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図書館における新たな視点-認知症の人のためのサービスガイドライン-

ヘレ・アレンドルップ・モーテンセン,ギッダ・スカット・ニールセン/野村美佐子 訳

IFLA(国際図書館連盟)は,特別なニーズのある人々に対する図書館サービス分科会(訳者注:旧図書館利用において不利な立場にある人々へのサービス分科会(LSDP))の常任委員会委員であるヘレ・アレンドルップ・モーテンセンとギッダ・スカット・ニールセン著作の「認知症のための図書館サービスガイドライン」1)を2007年に出版した。このガイドラインを自国語で翻訳した最初の国々の一つに日本がある。同ガイドラインの目的は,認知症に苦しむ人々の家族や友人だけでなく,図書館の専門職員,介護者,公共政策立案者の図書館に対する意識を向上させることである。多様な図書館サービスや資料は,喜びや楽しみを提供しながら記憶を刺激することができる。

認知症とは何か?

認知症は記憶,思考,行動および情緒に影響を与えるさまざまな脳障害を総称した言葉である。アルツハイマー病は,認知症の最も一般的な原因となる。脳機能の低下は思い出すことを難しくする。障害が生じるのは短期記憶であり,子ども時代から青年時代の記憶は非常に鮮明である。また思考や言語の扱いが困難になる。たとえば,他の人が言っていることを理解することや正しい言葉を使うことができなくなる。さらに,認知症は奇妙な行動をとらせ,気まぐれにさせる。

何人の人が認知症に患っているのか?

認知症は80歳以上の5人に1人に影響を及ぼすが若年者にも広がっている。現在,世界全体で2400万人が認知症を患っていると推定され,この数字は,国際アルツハイマー協会2)によれば2040年までには8100万人以上に増加すると思われる。

写真1

写真:認知症の人のための図書館サービスキャンペーンの広報ポスターの中の写真

図書館は何ができるのだろうか?

大部分の公共図書館は,認知症の人のために特別なサービスを提供していない。司書は,一般に,認知症の人を介護する専門家の輪に参加してこなかった。認知症の人の治療の重点は,しばしば知的な刺激にかかわるケアよりも,身体的なケアの方に置かれることが多いからである。しかし,読み物や音楽は,記憶の刺激に役立ち,同時に喜びや楽しみも提供するので,図書館サービスが効果的であるということがわかる。

よく「使わなければ失う」と言われるが,これは真実であることがわかっている。司書は,楽しい記憶を呼び起こすことによって,利用者が個人のアイデンティティの感覚を取り戻し,興味があることを思い出させ,子ども時代,青年時代,職業人としての人生,および家族の記憶を呼び覚ますことができる。

図書館資料

多くの図書館資料は,直接このようなサービスにおいて利用される。次にあげるリストは,司書がサービスを始める上での推奨分野となるが,創造力により多くの可能性が広がる。

(1) 図書

大きく,はっきりとしたイラスト,特に写真のある図書はとても有効である。

朗読用の本は,本文が短く,話の筋が簡単で,たとえば,エッセイ,おとぎ話,短編小説,昔から知られている韻を踏んだ詩などが推奨される。

読みやすく・わかりやすい資料(読みの障害を持つ読者のために特に製作された本など)は,初期段階の認知症の人が利用できる。

クリスマスやイースターなど祝日に関連したテーマがある図書,「コーヒーテーブルブック(卓上用大型豪華本)」,さまざまな国々の本もまた会話を刺激する。また郷土資料や過去に関する本は回想やグループでの会話に非常に適している。

ゆっくりとしたスピードで読むオーディオブックも利用できる。

(2) 音楽

音楽は,認知症の人との交流において重要な手段となる。言語コミュニケーションが難しい場合が多いが,歌や踊り,静かな音楽を聴くこと,瞑想的な歌はそのよき代替手段となる。

