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国際セミナー「地域福祉のとりくみ」

ウィリアム・ジョリー氏の講演をめぐって

日本社会事業大学教授・研究所長
佐藤 久夫

佐藤:
 ジョリーさんからは、権利擁護、インフォーマル・ケアの状態などについて包括的にお話しいただきました。1981年が国際障害者年ということで、日本でも活発な取り組みがなされました。その後20年たちその間、完全参加と自立とか、ノーマライゼーションとか生活の質の向上とか、理念としては、欧米と同じようなものをかかげて、政府も民間も仕事をするという時代になってきたと思います。 その結果、より重度の障害者が地域で生活する例も珍しくなくなってきました。しかし同時に、日本ではこの20年間、知的障害者・精神障害者の施設や病院への入所者が増えています。同じ言葉を使い 、同じような理念を掲げながら、実態はそういう状態です。旧来の手法をかえずに表面的な理念だけを新しくしたと批判されてもしかたのないような気がします。
 そう考えると今のジョリーさんの話で、オーストラリアの具体的な取り組みを学んでいかなくてはという感じを強く持ちました。ジョリーさんはサービスを提供する領域と、権利擁護・差別禁止の領域 という2つの領域に整理して報告してくれました。わが国では権利擁護制度がようやく10月からスタートしましたが、あれは「買い物やサービス利用援助であってあんなものは権利擁護に値しない」と も言われます。
 もう一方のサービスの領域でも、オーストラリアでは80年代から本格的な議論をし、どういうサービスをどれだけ提供するからその費用を国が助成する、というのではなく、どういう結果が生み出さ れたかに応じて資金助成をするという考え方の変化を述べられました。たとえば職業訓練で何人雇用に結びつけられたか、という結果で補助金をだすということだと思います。わが国ではなかなかそうなっていない。サービスに対してお金を出す段階にも至っておらず、施設などの「箱物」に出している段階ですが、すでにオーストラリアはサービスにではなく結果に助成する段階に移っている。日本ではサービスにお金をだすのではなく何人サービスの対象としているかに対してお金を出す。また、それすらなくて、定員によって補助金を受ける。障害者サービスの在り方、資金の流れなどについてもオーストラリアの実践から学ぶことはたくさんあると思います。
 フロアの皆さんから質問や意見交換をいただきたいですが、その前に私から質問を。DDA(オーストラリア差別禁止法)についてです。見たところ、アメリカのADAと差別禁止という点では同じですが、違った特徴があるように感じました。アメリカの場合は裁判で白黒をつけるところに力点がおかれ、オーストラリアの場合は、裁判に持ち込む前の調停、和解、という解決に力点があるように思いました。日本にも差別禁止法は必要なのですが、ADAよりもDDAのほうが参考になるのかなと感じています。そのへん、アメリカとオーストラリアの違いについてお答えいただければと思います。

ジョリー:
 差別禁止法の背景は司法制度です。アメリカでは権利を強調します。DDAでももちろん権利も重視しますが、一方で障害者の責任も重視しています。権利と責任のバランスをとるということです。オーストラリアの場合は、差別撤廃に3つのアプローチが考えられます。まず、苦情をベースとしたもの。次に市民啓発・理解促進のアプローチ。そして基準を作りきちんと守るというアプローチです。
 最初の苦情申し立てが重要です。自分は差別されたと感じた場合、人権擁護委員会に申し立てができ、それによって委員会はそれを考慮し、ほんとうに差別かどうかの調査をします。人権擁護委員会は 行政の一部で、司法の一部ではないので、この委員会で罰則はありません。ただし、きちんとした判断はできます。
 次のアプローチは、障害者の立場・存在をより広める、理解して貰うということです。
 3つめの基準造りについては、雇用基準、教育基準、アクセシビリティ基準などさまざまな基準をつくり、障害者の権利はこうだ、一方で責任はこうだとしめします。差別が本当にあったのかどうかを客観的に判断する基準も作り、差別があった場合は、DDA(障害者差別禁止法)に基づいて、差別した人が罰せられます。DDAとADAの最大の違いは、アメリカのADAはとにかく裁判。権利重視。 オーストラリアのDDAは、裁判は最後の手段で、その前に解決策を模索します。

佐藤:
 人権委員会に持ち込まれた苦情で、裁判までいく割合は?

ジョリー:
 たぶん、5%くらい。5~10%くらいが裁判になります。

会場:
 日本では私のように盲導犬をつかっている者はレストランやホテルに入れないということが未だにあります。視覚障害者が盲導犬を使って公共輸送機関を自由に使えるためにも法制が必要だと思います。DDAではそういうことを禁じていますか?
 もうひとつも盲導犬に関することです。個人の経験ですが、盲導犬で空港に入れなかったことがあります。昨年はイギリスでも入国できませんでした。イギリスでは法律が改定されつつあるとうかがいましたが、オーストラリアではどうですか?盲導犬の検疫のシステムを変えるようなことは?検疫は6ヶ月かかると聴いています。現在、検疫期間の短縮などの変更の計画はありますか?日本ではちなみに1ヶ月間です。

ジョリー:
 DDAでは障害者に対して失礼な扱いは禁止しています。たとえば通訳を同伴している、盲導犬を同伴しているなどの人たちが、ハンディを克服しようとしているのを不当に扱うのはいけないとしています。権利擁護サービスの一部でもあります。共通のケースとして、盲導犬を連れた人たちがホテルやバー、タクシーを利用しようとするとき、盲導犬を連れていけるかという疑問については、法律ではっきりと「ダメ」というのは禁止です。
 検疫の問題では1年前期間が変更されました。オーストラリアに入国する人が盲導犬を連れている場合、盲導犬に対して獣医の発行した証明書を提出してもらう。そして常時その盲導犬を近くにおくこと。こうすれば今日申請して明日許可がおります。獣医の証明書と、ちゃんとつないで管理することができれば、検疫の問題はありません。

会場:
 いまの質問に関連して、移民法はDDA対象外と書いてありますが、これは障害をもったひとの入国を断る条項がまだ残っているということでしょうか?

