あとがきに代えて
乾
侑美子
数年前、ウィーンの町角で偶然みつけた「オーストリアの子どもの本展」の一隅で、思いがけず日本の文字を見かけて、足を止めたことがあります。布の絵本が、幾冊かそこに置いてあり、女の子がー心にさわってみていました。その子の母親らしい人が、私を日本人と見て、話しかけてきました。この子は全盲で、こんなうれしそうな様子ははじめてみせた、布の絵本は日本人が考案したものだそうだがほんとうにすばらしい―。
私はそのときはじめて、布の絵本を障害児のために工夫し作り上げたのが、日本の、ふきのとう文庫の小林静江さんを中心とするグループだということを知りました。今、世界中の障害をもつ子どもたちによろこぼれている布の絵本は、小林さんが、病院文庫をはじめた頃に、全盲で知恵おくれもあるおじょうちゃんのお母さんから頼みこまれて、お仲間とともに苦心の末に考え出したものだったのです。
それ以来、私は小林さんのお仕事を尊敬し、細かい手仕事で布の絵本作りにはげむ大勢のボランティアの方たちを尊敬してきました。自分の手で他人によろこぼれるものを作り出せる方たちが、うらやましくもありました。ぶきっちょな私は、布の絵本作りにも、拡大写本作りにも、手が出せませんでしたから。
そんな私にも何かをさせてやろうと思いついてくださったのが、偕成社の方がたで、おかげで私はウーリアセーターさんのこの本の翻訳をお手伝いできることになりました。
一見地味なこの本には、すべての子どもにその子どもを伸ばしよろこぼせる本を、という著者の信念に支えられ、豊かな経験に裏付けられた、貴重な提言がもりこまれており、子どもの本に関心のある人なら思わずひきこまれ、意欲をかきたてられそうです。
私は、ひとりの車椅子の少女のことを思い出します。わが家の娘が通っていた小学校には重度障害児のクラスがあり、一般クラスの子どもたちもふだんから、車椅子を押したり図書室での本選びを手伝ったりし、学芸会やクリスマス会を一緒に楽しんでいました。ある年のクリスマス会の終りに、親たちも加(くわ)わって全員が輪になり、〝メリー・クリスマス!〟と歌ったとき、となりにいた車椅子の少女が私にいいました。「あなたにとっても、来年が、つらいことの少ない、幸せな年でありますように。」
頭も手足も皮バンドで車椅子に固定されている少女のこの祝福は、15年たった今でも、私の心をあたためてくれます。無力に見えた少女の、これほどの力―このすばらしいプレゼントに、私も何かお返しがしたいと思い続けてきました。ウーリアセーターさんのこの本が広く読まれて、本作りの専門家には新しいヒントになり、読者の中からは〝よい本を子どもに手わたす人″が数多くあらわれれば、ほんの少し翻訳のお手伝いをしたことが、あの少女へのお返しになるかもしれません。そうなることを心から願っています。