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特別報告 「すべてのひとの放送とするための今後の取り組みについて」

月刊ニューメディア編集長 吉井 勇

はじめに

今日は「すべての人の放送とするために今後の取り組みについて考えましょう」というテーマですが、僕は「考えてみましょう」というところに何か課題があるのかな、と、そういう力点の置き方をしています。誰かが結論を持っていてそれをみんなが理解するというより、これからは、前へ進んでいくための取り組みを、みんなで編み出していくということかな、と思っています。

ちょっとうちの雑誌の宣伝をさせてください。これは、今年の8月1日に出した特集です。今日の司会をされている梅田さんにも登場していただいているのですが、「テレビの新しいカタチと“チカラ”」という特集をやりました。この表紙が見えますでしょうか。後ろに大きないわゆる液晶テレビを持っているんですけども、前のほうではタブレットを持っているんです。今までテレビというと大画面だけだったんですけども、こうしたタブレットで、自分の手元でも、いろんな情報が見られる時代です。テレビと別の媒体が、いろいろ仲良く連動していくということが、考えられるというものです。

ここでは、大阪の民放5局が集まっていろいろ相談をしているんです。大阪の民放の放送局というのは、日テレ系は読売テレビですよね。TBS系は毎日放送、フジテレビ系は関西テレビ、テレビ朝日系は朝日放送、ABCって言います。テレビ東京系はテレビ大阪。

何で民放5局が集まったかというと、スポンサーが広告を出すときに、毎日放送だけはOKだけど、関西テレビはだめだよと言われたときに、広告を出す人は、その条件で出しましょうかという結論にはなりません。すべての民放局できちんと対応できる土俵を、みんなで一緒に作っていきましょうというのが、集まっていただいた趣旨です。この中に、電通という広告会社の人も入っています。よく広告はこれから厳しいって言われ方をするんですけども、もう放送局の中でも、自分たちの商売のことは、自分たちみんなで考えていくぞっていう形が進んできています。そういう具合に捉えてみてください。

うちの雑誌は、11月1日号で、創刊から何年になると思いますか。30年です。ちょっとスローガンは単純なんですけども、「最古のニューメディア誌」って言い方をしています。「最後の」ではなく、「最古」、最も古いニューメディアの雑誌です。

講演の柱だて

今日お話しする柱だてをまず申しあげます。

まず、大きく3つありますが、「本当はどうなの? 表の事情、裏の事情」というのをお話します。

寺島さんから、5.1ラウンド放送の規格などの疑問点について、本当のところをちょっと教えてもらえますかという要望をいただきました。僕が本当のことを調べて伝えられるか分からないですけど、いろいろと聞いてみました。すると皆さんが考えているものとはちょっと違っていることもありましたので、これはきちんと報告しようと考えています。

それから政見放送と字幕付与の問題。これは調べてみると面白かったです。

次に、取材を通じて知ったことですが、手話放送の問題は皆さんの中で大きな関心になってきていますので、全国の様子をお知らせしたいと思います

また、字幕放送についても、あらたな動きがありますのでお話しします。

最後は、日本のこうした運動の進め方については、大きな転機になってきているのかなと思いまして、皆さんと一緒に考えてみたいという気持ちがありますので、それについてもお話をさせてください。

50分ほどの時間なので、どこまできちんと話せるか分からないですけども、やってみます。

5.1サラウンド放送と解説放送

「本当はどうなの? 表の事情、裏の事情」ということですが、まず、5.1チャンネルサラウンド放送をやると、解説放送ができない、そんな制度になっているという疑問があったんですけども、このお話をします。

これは、難易度でいうと「ウルトラC」です。古いですね。体操では、昔、すごい高度な技をそのように言ったので、ちょっと使ってみました。

まず、放送の規格、規定というのはどこでどう決まっていっているか、ということですけども、具体的に言いますと「社団法人電波産業会(ARIB)」という組織が決めています。

「ARIB」と書いて「アライブ」と読みます。総務省が所管する通信や放送に関わる審議会などで決まった方針に基づいて、具体的な規格作りを進めていく民間の組織です。

このアライブの規格の中に、地上デジタル放送があります。「TRB14、3.5番」というのですが、「TRB14」という規格のまとまりの中に、「3.5番」という、要するにバージョンがあります。この規格はたくさんあるので4冊に分かれているのですが、その第3分冊の中の第7編に「地上デジタルテレビジョン放送送出運用規定」というのがあります。そこに情報源符号化という項目がありまして、「4.2音声」という項目があります。そこに規定が書いてあります。

