講演1「すべての生徒が使うアクセシブルな電子教科書出版の実現-オランダの例」

デディコン チーフ・エクゼクティブ・オフィサー、オランダ
マーティン・フェルブーム

マーティン氏

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ご紹介ありがとうございます。
皆さま、こんにちは。本日は皆さまにプレゼンテーションをさせていただく機会を与えていただき、光栄に存じます。
日本障害者リハビリテーション協会、日本DAISYコンソーシアムおよび日本財団に、私の経験やアクセシブルな資料を学校や大学に通う人たちに提供することについて話す機会をくださったことに心から感謝を申し上げたいと思います。

この機会に、我々がオランダでどのようにしてアクセシブルな学校の資料や教材をプリントディスアビリティのある生徒たちに提供しているかについてプレゼンテーションをしたいと思います。

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まず最初にデディコンの紹介をいたします。我々の使命は、reading for all(すべての人に読書を可能にする)ということです。すべての人がどこでも、何でも、いつでも読書を楽しめるべきです。つまり、プリントディスアビリティの方も、必要とするテキストを、そのテキストが一般の人が一般のテキストを入手できるのと同じタイミングで入手できるということです。特にこれは学校に通う生徒たちにとって重要です。学生は、友人たちが教材を手にするのと同じタイミングで教材を手にしなくてはいけません。

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デディコンというのはオランダの独立したNPOです。オランダ政府の助成金で運営されています。また、我々はオランダの出版社と密接に協力をし、アクセシブルな本、新聞、雑誌、楽譜、その他の情報をアクセシブルな形でプリントディスアビリティを持った4万人以上の方々に配布しています。プリントディスアビリティには視覚障害、ディスレクシア、また印刷物を読むのを困難にするような身体的障害や認識機能障害も含まれます。我々の提供する製品としては、点字、大活字、音声DAISY、触図、その他さまざまなデジタル・テキストが含まれます。 本シンポジウムは学生のための教科書・教材に特化したものなので、この点についてお話ししたいと思います。

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教材に関してはオランダ政府の教育文部科学省から直接、資金提供を受けています。初等・中等・高等教育のためのアクセシブルなテキストブックを作成するために資金を受けています。また、社会人に対してもそれぞれの専門職に関する文書をアクセシブルな形にするサービスを提供しています。現在は1万5,000人以上のアクティブ・ユーザーが我々のサービスを使用しています。その中で90%以上がディスレクシアの方々です。また、毎年10万以上のアクセシブルな教材の複製を行っています。これは、我々がオランダの教材の出版社、そして視覚障害者のための学校と密接に協力をしているからこそ成し遂げられることです。

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数字のご紹介をさせていただきたいと思います。教材としましては、毎年オーディオブックを1,000タイトル以上。また1,700タイトル以上の点字形態の本、これは物理的な本もしくは電子的な本の両方を含みます。また、2,500のPDFフォーマットの大活字の本。そして1万5,000以上の触図と、600ものディスレクシアのある人に特化した、ディスレクシアのソフトウェア用のファイルを作成しています。これらをすべて合わせますと年間10万以上の製作となります。

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また、複製やディストリビューション=流通 に関しですが、こちらはスライドに紹介されていますので細かく紹介することはしません。しかし、トータルとしては毎年10万以上となっています。

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「すべての人に読書を」というのが我々の使命です。すべての人が必要とするもの、求めるものを提供しています。特に学生にとってこれは非常に重要です。我々の最終的な目標はインクルーシブな出版を行うことです。最初のソース段階からアクセシブルな出版を行うということ。まだここには到達していませんが、いずれ達成したいと考えています。しかし、そこにまだ到達できていないので、デディコンはプリントディスアビリティを持った読者のニーズに合わせて、アクセシブルでない本をアクセシブルな形に変換する役割を担っています。

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我々の目標に近づくにはどうしたらいいでしょうか。より短い期間で障害を持った読者に教材を届けるにはどうしたらいいでしょうか。もしくは我々の製作プロセスをより効率化するにはどうしたらいいでしょうか。そして、我々がよりうまく仕事ができるように、出版社に構成のしっかりした、標準化されたフォーマットで提供してもらうには、どうしたらよいでしょうか。また、アクセシビリティをより身近にするべく、教材の出版社にEPUB 3で出版してもらうようにするためには、どのように説得すればよいでしょうか。

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これらの問いに答える前に、オランダの電子書籍市場について紹介したいと思います。

オランダのベストセラーの92%は電子書籍としても提供されています。これは大変助かります。しかし、実際これらの電子書籍のうち、EPUB 3で提供されているのは3%未満です。なぜかと申しますと、オランダの電子書籍市場というのは、フィクション、小説が独占しているからなのです。そしてこれらのフィクションの出版社は、特にEPUB 2からEPUB 3に移行することに関心を持っていません。特に必要もないと出版社は考えています。EPUB 3に移行するための投資の手間を惜しんでいるわけです。