ジョリー:
 移民法はDDAから故意にはずされています。障害者にとってはうれしくないことです。オーストラリア政府としては、一部は認めるが全部は認められないというスタンスです。そして誰を移民として認めるか、政府が自由に選択できる範囲を広くするという意図のようです。オーストラリアは移民先として人気があるのでかなり難しいのです。移民して社会にどれだけ貢献できるかもありますし、必要 なコストも算出しなくてはいけません。我々の団体は権利擁護サービスの一環として移民のケースを扱っていますが、多くの場合政府の役人が、たとえば盲の人に対して不当な判断をする、不当に評価する、つまりコストを間違って計算することがあります。「こんなにたくさんの年金や教育コストがかかる」といって入国を拒否しようとします。それには我々は介入して申し立てをしています。
 家族に障害者がいるから移民できないという問題もあります。我々としても、移民法の専門家にきてもらい、問題を解決しようとしています。そすることもあります。そして、ときどきはうまく解決することもあります。たとえば、家族の再会の、喜びの涙の場面に直面することがあり、嬉しく思います。

会場:
 さきほど佐藤先生から、ADA法、オーストラリアのDDA法を比較してアメリカは裁判が多く、オーストラリアでは少ないというお話がありましたが、その理由として想定できるのは、オーストラリアの場合は問題が起きたときにクレームを申し立てて、順番にいうとクレーム→裁判というお話でしたが、制度面だけなら、アメリカの場合もクレームを申し立てる場があると思います。制度面は同じで 、アメリカの場合、権利擁護委員会の数が不足しているから裁判になるのではないですか?オーストラリアではそこが充分なのではないか、ということについておうかがいします。

ジョリー:
 オーストラリアでも人は不足しています。ですから申し立ての処理も時間がかかりますが、いちばん違うのは、障害者が裁判ざたにしたくない。コストが非常にかかるということがあります。裁判費用 を負担して、敗訴だと全面負担ですから、リスクがあります。例えば大手の機関を訴えるには、大量に弁護士をお願いします。たとえば私の所属するオーストラリア盲市民協会ではできるだけ裁判に持ち込まないようにしようというのが鉄則です。人権擁護委員会は、正式な裁判制度の機関ではないが、そっちに持ち込んだほうがコスト的にはいい。国の文化の問題で、裁判に持ち込まれる割合が決まるのではないでしょうか。教育において差別があるが、子どもの親は裁判を起こしたくない理由の一つとして、学校が危険な場所になる、ということがあります。裁判に持ち込んであらそうのでなく、人権擁護委員会に申し立てをして、その期間によりよい学校を見つけたり別の学校に移動したり、学習的にも感情的にも居心地のよい場所に移動させてもらうことを模索するわけです。

会場:
 村田と申します。
 私は目と耳がともに不自由な人たち、デフ・ブラインドと呼ばれる盲ろう者に対する国際研究をしています。オーストラリアのデフ・ブラインドの公的扱い、たとえば日本では身障者福祉法には視覚障害、知的障害はありますが、とくに重複障害としての盲ろう者は記述されていませんが、オーストラリアでは法的扱いはどうなっていますか。また、そういう人たちに対するサービス・制度はどうなっているか、お教えください。

ジョリー:
 オーストラリアの法律は特定の障害分野に言及していません。ですから盲、知的障害者、ろう、それぞれに対する法はありません。ですからデフブラインドに対してもオーストラリアにはありません。 彼らはより広範なサポートを必要としていますが、盲ろう者へのサービスは充分とは言いがたいです。スウェーデンなどが進んでいます。盲ろうに対するサービスが、私どものウェブサイト、[www. bca.or.au]にのっています。また、盲ろうについての調査結果も出ています。具体的に盲ろうに対して特化したサービスはないという結果です。

佐藤:
 今話に出ましたがスウエーデンのヤン・カウアーさん、通訳サービスを簡単にお話下さい。

ヤン:
 スウェーデンの盲ろう者は、数は少ないのですが強固な組織があります。メンバーは200人です。とても強い組織です。スウェーデンには障害者へのサポートとサービスを規定する法律があり、そのなかに対象者として盲ろう者もはいっています。

ジョリー:
 スウェーデンでは盲ろうの人は、自分で支払わなくても通訳やガイドのサービスが入手できます。これは非常にいいサービスと思います。

佐藤:
 今日の質疑の中心が差別禁止法になってしまいました。スペイン、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、少しずつ違う差別法があるようなので、日本の社会にふさわしいものを考え る議論も必要だと思いました。ジョリーさんは同じアジア太平洋地域の人であり、アジア太平洋障害者の10年をともにになう中間ですので、これからも時々日本に来て貰って、交流してほしいと思います。今日は大変参考になるお話をお聞かせいただきました。