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情報障害のある人への支援の現状と課題

-視覚と聴覚の両方に障害のある人(盲ろう者)へのパソコン支援を中心に-

特集:情報バリアフリーとしてのユニバーサル・サービス

杉田正幸

著者の所属:
*すぎたまさゆき 大阪府立中央図書館
〒577-0011 大阪府東大阪市荒本北1-2-1
Tel.06-6745-9282 (原稿受領2009.6.11)

転載元書誌情報:
杉田正幸「情報障害のある人への支援の現状と課題-視覚と聴覚の両方に障害のある人(盲ろう者)へのパソコン支援を中心に」(情報の科学と技術 59(8) 2009.8.1 p.378-384)

抄録

 視覚と聴覚の両方に障害のある重度の人(盲ろう者)は,「移動」,「コミュニケーション」,「情報」の3 つの障害がある。盲ろうとはどういう障害か,盲ろう者のパソコン環境とはどういうものかを概説した上で,大阪府立中央図書館などでの筆者のパソコン利用支援の経験やそれらを支援する人たちの養成を紹介する。また,2009 年3 月に筆者がアメリカでの盲ろう者の情報機器の状況や支援の状況を視察した。米国での盲ろう者の状況を紹介した上で,日本で今後,必要な支援や求められていることについて考える。

キーワード:盲ろう者,障害者,公共図書館,米国,インターネット,テクノロジー,情報コミュニケーション技術(ICT)

目次

1.はじめに

2.盲ろう者とは

3.盲ろう者のパソコン環境

4.大阪府立中央図書館での盲ろう者へのパソコン個別支援

5.大阪府立中央図書館での盲ろう者向けインターネット講習会の開催

6.国内での盲ろう者へのパソコン支援

7.国内での当事者を支援する人たちの養成

8.米国ロサンゼルスでの盲ろう支援機器の動向

9.米国パーキンス盲学校とヘレン・ケラー・ナショナル・センターでの支援

10.日本の支援の現状と求められること

11.終わりに

参考文献

英文書誌データおよび抄録

1.はじめに

 これまで視覚障害や聴覚障害など単独の障害については,各種雑誌などでその支援や情報機器を使ったサービスについて紹介がある。しかし,視覚と聴覚の両方に障害のある人,いわゆる「盲ろう者」についての支援の論文はほとんどない。筆者は,2001 年から大阪府立中央図書館で盲ろう者へのパソコン個別指導,2003年度から盲ろう者向けのインターネット講習会を行っている。また,各地での盲ろう者へのパソコン支援の経験,通訳者やパソコンボランティアなどを対象とした支援者の人材養成を紹介し,日本での盲ろう者へのパソコン支援の現状について報告する。さらに,2009年3月に米国ロサンゼルスでの「第24回障害者とテクノロジー会議」1)での盲ろう者への情報支援技術について勉強してきた経験,パーキンス盲学校やヘレン・ケラー・ナショナル・センターでの盲ろう者へのコミュニケーション支援,パソコンを使った支援,職業教育訓練の見学を通して,日本の現状との違いについて報告する。その上で,日本での盲ろう者へのパソコン支援の課題と今後への展望を示す。

2.盲ろう者とは

 盲ろう者は視覚と聴覚の両方に重複障害のある人のことを言い,世界的にはヘレン・ケラー,日本では東京大学の福島智教授が著名である。2006(平成18)年に厚生労働省が行った身体障害者実態調査結果2)では全国に「推計盲ろう者数」は2万2千人と出ているが,正確な盲ろう者数は分からないのが現状である。

 盲ろう者は障害の状況により以下の4つに大別できる。

(1)全盲ろう…全く目が見えなく全く耳が聞こえない
(2)全盲難聴…全く目が見えなく聴力が弱い
(3)弱視ろう…視力が弱く全く耳が聞こえない
(4)弱視難聴…視力が弱く聴力が弱い

 また,視覚障害を先に受障したのか,聴覚障害を先に受障したのか,両方同時に受障したのか,それらが先天的か後天的かにより,障害の状況や支援の方法が異なる。

 図書館サービスの中では,視覚障害者に対しては対面朗読や録音図書のサービス,聴覚障害者には字幕入りビデオの貸出や講演会での手話通訳などのサービスが行われているが,盲ろう者にはこれらサービスを利用することができない。具体的な例を挙げれば,目と耳の両方に障害がある場合,対面朗読や録音図書などの音声情報にアクセスすることは不可能,字幕や手話など視覚情報へのアクセスが不可能。つまり,盲ろう者には手話を手で触れる通訳方法である「触手話」や通訳者が盲ろう者の指の上に点字タイプライターのように点字を打つ「指点字」,また,点字も手話も難しい盲ろう者には「指文字」や「手書き」などの通訳者と1 対1 でコミュニケーションをとる方法が用いられ,その人にあったサービスを提供する必要がある。これは上述した障害の種類や障害を受けた時期,訓練を受けた状況により大きく異なる。

