情報アクセシビリティ・フォーラムを通して
一般財団法人 全日本ろうあ連盟
情報アクセシビリティ・フォーラム準備室 兵藤 毅
1.はじめに
国連の障害者権利条約等でアクセシビリティの重要性が説かれていますが、日本においては「アクセシビリティ」は、一般にはなじみの薄い新しい言葉です。また、音情報や音声中心の社会の中で、聞こえない人が聞こえる人と同じ土俵に立つことは、残念ながらまだ実現しておりません。
これからは、これまでの「情報にアクセスする」という考えに加え、「誰でも情報にアクセスしやすい」環境を整えることが重要になります。私たち聴覚障害者にとって「情報アクセシビリティ」は、自らの社会参加を促進するだけでなく、時に生命をも左右します。
あらゆる情報を、私たちの望む形で、より分かりやすく・より簡単に入手することができる社会の実現を広く啓発することを目的に、2013年11月22日~24日の3日間、秋葉原UDX(東京)で情報アクセシビリティ・フォーラムを開催しました。このフォーラムは、3日間で延べ13,000人を超える入場者を迎え、成功裡に終了しました。
本フォーラムでは、諸外国に比べて立ち後れている「電話リレーサービス」について、欧米・アジアの先駆諸国の先進的に取り組んでいるリーダーを招聘して、国際ワークショップを開催したり、アクセシビリティに関わる様々な研究・機関による15本の講演・ディスカッションを展開した会議エリア、41ブースの先駆的な機器・サービスの紹介や盲ろう・手話・字幕などの体験ができる展示エリア、ろう者の視点での映像や字幕に関する講義や、上映による検証を行った映像エリアの3つのエリアで様々な企画を展開しました。
2.なぜ「情報アクセシビリティ」なのか
私たちが情報アクセシビリティ・フォーラムを開催した経緯について、そして、聞こえない人が「情報アクセシビリティが確立された社会環境」を望む背景について紹介させて頂きます。
2.1概観と連盟の取り組み
◆聴覚障害者が直面する「障害」は音声言語偏向社会が生み出したもの
聴覚障害者(ろう者、中途失聴・難聴者、ろう重複者等)は長年、音声言語を中心とした社会の中で、「きこえの壁」「ことばの壁」「こころの壁」に直面し、社会から疎外されていました。
このような状況を打破するため、全日本ろうあ連盟は、
①聴覚障害者に対する正しい理解の促進
②手話通訳による情報保障制度の確立
といった観点で運動を展開してきました。
現在においては、先に述べた運動の展開によって様々な法律が見直され、社会参加を阻む障壁の除去が浸透してきたことで、アクセシビリティや情報保障の公的責任の存在が認識されるようになりました。
また、地域振興施策における新しいまちづくりにおいては、聴覚障害以外の障害をもつ人たちとの連携が、今までにも増して必要な情勢となってきています。
このような社会的な状況の変遷を振り返ると、情報通信技術によるインフラ(生活基盤)の整備や普及が、ろう者を始めとする聴覚障害者の社会参加に大きく寄与し促進していることは間違いないといえるでしょう。
2011年3月に東日本各地域を襲った東日本大震災においても、安否確認、救援活動、緊急情報発信・入手などの諸場面で情報通信技術を活用した取り組みが行われました。改めて情報通信技術を活用した機器・サービスが生きる上で欠かせないインフラとなっていることを痛感します。
◆昔も今も「情報機器」はろう者の生活様式(ライフスタイル)を大きく変える存在
この運動と平行するようにして、情報通信技術の分野において、聴覚障害者の生活様式を大きく変えるような情報通信機器がいくつか登場しました。
図1:ろう者の情報通信に用いる機器の変遷
年代 | 主な機器 | スパン | 情報量 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
~1970年代 | 郵便・日聴紙等の機関紙 | 郵便 2~3日 新聞 月1回 | 文字:中 映像:中 | 人によるネットワーク |
