音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

講演<4> 「CBRは日本の地方で有効か?」

松本大学 総合経営学部 観光ホスピタリティ学科 准教授
尻無浜 博幸

 

沼田 次に、尻無浜博幸さんをお迎えします。尻無浜さんは、松本大学総合経営学部観光ホスピタリティ学科で教えていらっしゃいます。観光ホスピタリティ学科というのは、松本というのは観光の町でもありますので、観光の振興、そしてもう1つは福祉の町にして住民が住みよい所にするという学科だそうです。

尻無浜さんは、この福祉のほうで教えていらっしゃいまして、その中で障害者の就労、これを組合形式でできないかですとか、観光の増進ですとか、またもう1つ、インドとスリランカで国際協力にも関わっていらっしゃいます。

それでは尻無浜さん、よろしくお願いいたします。

 

尻無浜 皆さん、こんにちは、よろしくお願いいたします。大学の時に、日本障害者リハビリテーション協会、この戸山サンライズに実習で通っていた経緯があります。20数年ぶりですが、一つ驚いたことは、レストランのメニューが、当時とあまり変わっていないということです。

 

40過ぎになって、今、私は大学にいますが、大学で社会福祉士の養成に携わっています。私自身学生の時に日本障害者リハビリテーション協会に通いながら、CBRという言葉をずっと耳にしてきた経緯があります。そういう中から、今は本格的に大学にいまして、そしてご存じのように、地域福祉の推進等々が日本でも叫ばれ、2000年の社会福祉法の中に、地域福祉の推進ということを第4条できちんとうたったわけです。障害をもっている人、高齢者という対象別に福祉サービスを提供するというところから、地域別に展開をしていこうというパラダイムシフトが展開されてきているところです。

一連の中で、私は、CBRの視点で、日本の福祉のあり方を、ずっと考えてきていたつもりです。途上国の障害者を支援するという、ある種限定された概念にしかCBRは使えるわけがないと。日本の地域福祉化という流れの中で、何か有効的なものはあるのではないかということをずっと探ってきたつもりです。そういった経緯を踏まえ、地方都市である松本という人口20万人ぐらいの都市ですが、簡単に4つほど取り組みを紹介したいと思います。

今日はできれば「お前、CBR、ちょっと取り間違えているのではないか?」的な指摘もいただきたいと思いまして、実験台に乗るつもりで来ました。

 

今日用語がいろいろと使われており、いろいろな定義がされています。まず今日は最初に4つの用語について整理したいと思います。

まず「開発」という意味です(図1)。ヒューマン・デベロップメントという定義のされ方があります。ご存じのようにアマティール・センの人間開発指数です。そこに定義されているものは、「生ある者がみな備えている力を開花させ、人間性そのものを発現していくこと」ということです。「開発」と聞くと、経済至上主義的な意味合いの強い、リゾート開発だとかそういう開発と捉えがちですが、本来持っている人間の力をもっと開花させましょうという意味合いがあります。

図1(図1)

ここに一冊の本を準備しました。これは松本の町を紹介した、『私の町、松本自慢』という100ページぐらいの小さな本です。「地域と開発」市民会議と名前をつけて、簡単な冊子を作ってみました。これは地域の人たちが持ち寄った情報をガイドブックにしたものです。これを作ろうとしたときに、例えば公民館長の許可がないと自慢をすることができないとか、アンケートをとって地域の住民の人に賛同を得ないと、勝手に町の自慢をしてはいけないのではないかと言う人も中にはいらっしゃいましたが、自分が、地元にいる者として「いい」と思ったものを紹介してくださいといって集めたものです。独断と偏見です。例えば、乗鞍高原が松本の近くにありますが、あそこには鯉の雪形が出るんです。皆さんご存じないですね。僕も知りませんでした。それは地域の人しか知らないのです。でも、その雪形は毎年は出ないのです。だから観光の名所にはならないのです。そういう捉え方で本にして、形にしましたが、開発という意味合いはそういうところにあるのかなという気がするのです。

もう1つの用語の定義として押さえておきたいのが(図2)、『社会開発の福祉学』という本に紹介されているものです。社会開発の福祉の定義としてここに第一、社会問題が処理される程度。2つ目にニーズが充足される範囲。第三に機会が与えられる程度。これを「社会福祉」として定義しましょうということが紹介されています。皆さん、どう思われますか。今日は紹介だけにとどめておきたいと思います。

図2(図2)

用語の定義の説明としての3つ目(図3)が、「社会的企業」と呼ばれる概念です。日本ではソーシャル・ビジネスという言葉で紹介されていて、その報告書も、経済産業省から2008年4月にとりまとめられています。簡単に位置づけますと3つ、社会性と事業性と革新性ということをうたっています。私が強調したいのは、社会性です。社会性とは「社会的課題に取り組むこと」と明記しています。個人的には壮大な挑戦が与えられたかなと思いまして、これもCBRの概念を通じて、マークをしてきているところです。