写真1

写真1 触手話
手話を手で触って通訳を受ける方法。盲ろう者の通訳方法でもっとも多く用いられる。

写真2

写真2 指点字
通訳者の指を点字タイプライターのキーに見立てて,キーを打つように盲ろう者の指の上を叩く方式で,左右の人差し指,中指,薬指の6 本に対応させる

 一般に盲ろう者は「移動」「コミュニケーション」「情報」の3 つの障害があると言われている。一部の盲ろう者を除き,外出の際には一緒に行動する人が必要で,コミュニケーションについても上記の専門的な通訳が必要で,これらの役目を果たすのが都道府県などが養成している盲ろう者向けの通訳・介助者である。情報障害についてもほとんどの情報が通訳・介助者からのものになり,得られる情報量もごく僅かである。盲ろう者の多くはこの通訳・介助という制度があることすら知らず,家でとどまっている人がほとんどで,情報から隔絶されているのが現状である。パソコンやインターネットを使うことができれば,様々な情報を自ら得られるが,それら支援機器を利用している盲ろう者は日本ではごく一部の人に限られる。

3.盲ろう者のパソコン環境3) 4)

 15年以上前,MS-DOS の時代はパソコンは盲ろう者の情報入手手段としては最適なものであった。CUI(Character User Interface )という文字中心の情報は,その内容を点字に表示する装置(点字ディスプレイ)に表示することが容易にできたからである。パソコン通信でのメールや電子会議室の利用,点字ワープロによる文書作成などは盲ろう者が通訳者を介さず,自ら情報を得られ,他者とのコミュニケーションがとれるようになった。これにより「移動」を除く2 つの障害が改善され,ヘレン・ケラーの時代にはない革命的なこととなった。

 しかし,Windows の登場で,盲ろう者のパソコン環境は劣悪になった。GUI(Graphical User Interface )という絵文字やアイコン中心の情報は,文字情報しか出力できない点字ディスプレイが,全く使用できない状況になった。Windows環境での電子メールやインターネットが点字表示でかなり使えるようになったのは2000年を過ぎてからである。なので,盲ろう者の多くはMS-DOSを使い続け,現在でもMS-DOSでメールやインターネットをしている人も一部いる。

 盲ろう者のパソコン利用は障害の状況により異なる。全盲ろうの場合は,パソコンの画面を上記の点字ディスプレイで確認して,電子メールやインターネットなどを行う。弱視ろうの場合は画面拡大ソフトを用いて2倍から36倍のそれぞれの見え方にあわせて画面拡大し,色を白黒反転(ハイコントラスト表示)してパソコンを利用する。難聴者の場合はこれらに音声読み上げソフトを併用することになる。

 パソコンの入力方法はパソコンの特定の6 つのキー(FDSJKL)を点字の6 点のキーに見立てて入力する「6点入力」(点字入力方式)を使用する人が多い。この入力方法を使うには6点入力ソフト(点字入力ソフト)が必要で,さらに,パソコンの6 つのキーの同時押しを受け付けてくれるキーボードが必要である。国内メーカーのパソコンの6,7割はこの方式の入力に対応していると思われる。6点入力は点字を覚えている盲ろう者にとってはキーの数が少なく使えることで好まれて用いられるが,点字を知らない盲ろう者や点字を知っていても一般の入力方法を好む盲ろう者はローマ字入力を用いる。弱視者の場合は,白字の大文字で書かれたキーボードを利用したり,白文字のシールをキーボードに貼って利用する場合もある。

 1999 年から,国の日常生活用具給付事業で,盲ろう者が点字ディスプレイを購入する際にほぼ全額補助がでるほか,パソコン用ソフトの購入の際も一部,補助がでる。しかし,障害者自立支援法が施行後,これらの事業は「地域生活支援事業」に移行され,自治体によっては,給付を受けられないケースもあるのが現状である。これらの機器やソフトは,盲ろう者にとって情報入手の上で必須であるため,国が責任を持って必要な当事者に給付をすることが求められる。

写真3

写真3 点字ディスプレイ
パソコン画面の情報が手前の点字表示部(1行46マス)に点字で表示される。

4.大阪府立中央図書館での盲ろう者へのパソコン個別支援 5)