1980年前半 | テレメール・FAX | ~1日 | 文字:小 映像:小 | 高額な汎用機器→日常生活用具 |
1980年後半 | パソコン通信 | ~数時間 | 文字:中 映像:中 | マニア中心 |
ポケベル・スカイメール(SMS) | 文字:小 映像:小 | 移動性の確保 | ||
1990年後半 | Web・Eメール | 数分以内 | 文字:中 映像:中 | インターネット |
携帯電話(MMS) テレビ電話 | 文字:中 映像:中 | 通信との融合 | ||
現在 | スマートフォン IPテレビ電話 | 即時 | 文字:大 映像:大 | 映像との融合 スマート革命 |
昭和50年代に登場したFAXは、普及し始める初期の頃においてはまだ非常に高価な製品だったこともあり、日常生活用具として購入費用の助成対象に指定されるように、啓発・普及活動に取り組んで来ました。その結果、FAXが普及して、聴覚障害者の生活は大きく変化し、社会参加が飛躍的に促進されることになりました。
その後、聴覚障害者の間では、通信のために使用する機器として、ポケベルなどを経て、現在は、携帯電話、スマートフォンといった携帯型の情報通信機器が広まっています。
携帯電話については、まずSMS(ショートメッセージサービス)という簡単なメッセージ機能から普及が始まりました。そして、インターネットへアクセスするための機能や、ネットワーク上のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)への参加、デレビ電話、字幕付きワンセグ放送(移動体端末で受信出来る地上デジタルテレビジョン放送)の視聴などの新しい機能が加わって、携帯電話の機能はスマートフォンに代表されるように多様化しました。
また、インターネットについても、インターネットが普及する以前のパソコン通信が主だった頃は「機械好きの人だけのもの」というイメージがありましたが、高速大容量回線(ADSL、FTTH)の費用が低価格化するにともなって、誰でもインターネットが使いやすい環境が整いました。
現在は「いつでも」「どこでも」「だれとでも」ほぼ同時にコミュニケーションを取れる状況になったと言えます。ただ、音声に限られる相手とはまだコミュニケーション出来ない状況です。
以上のように、聴覚障害者を取り巻く障壁と、これを乗り越える「情報アクセシビリティ」のような様々な取り組みは昔から行われており、古くて新しい課題といえます。
2.2情報アクセシビリティを考慮した機器と情報保障
◆手話による情報保障と文字による情報保障
手話利用による情報保障と文字利用による情報保障がありますが、これからは字幕などのように文字利用による情報保障手段が飛躍的に増えてくる可能性が高いでしょう。
しかしながら、日本語の読み書きを必ずしも得意とはしないろう者の場合、円滑な情報交換を図るために、手話による情報保障、すなわち情報通信機器を利用したリレーサービス等による手話通訳の機会を増やしていくことが望まれます。
◆手話による情報保障
情報通信機器を利用した手話動画の配信にあたっては、「通訳行為に伴わない手話動画の配信」と「通訳行為を伴う手話動画の配信」をはっきり分けて論点の整理を行うことが大切です。
(a)通訳行為を伴わない手話動画の配信
- インターネット動画
- 手話アバター(アニメ・CGを利用)
- テレビ電話、テレビ会議
(b)通訳行為に伴う手話動画の配信
- テレビ番組における手話通訳の挿入
- 電話リレーサービス
- 遠隔手話通訳サービス
「通訳行為を伴わない手話動画の配信」は、既にインターネットでの動画配信や放送番組内でのろう者によるキャスターの形で実現しており、手話アバター(アニメ、CGを利用した手話動画)も今後増えてくることが予想されます。
また、聴覚障害者同士、あるいは手話の出来る健聴者の間での会話情報通信機器を利用したテレビ電話やTV会議の形で実現しています。
一方、「通訳行為に伴う手話動画の配信」は、テレビ番組における手話通訳の挿入、手話通訳が入った動画を配信する形等があります。
