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国際セミナー報告書「ヨーロッパとアジアのソーシャル・ファームの動向と取り組み-ソーシャル・インクルージョンを目指して-」

基調講演:「わが国のソーシャル・ファームのあり方」

炭谷 茂
日英高齢者・障害者ケア開発協力機構副委員長
(財)休暇村協会理事長/前環境事務次官

炭谷氏の写真

講演要旨

1.ソーシャル・ファームとは

(1)目的

a.通常の労働市場では就労の機会を得ることの困難な者に対して

b.通常のビジネス手法を基本にして

c.しごとの場を創出する

(2)論点

a.対象者は?

主たる対象は、障害者。しかし、高齢者、母子家庭の母親、ニート・引きこもりの若者、刑務所出所者、ホームレス、被差別部落などにも適用可能

b.公的支援は?

基本的には依存しないが、財務基盤が弱いのでドイツでは立ち上がりに手厚い国庫補助、イタリアでは公的機関によって優先購入。

c.どんな仕事か?

特に制約はない。実例を見るとリサイクル、農業、園芸、サービス産業、公的施設の管理など

d.法律の根拠は

必須ではないが、もちろんあった方が促進される。ドイツ、イタリア、韓国などにでは制定済み

2.ソーシャル・ファームの必要性の増大

(1)現代社会における仕事の意義の認識

社会的排除・孤立→ソーシャルインクルージョン

社会福祉政策としての就労の意義

(2)対象者の増大

社会問題の複雑化・多様化、地域や家族の結びつきの脆弱化、企業の余裕の減少などに対象者が増大。問題の解決も困難化

(3)公的分野の機能が縮小する一方、企業の対応にも限界

第3の職場として

社会的企業の役割の拡大

(4)日本において2千社の設立を

3.日本におけるソーシャル・ファームの設立の方法

(1)法人格

株式会社

NPO

特例子会社その他

(2)推進母体

関心を有する住民が自発的に

企業、有志等の支援により

(3)事業

a.特徴
多種多様
ニッチ性
特性を生かす
b.環境産業
リサイクル
有機農法
園芸
森林管理
c.福祉事業
介護
保育
移動
d.サービス産業
公的施設管理
芸術作品

(4)資金の確保

SRI

4.具体的な進展

講演

ただいまご紹介いただきました炭谷と申します。今日は皆さん、寒い中、遠い所の方もたくさんいらっしゃいますけれども、たくさんこの会にお集まりいただきまして本当にありがとうございます。特に今日は、韓国からちょうど日本に来ていらっしゃるということで、今日午後に帰国される20人ばかりの方が、韓国からも参加をいただいております。本当にありがとうございます。

今日は、参加者の中には既にソーシャル・ファームについて実施している、実行している方も半分ぐらいはいらっしゃる。また半分ぐらいの人は「ソーシャル・ファームって何かな?」という形で、まだこれから勉強しようという人、いろいろな人がいらっしゃいます。そこでまず私は、今日海外から来ていただいた方のお話をご理解いただく手助けとして、まずソーシャル・ファームとは何なのかということについて、お話を進めていきたいと思っております。

ソーシャル・ファームの要件としては、私は3つあると思っております。だいたい今日お話しすることは、お手元のこの冊子に書いてありますから、それをなぞりながら見ていただければよろしいかと思います。日本語でしかありませんので、外国人の方には大変申し訳ございません。