 大阪府立中央図書館では,視覚障害者の図書館利用の増進を図ることを目的に,2000年10月に「視覚障害者用パソコンシステム利用サービス実施要領」を策定した。具体的には音声読み上げ,点字表示,画面拡大を利用して,OCR(Optical Character Reader),インターネット,CD-ROM辞書,点訳ソフトなどの利用であり,それらの使い方を職員が指導するという個別支援を開始した。

 2001 年に,盲ろう者の支援をしている人から,「これからパソコンを使いたい盲ろう者がいる。点字ディスプレイやパソコンなど盲ろう者が使える機器について概要の説明と使い方について教えてほしい」と依頼を受けた。正直,盲ろう者へのパソコン支援経験もなく,コミュニケーション方法や使い方について全く知らなかったが,大阪府立中央図書館には盲ろう者が使用できる機器やソフトの環境がそろっていたため,とりあえず依頼を受けた。毎回,同じ触手話通訳者の協力を受け2001年9月から1年間で29 回のパソコン個別指導を実施した。具体的には点字ディスプレイの使い方や6点入力の練習,文書作成,電子メールなどを学習した。その人はある程度パソコンを使えるようになったので,パソコンを購入し,点字ディスプレイを役所に申請し,自宅で電子メールやインターネットが利用できるようになった。

 この事例とは別に,2006 年度からは断続的に盲ろう者へのパソコン個別支援を現在まで15名行い,2009年3月時点で8 名の支援を継続中である。最初は全盲ろうの人が中心であったが,最近では弱視ろうの人の支援にも力を入れ,画面拡大ソフトを利用したインターネットの操作など幅広い内容で様々な人びとに対応している。

 これまでに盲ろう者へのパソコン個別支援で対応した内容の主なものは,(1)パソコンの基本操作…パソコンの立ち上げ・終了,キーボード練習,(2)点字入力(6点入力)の説明と練習,(3)Windows の基本的な操作,(4)電子メール…送受信,アドレス帳,添付ファイルなど,(5)ホームページの閲覧,(6)ホームページの検索,(7)点訳ソフト,(8)画面拡大ソフト,(9)点字ディスプレイや点字携帯情報端末などの機器,(10)その他,盲ろう者に使いやすいアプリケーションソフトである。

 大阪府立中央図書館での盲ろう者へのパソコン個別支援の状況は表1の通りである。

表1 個別支援利用状況

年度 人数 回数 総時間
2001年度 1 15 34
2002年度 1 14 30
2003年度 0 0 0
2004年度 0 0 0
2005年度 0 0 0
2006年度 2 15 37.5
2007年度 8 52 105
2008年度 8 134 285
2009年度(6月末現在) 5 31 68

5.大阪府立中央図書館での盲ろう者向けインターネット講習会の開催

 盲ろう者へのパソコン個別支援の経験や盲ろう当事者団体から盲ろう者向けパソコン講習会の開催の要望もあり,大阪府立中央図書館では2003 年度から盲ろう者向けインターネット講習会6)を開催し,現在も継続的に開催している。1回の講習会の定員は2 名から4 名と少人数を対象として,触手話通訳者や指点字通訳者を図書館の予算で配置し講習会を行っている。

 2003年度は11名の応募があり,4名の盲ろう者が受講。盲ろう者には事前にパソコンの利用状況やコミュニケーション方法,点字の触読能力についてなどを直接確認。講習会は4日間(計20時間)で,点字ディスプレイを使っての電子メールとニュース閲覧の体験,6点入力を使った文字の入力を中心に行った。この年は受講生の障害の状況やパソコンの進度がばらばらだったので,翌年度は点字の読める盲ろう者のみを対象とし,4名が受講して講習会を開催した。

 2005年度は,初級の講座に加えて中級講座(5時間を2回,計10時間)を行った。それまでの電子メールを中心とした講習から,ホームページ検索の基本を学習するなど,講習の幅も広げた。2006年度からは各年で初級講座と中級講座を開催することとした。

 2004年度までは視覚障害者用のソフトウェアで盲ろう者にそれなりに使えるものを使用したが,点字表示や画面拡大がうまくいかない部分もあり,使いにくい部分も多かった。しかし,2005年度からは盲ろう者に使いやすいメールソフト「ボイスポッパー」やネット検索補助ソフト「サーチエイド」7)などを使用することで,効率的な指導をすることができた。