そのような中で我々が目指すところに近づくにはどうしたらいいでしょうか。出版社と共にアクセシビリティを実現するには何ができるでしょうか。我々としては2つの戦略があります。

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1つ目の戦略は、出版社の中でEPUB 3が持つ可能性について意識を高めることです。EPUB 3がアクセシビリティにどういった意味合いを持つのか、教育することです。2点目は、デディコンのワークフローを出版社側のワークフローに合わせていく。我々の方で改良するということです。

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まず意識喚起、啓蒙ですが、オランダの出版社とさまざまなコミュニケーションを持つ機会を設けています。その一例として2015年に我々が行ったイベントを紹介したいと思います。すべての出版社を招待してEPUB 3の話をしました。EPUB 3を既に使っている出版社がステージに上がり、ほかの出版社に対してEPUB 3を使った利点について紹介していただきました。特にインタラクティブ、そしてマルチモーダルが可能になるということです。当然、デディコンとしましてもアクセシビリティにおいてEPUB 3がいかに重要かを強調しました。

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しかしながらこのイベントの後、我々は出版社といろいろな話し合いをして、こういった結論に至りました。まず出版社の多くはそもそもEPUB 3、HTML5について全く知らない。また、市場には適切なEPUB 3の閲覧デバイスが少ないということに苦しんでいる。そういった意味で、オランダの出版社が大規模にEPUB 3に移行するまでにはかなり時間がかかります。

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それではこの間にアクセシブルな教科書を実際に学習障害のある人に短期間で届けるにはどうしたらよいでしょうか。また、よりよいサービスを提供するために、我々の生産のプロセスをより効率よくするにはどうしたらよいでしょうか。出版社とどのように協力をして彼らのワークフローを活用することができるでしょうか。

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ここで2番目の戦略についてお話ししたいと思います。すなわちデディコンのワークフローを、出版社のワークフローに合わせるということです。最初に少し我々の生産プロセスについて申し上げなければいけません。これは教科書のものです。まずデディコンはソースファイルを出版社から受け取ります。理想的なフォーマットとしては、EPUB 3のファイルということになりますが、ほとんどの出版社はEPUB 3では出版をしていません。ほかのフォーマットでの出版を行っています。ですからPDFファイルを受けることもあれば、XMLファイルを受けることもある。あるいはEPUB 2のファイルを受けることもあります。我々はこのようなファイルを事前に処理します。そしてフォーマットを転換する場所に送ります。例えばインドです。このようなファイルがEPUB 3のフォーマットに転換されます。このEPUB 3を我々の方で受け取って、それにアクセシビリティを加えることになります。アクセシビリティには例えば言葉の知識も必要となります。あるいは教材の中の教育したいことに関する特別な知識も必要です。またコンテンツの中にいくつかの画像がある場合には、これもアクセシブルな形に変えなければなりません。そしてその後、その本が我々の顧客にいろいろなフォーマットで、彼らにぴったり合ったフォーマットで流通することになります。

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我々はかなり効果的な方法でこのようなアクセシブルな本を学校の子どもたちに届けることができていると思います。しかしながら、この方法はさらに改善の余地があると考えています。改善をするには、我々の生産プロセスにある非効率的な部分に対処する必要があります。日本の場合はどうかわかりません。また、ほかの国の場合もわからないのですけれども、オランダでは、出版社は同じコンテンツを何度も何度も繰り返し使うということが好まれています。同じコンテンツを1つの方法で使い、同じ本の別の版にも使います。年を経てそれらの版は変わってくる場合もありますし、教育レベル、つまり、高等教育や初等教育によって異なる場合もあります。ということでこのようなコンテンツは何度も何度も同じ本の新版に再利用されています。しかしながらデディコンは事前に何のコンテンツが再利用され、どのコンテンツが置き換えられるのか、そしてどのコンテンツが削除されるのかわかりません。ですので、しばしば我々はあらゆる版を何度も何度も繰り返し作っていますし、そして同じコンテンツも繰り返し作っています。コンテンツをアクセシブルなフォーマットに2回作る場合も、3回、4回、さらには5回作る場合もあります。これは非常に効率が悪いと言わざるを得ません。しかしながら、そこにはソリューションがありますし、我々の生産の方法を変える可能性があります。そして、アクセシビリティをさらに高める可能性もあると考えています。

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オランダの教育の出版社たちはXMLをますます使うようになってきています。彼らはコンテンツのエレメントを賢く再利用しようとしています。そしてこれを再利用可能な学習オブジェクトと呼んでいます。オランダの出版社は多くの場合、単に印刷された書籍のデジタルバージョンである電子書籍からもっといろいろな可能性を秘めた本を作ろうとしています。すなわち、再利用可能な学習オブジェクトが入っているので、これを集めて本を作ることができる。そしてその本も、その個人に合わせて作ることもできる。ということで、学校の生徒は誰でも自分にあった本を得ることができるわけです。その際には再利用可能な学習オブジェクトを使うということです。

