「DAISYを中心としたディスレクシアキャンペーン事業」の概要と成果
太田順子
DAISYコンソーシアムが開発と維持を行っているアクセシブルな情報システムDAISY(Digital Accessible Information SYstem)は,情報技術の発展に伴い,「視覚障害者のためのデジタル録音図書の国際標準」から「印刷された文字や印刷物を読むことが困難な人のためのアクセシブルな情報システムの国際標準」へとその意味を拡大させてきた。
財団法人日本障害者リハビリテーション協会は,1999年1月に厚生省補正予算事業実施のために「デイジー情報センター」を設置して以来,継続して,国内におけるDAISYの普及に努めてきた1)。1998年度から2000年度に実施された補正予算をきっかけとして,日本国内では,主に,視覚障害者情報提供施設が中心となって,視覚障害者に対して,音声と見出しで構成されるDAISY図書を提供するシステムができあがった。しかし,著作権法上の制約のため,これは,「視覚障害者に対してDAISY図書を提供するシステム」に留まり,視覚障害者以外の印刷された文字や印刷物を読むことが困難な人へのDAISY図書の提供システムの構築については国際的に大きく遅れをとっていた。
当協会では,2001年度からは,認知・知的障害者への情報提供システムの開発と普及を視野に入れて事業を展開し,2003年度からは音声とフルテキストで構成される「マルチメディアDAISY」の製作・普及を開始した。2006年度に行った『DAISYを中心とした情報支援普及啓発事業』では,情報支援のニーズを再確認し,ユニバーサルデザインとしての展開を視野に入れたこれからの情報支援のあり方と障害の枠を超えた連携を模索した。
2007年度,2008年度は,独立行政法人福祉医療機構「長寿・子育て・障害者基金」の助成を受けて,『DAISYを中心としたディスレクシアキャンペーン事業』を行った。本事業は,関係者の協力を得てキャンペーンを開催し,ディスレクシア(字を読むことに困難がある人)のより良い支援を行うための地域活動やネットワークを奨励することを目的としたものである。第1回企画委員会で,教科書・教材問題に取り組むことを確認し,その方向に焦点を当ててきた。
ディスレクシアとマルチメディアDAISYへの理解を促進するための資料としては,ディスレクシアの当事者でもある特別支援学校教諭の神山忠氏が中心となり『ディスレクシアとマルチメディアDAISY』のDVDを作成した。また,ディスレクシアの啓蒙と活動のサポートを行っているNPO法人EDGEの助言を得て,パンフレット『「読める」って,たのしい。』を作成し,ディスレクシアの文字の見え方やその特性に対してDAISYでどのように支援できるのかをまとめた。
2008年1月12日に,「DAISYを中心としたディスレクシアへの教育的支援」をテーマとしたシンポジウムを行い2),ディスレクシアの特性や教育的支援の現状とニーズ,支援の実例を紹介し,課題の洗い出しを行った。
2008年度は,NPO法人エッジ,社団法人日本国際児童図書評議会,ゲートシティ大崎のご協力をいただき,ディスレクシアとDAISYについて広く理解をしてもらうためのイベントを企画した3)。9月23日に,川本雅子氏(武蔵野美術大学非常勤講師)をトータル・ファシリテーターとし,ディスレクシアの小中学生12名を対象に,ワークショップ『はじめてのDAISY-自分たちのDAISYをつくってみよう-』を行った。ワークショップは,ディスレクシアの子どもたちが,DAISYの絵本づくりを通して,自分にあった「読みの手段」があるということを知り,DAISYの必要性を感じるきっかけの場とすること,少しの言葉から広がりを持った絵本の世界を表現できるように導き,表現することの楽しさに触れることを目的とした。子どもたちがさまざまな工程に得意なことで参加して,グループで協力して作品を作っていくことを通して,マルチメディアDAISYに親しみ,自信をつけていったことが感じられるワークショップとなった。
11月1日には,ディスレクシアやDAISYに関わるさまざまな立場の人にご登壇いただき,講演会を行った。ワークショップのビデオ上映と製作した絵画やDAISYの作品展,DAISYの体験・相談コーナー,機器展示,関連書籍等の販売,NPO法人EDGEの協力でディスレクシアの当事者であるマッケンジー・ソープ氏の絵画展を行った。
2008年6月には「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」が成立し,9月には「著作権法」の一部が改正され,2009年1月には「文化審議会著作権分科会報告書」が出された。いずれも,発達障害等で通常の教科書が読めないまたは読みにくい子どもたちのニーズに合わせて教科書を複製できることを明示している。
これらが後押しとなり,2008年度は,DAISY版教科書の製作提供を事業の柱とした。7月にNPO法人支援技術開発機構が,兵庫県LD親の会「たつの子」のメンバーを対象にDAISY勉強会を開催した際に,製作してほしい教科書の希望を取ったところ,約30名から,小1から中2までの約40種類の教科書の製作希望があった。NPO法人奈良デイジーの会,NPO法人支援技術開発機構,国立大学法人富山大学人間発達科学部森田研究室,NPO法人デジタル編集協議会ひなぎく,デイジー江戸川を製作グループとし,当協会がコーディネートを行い,希望者へのDAISY版教科書の提供を行った。2008年度は総計76名に提供した。利用者からは随時フィードバックを受け,12月から1月にかけてはインタビューを行った。届くのが授業と平行状態で予習として使用できないという課題も提起されたが,継続して利用していく中で,読むことに対する抵抗が少なくなってきた,さまざまなことに前向きになってきたという変化を感じていること,後から追いかけて読む,同時読みする,最終的には音を消して読む等使い方を工夫していることがわかった。
2009年2月11日に,『「DAISYを中心としたディスレクシアキャンペーン事業」成果報告会』を行った4)。この報告会は,ディスレクシアに対するマルチメディアDAISYの有効性とその課題,マルチメディアDAISY版教科書の必要性とその製作提供体制の課題を明確にし,今後の活動の方向性を示唆する内容となった。当協会からは,DAISY版教科書の提供体制の確立のためには,国の介入,出版社の協力,学校や教育委員会が子どもたちの必要とする資料形態を理解すること,身近な公共図書館・学校図書館が活用できることが必要であると提言した。この2年間の事業の成果は今後の新たなDAISYの事業の中で生かしていきたい。
注
1) DAISY関連事業のあゆみ
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/activities/index.html
2) 平成19(2007)年度DAISYを中心としたディスレクシアキャンペーン事業報告書
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/daisy/symp20080112/index.html
3) 「ディスレクシアの子どもたちへの読みの支援-DAISYを使ってみよう」
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/daisy/event20081101/index.html
4) 平成20(2008)年度DAISYを中心としたディスレクシアキャンペーン事業報告書
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/daisy/seminar20090211/index.html
(おおた じゅんこ:財団法人日本障害者リハビリテーション協会)
[NDC9:015.17 BSH:1.障害者サービス 2.録音図書]
この記事は、太田順子.特集,2010年「国民読書年」に向けて:「DAISYを中心としたディスレクシアキャンペーン事業」の概要と成果.図書館雑誌.Vol.103, No.7,2009.7,p.446-447.より転載させていただきました。