さまざまな種類の布でできているものが望まれる」(注8)(注9)と、0歳児には布製の絵本がふさわしいと言うことが書かれていました。ここまで具体的に位置づけられたというのは本当に心強く思っております。この背景には、21世紀の冒頭、2001年にUNICEFの世界子ども白書(注10)(注11)が「3歳までの幼い子どものケア」という特集であったことも大きいと思います。ここにも、1千億個の脳細胞をもって生まれてくる人間の新生児、その3歳までの急速な発達、中でもことばの発達の著しさが図解もされていました。どこの国に生まれようが人生のスタートの0、1歳、2歳という時期は非常には重要であることが強調されていました。これを受けてのIFLAの図書館団体としての乳幼児対応かなとも思っております。その意味では、日本だけ見つめていると気が遠くなりそうで、つい悲観的になってしまうのですけれども、大きく国際的にも動き始めていますし、本日のアニカさんのお話のように、北欧諸国ではさわる絵本は国が認めている状況があるわけですから、諦めないで続けるしかない、行動する人を広げていくしかないと思っております。

 布の絵本の役割については、持ち時間の20分ではご説明できませんので、レジュメのCのところで(1)布の絵本を使う子どもたちの側面から、(2)布の絵本の作り手たちの側面から、(3)図書館・地域の視点から、と箇条書きにしておきましたので読んでいただきたいと思います。特に図書館に布の絵本を置きたいというのは、名実ともにすべての子どもの図書館利用を可能にするからです。障害のあるなしに関係なく、すべての0歳児からの本当の利用が可能な図書館であってほしい。ウーリアセーターさんの講演の最後は「重要なことは、本の中でも、実際の生活の中でも、お互いを知る(・・)ことなのである」(傍点 筆者)と結んであります。私は公共図書館に布の絵本があることによって、0歳児も障害をもつ子も在住外国の子も、すべてその地域で生まれた子どもたちは等しく、その地域で育っている子どもの一人として多様な地域の人と出会い、お互いを知り合う機会にしたいと願っています。それが日常生活の中で自然であるという時代にしたい。布の絵本はすべての人が自由に出会い、知り合う媒体としての役割もあるのです。

 実はこのことは日本でも現実に向かっているといえます。今年(2010年3月)発行された福岡県立図書館の「布の絵本の実証的研究」報告書(注12)によると、県内の過半数の図書館が既に布の絵本を所蔵している一覧が出ています。県立図書館がここまで県内を掌握し、さらに具体的に特別支援学校に貸し出しをし、授業等で活用したこと。その上で布の絵本の有効性、活用方法を実証的に研究したということは、日本もそれなりに進んできているのではないかという思いをもちました。

 私が布の絵本で願っている一つは子どもたちの「人権実現」です。それは生まれた「地域で育つ権利、学ぶ権利、生きる権利」が等しくあるということです。二つ目は布の材料をリサイクルでという「環境問題」です。最後は「平和の実現」の課題です。この問題は本日これからご紹介しますヒロシマの仲間たちが作った布の絵本「よぞら」でご一緒に考えたいと思います。この作品は2003年に私がインドのニューデリーで布の絵本のワークショップをしたときに、現地で見せて欲しいと言って縫ってくださった作品です。曲を聞きながら見てください。私の「平和の問題」はこの作品で結びといたします。(作品は著書「ことばの喜び・絵本の力」萌文社2008、P8に4場面写真で紹介)(注13)

〔音楽〕

 月が満ちて欠けて、また満ちて・・・「無限」の宇宙。しかし、私たちの人生は「有限」です。たった一つの生命、1回限りの人生。この地球という惑星のもとに生まれてきて、精一杯人間として自分らしさを失うことなく生きてきたと思います。

 21世紀に生きている私たちの課題は、地球上のすべての子どもたちに、それぞれの母語をしっかりと育み、「考え・判断」する力をつけながら、もう武器を開発して殺し合う戦争の世紀ではなく、「対話」を通した平和の世紀にしたい。そのような思いを私は、この一針一針の手作り布の絵本の中に祈りを込めて広げております。ぜひ、公共図書館に布の絵本をおきながら、どんな子どもたちにも生まれてきてよかったと言える人間関係、文化関係、自然関係、諸々を謳歌して、一人ひとりしっかりと一つの人生を生ききる。そういう時代にしたいと願っています。それ不可能ではないと思っております。その思いで私はもてる時間も少なくなってきましたが、生涯現役で精一杯縫い続けていきたい。そして可能な限り国内外に広げたいと思っております。

 その思いが最初からありましたので、「布の絵本からのメッセージ」(東京布の絵本連絡会 企画・発行1996年)(注14)の冊子を英訳も併記しました。最後の部分では布の絵本に関する「法と人権」も取り入れて、「UNESCO公共図書館宣言」「子どもの権利条約」も掲載しました。でもそれらの法律の大前提には「世界人権宣言」、「国連憲章」(前文)がありますので同じく掲載しました。