静かなクラシック音楽(例:認知症の人のための特別版 モーツァルト効果名曲集:スプリング・ヒル・ミュージック)3),特別なテーマを持つ音楽と歌,瞑想音楽はリラックスするために有効な材料となる。

(3) その他の手段

認知症の人は,郷土史や自然についての古い映画を見ることを楽しんでいる。

すでにコンピュータに精通している高齢者もいる。彼らは,介護者,親類縁者,または図書館スタッフの助けを借りてインターネットで検索することを楽しんでいる。コンピュータの画面上の画像を会話を進めたり,特定のテーマについて図解したりするために利用してもよい。図書館スタッフは関連サイトを介護者に紹介することができる。

(4) 回想

回想は記憶を呼び起こすことを意味する。今日の現代社会において,我々の記憶や生活史を呼び起こし,確保することは必要である。デンマークの作家,トーべ・ディトレウセン(Tove Ditlevsen)は,「子ども時代の通り(Barndommens Gade)」という小説のなかで次のように書いている。

あなたは核が必要,あなたの中の種だ。
そこからあなたは成長し,大きく広がる。
さもなければ,あなたが考えることも,
欲しいものも,根がなく,居場所のないもの
になってしまう。

記憶を通して自分の核に戻ることができるということが今日以上に重要であった時はない。なぜならば,今のように忙しく日々が過ぎていってしまう時代に,人の記憶は,しばしば喜びや安心,帰属しているという感覚を,他の何ものより提供してくれるのである。

英語を話す国において,「回想」という言葉は,人の記憶に関わる計画的かつ体系的な作業の専門用語である。

(5) 回想法(Reminiscence work)

デンマークにおいて,介護者は,回想法を通して認知症の人を刺激することをしだいに認識するようになっていった。記憶を呼び起こすことにより,個人のアイデンティティが強化され,その結果として生活の質が向上するという事例がある。あるいは,その時ほんの一瞬であるが,何か見覚えのあるもについて心地良い感情が生み出されるだけという事例もある。

デンマークの図書館における事例

デンマークの公共図書館では,司書が介護者や親類縁者と密接に連携して,同じ課題に取り組んでいる。

コペンハーゲンの北にあるゲントフテ公共図書館では,一人の司書が認知症の人の過去の出来事や感覚を呼び起こすために当時のものが入った二つの思い出袋を製作した。一つは,「学校」がテーマで,もう一つは,「日曜日の野外活動」がテーマになっていた。このパイロットプロジェクトは,回想法におけるこのような図書館資料の必要性を調査している4)

何年か前,コペンハーゲンにあるヴィドーヴェ公共図書館は,「脳にビタミン」と呼ばれるプロジェクトを開始した。

10個の思い出袋が司書や老人ホーム,高齢者のための団体,ボランティア,歴史クラブなどのスタッフの協力で製作された。思い出袋は,「主婦」,「学校生活」,「針仕事」,「王室」など10のテーマが選ばれた。思い出袋は,テーマに関連した本,映画,音楽,その他あらゆるもので成り立っている。この思い出袋はグループと個人で利用され,その結果は非常に良く,その袋を開けば,すぐに会話が始まる。

リュングビュー・トーベック公共図書館は,市の認知症のコーディネータと協力をしている。最初の協力の結果として,「記憶が低下するとき」というタイトルで認知症に関する図書館でのイベントが開催された。約100人の参加があり,この数は予想より上回った。そのため,同じテーマで2009年11月にイベントの開催が予定されている。前述のイベントでは,医療従事者,親類縁者,地方のアルツハイマー団体の代表者が認知症に関する経験を語った。

認知症のコーディネータは,市の可能性について話をし,司書は,図書館は何ができるかについてと介護者や親類縁者のために認知症の人を対象とした資料について語った。図書とその他の資料の展示は参加者の大きな関心を呼び,現在,対象者向けの資料リストを準備しているところである。