テレビ視聴において、字幕を表示したり消したりする機能が地上波デジタル放送で標準規格に盛り込まれ、どのテレビでも特別な機器を付加することなく見ることが出来るようになりました。
本来、字幕と同じように手話通訳についても、手話による情報入手が必要なときに、ボタンを押すだけでいつでも手話ワイプが現れる機能が必要でした。残念なことに、デジタル地上波の放送規格制定時に「手話放送」への配慮が漏れたため、手話通訳の表示・非表示は、その切り替えが困難ですが、放送と通信の融合によって、テレビにインターネット回線と同期する情報通信機器を付加することで、近い将来手話通訳のオン・オフが出来るようになる見込みです。
「電話は社会インフラ」であり、公共サービスとして位置づけられています。音声通話と同じ利便性が、聞こえない人にも、聞こえる人と同じ程度の負担で提供されるべきという考えから「電話リレーサービス」を公的責任で実施出来るように働きかけています。
「電話リレーサービス」は、テレビ電話やスマートフォンを利用して聴覚障害者情報提供施設や民間リレーサービス事業者の手話オペレーターを中継点に据えた仕組みです。手話通訳者がほとんどいない地域に住む聴覚障害者への支援にも有効です。
ただ、聴覚障害者は「移動に伴う障害」がほとんどないため、手話通訳が必要になる場面は自宅以外の方が多くなる傾向があります。したがって、今後は、自宅以外の場面でもリレーサービスを簡単に利用できるような情報通信機器の開発が求められます。
また、電話での本人確認において、第三者が介在すると確認不可となされるケースが多いために聴覚障害者の権利行使に大きな制約が加わる問題も、リレーサービスが公的な制度として整備されることで、「聴覚障害者の代理通話は本人と同等」とみなされ、円滑に権利行使が出来るようになると考えられます。
既に、携帯やスマートフォンを利用して手話で会話するシーンも見られるようになっていますが、スマートフォンなど、手軽に使える情報通信機器を活用した遠隔手話通訳サービスの利用が駅やお店等で広がって行くことが望まれます。
ここで留意しなければならないことは、聴覚障害者の障害特性は千差万別であることから、遠隔手話通訳は、現在の手話通訳制度を利用する聴覚障害者の特性に応じて前準備や通訳後のフォローを実施している手話通訳制度の全機能を代替するものではないことです。
行政・事業者・当事者の皆様におかれましては、「公的制度は公的責任」で実施する原則のもと、生活支援をはじめとする様々な支援制度につなげることが出来る手話通訳制度の普及が最も重要であることを認識して頂き、やむを得ない場合でも手話通訳制度や諸支援事業につなげられる仕組みになるよう、各地域のろう者組織と十分に協議を進めた上で導入して頂くようご留意頂きたいと考えます。
◆2つの「コミュニケーション」
最後にコミュニケーションという英語の意味を調べますと、二つの意味があります。一つは、情報通信技術における「コミュニケーション」は「通信」という意味となります。
もう一つは、人間同士の「コミュニケーション」における「言語権保障」です。人間は豊かなコミュニケーションのなかで自己主張をしたり、様々な夢を語り合いながら成長します。当然、聴覚障害者の「人間的コミュニケーション」も保障されなければなりません。
全国ろうあ者大会(山形)の第1分科会での講演を引用します
「障害者総合支援法と聴覚障害者の生活について」
―仲介から権利の擁護へ、意思疎通支援の可能性―
厚生労働省障害保健福祉部自立支援振興室長 君島 淳二
(中略)
意思疎通支援の可能性
○相談支援、意思決定支援など他者との関わりの中で、意思を伝えるためには、その人を知ることが重要となる。
○個人の権利は仲介する人の技術や装置の性能を向上させて保障されるものではない。当事者が十分に理解した上で表現することを確保してこそ、基本的人権を尊重したこととなる。
講演で触れられているように、機器やスキルだけがいくら進化しても聞こえない人が生活する権利の確保に結びつきません。