 どんな素晴らしい国際法、国内法があっても、実現しなければ絵に描いた餅です。日本の「児童憲章」も念のため添付させていただきましたが、これは1951年に施行されて以来59年間、母子手帳の1ページに全文が掲載されています。しかし印刷されているだけで、現実はどうですか? 虐待は終わっていません。むしろ右肩あがりです。その実態を見たときに、法があるだけではダメなのです。その法に実体を伴うべく一人一人の日常的「行動」が必要なのです。私の文庫の37年間の活動背景に「児童憲章」がありました。児童憲章の冒頭の三つの柱。「人として尊ばれる」「社会の一員として重んぜられる」「よい環境の中で育てられる」とありますが、今、日本の子どもの環境は最悪です。以上のようなことも含めて、まさに一針というほんのささやかな行動ですけれども、しっかりと広げていきたい。できたら国や自治体の理解を得て、布の絵本の補助金が出るような体制にしたいものだと願いつつ終わりたいと思います。ありがとうございました。

講演をする渡辺順子氏と布の絵本「よぞら」


講演をする渡辺順子氏と布の絵本「よぞら」


【掲載者注】

1) Ørjasæter, Tordis. The Role of Children's Books in Integrating Handicapped Children into Everyday Life. Unesco, 1981, 46p. (Studies on Books and Reading No. 1) http://www.dinf.ne.jp/doc/english/access/tordis/index.html

2) ウーリアセーター,トーディス.障害児の社会参加に児童書が果たす役割.「本と障害児」に関するセミナー,ボローニア児童図書展主催・ユネスコ協賛,ボローニア,1981-04-01,33p.

3) ウーリアセーター,トーディス.本は友だち:障害をもつ子どもと本の出会いのために.藤田雅子,乾侑美子訳.東京,偕成社,1989.3,126p.http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/book/tordis/index.html

4) ウーリアセーター,T.マイ・サイレント・サン:自閉症の息子からのメッセージ.藤田雅子訳.東京,ぶどう社,1989.5,189p.

5) 「健やか親子21」公式ホームページ-母子保健の2014年までの国民運動計画-
http://rhino.med.yamanashi.ac.jp/sukoyaka/ (参照 2010-09-28).

6) The Guidelines are developed as a joint project (2006-2007) of all sections of IFLA Division of Libraries Serving the General Public, and coordinated by the Libraries for Children and Young Adults Section. Guidelines for Library Services to Babies and Toddlers. The Hague, IFLA Headquarters, 2007, 26p. 30 cm. ISBN 978-90-77897-16-4 http://archive.ifla.org/VII/d3/pub/Profrep100.pdf (accessed 2010-09-28).

7) 国際図書館連盟児童・ヤングアダルト図書館分科会編.乳幼児への図書館サービスガイドライン.日本図書館協会児童青少年委員会訳.東京,日本図書館協会,2009.6, 42p.

8) all sections of IFLA Division of Libraries Serving the General Public and the Libraries for Children and Young Adults Section. op. cit., , p.7.

9) 前掲7),p.14.

10) UNICEF. The State of the World's Children : 2001-EARLY CHILDHOOD. http://www.unicef.org/sowc01/ (accessed 2010-09-28).

11) ユニセフ(国連児童基金).世界子供白書2001 ~幼い子どものケア~:The State of the World's Children 2001 - EARLY CHILDHOOD.平野裕二,日本ユニセフ協会広報室訳,東京,日本ユニセフ協会,2002.12,104p. http://www.unicef.or.jp/library/library_wdb01.html (accessed 2010-09-28).

12) 子ども読書推進ボランティア活動支援事業実行委員会(福岡県立図書館企画協力課).子ども読書推進ボランティア活動支援事業 布の絵本の実証的研究 報告書(平成20・21年度).福岡,子ども読書推進ボランティア活動支援事業実行委員会,2010.3,38p.

13) 広島県福山市「あおむしグループ」原作.布の絵本「よぞら」. この布の絵本の写真は、渡辺順子.ことばの喜び・絵本の力:すずらん文庫35年の歩みから.東京,2008.9,p. 8. で見ることができる。

14) 東京布の絵本連絡会 : The Co-ordinating Committee for Cloth Picture Books in Tokyo.布の絵本からのメッセージ:A message from Cloth Picture Books in Japan. 東京,東京布の絵本連絡会,1996.12,87p. 東京布の絵本連絡会 : The Co-ordinating Committee for Cloth Picture Books in Tokyo.布の絵本からのメッセージ:A message from Cloth Picture Books in Japan. 復刻版.東京,東京布の絵本連絡会,2009,(CD-ROM)