ソーシャル・ファームとは

3つの要素というのは、第1には、通常の労働市場では仕事が見つかりにくい人をまず対象にする、これが第1ですね。

第2は、通常のビジネス的な手法、「市場原理に基づく」と言ってもいいでしょう。通常のビジネス的手法を基本にする。これが第2ですね。

第3は仕事の場を創設していく、働く場を創設していくということであります。

これをもう少しくだいて説明をしていきたいと思うんですけれども、まず第1の「通常の労働市場では仕事が見つかりにくい人」。これは代表的なものは障害者の方々だと思います。ソーシャル・ファームは1970年代、北イタリアのトリエステというところで生まれました。トリエステの精神病院で、入院する必要はない、もう入院しないでどこか働きながら治療したほうが効果的だというような患者さんがいらっしゃいました。ちょうど今日も来ていらっしゃいますけれども、名古屋にある「わっぱの会」の方々が、そこの精神病院に行かれたというビデオを拝見したことがございます。今ではもう大変古い病院ですけれども、その精神病院で、精神病の治療を受けていた精神障害者の方々の仕事場づくり。なかなか普通の企業では雇ってくれない。それであれば自分たちで仕事場をつくろうということで1970年代に起こりました。この動きは、イタリア、ドイツ、イギリス、オランダ、フィンランド、ギリシャ、ヨーロッパ各国に広がったわけです。ですからスタートは精神障害者、障害者が中心ですから、障害者を中心にして、今でもソーシャル・ファームと言えば障害者だなというふうに考えられています。でも、だんだん、どうも通常の労働市場で仕事が見つかりにくい人は障害者だけではない、高齢者もそうじゃないかな。また日本の実情を言えば母子家庭のお母さんもそうでしょう。またホームレスの人たち、またニートや引きこもりをしているような若者。こういう人たちもなかなか見つかりにくい。まだまだあると思うんですね。例えば刑を終えて刑務所から出てきた人たち。前には日本語では古い言葉で「刑余者」と言いますけれども、刑務所から出所してきた人。この人たちもなかなか見つかりにくい。さらに例えば被差別部落の人たちもなかなか適切な仕事が見つかりにくいという実情があります。こういう人たちが皆、対象になるんじゃないのかな、対象にしてもいいんじゃないかなと。ヨーロッパのほうでも、最初は「障害者」ということでソーシャル・ファームがつくられましたけれども、徐々に範囲が拡大していると思います。これが第1ですね。

それから第2は、これが重要なんですね。こういう人たちの仕事場づくりというのは税金でやるとか、全くのチャリティでやる、そういうものがこれまでの主流でした。でもそれだけでは不十分だ。そこで興ってきた第2のビジネス的な手法。ですから通常そこで作られている商品やサービスは、普通の市場で売っていく。ですから価格と品質で勝負をしていくということだと思うんですね。また一方、そういうふうに商品やサービスが通常の市場で売られる以上、そこで働く人も通常の労働契約。通常の労働者としての権利もあればまた義務もある。また賃金も通常の労働市場の賃金で払う。これが第2の要素ですね。

第3の要素として、働く場を創設する。働く仕事の種類はいろいろあるでしょう。例えば、後ほどお話ししますけれども、リサイクルもあれば、またいろいろなサービス産業もあれば、また介護の仕事もある。いろいろとたくさんあると思います。これは特に制約がありません。こういうふうなソーシャル・ファームについて、法律が必要かなということですけれども、諸外国の状況を見ますと、今日の皆様方にお配りしているパンフレットの後ろのほうですね。一番後ろの18ページをご覧いただきますと、このようにドイツ、イタリア、ギリシャ、フィンランドでは法律があります。でも法律は必ずしも必要がない。事実イギリスではこのようなソーシャル・ファームの法律はありません。

これがソーシャル・ファームの概念の3つの要素なんですね。

それに対して今日は、もう1つ違った言葉が出てくる。これが混乱されないようにしていただきたいと思います。それは「ソーシャル・エンタープライズ」。日本語的には「社会企業」と訳したり「社会的企業」と訳したりしております。「キギョウ」は「起こす」ほうでなく、大企業とか中小企業と言ったような「企業」なんですね。そういう言葉が出てまいります。よく「ソーシャル・ファーム」と「ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)」との違いって何なのかというご質問を受けます。事実この会でも、以前ご質問がありました。今日、多分、イギリスや韓国の人たちは「ソーシャル・エンタープライズ」という言葉を使われます。どう違うんでしょうか。

「ソーシャル・エンタープライズ」は、大きく言って2つの要素があります。1つは、その仕事のつくり方はビジネス的な手法で行う。そうすると「ソーシャル・ファーム」と同じですね。その点ではほとんど共通しています。違うのは第2点なんですね。「ソーシャル・エンタープライズ」は、社会的に有益な仕事。いわば、もっと分かりやすく言えば「公益的な仕事」と言ってもいいでしょう。そういうことをやるものを総称して「ソーシャル・エンタープライズ」と言います。ですから例えば環境のためにいいことをしよう、または、あそこはスラム街だからそれを何とか活性化したい、そういう公益的な仕事も入ります。もちろんソーシャル・ファーム的な仕事も入るんですね。ソーシャル・ファームは、障害者などのために仕事をつくるという公益的な仕事です。ですから「ソーシャル・エンタープライズ」というのは、そういうものを含んだ大変大きな概念なんです。分かりやすく言えば「ソーシャル・エンタープライズ(社会企業)」の中に「ソーシャル・ファーム」も含まれているというふうにお考えいただけば分かりやすいと思います。