「情報・通信(コミュニケーション)技術の活用」と、手話通訳制度・要約筆記制度などによる「人間的コミュニケーション(言語権保障)」の両輪のもと、情報アクセシビリティが確立された社会を目指していく必要があります。
2.3情報・コミュニケーション法の実現へ
これまでにのべましたように、聴覚障害者の読む権利、書く権利、話す権利、聞く権利、そして見る権利を保障する「情報アクセス」「情報保障」は、これまで福祉分野に閉じ込められがちでしたが、本来、これらは福祉分野にとどまらず、社会生活全般に行使されるものであり、行政全面に渡って効力をもつ新法が望まれます。
情報アクセシビリティ確保の視点から情報・コミュニケーションがきちんと保障された社会をめざしていく運動が必要になってきました。障害者基本法、総合支援法、差別解消法が実際に私たちの生活を変えていけるようにしていくと共に、行政・立法・司法をはじめとした多くの関係各所・市民の理解を得ながら情報・コミュニケーション法や関連法の制定に向けて歩んでいければと考えております。
3.そしてこれから
フォーラムに参加された様々な方から頂いたご意見等の中からいくつかご紹介させて頂きます。
- このフォーラムをきっかけに、情報アクセシビリティとは何かを理解出来た。
- アクセシビリティの必要性や活用方法を考えさせられた。
- ろう者、難聴者などのいわゆる情報弱者のための対策は、聞こえる人であっても、子どもや高齢の方等にとっても有効であることをもっと認識してもらえるよう、社会を変えないといけない。
- 今まではバリアフリーやユニバーサルデザインという考え方でやってきたけれども、それだけではないことが理解出来た。
- 情報アクセシビリティが整備された社会になれば、全ての情報が共有され、コミュニケーションも豊かになり、結果的に基本的人権が確立できる。
このように大きな反響がありました。社会を変えていくためには、当事者が力を発揮できるような環境をまず確保することが重要です。そのためにも周囲の理解を得て、より多くの方と、手と手を携えて取り組んでいくことが、「力」となります。この情報アクセシビリティ・フォーラムがその契機となって欲しいと願って止みません。
今後も「情報アクセシビリティ」が日本社会の根底に根ざすよう、多くの関係各所・市民の皆様と共に取り組んで参りたいと考えています。
情報アクセシビリティ・フォーラムから:写真
期間中晴天に恵まれたUDXビル
大館監督と司会・庄﨑&貴田コンビで盛り上がる映像エリア
いろいろな人が、駅やレストラン街などで会話出来るように共用品機構・エコモ財団の協力のもと、「コミュニケーション支援ボード」を制作・配布しました。
展示エリア会場に入ると、まず、来場者を暖かくお迎えするボードが目に入ります。奥が放送・映像ブース群です。
啓発・体験コーナーには、入場制限がかかるほど多くの方が訪れ、防災手話・盲ろう者体験・電話リレー体験・字幕・筆記体験等様々な体験をして頂きました
展示エリア会場は41ブースが所狭しと立ち並んでいます。疲れを癒やす休憩所も設けられました。
23日一般公開に先だって、午前11時より、セレモニーが行われました。秋篠宮妃殿下が見守る中テープカット
会場は人々の流れが途切れることなく続き満場状態でした
こんな工夫あるのかと驚きの声が最も多かったスポーツ委員会ブース
6階UDXカンファレンスでは、国際ワークショップや情報アクセシビリティ・カンファレンスが開催され、立見客も多く出る程、盛況でした。右写真は、380名が参加した国際ワークショップの一コマです。左写真は22日に同じ会場で開催された「手話言語法イベント」です。こちらも満場でした。
4階情報アクセシビリティ・ワークショップにも毎回多くの聴(視)講者が詰めかけ、最新の技術・動向に見入っていました。
会期終了直後の記念写真。実行委員・準備室委員・スタッフの、「音をつかむ未来をつかむ」に向けて一仕事終えたぜーと達成感溢れる面々をご覧下さい。
100人以上の要員・スタッフが、参加者が満足して帰れるよう「お・も・て・な・し」に努めました。