 2008年度には弱視ろう者に限定した初級講座(拡大画面対応)を初めて開催した他,全盲ろう者を対象とした中級講座(点字ディスプレイ対応)も開催し,障害の状況と進度に合わせて講習会を行った。拡大対応の初級講座では画面拡大ソフト「ZoomText」8)を使ってキーボードの入力練習・文書作成・電子メールなどを中心に行い,点字ディスプレイ対応の中級講座ではWindows の画面を点字で表示するソフト「95Reader(XP Reader )」9)と点字ディスプレイを使ってホームページ閲覧・インターネット検索を行った。さらに,パソコンを利用せず単体で電子メールやホームページ閲覧を点字で行うことのできる点字携帯情報端末「ブレイルセンスプラス」10)を用いての文書作成・電子メール・ホームページ閲覧と検索などを行った。

 講習会では上述した内容以外でも盲ろう者に使うことのできる機器やソフトを積極的に紹介した。講習会でパソコン技術を習得し,その後,パソコンを購入したり,図書館で個別指導を継続したりとパソコンを利用している人が多い。このようにパソコンにより生活の幅を広げた盲ろう者が増えていることは意義のあることと思う。

表2 盲ろう者向けインターネット講習会の受講状況

開催年度 講座名称 定員 申込者数 受講者数
2003年度 初級 4 11 4
2004年度 初級 4 7 4
2005年度 初級 3 3 3
中級 4 4 3
2006年度 初級 3 4 3
2007年度 中級 4 5 4
2008年度 初級 2 2 2
中級 2 2 2

6.国内での盲ろう者へのパソコン支援

 国内で盲ろう者へパソコン支援をしている機関としては,盲ろう者関連施設,視聴覚障害者情報提供施設,生活訓練施設,障害者ITサポートセンターなどがある。

 盲ろう者関連施設でもっともパソコン支援に力をいれているのは,大阪市内にあるNPO 法人視聴覚二重障害者福祉センターすまいる11)である。同センターは盲ろう当事者を主体としてパソコン個別支援を行っている他,電子メールやインターネットを簡単にテキストベースで使うことのできるソフト「イージーパッド」やチャットソフト「すまいるチャット」を開発している。これらソフトは盲ろう者に使いやすく簡単に使えることがコンセプトで,フリーソフトとして同会のホームページで公開し,広く盲ろう者に使用されている。

 一方,全国の盲ろう者団体でもいくつかで盲ろう者へのパソコン支援がようやく始まっている。私が2008年度に関わった大阪盲ろう者友の会の作業所「手と手とハウス」では2008年度11名の盲ろう者に30回の「パソコン勉強会」を開催した。1回の勉強会で2,3名の盲ろう者に対して点字入力,文書作成,電子メールやインターネット,ホームページ作成などの勉強会を講師・サポート・通訳者の体制で行った。

 視聴覚障害者情報提供施設(点字図書館や聴覚障害者情報センターなど)では,2007年度に私が講師で関わった兵庫県立聴覚障害者情報センターの例を挙げる。事前に通訳者などに盲ろう者向けパソコンサポート人材養成講座12)を実施し,その人たちを中心に通訳体制を組んで盲ろう者向けのインターネット講習会を開催した。受講者は3 名で,弱視ろう者が中心で,文字入力,電子メールを中心に,防災情報のインターネット閲覧などのホームページ閲覧も加え基礎講習を実施した。受講した3名のうち,1 名の弱視ろうの人についてはその後,自宅への訪問サポートを1年間実施し,パソコンを購入し,電子メールやインターネットが自力で可能となった。その他の情報提供施設では講習会形式で行っている例はあまりなく,一部の点字図書館でパソコン個別支援で盲ろう者を受け入れている例がある。

 生活訓練やリハビリ施設では,国立身体障害者リハビリテーションセンターや京都ライトハウス,日本ライトハウスなどで盲ろう者へのパソコン個別支援を実施していることが報告されている13)。IT サポートセンターでは東京都が盲ろう者対象のIT 講習会を開催している例が報告されている程度である。

 公共図書館で大阪府立中央図書館以外では,東京の日野市立中央図書館が盲ろう者にパソコン個別支援を実施しているぐらいで,一部の図書館では利用案内に「視覚障害者・盲ろう者など」と書いてあるが,実際,サービスが行われていないのが現状である。