ですから、ソーシャル・エンタープライズ(社会企業)の中にはソーシャル・ファームもあれば、例えば環境の面で活躍するグランドワークトラストというのもありますね。これは例えば三島市のほうで、そういう日本的なグランドワークトラストというのがあります。それから地域開発を行うための地域開発トラストというのもあります。いろいろな形態があります。たくさんのものを含んでいます。こういうふうにご理解していただくと、まあこれからの皆さんのお話について誤りがないだろうなと思っています。

ソーシャル・ファームの必要性の増大

第2番目は、このようなソーシャル・ファーム。さしあたって、ソーシャル・ファームに話を限定したいと思います。ソーシャル・ファームはこれからますます必要になってくると私は思っています。1つの理由は、やはりソーシャル・ファームというのは仕事づくりなんですね。今、我々日本の間では、だんだん社会的な排除や孤立という問題が起こっています。障害者がなかなかいい仕事につけないために、社会とのつながりができない。ホームレスにしても社会から排除され嫌われ者になってしまう。また高齢者にしても一人ポツッと家の中にいるために孤独死が起こってしまう。そのような方々をまとめて地域社会の一員として迎える「ソーシャル・インクルージョン」。これが今、大変重要になっています。これが第1の理由ですね。

第2の理由としては、このような人たち、先ほど言った、通常の労働市場では仕事が見つけられない人、これがますます増えているのではないでしょうか。高齢者の人口も増えています。障害者も増えています。特に、例えばなかなか仕事を見つけられない精神障害の方、知的障害の方、多くなっています。母子家庭も増えております。ホームレスもやや減りましたけれども、代わりにネットカフェ難民、ホームレスと似たような形態の人が増えている。ということになれば、今日本の社会の中には、こういう、ソーシャル・ファームの対象になる人が、年ごとに増大しているのではないだろうかと思っております。

そして3番目の理由として、そういうものに備えるための、例えば国の役割、公の役割、これがだんだん、最近の財政難等の理由で働く機能が縮小している。かといって一方、期待ができる企業にしても、最近の激しいグローバルな競争の中で、なかなかそこまで手が回らない。もちろん企業もやっていただかなければいけない。国も公もやっていただかねばいけないけれども、それだけでは十分でない。そうすると今出ている第3の分野である「ソーシャル・ファーム」、それが重要になってきているのではないのかなと考えております。

日本におけるソーシャル・ファームの設立の方法

それでは問題は? 具体的にどのように進めたらいいのか、具体的にどのようにソーシャル・ファームを設立したらいいのかという話であります。

まず日本の場合です。これからいろいろ、ドイツ、イギリス、韓国の方々から説明がありますけれども、日本の場合、ソーシャル・ファームをつくる場合に、まず第一は、どのような「法人格」にするかなんですね。今現在「ソーシャル・ファーム」という法人格は日本ではありません。ですからそれに代わるものとして、いろいろなものがあってもいいのではないか。例えばNPOもいいでしょう。また組合の形式でもいいでしょう。さらに今年の12月からは公益法人改革が行われて「一般財団法人」「一般社団法人」という新しい法人格もできます。そういうものでもいいでしょう。わりあい自由に、そんなに「ソーシャル・ファームであれば何とかでなければいけない」、「ソーシャル・ファーム」という法人格がなければ日本においてソーシャル・ファームができないと考えるというのは窮屈じゃないかなと。非常に幅広く考えていいのではないかなと思っています。

次に第2です。それではソーシャル・ファームを立ち上げるための推進力はどのようなものなのかということです。私は、日本の各地のソーシャル・ファームの立ち上げ状況を見てみると、大きく言って二つの流れがあるのではないのかなと思っています。

一つは、例えば大きな企業や、ある1人の資産家の方がポッとお金を出してつくってもらう。それがある意味では非常にスムーズにいくやり方だろうと思います。例えば「ヤマト福祉財団」。これも一種のソーシャル・ファームだと思います。小倉昌男さんがまさに障害者のための仕事場づくりをしようということで私財を投げ打たれた。あのような形が、ある意味では非常にスムーズに進む一つの方法だろうと思います。また、東北の新庄に「ヨコタ東北」という会社があります。ヨコタ東北のほうでは、会社が何とか障害者のための仕事場づくりをしようということで、廃プラスチックのリサイクル事業を始められた。これもある意味ではソーシャル・ファームに発展していくのではないのかなと思います。これが一つの流れなんですね。