図3(図3)

用語の定義の説明としては最後です。連帯経済を説明します。「連帯経済とは何か」ということです(図4)。連帯経済を進めるとは、全体的には、社会との接点を再構築するという方向に向かっていきましょうとすることです。その中の要素は、当事者性を重視すること。次に協同性の追求です。さらにコミュニティを基盤とした活動です。これを見たときに、CBRの要素そのものだと思いました。

図4(図4)

まず最初に用語の説明をした理由は、CBRに共通して通じるものであるが、CBRが全部万能であると私は思いたくないのです。常に客観的にCBRの概念を捉えていきたいと思っていまして、そのために20年以上もの年月が費やされているわけですが最近の状況も踏まえて、その関係の中からも捉えていく必要があると思いまして、用語の定義をまずさせていただきました。

 

ここから4つほど、私が今大学に籍を置きながら取り組んでいることに触れたいと思います。これが(写真1)フランス鴨です。食べたことある方、いらっしゃいますか。また、松本市内から車で40分ぐらい、上高地の方に上がっていったところに奈川村という、そばで有名な所があります。そばを作っています。

フランス鴨の飼育の様子(松本市・奈川村)(写真1)

上は、高級食材として知られているお肉です。この取り組みの意図は、簡単に言うと、障害者の就労の新しいモデルの構築に取り組んでおります。スタートは何だったかと言うと、社会的な課題があったからです。いろいろなスタートのきっかけがあると思いますが、まず社会的な課題がありました。多分、皆さん、地方に問わず、いろいろな課題が生活の中にあるかと思いますが、そこからスタートをしたということです。

フランス鴨に取り組んだスタートの社会的課題は、障害者の工賃が低賃金ということです。賃金が安いことです。「じゃ、上げようぜ」ということです。上げるためには、今の「おこぼれちょうだい」(言葉は悪いかもしれませんが)そういったことではなく、確かなもの、クオリティの高いものをちゃんとしたビジネスのラインで取り組むことによって、「安かろう、悪かろう」から脱却できるのではないかということでフランス鴨に目をつけました。珍しいし、高級食材だったからです。フランス鴨を飼育するのに松本の地区が適しているとか一切関係ありません。青森からひなを買ってきて、松本で飼育していますが、取り組みのスタートは社会的な課題であったということです。

奈川そばの社会的な課題は何だったかと言いますと、遊休地の活用です。昔牧場でずっと使っていたのですが、牧畜が減ってきて、やる人がいなくなった。あと地域の高齢化です。「先生、土地が余っている。でも奈川のそばは高級なそばとしてはずせない。しかし、作る人がいないんだ、道具も種もある。でも、働き手がいないんだ」という社会的課題があったのです。

私は、障害者の就労という領域に全部持っていきました。取り組みの方向性としては、保護雇用から一般雇用へということです。この視点は、先ほど触れましたソーシャル・ビジネスだったり、連帯経済であったりの、私たちの持っている価値観の変容です。結構、ちゃんとしたものを作っているのですが、売り方が悪いだとか、もう一歩踏み込めないところがあって、しっかり付加価値を付けて、やっているものをきちっと売りましょうという形にしたかったのです。

今日ここに、奈川のそば粉を持ってきました。「どうぞ食べてください」と食べてもらうと、「うん、これはおいしいわ」ということでクオリティを感じてもらえるかもしれませんが、まだ粉の状態で食べられません。実際には「先生、今どき、そばを手で刈って、手で干して、手で打ってやる人は、そんなバカはどこにもいないよ」って言われました。全部手でまいて、手で刈って、コメのはぜかけをして、手ですったんです。その結果こういったものが出来ました。一般には1キロ350円ぐらいで売買していますけれども、これは1,200円で売っています。それぐらいもらわないと割に合わないのです。でも、松本の大学の近くの授産所の人たちに関わってもらって、こういったところまで来ているところです。

取り組みの視点は、クオリティを高めるということです。障害をもった人が関わって、「安かろう、悪かろう」ではいけなくて、障害をもった人が関わったからこそクオリティを上げるという、そういうことが必要なのかなと思います。取り組みの要素は、「地元に置く」。これが、私の取り組みの、CBR、長年考えろと言った課題の大きなものですが、「地元に置く」ということです。例えば、こういったことがありました。あるコンビニ会社が「フランス鴨を扱いたい」と。しかし、「地元のブランド品等々は、大体、値段が合わないんだ」と。高すぎるとよく言われるのです。安くしてまで売るつもりはないのです。このコンビニ会社は、東京に出したいと言ったんですが、「いい」と断った。フランス鴨は松本の障害をもった人が作って、松本のコミュニティの中で作っているわけですから、松本の中で消費するサイクルを作る必要がまずあるのではないかというところで、お断りをしました。