7.国内での当事者を支援する人たちの養成

 国内で盲ろう者のパソコン支援を担ってきたのは,これまで一部の盲ろう当事者や視覚障害者,パソコンの得意な通訳・介助者やパソコンボランティアであった。これまでの指導者は特に視覚障害者の支援の延長的な考えもあったため,実際に支援する中で盲ろう者とのコミュニケーションの問題や視覚障害者に使いやすい機器やソフトが盲ろう者には不十分,指導方法の確立がなされていなかったなどの問題があり,このような状況下で教育を受けた盲ろう者の中にはパソコンは面倒なもの,使えないものという認識があったことは事実である。ゆえに,盲ろう者に正しい方法でパソコンを教えられる人材,指導者的な役目を果たす人の養成が急務となった。

 全国盲ろう者協会では2006年度から3年間,独立行政法人福祉医療機構長寿・子育て・障害者基金助成事業で,盲ろう者向けパソコン指導者等養成研修事業14)を行った。初年度は「盲ろう者向けパソコン指導(訓練・研修)」および「パソコンボランティア指導者養成研修(盲ろう)」の現状調査を実施,さらに盲ろう者のパソコン利用状況を8名の盲ろう者からヒアリングにて調査。それを受け,盲ろう者に使いやすい機器・ソフトの検証,マニュアルの整備を行った。2007年度からは年1回,盲ろう者向けパソコン指導者養成研修会を開催し,通訳・介助者を対象に地域で盲ろう者にパソコンを教えられる人材の養成を開始した。2年間で24人が受講し,特筆すべきは盲ろう者が4 名,視覚障害者が2名受講したことである。今後,地域での盲ろう者のパソコン支援の指導的な立場として期待できる他,今年度から全国盲ろう者協会が実施する自宅での「コミュニケーション訓練個別訪問指導」に中心的に関わっていくことが期待される。

 一方,日本障害者リハビリテーション協会では,国の予算で1999年度に盲ろう者団体や施設など40箇所(うち,盲ろう団体や準備会30箇所)にパソコンや点字ディスプレイ,ソフトウェアの貸与を行い,地域で盲ろう者がパソコンを使って研修ができる環境作りを行った。また,社会福祉・医療事業団(現「福祉医療機構」)の助成金などを活用し,インターネットブラウザALTAIR(アルティア)やリアルタイム字幕受信ソフトの開発を行った。2002年度からはパソコンボランティア指導者養成研修事業15)を開催し,パソコンボランティアの指導者的な役目を各地域でできる人材の養成を開始した。その中で盲ろう研修は別立てで毎年開催している。筆者は2008 年度に2 回行われた盲ろう研修(東京・京都)の講師を担当した。盲ろう者概論,盲ろう者の機器の概説,スクリーンリーダー,画面拡大ソフト,電子メール,インターネット,点字用携帯情報端末など機器やソフトの使い方の研修,実際にアイマスクや耳栓をして盲ろうを疑似体験する中でパソコンを使用して指導する訓練,指導のポイントや注意点などを3日間で行った。この研修は2003 年度と2008年度は年2回の開催,その他は毎年1回開催し,合計93人が受講し,87人が研修を修了した。その中には盲ろう者10名,視覚障害者9名,聴覚障害者4 名など障害のある人も含まれている。受講生のレベルには差があり,盲ろう者のことをほとんど知らない人もいることや,研修しても実際に盲ろう者支援に携わっている人がそれほど多くないなど課題もある。

 これら人材養成は前項で上げた兵庫県の例も含めてもごく僅か。今後,指導者・支援者を増やし,正しい指導法の確立が必要である。

8.米国ロサンゼルスでの盲ろう支援機器の動向

 2009年3月17日から27日までの11日間,ロサンゼルス,ボストン,ニューヨークを訪ねた。前半はカリフォルニア州立大学ノースリッジ校主催の「第24回障害者とテクノロジー会議」(CSUN)に参加し,後半は盲ろう児・者支援に力を入れている盲学校やリハビリテーション施設などを見学した。

 障害者とテクノロジー会議はロサンゼルス国際空港近くの2 つのホテルを会場に開催され,今年で24回目,150社の企業展示と300 のセッションの発表が行われた。盲ろう者支援関連では点字ディスプレイ,点字携帯情報端末や拡大ソフト,拡大機器などが注目された。

 盲ろう者の中で日本でも注目され,今後期待されているのが点字携帯情報端末,つまり,持ち運びができ,メールやインターネットのできる機器だ。日本で発売されているのは韓国HIMS 社の「ブレイルセンスプラス」という機器だ。重さ1 キロ弱で,点字入力キーボードから文字を6点入力で打つとその内容がキーボード手前の点字表示部に点字で表れ,盲ろう者はその内容を触って確認する。この機器には2 行分の液晶画面もあり,支援者やサポートの人がその内容を読むことができるため,盲ろう者とのコミュニケーションにも使用されることがある。日本語で漢字かな混じり文書を書くことができる他,電子メール,ホームページ閲覧など様々な機能を持つ点字携帯情報端末で,盲ろう者のモバイル支援機器として重要である。しかし,価格が60万円という高価なもので現状ではあまり普及していないが,米国でも同機器の評価は高いようだった。また,同機器の入力部分を点字入力からフルキー入力にしたものも参考出展しており,近く韓国では発売されるとのことであった。