二つめの流れというのは、いわば、このような大きなスポンサーはいない。自分たちで、障害を持っている方、母子家庭の方々、またニートの方々が自分たちの問題としてみんなが力を集めてやっていく、そういう流れがあるんじゃないか。その流れとして一番の先輩というのは、先ほども言いましたけれども、名古屋市にある「わっぱの会」がそうではないか。30年前、何とか苦労して障害者の仕事場づくりを始めようということで、パン作などを始められ、徐々に成果を出されている。これが一つの方向だろうと思います。

それでは3番目に、具体的な事業としてどういうものがあるのかなということです。これが一番重要です。ビジネス的な手法として成功していくためには、どうしたらいいのか。これまで私どもは2回にわたってこの場で、いろいろなソーシャル・ファームの海外の事情も勉強しました。また日本において成功している事例を見ると、成功するための要件として、一つは、それぞれのソーシャル・ファームが一つのことに大規模に取りかかるよりも多種多様、あるイギリスから来た人は、一つのかごの上に卵を一つだけではなくたくさん載せてやるほうがいいんじゃないか、いろいろなものを試してみる、多種多様なものを試してみる、これが重要だということを言ってくれました。私もその通りだと思います。

それから第2番目はニッチなもの。我々はソーシャル・ファームとして大企業を相手にして商品やサービスについて、質と価格の面で勝負をしなければ勝てない。そうした場合、その大企業がやっていないようなニッチのもの、「隙間」に挑戦していくということではないかなと思います。

3番目には特性を利用する。ソーシャル・ファームは必ずしも不利な条件だけではない。いわば、そこで働いていらっしゃる方の特性を十分活用する。例えば、社会福祉法人ですけれども「豊芯会」という団体が豊島区にあります。そこでは精神障害者の仕事場づくりとして弁当を配達している。そして精神障害者の方々は、やはり一つ一つの仕事をしっかりと几帳面に確認をしていくという特性があります。ですからお弁当を配達する、そうすると一人一人の高齢者、独り住まいの高齢者の方々と温かい言葉の交流、心の交流が行われる。それによって、むしろ豊芯会のお弁当の配達は大変喜ばれる。そういう特性がうまく利用されているんじゃないかなと思います。

さらに、特性とは言えないけれども、例えば高齢者の方が既に年金をもらっていらっしゃる場合、年金と合わせて、ソーシャル・ファームにおける仕事と組み合わせて生活をしていく、そういうことが可能ではないかなと。普通の企業であれば、企業で働く人はやはりすべてを給料でまかなう。しかしソーシャル・ファームで高齢者の場合は、年金とソーシャル・ファームでの収入を合わせて生活をする。そういうことも仕事のスタイルとして考えられる。また一般の勤労者の方々が、通常の企業で働きながら休みの日にソーシャル・ファームで、一種の社会貢献的なことになるのかもしれませんけれども、そういうもので働いてみる。例えばさらに専業主婦の方々が、やや余裕が出てきたので、主婦業を務めながらソーシャル・ファームでやってみる、そういう形も可能なのではないのかなと。そのあたりにソーシャル・ファームの融通さというものがあろうかと思っております。

それでは具体的な事業にはどういうものがあるかということです。私は大きく言って3つ考えております。3分野があるのではないかなと思います。

一つの分野は環境産業なんですね。環境は大変重要になってきています。今、世界は、まさに地球温暖化をめぐって環境というものが重要となってくる。今、環境省の推計ですと、2000年に環境事業に携わっている方は約100万人です。私はもっと多いのではないのかなと思いますけれども、調査の取り方ですね。それが2025年には220万人になると推定しています。これも大変控えめな数字で、私はこれの2~3倍ぐらいには、実際になっていくのではないかと思います。それだけ環境というものが重要になっていきます。ここに大きな仕事のチャンスがあるのではないか。例えばこのような所のエネルギー管理。地球温暖化のために電気をできるだけ抑えていかなければいけない。そういうエネルギー管理の仕事があります。

