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国際セミナー「地域福祉のとりくみ」

ヤン・カウアー氏の講演をめぐって

北星学園大学社会福祉学部教授
松井 亮輔

時間が限られていたこともあり、カウアー氏への質問としては、

  1. 障害年金の支給要件―稼働能力との関連―
  2. パーソナル・アシスタント(ケアワーカー)の資質向上のための訓練

などであった。これらの質問に対する同氏の答えは、以下のとおりである。

 1.については、スウェーデンの障害年金は、基本的には生活保障をするためのもので、障害が重い等で、働くことができない場合には、100%の年金が支給される。そして、この額は、原則として稼働収入に応じて調整―たとえば、稼働収入が一般労働者の50%であれば、残りの50%は年金で補填させることになる。わが国の場合、障害基礎年金は、機能障害補償という考え方であり、したがって、たとえ稼働収入があってもその収入は、年金支給額には影響しない、という点でスウェーデンのそれとは制度的位置づけが大きく異なっている。

 質問者としては、年金決定のベースとなる稼働能力の評価がどのような客観的な方法で行われているかにも関心があったが、スウェーデンの障害年金は、実際の稼働収入をベースに決められる。したがって、一旦査定された年金額も、その後の稼働収入の変動に合わせて弾力的に調整される、というきわめて現実的な方法がとられているようである。

 2.については、質問者は、スウェーデンでは障害者に対する介護の質を保証すべく、ケアワーカーに対する専門的な研修プログラムが整備されていることを想定していたと思われるが、カウアー氏によれば、スウェーデンでは要介護者が自分の個別ニーズに応じたケアサービスを提供してもらえるように、ケアワーカーを訓練するとのこと。これは、ケアワーカーの要介護者との関わり方の違いによると考えられる。つまり、スウェーデンでは、コミューン(コミュニティ)から派遣されるケアワーカーであっても、基本的には特定の要介助者のケアを専属で行うという仕組みになっており、したがって、ケアワーカーは外出時などの介助も含め、要介助者特有のケアニーズを熟知することが期待される。その意味では、ケアワーカーは、特定の要介護者のケアに従事しながら、本人にとってもっとも適切なケアの仕方を学習していくという方法をとらざるを得ないわけである。

カウアー氏も指摘していたが、スウェーデンでもケアワーカーの労働条件は、報酬も含め、それほどよくはなく、そのため多くの場合、学生などが1、2年間アルバイトといった形でケア業務に従事している。したがって、ケアワーカーは比較的短期間で変わることが少なくなく、要介護者はそのたびに新しいケアワーカーの訓練に相当なエネルギーを必要とする、というのが実態のようである。

 ケアサービスについては、なお解決すべき課題が少なからず残されているとは云え、スウェーデンでは個人専属方式のケアサービスが整備されてきた結果、きわめて重度の障害者であっても地域での自立生活が可能になっている。わが国でも近年、施設福祉から地域福祉への移行が強調されているが、それを本気で推進するには、グループホーム等の住まいやケアサービスも含め、地域での受け皿づくりに真剣に取り組む必要があると思われる。

また、質疑応答の際、カウアー氏から住宅および公共交通機関のアクセシビリティについて次のような追加コメントがあった。

 スウェーデンの現行法では、住宅は1階部分がアクセスになっていれば、2階がそうでなくても問題はないとされているが、たとえトイレ、台所、寝室など生活に必須の設備が1階に配置されていたとしても、すべての活動が1階で行われるわけではない以上、2階がアクセシブルでないということは問題である。このことに象徴されるように、スウェーデンでも完全なアクセシビリティを確保する上で解決すべき様々な課題があることは、事実である。

  公共交通機関のアクセシビリティについての当事者団体の失敗は、これまで障害者向けの特別の交通システム整備を重視してきたことである。その結果、地下鉄を除き、バスや路面電車等は、アクセシブルにはなっていない。障害者向けの交通システムはあくまで補完的なものとして位置づけ、むしろ一般交通機関を誰でもが使えるようにすべきであった。そうした努力をしてこなかったために、一般向けの交通システムと障害者向けの交通システムという二本立ての仕組みが出来上がってしまった。もっとも、「障害を持つアメリカ人法」(ADA)を参考にスウェーデン政府は、2012年までに公共交通機関のアクセスの完全達成を目標として打ち出しており、今後それに向けて整備がすすめられるということである

 質問としては出なかったが、わが国関係者がスウェーデンでの取り組みとして学ぶべきことの一つは、国、県およびコミューンなど、各レベル政府の政策決定過程への障害当事者団体関係者の積極的な参加であろう。カウアー氏の話では、コミューンの各種委員会に障害当事者団体代表が委員として加わり、その政策決定過程に参加することが保証されることで、障害当事者の声がコミューンの様々な活動に幅広く反映されるようになっている。そのことにより、障害者を対象とした特別のプログラムだけではなく、一般市民を対象とした通常のプログラムに障害者がコミューンの一員として正当に参加し得るようにするための条件が整備されてきたという。