そういった意味で、場合によっては地元にきちっとシフトをするというのが、CBRの「C」の一番大事なところなのかな。東京の人は、おこがましいかもしれませんけれども、そういうおいしいものは松本に来て食べてください、と言いたいのです。奈川のそばもいいものができたから、東京のどこか大手の高級デパートへ売ればいいというようなところを向いているのですけれども、まずそうじゃなくて、地元で回す。地元は、奈川に7店、そば屋があるのですけれども、そのうち4店は、もう地元の粉が足りなくて、外の粉を使っているのです。7軒のうち3軒しか地元の粉を使ってない。足りないのです。じゃあ、作りましょうということです。私がそこにシフトをしたのは、CBRの「C」なんです。というところを強調しておきたいのです。

 

最後は、この取り組みの新しいモデルの組織化を図るということで、地元に基礎を置いて、継続してこだわりの物を展開していくためには、やっぱり組織化を図る必要があると思っております。従来では、NPO法人を立ち上げるとうまくいくのではないかと思われているのですが、やはりソーシャル・ビジネスのビジネス性をきちっと追求するためには、私は、ノンプロフィットの「NP」ははずして、ちゃんとしたところで稼いでいくという視点が必要です。

しかし、株式会社とかというようなところまで行くのも、ちょっと無理があると思い、今、「組合」という形での運営を、組織化を図るというところでできないかと考えています。その組合も、社会的就労組合という名称で、社会的な部分にシフトをしていく、連帯経済も含めた、当事者性とコミュニティをきちんとしていくという視点で、一番、既存の法人のあり方としては、組合法が適しているのではないかと思っています。

そこで、イタリアの協同組合法が、参考になるのではないかというところで、去年ぐらいから、イタリアに通っているところです。できれば新年度にちゃんとした形で、あり方を構築していけたらと思っております。これが、障害者の就労という視点での取り組みです。

 

もう1つ、全然違う視点、取り組みを見てください。これ(写真2)、画面が暗いのですけれども、実は、午前中のチャパルさんのご発言にもありました、地域包括ケアです。ご存じのように、日本の厚労省の老健局も、介護を中心とした日本の高齢者政策、特に地域包括ケアという概念で進んでいきましょうということは、去年来から明言しています。でもCBRは、すでに私が目にしたところは、もう地域包括ケアの「包括的に」というところは、もう5年ぐらい前から使っていたというところですが、そのへんのところはここに来て共通するのかなと思います。

日本の高齢者政策としての地域包括ケア(写真2)

今、起こっていることは、公共政策と市民政策のギャップです。午前中にも出てきましたが、小さな地方都市には頻繁に起こっているのです。地方にいると、そのギャップをそのままにして先には進めないのです。コミュニティの構成は、特に「障害をもっている人」と強調していませんが、当然含まれます。高齢者も若い人も含まれます。やはりコミュニティにはいろんな人が含まれているということを当たり前として取り組んでいるわけです。

 

レジュメでもありますが、そこには、専門家たちが中核と考えるニーズと、地域社会の住民、障害者のニーズがマッチしないという指摘が、実はこの中(図5)で指摘されていますが、その通りだと思います。そのことに対してどうすればいいのかという解決方法は、知恵を出し合いながら解決していくしかないし、マッチしてないということは明らかであるので、マッチしないことを客観的に捉えながら一つひとつクリアしているところです。

図5(図5)

 

3つ目の取り組みです。これは、障害をもっている人を含めた観光である、アクセシブル・ツーリズムです。日本ではバリアフリー観光がなじむでしょうか。ポイントは、福祉は福祉の領域の中だけでやるのではなく、全然違う概念の領域と融合して最初から取り組む必要があるのではないかということです。ここ(図6)で言うと、観光政策と福祉政策の融合です。

図6(図6)

松本市の隣に安曇野市という地域があります。そこに提案していることが、観光政策と福祉政策を一緒に取り組みませんかという提案です。そのキーワードは、アクセシブル・ツーリズムです。誰でもが快適に観光を楽しむためには、地域はどうあればいいのか、駅はどうあればいいのか、誰がやればいいのか、従来の通り、関係する障害者の団体だけではなく、その都市(地域)全体、地方が、その空間地全体として取り組まなければいけない。

 

アクセシブル・ツーリズムを展開することによって、地域のいろいろな要素が引き出せられるのではないかという可能性を秘めています。特に大都市は整備されていますが、松本みたいな地方都市はまだバリアだらけであり、ですから取り組み甲斐があります。

 