私は昨年の12月、大変うれしいことが一つございました。「コスト削減総合研究所」という会社があります。その会社の方から私に電話があって、うちの会社はエネルギー管理をやっているのだと。例えばいろいろなお店で電気の消費量が急に多くなると、それに警告を出して落すように、そういう指導をしている会社です。研究所と言っていますけれども、通常の株式会社です。例えばパチンコ屋で、今電気をたくさん使いすぎているから抑えるようにという指示を出す。そういう仕事で商売をしている会社です。その人から私のところに電話があって「どうも、炭谷さん、私どもの会社というのは、別に会社に来て、通勤してもらわなくても、自宅で十分、パソコン、コンピュータに熟練している人れあれば誰でもできるのだから、炭谷さんの知っている障害者の方で、パソコンに精通している人を教えてくれよ」というふうに言ってくれました。そこで私は、別に東京に限らなくてもいいのですから、1人の人は新潟県の新発田市でした。あと4人ぐらいでですね、そのエネルギー削減総合研究所の仕事を、自宅にあって、重度の障害者で外には出られない、しかし自宅のパソコンを使ってエネルギー管理を行う、その仕事を昨年12月から、ちょうど1か月経とうとしていますけれども、4~5人の人にやっていただくことになりました。これも通常の職員と同じような給料が払えるんです。そこのご両親には大変喜んでいただきました。「自分の息子が非常にいい仕事につけた」と。「今まで家でパソコンをやっていたけれども、これが仕事に生かせる」、そういうふうに言ってくれました。

またリサイクルというのもこれから有望ではないかなと思います。先日、と言ってももう2年前になりますけれども、昭島市にある、日本酒の瓶を洗って、それをもう一度使う、リサイクルというよりもリユースですね、「リサイクル洗びんセンター」という所に行ってきました。東京の昭島市という所にありました。ここで主に知的障害者の方が、たくさん働いていらっしゃいました。お聞きしますと平成の3~4年頃、平成の初めごろにできたところですけれども、大変皆さん、元気に働いていらっしゃいました。まだまだあると思うんですね。このようなリサイクル。例えば私どもが一緒になって研究して、去年2月、もう1年経とうとしていますけれども、去年の2月からは大阪の西成区、ここは「あいりん地区」というスラム街がある所ですけれども、そこのスラムの人たち、または知的障害者の働く場として、古着のリサイクルのショップが大阪市の西成で開業を始めています。

また環境の面では森林管理、これも大変重要です。CO2を吸収するためには森林の管理を行っていく。農業の部門も有効ではないかなと思います。これについても、いろいろな所で有機農法を試していらっしゃる所も多いのではないかと思います。今日も来ていただいておりますけれども、茨城県の桂仁会では、これは医療法人ですけれども、また社会福祉法人も別途持っていらっしゃいますけれども、ぶどうを作って、ワイン作りをやってみようじゃないか、そういうものもあります。これが1つの環境の分野だと思います。

2番目の分野は福祉事業です。これもこれからますます伸びてくる。これをやはりうまくビジネスに使っていく。例えば介護の仕事。ホームヘルパーを派遣する。この部分で大変成功されているのは、日本労働者協同組合の方々ではないのかなと。労働者の方々が何かみんなで助け合いとしてホームヘルパーを派遣する事業を始められている。ソーシャル・ファーム的なものを目指されていると思います。その他、保育とか、また障害者のための移動サービスとか、グループホーム的なものも作る、そういうものも非常に期待ができる分野だろうと思います。

第3の分野としてはサービス業というものがあるのではないか。これは一昨年も説明がありましたけれども、ヨーロッパのほうで、ドイツでは、例えばベルリンの美術館の管理を引き受けている。イタリアのジェノバでは、博物館の駐車場の管理などをやっている。これは非常に仕事としては取りやすいのではないか。

例えば大阪市のほうでは、自分たちの、例えば公園の管理や庁舎の清掃等、そういうものについて、障害者をたくさん雇用している所については、入札を行う際に有利に、それを十分勘案して入札をやってみる。単なる価格競争だけではなくて、障害者をどれだけ雇用しているか、それによって決めている。これも一つ、公の維持管理、公の施設のメンテナンスの面について、管理を引き受けるところで仕事として生み出す、非常に大きな力になるのではないかと思います。

