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国際セミナー「地域福祉のとりくみ」

ジュディ・ヒューマン氏のビデオ・プレゼンテーションについて

国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所
寺島 彰

 本日は、ビデオ・プレゼンテーションとしてアメリカからアメリカ合衆国教育省リハビリテーションサービス局のジュディ・ヒューマンさんとフレッド・ショールダーさんにアメリカの地域福祉についてのお話をうかがいました。今回のこのビデオを見て感じましたことは、アメリカらしさがよく現れていることです。
 皆様もご存知のように、世界にはいくつかの種類の福祉国家があります。学者によって2種類あるいは3種類など考えは異なりますが、有力な学説では、アメリカは、典型的な新自由主義型の福祉国家であるといわれています。この新自由主義型福祉国家は、市場原理に基づいて福祉を実現しようとしようとする国家です。
 具体例をあげますと、日本では、国民皆保険が実現されていて、国民は、全員、国民健康保険や健康保険等の社会保険に加入しています。しかし、アメリカには、このような社会保険はなく、人口の70%強は、営利企業の健康保険(40%)や非営利組織の健康保険(30%)に加入しています。メディケアおよびメディケイドという公的な医療制度もあるのですが、メディケアは、障害者や65歳以上の高齢者のみを対象としており、メディケイドは低所得者が対象であるというように対象者が限定されていることや、給付内容が貧弱であるということがあって、全国民の25%程度が対象となっているにすぎません。しかも、4000万人程度の無保険者がいるといわれています。
 民間の保険は、保険料によって医療の給付内容が異なりますから、高い保険料を払っている人は、豪華な病室で治療を受けられますが、安い保険料しか払っていない人は、すぐに病院を追い出されてしまうということになります。つまり、金持ちは良い医療を受けられますが貧乏人は受けられないということです。まして、保険に加入していない場合は、全額自己負担になります。
 国民健康保険のような医療制度を作ろうとする動きは、これまで、何度かみられましたが、アメリカの国民は、それを否定してきています。これは、国民性かもしれませんが、現在でも、自分の身は自分で守るために銃を所持することは合法であると考える国柄ですので、自分のことは、自分でするという自助努力の国であります。
 このお国柄は、当然、障害者施策にも強く反映していて、米国では、教育やリハビリテーションといった自助努力を促す施策には、惜しみなく予算が確保されるという特徴があります。これは、米国には、障害者教育法(Individuals with Disabilities Education Act: IDEA)とリハビリテーション法(Rehabilitation Act)があることからもわかると思います。本日のビデオでもジュディさんのオフィスでは、教育、リハビリテーション、調査研究の3つが主な仕事であると言っていました。私も、以前アメリカで、州のリハビリテーション事務所で研修していたことがあるのですが、障害者の方々が事務所に来て、リハビリテーションを受けたいということを伝えるとどんどん高価な福祉機器を購入してくれました。
 しかし、こと福祉に関しては、アメリカは、制度的には、極めて貧弱です。われわれは、市町村にいけば、福祉事務所があってそこでホームヘルパー等の派遣を受けられるというような福祉制度があることを当然というように考えますが、アメリカの場合は、そうではありません。福祉については、低所得者対策が中心です。高齢者にしても、障害者も教育とリハビリテーション施策以外は、低所得者として捉えられて、サービスが提供されます。
 日本では、第二次世界大戦後、まず、旧生活保護法ができ、低所得者対策が行なわれましたが、その後は、福祉の対象者別に児童福祉法、身体障害者福祉法、老人福祉法等を就くって福祉施策を充実してきましたが、アメリカには、そのような連邦福祉法はありません。ADA(アメリカ障害者法)という法律がありますが、これは、雇用や情報および建物へのアクセス等について障害者に対する差別を禁止した法律であって、ホームヘルパーの派遣などを規定したような福祉法ではありません。
 今回のビデオでも、病院で手話通訳が必要な聴覚障害者がおられた場合には、病院が自らお金を払って手話通訳者の組織から人を派遣してもらうと言っていました。日本では、病院の場合は、市役所から手話通訳やホームヘルパーの派遣が受けられます。
 また、今回のビデオの中で、障害児の親に対する援助プログラムをすべての州を含む72箇所で自立生活センターと同じような形で実施しており、それが、地域に根ざした組織を通じた援助であるといっていました。そこでは、障害児の親に対して、役割を教え、地元の学校にいけるような知識を提供しているといっていました。これをみて感じたのは、自立生活センターも、これは、障害者のための地域の福祉相談機関ではないかということです。日本の福祉事務所のようなものがアメリカにはないために、このような方法によって福祉の相談を行おうとしているのではないかということです。しかも、アメリカ流の考えで、民間活力を利用する形で行おうとしていると思われます。
 このように述べてきますと、アメリカの地域社会には、福祉資源が少ないように感じられるかもしれません。しかし、実際は、全く逆で、アメリカの地域社会には非常に多くの福祉資源があります。それは、多くは、NPOによって運営されています。伝統的に、アメリカには、ボランティア組織がありさまざまな活動を行っています。福祉施設を運営したり、食事サービスを提供したり、車椅子を給付したり、さまざまな活動を行っているボランティア団体が数多くあります。また、寄付もさかんに行なわれています。多くは、キリスト教精神に基づくものです。行政の貧弱な部分をボランティアが補っているような形です。市場原理に基づき企業の参入を促進しながら、NPO等のボランティア組織をうまく組み合わせて福祉を実現していく、それが、アメリカの地域福祉の姿であると考えられます。