最後ですが、これ(写真3)はスリランカに松本大学の学生が行って、学校の支援をしているところです。大学が国際協力をしているところをPRするつもりはなく、スリランカに福祉サービス、具体的には、高齢者デイサービスを作れないかという検討をしています。ポイントは、社会的課題を明らかにするということです。

松本大学の学生がスリランカに行って、学校の支援を行っている様子(写真3)

スリランカへの支援をスリランカで行うわけですが、スリランカで得た課題は松本に戻す必要があるということです。スリランカの取り組みを松本に戻して松本で共有することが必要ではないかと思います。

従って、国際協力という形を使いながら、力をつけるのは松本の住民。松本で勉強している学生に戻していく必要があるのではないかと思っています。

これまでのこと、CBRの概念を参考にしながら考えてきたものです。私は、私自身ではCBRをやっているつもりでやってきました。いかがでしょうか。ご指摘いただけるとありがたいです。

 

沼田 ありがとうございました。尻無浜さんが松本で実践していらっしゃることは、CBRでしょうか、というご質問がありますが、いかがでしょうか。または、他のご質問でも。どうぞ。

 

会場 日本のNGO、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの上田と申します。お話ありがとうございました。課題のほうで挙げられているCBRがもたらすコミュニティの変化を評価というところで、私も実際、CBRの運営の事業に関わったことがあって、やっぱり評価の部分が非常に難しく、実際先生は課題として挙げられているのですが、今までの取り組みの中でどういった評価ツール、評価手法を用いられてきて、どういった課題にもう少し直面したのか具体的にお話しいただけますでしょうか。

 

尻無浜 これまで簡単にやってみたのは、質的評価というところで、「結果」と「プロセス」と「構造」、この3つの物差しを使って質の評価をするという評価モデルがあります。量の評価をしたところで意味がないと思い、質の評価だろうということからやっていまして、特に構造の変化、構造の評価というところに焦点を置きながら、松本の地域全体を眺めているところです。例えば、公民館の活動が活発になったとか、逆なことも言えます。町会の動きが不活発になったとかというようなところ。市役所の職員がどういうような関わりをしているのかというようなところとかを、半分チェックしながらなんですが眺めているところです。

 

沼田 私がちょっと質問してもいいですか。大変面白く聞かせていただきまして、ありがとうございました。フランス鴨の件なのですが、素人的に考えると、コミュニティで作って東京で売ってお金がコミュニティに入ってくれば、それでコミュニティの人たちが潤うならいいのではないかと思うのですけど、違うのでしょうか。

 

尻無浜 ご質問ありがとうございます。お金がコミュニティに入れば、結果的にいいかもしれませんが、もう少し、フランス鴨の用い方次第では、もっと地元にいろんなものが落ちるのではないかという発見をしております。例えば、飼育は松本にいる、特に在宅にいる障害をもった人にお願いをしています。「やってください」ではなくして、新聞に呼びかけて「飼育してみませんか?」と言って手を挙げた人がいらっしゃいまして、その人にお願いしています。そうなってくると、飼育してもらって80日で大きくなるのですが、飼育の費用がその方にいく。

その次の過程では処理をするわけですが、処理が実は地元にはないので新潟と長野の県境まで行かないといけない。そうなってくるとコストもかかるし、向こうの飼育の人に仕事を渡すことになってしまう。ですから、3月に、松本の地域に処理場を作る、そういう計画を進めています。

それで、売る段階になったときに、地産地消とか、食品偽造の問題等々で、顔の見える食材があると、お客さんにも出しやすい等々の評価をもらっていることによって、安心した食材がプロのレストランに行き、レストランでも安心してもらうというような流れをコミュニティ内に構築することが大事であると思います。コミュニティを基盤とする視点であり、なるべく全てを地元にベースを置くと、地元に関わる人が増えてくる、地元に入ってくる可能性を高くすることです。要するに、ただ売れればいいということではなく、仕事のチャンスとかいうことも踏まえ、いろいろな要素が地元で考えられるようになることが大切だと思うのです。

 

沼田 はい、わかりました。それともう1つ、例えばもっとたくさん売れるようになれば、それは障害のある人だけではなくて、老人の雇用創出とかにもなるのではないかと。松本はさびれてきましたね、という感じがあるのですけど、もっといろいろな人の雇用を創出するような産業になるとかということもあるのかなと思うのですけど。

 

尻無浜 そうですね。CBRの持っている概念を本当の意味で活かすことができると、中山間地に住んでいる高齢者のグループが、この秋から飼育に関わったのですが、そのような可能性も広がってきております。関わりの要素が増えれば、それぞれの地域住民の中には、いろいろなニーズを持っていらっしゃいますので、アプローチできる可能性は持っているのではないかと思います。

 

沼田 ありがとうございました。