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4 施設の子どもたち

4 施設の子どもたち 挿絵1

今日(こんにち)でも、障害をもつ子どもの多くが、ごく幼いころから、大きな施設で生活しています。子どもにとって施設での生活は不自然な生き方なのだということを、まず私たちは心にとめておかねばなりません。子どもたちは、同じ障害をもつということの他は何の共通点もないのに昼も夜も共同生活をし、その結果、家庭にいる子どもたちが経験している日常生活のさまざまな場面を経験できないことになります。子どもたちが接するのは、決まった時間に来て決まった時間に帰っていく少数の大人だけで、その大人たちは子どもたちの知らない場所でくつろぎ、楽しいときをすごしています。施設の子どもたちに与えられるのは、食べもの、衣服、ベッドなどいわゆる一次的欲求*10を満たすものだけです。学校をはじめとするいろいろな教育活動がもっと充実することが望まれます。なぜなら学校、幼稚園、作業、趣味といった活動はすべて、午前中で終わってしまいます。そのあとにくるのは、何もない長い午後と夜、そして日曜日と休日です。多くの子どもが、夜という夜、日曜日という日曜日、休日という休日を、むなしく過ごして子ども時代を終え、さらに青年期も、大人になってからも、何もすることがないのです。本があれば、この人たちにとってひとつの救いになるでしょう。ことに施設では、子どもも青少年も、家庭にいる同年齢の子どもに比べてずっと早い時間に寝かされてしまいます。本来はこの子どもたちもベッドの中で本を読んだり、自分で読めない子どもは読んでもらったり、本の絵をながめて過ごしていいはずです。

不幸なことに、施設の職員の多くは、児童図書についてあまり知りません。しかし、毎日の生活の中に本をとり入れている施設では、いろいろな経験がつみ重ねられています。地域の図書館員が施設と協力して、子どもたちを訪れたり、子どもたちを図書館に招いたりしているところもあります。たしかに、子どもの本だけで施設の生活の味気なさを埋めあわせることはできません。しかし、こうした機会は楽しいだけでなく、子どもたちに、他人と接触し施設の外の世界の生活を知る機会を与えてくれます。

障害をもつ子どもを施設に入れるのは、社会参加に逆行する立場ですが、図書館とのつながりを(たも)てば、施設の重くて厚い閉鎖性(へいさせい)に風穴をあけることができます。また幅広い読書ができれば、子どもたちは、社会参加と、将来、待ち受けているだろう生活のために準備を(ととの)えることができるでしょう。

一時的に病院生活をする子どもや青少年も大勢います。先進国では、交通事故が年々増え続けており、しかも、けが人の多くは子どもや青少年です。傷が重い場合は、本をもったり、ページをめくったりすることさえできなくなります。こういう子どもたちには、電動のページめくり器などさまざまな補助具が必要になります。こういう読書用機器は、頭や腕に不随意(ふずいい)運動*11があって、頭や腕を一定の姿勢に(たも)つのが難しく、また筋肉を十分に弛緩(しかん)させられない大勢の脳性まひ児にも使えます。

『クシュラの奇跡』のクシュラは生後しばらくのあいだ、長期、短期とりまぜて何回も入院生活をくりかえしましたが、いつも、お気に入りの絵本を手もとに置いていました。入院生活は、子どもにとってはとくに大変な重荷です。子どもが安心して、幸せな気分になれるように、工夫してあげたいものです。入院中の子どもたちはしばしば、単純でユーモラスな絵のたくざんある本を求めます。年齢を問わず、誰でも疲れたり気分がすぐれないときは、軽い読みものを好みます。長期に入院している子どもには、とくによい本がたくさん必要になります。この子どもたちには、人とのかかわりや冒険が、治療と同じくらい意味をもちます。本は、教育に役立ち知的刺激を受けるためだけでなく、たいていの子どもが共通にもっている体験を知るためにも欠かせません。自分は他人と違っている、孤立(こりつ)している、と感じている子どもたちは、特にこういう経験を求めています。

子どもや青少年がなるべく自然であたりまえな環境で成長できるように、さまざまな条件を(ととの)えるのは、社会の責任です。本は、子どもが大人の世界に足を踏み入れる準備をするときにも役立ちます。中でも、社会的な問題や若い世代の性に対する態度をあつかった本、青少年に共通する関心事を解明する本などは、こういう目的にあっています。

「私が書きはじめたのは、人がさびしいと感じるとき、自分だけではない、他のみんなもさびしいのだと知っていれば、なぐさめられるだろうと信じたからです」と、スウェーデンの作家、ハンス・ピーターソン(スウェーデンの児童文学作家。作品に『おじいちゃんにあいに』など。)はいいました。

「実際わたしは、子どもたちがなるべくさびしいと思わないですむように、子どもと大人がことばをかわすようにと思って、本を書くのです。」

本は会話や討論のきっかけをつくります。これは、世間から離れて生活することに慣れてしまっている子どもたちにとって、とくに役立つ一面です。本には、仲間どうしだと感じさせる力があるのです。

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