 日本でネット機能を持つ点字携帯情報端末はブレイルセンスプラスのみであるが,米国では同機器の他,ヒューマンウェア社のBraille Note16)やフリーダムサイエンティフィック社のPac Mate17)なども選択肢としてあり,英語圏での盲ろう者支援機器の選択肢の幅が広いことを実感した。特にBraille Note を使った盲ろう者支援の応用としてDBC(DeafBlind Communicator)18)というものがあり,この機器にはface-to-faceという対話機能がある。盲ろう者が点字端末に打った内容が反対側にいる人の画面に表示される。相手は画面手前にあるフルキーボードに入力するとその内容が盲ろう者側に点字で表示される。つまり,通訳者なしで手話や点字の知らない人と盲ろう者の間でコミュニケーションがとれるのだ。同社のホームページには実際に盲ろう者がレストランでウェートレスとDBCを使って会話をしている写真が掲載されている他,盲ろう者が働く職場では通訳者なしに支援機器で他の従業員とコミュニケーションをとることができるというのは驚きであった。また,この機器には通信機能もあり,近くにいる人とだけでなく,遠隔地の人ともコミュニケーションがとれることから,盲ろう者の携帯電話と言える機器である。

 Pac Mate とパソコンの間にも同じような機能があり,全般的に英語圏ではこれら機器は多種にわたっており,盲ろう者の利用可能な機器が充実していることを実感した。日本では英語環境で作られた機器やソフトはそのまま使用できない。さらに日本語環境にするには相当の費用と時間がかかり,作ったとしてもあまり売れないため価格が高くなってしまうこと,高価な機器なので盲ろう者には購入しにくいために,開発と普及が進まないのが現状だ。このような機器開発や普及は盲ろう者の生活の質を高め,職業的自立にも繋がることから機器開発普及には国の財政援助が必要である。

写真4

写真4 CSUN ,企業展示での点字携帯情報端末
点字や手話の知らない人と盲ろう者の間で,コミュニケーションをとることもできるDBC(DeafBlind Communicator)。

9.米国パーキンス盲学校とヘレン・ケラー・ナショナル・センターでの支援

 米国ボストンにある教育施設「パーキンス盲学校」は1829 年から視覚障害教育を行っているが,1837年にローラ・ブリッジマン,1887年にヘレン・ケラーという2名の盲ろう児を受け入れるなど,盲学校草創期から盲ろう児への支援に力を入れていた。現在は3 歳から28歳までの58名の盲ろう児・者が在席しており,海外の盲ろう児・者への教育支援など幅広い活動をしている。

 一方,ニューヨークにある盲ろう者専門のリハビリテーション訓練施設であるHKNC(ヘレン・ケラー・ナショナル・センター)は1967年に開設され,オリエンテーション,移動,コミュニケーション,生活技能,職業訓練などの個別訓練を行っている。現在,16歳から21歳までを対象とした短期訓練や55歳以上を対象とした自立生活訓練(これらを特別トレーニングと呼ぶ),21 歳以上を対象とした主に職業自立中心の訓練(通常トレーニングと呼ぶ),以上のプログラムに分けて訓練が行われている。2009年度の連邦政府からのHKNC への予算は836 万ドルで,予算全体の8 割は国からのお金で運営されている。

 両施設で特に強調されていたことは,盲ろう者が自立し独立して生活ができること,職業的な自立を果たすことである。自立生活に関しては草創期の教育では感覚教育,コミュニケーションの取得,点字や普通教科の学習,生活自立や職業自立の訓練では電車の乗り方,食料品店での買い物,温室で花を植える,カフェテリアで働いたりと,自立に向けた教育を重視している。また,コンピュータも小さい頃から訓練に取り入れ,コミュニケーションや情報取得に活用したり,職業自立をする上での手段になっている。2008年度にHKNCでは職業自立を目指した訓練を106人の盲ろう者が受け,その中で48%の人が訓練後に職についている。盲ろう者が働いている具体的な職種としては小売店の店員,調査員補助,理学療法士の補助,データ入力,コンピュータ関連などの一般業種や福祉関連など多岐に渡っている。HKNC と複数の大企業が提携し,提携先で職場体験したり,訓練終了後の就職先として活躍している。コンピュータ関連の職種につきたい場合,タイピングの仕方が分からなくても,基本から訓練を行う。3 室のパソコン訓練室を使い,1対1でその人の障害状況や目的に応じたパソコン訓練が行われていた。