また芸術作品。芸術作品と言うほどでもないかもしれないけれども、例えば障害者の美術の作品を売り出してみる。今日も来ていただいている、例えばドイツのベーテルの家が有名ですね。あそこでは美術家の集まりが絵画を作品として市場に出している。日本でもいろいろな所があります。例えば茨城県古河市にある秋山さんの社会福祉法人では、障害者の方々が美術作品を作って、それを企業にカレンダーとして使ってもらう、それによって収入を得ているというやり方をとっていたりしているわけであります。

これが3つの分野。まだ他にたくさんあると思うんですけれども、大きな分野としてはこのように環境の分野、福祉の分野、3番目にサービスの分野・サービス事業、こういう3つがあるのではないかと思います。

しかし、このようにソーシャル・ファームを興す際、常に問題にぶつかるのは資金の面です。「いや、こうは言われても、もうお金がないんだ」と。どこでもお金が一番ぶつかる、デッドロックなんですね。これについては、やはり一番やりやすいのは、どこかの企業、もしくはどこかの篤志家の人がパッとやってくれるというのが一番楽なんですけれども、そういうものはなかなか期待はできない。まず関係者が本当に少ないながらのお金を集めてやってみる、そういうやり方があるのではないか。

また最近、SRI(社会的責任投資)、こういう分野が大変盛んになってきました。残念ながら日本はまだまだ発展途上です。日本のSRIの額は2,600億円。まだまだ少ないです。それに対してアメリカではその1,000倍、270兆円。もう全然ケタが違います。日本は2,600億円。数字によって、最近はもっと増えているかもしれませんけれども、これは多分2005年ぐらいの統計だったと思いますから、今はちょっと違うと思います。イギリスでも23兆円。兆の単位になっていますね。でも日本人も案外捨てたものではなくて、「いや、そういうものに役立つのであれば、少々利子は安くてもいいからお金を投資してもいい」という方も増えてきていると思っております。これが資金の面ですね。

具体的な進展

それでは具体的には、どのように今進んでいるのかということです。私はこれについて大変希望を持っています。今日もこれだけのたくさんの方が集まっていただいているのも、もう既に自分たちはソーシャル・ファームを作っている、いや、これから作ろうとしているという熱意の集まりではないかと思います。

例えば、今日も来ていらっしゃいますけれども、北海道の稚内の下のほうに中頓別町という小さい町があります。その町から、今日わざわざ北海道から来ていただいておりますけれども、そこでソーシャル・ファームを作りたいということで動きが出ている。私は現在、帯広畜産大学という北海道の大学の先生をしています。そこの地域でソーシャル・ファームを作ろうと。あそこは牧畜業が盛んですから、牧畜をうまく使って、例えば有機農法、チーズ作り、そういうふうなソーシャル・ファームを作ろうということで、もともと帯広、あの周辺でやっているわけですけれども、その話が稚内の北の端の、稚内の下のほうにある中頓別町に伝わって、「ぜひ炭谷さん、一度来て、どういうふうにしたらいいのか話をしてほしい」ということで、再来月、3月に行ってまいります。

一方南の果て、沖縄では、精神病院を経営している人が、それではうちのほうは精神病院の患者さんにソーシャル・ファームというものを試してみたい、何か考えてみたいということで、来月招かれて、一緒になって考えてみようと思っております。

来週の水曜日は、千葉県の袖ヶ浦市で、知的障害者の方々が、今度自分たちはどういうふうに、ソーシャル・ファームの考え方も入れながら仕事作りができるのかということで、みんなで相談する場を設定されております。

こういうことで、いろいろなところで動きが起こっている。例えば九州であれば熊本県でもやろう、それから大分県では宇部市のほうでやろうと、いろいろな所で起こっているのは大変心強いと考えているわけであります。

以上が具体的なソーシャル・ファームの作り方ですけれども、もっと大きく国の方向ということで、ちょっと話を大風呂敷にして進めてみたいと思うわけです。

一つは、20世紀は我々は福祉国家を目指してどんどん進んできました。20世紀の福祉国家というのは所詮は富を大きくして、富を大きくするにあたっては環境をある程度破壊しなければいけなかったわけです。環境を破壊することもやむを得ないということで、富を大きくしてそれを分配する、それが福祉国家の手法だったわけです。でもそれではどうもダメだと。もうそういう福祉国家に対する批判というのは、いろいろな所に起こってきました。怠け者を作ってしまうのではないかといったような批判とか、社会が非効率的になってしまうというような批判で、むしろ今は新自由主義、新保守主義と言ってもいいでしょう。そういう勢力が大変強くなってきています。アメリカを中心にして、また日本でもだんだんそういう勢力が強くなってきているのではないのかなというふうに思います。でも、どうも、確かに20世紀の福祉国家は行き詰まりを見せている。しかしだからと言って、会社だけ、いわば市場だけですべての問題が解決するわけではないのではないかと思うんですね。