ある司書は,地域住民に関する話を集め,数人の高齢者にインタビューを行った。それらの話は2冊の本にまとめられ,対象グループにとても人気がある。

デンマークの回想センターとリュングビュー・トーベック市における認知症のコーディネータは,老人ホームに1930/40年代の家庭的な居間と1950年代の食堂を復元した。この事業は,スタッフ,家族,ボランティアとの密接な協力のもとで行われた。

ユトランドのフュン島のオーデンセ中央図書館とユトランドのラナス図書館は,認知症の人に対する図書館サービスに焦点をあてた。さらに数か所の図書館では,司書がこの課題について取り組み,重要な議題として積極的に認知症を紹介した。

認知症の人に関わる司書に共通することは,認知症の人々と図書館の可能性の両方に関する専門家グループの知識に基づいて,司書が介護者,親類縁者など関係者と対象者へのサービスを評価し,発展させるプロセスを繰り返しているということである。つまり,専門家との協力なしには関連する図書館サービスを作り出すことができない。

写真2

写真:「デンマーク王室の家族」をテーマとする思い出箱

認知症の知識

認知症についての知識は,司書がこの疾病を持つ人に図書館サービスを提供したいと思う時にとても重要で,すでに述べたことだが,成功を収めるためには,家族と介護者の協力を得る必要がある。

コミュニケーション

認知症の人とコミュニケーションをとる時に,その人とのアイコンタクトを取り,話をするまえにこちらに注意を向かせて,はっきりとゆっくり話す。認知症の人のボディランゲージにも注意を払い,簡単な言葉を使い,創意に富む聞き手となり,その人に十分な回答時間を与えてあげなければならない。また簡単な質問を行い,会話には気候についてなど日常的な話題を取りいれる。

認知症の人に関わることは,確かに困難で,特別な洞察力と知識とが必要とされる。しかし,そのような努力の結果,認知症の人が身体と精神の両方に刺激を受けたという兆候を明らかに示したとき,大きな喜びを感じるのである。

「認知症のための図書館サービスガイドライン」の日本語訳が,近い将来,司書の活動に役に立つことを願っている。

1) Guidelines for Library Services to Persons with Dementia(IFLA Professional Report, No.104,2007)
http://archive.ifla.org/VII/s9/nd1/Profrep104.pdf
(掲載者注:IFLAサイトのリニューアルにより、図書館雑誌掲載当時からURLが変更になっていたため、現在のページのリンクに変更した。)
(訳者注:日本語訳は以下のサイトに掲載:http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/info/dementia_iflaprofrep104.html

2) Alzheimer's Disease International(ADI)
http://www.alz.co.uk
(掲載者注:原文では、この注には、以下のように説明が付記されていたが、翻訳の際には、紙面掲載の字数の関係もあり、説明部分はカットしています。
Alzheimer’s Disease International (ADI) is the umbrella organization of Alzheimer associations around the world which offer support and information to people with dementia and their families. Addresses of Alzheimer’s Associations all over the world can be found on their Website at http://www.alz.co.uk

3) Music for the Mozart Effect. Spring Hill Music.
http://www.springhillmedia.com/b.php?i=8520

4) Library Services in the Year 2007-with Yesterday's Objects by Jeannette Larsen, Public Library Quarterly Volume 40 No.2 2007
http://www.splq.info/issues/vol40_2/09.htm

(ヘレ アレンドルップ モーテンセン:リュングビュー・トーベック公共図書館アウトリーチサービス担当・ギッダ スカット ニールセン:フリーランス図書館コンサルタント,訳/のむら みさこ:財団法人日本障害者リハビリテーション協会)

[NDC9:015.17  BSH:障害者サービス]


この記事は、モーテンセン,ヘレ アレンドルップ,ニールセン,ギッダ スカット.特集,2010年「国民読書年」に向けて:図書館における新たな視点:認知症の人のためのサービスガイドライン.野村美佐子訳.図書館雑誌.Vol.103, No.7,2009.7,p.454-456.より転載させていただきました。