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第四回 文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 意見書

2009年8月25日
障害者放送協議会著作権委員会
委員長 井上芳郎

1.はじめに

○ 文化庁資料「著作権法の一部を改正する法律案の概要」(第一回法制問題小委員会資料)では、「障害者の情報利用の機会の確保」に関し、来年1月1日の「改正著作権法」施行により「障害者も健常者と同様に多様な情報へのアクセスが可能」になるとされている。

○ 今回の法改正は障害者等の情報保障促進の観点からいえば、大きな前進であり歓迎すべきことと評価している。しかし残念ながら、あくまでも現行著作権法の枠内での改正ということもあり、私どもが十年来要望してきた内容から考えると、積み残しとなってしまった課題も多いのである。

○ 引き続き著作権法の抜本的な見直しを要望していくものではあるが、今回は「権利制限の一般規定」(日本版フェアユース規定)導入により、この積み残された課題解決への道が一部開けるものと考え、導入に対しては「是」とする立場で意見を申し述べたい。

2.権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)導入による障害者等の情報保障

○ 私どもは過去二回にわたり本著作権分科会小委員会の場で、障害等の理由で著作物をそのままの形式では利用できない多くの人々が存在し、またその困難の様態については実に多様であり、現行著作権法での限定列挙的な権利制限規定での対応を取る限り、全てを網羅することは不可能であると、説明してきたところである。

○ 今回の法改正では文化庁の国会答弁で示されたように、「視覚や聴覚により認識することに障害のある者であれば広く障害の種類を問わずに権利制限の対象と」し、「典型的なものとして視覚障害者や聴覚障害者」を示したが、「これはあくまで例示」であるとしている。私どもの主張の一部が取り入れられたものと理解している。

○ このことにより権利制限規定の対象となる者の範囲が広げられ、一歩前進したことは歓迎するものであるが、「視覚や聴覚により認識することに障害のある者」という再定義に留まったため、例えば治療のためギブスで上肢を固定している人、ALS(筋萎縮性側索硬化症)やCP(脳性麻痺)等で、視覚による認識は可能だが特定のユーザーインターフェースを必要とするため、形式変換(電子化)されなければ情報を得られない人々、また高齢や疾病等でいわゆる「寝たきり」の状態になった人等が、その対象として含まれるのか必ずしも明確ではない。

○ 対象者の認定方法について文化庁の国会答弁では、「障害者手帳とか医師の診断書も一つの方法」だが情報提供の「事業主体が個別に確認をしていく」とのことである。これは私どもの要望の一部が理解されたものと歓迎するものではあるが、かえって法文上に明確に示されないという理由から、事業主体側等の判断で対象者が狭く限定されてしまうおそれもある。

○ 私どもの要望としては、障害その他の個別的理由によらず、通常の形式で提供される著作物の利用が困難であるという事実をもって、その対象者にすべきと主張してきた。今回の「改正著作権法」の解釈や実際の運用上の配慮から、前述のような人たちも対象にされるべきと考えるが、権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)の導入により、さらに円滑な解釈や運用が可能になるものと考える。

○ 次に、緊急災害時の情報保障に関連して述べる。緊急災害時の放送に対する字幕や手話の付与等について、これまでも関係障害者団体等より要望がなされているところである。視覚障害者等のための副音声解説も必要である。しかしながら国としては緊急災害時に備えて、24時間体制で高度な技術を有する字幕、手話等の制作要員を確保するための経費負担等の困難を理由として、いまだに不十分な状態のままである。

○ 災害対策基本法では、国の責務として「組織及び機能のすべてをあげて防災に関し万全の措置を講ずる」とされている以上、このような事態は一刻も早く解消されねばならない。障害者団体等の調査でも、緊急災害時等の情報保障が不十分であることから、様々な問題が生じていることが明らかにされている。しかしその一方で、明日にでも起こるかも知れない緊急災害に対して、どう対処したらよいのかという現実的で切実な問題もある。

○ 緊急災害時の放送の情報保障上の不備に対しては、障害者団体や支援団体等のいわば自助努力により、補われてきた経緯がある。その多くがボランティアベースでの活動であり、人命にも関わる重大事であるにもかかわらず、極めて困難な条件のもとで行われていることを是非知っていただきたい。

○ このような活動では、例えば一旦テレビ放送された災害情報に、字幕、手話等を付与し、インターネット等で公衆送信するとか、放送内容を文字に起こして電子メールやファクスを使って一斉送信をするなど、技術的にはボランティアベースであっても十分に可能であるし、実際に一定条件のもと部分的には実行されている。しかも場合によっては障害者に限らず、いわゆる健常者にとっても有益であると考えられることもある。しかし著作権法上の制約が、このような活動を萎縮させる原因になっている。

○ したがって、すべての障害者等への情報アクセスの障壁が取り除かれるまでの間は、人の安全・安心にかかわる緊急避難措置として、権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)により、無許諾での著作物利用についての合法性を担保することが必要であると考える。たとえ一時的にせよ著作権者の権利が制限されることはあっても、そのことで多くの国民の生命や財産が守られるのであれば、このような活動には大きな公益性があるといえる。

3.むすび

○ 障害者等の情報保障促進という課題は、一部障害者等のみの問題ではなく実は国民全体に係わりがあるということを、まとめに代えて申し述べておきたい。日本は今や、高齢化率が21%を超え「超高齢社会」に突入したといわれる。そして日本の高齢化は、世界に例をみない速度で進行しているといわれる。

○ 人は皆必ず老いていき、老いとともに身体機能が低下し、場合によってはいわゆる「寝たきり」の状態になることもある。試みに仰向けになって寝たまま、両手で本を支えて読書してみればすぐに分かることであるが、健常者や若年者にとってもなかなか難儀なことである。腕や首がしびれてくるし、目も大変疲れる。

○ 不幸にして「寝たきり」状態になっても、自分の好きな時に他人の手を借りずに、自由に読書できる。このようなことが出来てこそはじめて、真に文化的な国家といえるのではなかろうか。最近のコンピュータやインターネット等の技術革新は、このようなことにこそ積極的に活用されるべきである。そして、著作権法第一条の「文化の発展に寄与することを目的とする」という文言も、生きたものとなるのではなかろうか。

以上