その場合、そこで必要になってくるのは第3の分野。国や公が行うのではない、また企業が行うだけでもない、いわば第3の分野もあってこそ、これからの国の形として、うまくいくのではないか。第3の分野というのは、ソーシャル・ファームなりソーシャル・エンタープライズの考え方。つまり目的は公益的なのだけれども、ビジネス的手法で行う。そういう第3の分野が、今必要になってきているのではないかと思います。

第3の分野に必要になってきているもの、これは先ほども言いましたけれども、通常ではなかなか仕事がないような人、例えば障害者の方々は日本では公式の統計では700万人。もっと漏れている人が多いのではないか、場合によっては1,000万人近くいらっしゃる。60歳以上の高齢者は2,500万人。母子家庭のお母さんは220万人。ニートの子どもたちは、昔の統計ですけれども80万人。今はもっと多くなってきている。ホームレスの方々、これも少なくなったと言っても2万人弱。さらにそれに代わるネットカフェ難民のような人たちがいる。刑務所から出てくる人は毎年3万人。そして仕事がないために再犯を繰り返している。このような方々がざっと見て、どんなに少なく見ても、重複の計算もありますから、まあざっと見て2,000万人ぐらいにはなるのではないかと思うんですね。そのような場合、2,000万人の人たちには多分家族がいる。またそれを心配する友達、近い人がいる。2,000万人の人に2人ずつ寄れば、6,000万人の方々が、この第3の分野について関心を持っていただけるのではないかと思うんですね。この第3の分野があってこそ。これは決して少ないものではない。人数にして日本人の人口の半分ぐらいの人が何らかの関心を持っていただける。そういう分野があってこそ、日本の国のかたち、全体を合わせて、公・国が行う、企業が行う、第3の分野がある、その3つが合わさって新しい福祉国家、「福祉社会」と言ってもいいのかもしれませんけれども、福祉国家というものができるのではないのかなと思います。

その第3の分野の重要な要素というのは、私は3つあるのではないかと思っています。その3つというのは何なのか。

一つは、そこで働く人たち、そこで暮らす人たちの幸せ、人間の尊厳、そういうものを大切にしていく。そういうものが一つですね。

それから2番目には、そこで働く人たちも責任を持って積極的に参画をしている。従来の福祉国家のように、自分はサービスの受け手であるというだけではなくて、自ら責任を持って参画をしていく。これが第2の要素。

第3の要素は、やはりこれからは環境というものが重要になっていく。環境を向上させながらやっていく、この3つの基本的な要素があるのではないかと思っております。

以上のように、これからは第3の分野、ソーシャル・エンタープライズ、ソーシャル・ファームというものが重要になっていきますけれども、今日これから1日、これについてご議論をいただくわけですけれども、私はこの中でお考えいただきたいことが1つございます。ぜひ、このように重要になってきているソーシャル・ファームを、またはソーシャル・エンタープライズと言ってもいい、どのようにしたらうまくいくか、どのような事業をやったらいいのか、どのような方法でやったらいいのか、それを皆さんで今日考えて、午後の部で意見を自由に言っていただきたい。

そしてそのために、日本には2,000社程度、2,000社というのは各市町村1か所ずつソーシャル・ファームがある、それが望ましい。そのために日本においてソーシャル・ファームの協議会、もしくはお互いに連絡を取るような協会的なものが、今日、このシンポジウムを契機にして発足に向けて動き出したらどうだろうかという提案を申し上げたいと思っております。これも午後の意見交換のときに、自由に出していただければと思います。日本でこのようなソーシャル・ファームの協議会ができれば、今日来ていただいているドイツとかヨーロッパの方々、またはアジアの方々と一緒になって、手を取り合って進めることができるのではないかと思います。

ちょうど時間がまいりました。どうも、ご清聴ありがとうございました。