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もちろんこのような場合、EPUB 3を使用するのが理想的ですが、残念ながらほとんどの出版社はEPUB 3の知識はほとんど持ち合わせていません。しかし、我々デディコンでは、再利用可能な学習オブジェクトを使おうと思っています。これは小さな学習の単位から成っています。例えば、学習する本のパラグラフと考えることができます。これは自己完結型で再利用可能です。そして、それらを集約してより大きなコンテンツを作ることもできる。また、メタデータでタグされています。そうしますと、デディコンのワークフローを出版社に合わせることができるわけです。出版社のファイルを変換して、そこにアクセシビリティを加えているのが今までの状況なのですが、これから移行する段階というのは、我々がアクセシビリティを直接、出版社のワークフローに加えるということです。それも最も低いレベルで入れていくということ。すなわち再利用可能な学習オブジェクトの形で加えるということです。

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これがこの出版社のワークフローです。かなり一般的な近代的な教育の出版社の状況ですが、そこでは著者、編集者、デザイナー、コンポーザーなどがコンテンツをXMLの形態で作成しています。このXMLは再利用可能な学習オブジェクトということになります。そしてその段階でデディコンはアクセシビリティを加えたいわけです。ここでアクセシビリティを加えるということ、このレベルでコンテンツをアクセシブルにするのです。同じXMLの構造の中で、再利用可能な学習オブジェクトを入れていくということです。

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もう少し事例をお話ししたいと思います。いかにアクセシビリティを再利用可能な学習オブジェクトに入れるかということですが、少しお見せしたいものがあります。

これは1つの方程式です。やや図形のようなイメージですけれども、これを直線的に書くことができる。そうすることによって点字で示すこともできますし、点字の形で印刷することもできます。特定の画像は理解できるように、言葉で記述しなければいけません。

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別の画像ですけれども、中には子どもたちが記入しなければいけないところがある場合があります。こちらの絵は視覚障害のある人にはわかりにくいわけです。その場合には、この画像を再設計し、視覚障害のある人にも理解できるようにします。これを触覚でわかる形で印刷するのです。そうしますと、視覚障害のある生徒は学校でも同じ内容を理解することができる。そして出題などもこなすことができるのです。視力が低い子どもでも画面で読むことができるように、画像をもう少し単純化することもできます。あるいは、実際に触覚でわかるような形で印刷することもできるわけです。

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例えばテキストと図がある宿題、テキストと画像をつなぐという課題があったとします。これも完全に再設計しなおさなければなりません。テキスト・トゥ・テキストという形にしなければいけません。その場合には教科書についても十分理解しており、再設計、再構築ができる教科書の専門家がいますので、画像の課題をテキストに変えてわかるようにします。

いくつか事例をあげましたが、このようにアクセシビリティを再利用可能な学習オブジェクトの中に加えているのです。

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それでは結論です。もし出版社がEPUB 3で出版したらどうなるでしょうか。もちろんこれは理想です。アクセシビリティがより我々に近いものになります。デディコンの仕事もより簡単になります。しかしながら、実はそういう状況ではありませんので、出版社に対してお願いをすればいいわけです。オランダにおいて出版社は我々に耳を傾けてくれると希望を持っています。もし出版社がアクセシビリティ・ガイドラインを採用してくれれば、しっかりと定義されたストラクチャーであるとか、言語タグであるとか、正しいコントラストの入れ方、あるいは代替テキストなどを利用すれば、彼らも再利用可能な学習コンテンツを作成しやすくなります。そして彼らと協力し、我々が彼らの出版ワークフローの中で、アクセシブルな再利用可能な学習オブジェクトをコンテンツの中に入れることができれば、子どもたちが求める、reading for allという我々の使命が達成できるのです。

以上です。ありがとうございました。

【質疑応答】

会場●
いろいろなニーズに応えた本を作っていくということで、非常に関心を持ったのですが、聴覚障害、手話を使っている子どもたちのために手話動画を入れる、手話動画によって説明を加えるということは試みられていらっしゃるのか。もしそうであればそれはどれくらいニーズがあって、実際に技術的な課題としては現在、オランダにおいて何が起きているのかということを教えていただきたいと思います。
マーティン・フェルブーム●
ご質問ありがとうございます。聴覚障害の方のニーズというのはもちろんあります。アクセシブルな本を聴覚障害のある方にも提供しなくてはいけません。出版社がEPUB 3を使えば、そのようなことも同じファイルに入れることが可能になってくると思いますので、今後ビデオコンテンツを聴覚障害のある方に提供することも十分可能だと考えています。
会場●
具体的な何か技術的な課題というのは挙がっていますか? 例えば動画のデータというのは非常に大きなサイズになりますが、ストリーム配信を考えるとか、そういったようなことは考えていらっしゃいますか?
フェルブーム●
そうですね、出版社の方が学習教材にビデオを組み込んでいるという事実が既にオランダではありますので、例えば手話をそこに加えるということには特に技術的な難しさはないと思っています。ただし、データが重いというのはおっしゃるとおりです。しかしオランダにおいてはブロードバンド・ネットワークも大変発達していますので、そういったデータの配信に関してはそこまで問題はないと思います。
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