 このように盲学校やHKNC などでの生活訓練や職業自立を目指した訓練,各州でのリハビリテーションセンターでの訓練は盲ろう者が独立して生活できることを目的としている。その結果,盲ろう者の多くが社会に出て,雇用され,活躍していることは日本と違い,とっても驚いた。社会の理解はもちろん,支援技術,訓練に対する考え方や指導者の状況,国の支援体制など日本との差を感じた米国訪問であった。

10.日本の支援の現状と求められること

(1)当事者を中心とした支援

 盲ろう者のことを一番分かるのは同じ障害を持つ盲ろう者である。しかし,日本では当事者が指導者として盲ろう者にパソコンを教えているのは東京盲ろう者友の会と視聴覚二重障害者福祉センターすまいるなど一部に限られている。それは盲ろう者の中でパソコンを使いこなしている人が少なく,パソコンに詳しい支援者・通訳者が少ないことにも原因がある。米国のように当事者主体の支援やサービスが望まれる。

(2)支援の場所の確保と国や自治体の支援

 盲ろう者が活動できる作業所は全国にも数少ない。また,視覚障害者や聴覚障害者対象の情報提供施設やリハビリ施設は各地にあるものの,盲ろう者だけを対象とした施設はこの5月に開設された東京都盲ろう者支援センターのみである。米国のように国が盲ろう者のリハビリテーション施設を設け,身近な地域にこのような施設を充実し,支援できる体制作りをすることが課題である。

(3)盲ろう者団体等へのパソコン機器類の貸与

 1999年度に日本障害者リハビリテーション協会が盲ろう者団体にパソコンなどの貸与を実施したことは7 章で述べた。

 2009年度の国の補正予算で,全国盲ろう者協会に情報提供機器整備事業が認められ,地域の盲ろう者支援に必要な点字用機器やパソコン訓練用機器の調達および整備(貸与)が1億1340万円予算化された。このような国の予算的な措置により今後,地域の盲ろう者団体に機器の整備が進み,盲ろう者へのパソコン訓練が行われることが期待される。

(4)盲ろう者に使いやすい機器やソフトの開発

 盲ろう者用の機器は海外に比べて非常に少ない。国内でも研究レベルではあるものの実用化を見ないケースも多い。国の支援で盲ろう者に使いやすい機器やソフトの開発が求められる。

(5)ウェブアクセシビリティと盲ろう者に使いやすいウェブページ

 ホームページは画像や動画など見栄えを重視したものの提供が多い。このような場合,文字情報も必ず付加する,見出しタグなどの適切なナビゲーションを付ける,色だけで伝わる情報の提示は避けるなどウェブアクセシビリティのJIS 規格を守り,さらに盲ろう当事者にも読みやすくアクセシブルなホームページの提供が求められる19)

(6)生活訓練の場でのパソコンの提供

 自宅にいる盲ろう者は家族の人からの情報が全てであるが,家族とほとんどコミュニケーションをとらない(とれない)盲ろう者も多くいる。コミュニケーションの習得や日常生活訓練とともに自宅や最寄りの場所でパソコン訓練を行い,自ら情報が得られ,生活の質を高めることが必要である。

(7)公共図書館での機器の活用

 公共図書館には視覚障害者用の機器の導入が増えている。2008年度から日本テレビ系列の24 時間テレビチャリティ委員会が公共図書館に視覚障害者用機器の寄贈20)を開始した。その中には盲ろう者が使うことのできる点字ディスプレイや拡大ソフトなども含まれる。これら機器を活用して盲ろう者への支援やサービスを勧めていくことが地域の情報提供施設として必要である。

(8)盲ろう者の職業自立

 米国では盲ろう者が納税者として働いている事例が多くあることは米国の状況の中で報告した。日本では残念ながらパソコンは生活の質を高める手段としか考えられていない。日本でも職業自立してパソコンを駆使して働ける環境作りが必要である。

11.終わりに

 2001年から盲ろう者の情報取得を目指して公共図書館としてパソコン支援を行ってきた。その結果,多くの盲ろう者がパソコンを活用して情報を得られるようになったことは,公共図書館としての「情報へのアクセス」の面で大きな成果と考える。しかし,盲ろう者を指導する人や支援者が国内に少ない現状,国産の機器やソフトの貧弱な環境は今後の盲ろう者支援の課題である。

 米国のように職業自立した盲ろう者を増やすには国や自治体の支援,使いやすい機器の開発,社会的な盲ろう者の理解が必要である。コンピュータ技術を駆使して職業自立をした盲ろう者が国内にも多く存在するようになり,日本の状況が変わっていくことを期待し,今後一支援者として多少なりとも協力していければと考える。

参考文献

1) California State University, Northridge (The 24th Annual International Technology and Persons with Disabilities Conference). http://www.csunconference.org/ [accessed 2009-06-06].

2) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部.身体障害児・者実態調査結果 平成18 年.厚生統計協会,2008,475p.

3) 全国盲ろう者協会.平成20 年度版盲ろう者向けパソコン指導マニュアル:WindowsXP 編.全国盲ろう者協会,2009,165p.

4) 日本障害者リハビリテーション協会 情報センター.“第8章 盲ろう者情報支援”.平成20年度パソコンボランティア指導者養成事業研修テキスト.2008年度 四版.日本障害者リハビリテーション協会,2008,p.267-301.

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7) 桂木範(桂木範・オンラインソフト工房).http://homepage2.nifty.com/oss/ [accessed 2009-06-06].

8) 日本電気(121ware.com 〈ソフトウェア〉ZoomText).http://121ware.com/software/zoomtext/ [accessed 2009-06-06].

9) システムソリューションセンターとちぎ(95Reader : 95Reader のトップページ).http://www.ssct.co.jp/barrierfree/95reader/ [accessed 2009-06-06].

10) エクストラ(ブレイルセンスプラス日本語版).http://www.extra.co.jp/brlsenseplus.html [accessed 2009-06-06].

11) すまいる(特定非営利活動法人 視聴覚二重障害者福祉センター すまいる).http://www.deafblind-smile.org/ [accessed 2009-06-06].

12) 平井俊行.(ルポ最前線を行く)盲ろう者向けパソコンサポート人材養成講座.点字毎日 活字版.2007-10-11,no.485,p.5.

13) 全国盲ろう者協会.平成18 年度盲ろう者向けパソコン指導者等養成研修事業報告書.全国盲ろう者協会,2007,93p.

14) 全国盲ろう者協会.平成20 年度盲ろう者向けパソコン指導者等養成研修事業報告書.全国盲ろう者協会,2009,44p.

15) 日本障害者リハビリテーション協会(パソコンボランティア指導者養成研修事業).http://www.jsrpd.jp/ic/pcv/ [accessed 2009-06-06].

16) Humanware (BrailleNote-Humanware USA). http://www.humanware.com/en-usa/products/blindness/braillenotes [accessed 2009-06-06].

17) Humanware (DeafBlind Communicator-Humanware USA). http://www.humanware.com/en-usa/products/blindness/deafblind_communicator/ [accessed 2009-06-06].

18) Freedom Scientific (Freedom Scientific-PAC Mate Omni Mobile Computing for the Visually Impaired). http://www.freedomscientific.com/products/fs/pacmate-product-page.asp [accessed 2009-06-06].

19) 杉田正幸.図書館ホームページにおけるウェブ・アクセシビリティ.特集Web による図書館サービスの可能性を探る.図書館雑誌.2005,vol.99,no.2,p.92-95.

20) 「24 時間テレビ」チャリティ委員会(24 時間テレビ). http://www.ntv.co.jp/24h/contents/how-shikaku.html [accessed 2009-06-06].

英文書誌データおよび抄録

Special feature: Universal services for barrier-free access to information. The contemporary condition & future of support service for the deaf-blind: based on the technological assistance for the disabilities. Masayuki SUGITA (Osaka Prefectural Central Library, 1-2-1 Aramoto-kita, Higashi-Osaka, Osaka 577-0011 JAPAN)

Abstract: Deaf-blind people have obstacles in cases of mobility, communication and information. Summarizing on what deaf-blind is and what the computing environment of deaf-blind is, it introduces the author’s experience of instructing computer skills at Osaka Prefectural Central Library and cultivating their supporters nation-wide. In March 2009, I visited HKNC (Helen Keller National Center) and Perkins School for the Blind and also attended the CSUN conference to learn the latest technology and the support situation of deaf-blind people in USA. Therefore it reconsiders the necessary assistance for deaf-blind and what they really need from now on in Japan.

Keywords: deaf-blind / persons with disabilities / public library / USA / Information and Communication technology (ICT)