ここには、8トラックを用意してありますと書いてあるんです。ここがポイントなんです。サラウンド放送は5.1チャンネルなのですが、トラック数でいうと6つ使います。要するに、真ん中にあるスピーカーから出る音と、前の2つと、あと後ろにも2つ、周りを音で囲んでサラウンドになります。それを、5.1チャンネルで、スピーカー6つを使ってやります。「.1(テンイチ)」というのは、真ん中で低音域専用の音を出すもので、それを含めて6トラックです。つまり5チャンネルと、「テンイチ」なんですけども1チャンネル=1トラック使うので、合計6トラックになるのです。

そうすると、8トラックあるというのは、あと残り2チャンネル放送できるということで、これで解説放送はできるという規定になっています。

では実際に放送はどうなの、という問題になるんですけども、そこをいろんな方に聞いてきました。

実はもう、この規定に基づいて、放送しているチャンネルがあります。NHKのBS放送です。NHKのBSは、8トラックを送出するための工事が終わっていまして、この工事についてはあとでお話ししますが、そこではサラウンドと解説放送ができるという体制になっています。

皆さんの中には、受信機側が対応していないじゃないか、と言う方がいらっしゃるんですけども、日本の受信機というのは、海外の人に言わせると、「アライブの規格で日本の市場を守らせるんじゃないか」と言われるぐらい、このアライブの規格にきちんと対応をしているので、受信機もOKなんです。

では、規格では8チャンネルで放送できるようにしたんですけども、先ほどお話ししたBS以外、地上放送局は6トラックに対応するということになっていたんです。日本の放送局というのは、NHKも含めて6トラックの送出ということがベースに進んできているんです。BSの場合は、衛星から全国の受信者に到達できますから、この放送センター1か所だけの改修でいいんですけども、地上デジタル放送というのは、大ざっぱに言うとNHKでは約50局も対応する必要があるんです。そうすると、その工事のために、BSで1か所改修した費用の50倍がかかるということです。NHKは、今のところそれを進めていくという前提はあるんですけども、受信料の還元などの問題で予算が厳しいということがあって、今のところ全国で改修をするための準備には入っているようですが、具体的にまだスケジュール化はされていないようです。ひょっとしたら、もう計画はあるのかもしれないですけど、私が聞いた限りではありませんでした。

ということで、規格はきちんと整備しているんですけども、地デジ開始から現時点まで放送のできる施設整備の実体は伴っていないというのが、5.1サラウンドと解説放送についての状況です。

政見放送と字幕

次の話題に移ります。参議院選挙の政見放送に、字幕が付いてないじゃないか、という問題です。NHKはさぼっているんじゃないの? という意見があるんです。

国政選挙の字幕付与についてですが、間違っていたらご指摘いただきたいんですけども、衆議院の小選挙区は政党(または個人)が持ち込むので、字幕を付けることはできます。選挙管理委員会や放送局で、付与された字幕を勝手にいじることはできないことになっています。それはそうです。僕が選挙に出たとして、自分がしゃべっている字幕を、勝手に変えられたら困りますよね。

衆議院のブロックごとの比例代表制選挙は、まだ持ち込みを認めていないそうです。政見放送をやるときはスタジオ録画方式なんです。スタジオに来てもらって録画します。放送局は、作成の責任を持つわけです。

年配の方はご存じかもしれませんが、数寄屋橋でいつも街頭演説をやっていた、ある右翼政党の政治家が、参議院選挙に出ました。NHKは、当時は字幕を付けていたのですが、その政治家は、放送禁止用語をたくさん使ったのです。NHKは、それをそのまま出すわけにはいかないだろうというので、出しませんでした。するとその政治家は、ふざけるな、自分の政見放送を勝手に変えていいのかと言って、裁判にまでなっています。これが実は、裏の話ということになっています。

この問題については、総務省も情報通信審議会で議論をして、2013年の参議院選挙の全国比例代表に関しては、字幕を導入しましょうということになりました。

なぜ、こういうステップを踏むことができたかというと、参議院は解散がありません。時期が決まっています。早くから準備ができますので、事前に十分候補者に確認していただくことができます。ここまでは、放送局が責任を持ちますが、ここから先は、皆さん候補者の責任です、という具合に、責任を分けで対応できるわけです。かつてのトラブルが今も尾を引いているのですが、最近ようやく、選挙についても少し前へ進んできたかなというところがあります。今までの話は、ある意味で言いますと、皆さんの中できちんと正しい理解をしたほうがいい点をお話ししました。

放送の重要性

次に、取材の中で気づいで点についてお話をします。

実は、少し前までは、これからは通信が重要だ、と言われていました。光ファイバーでいろいろ動画が流せるし、広告も流せる、という論調が、放送を取り巻く周辺には数多く出てきました。

多分皆さんの中にも、そう思っていらっしゃった方が多いと思うんですけども、東日本大震災を経験して、やっぱり放送って大事だね、と考えられるようになってきました。それはなぜかというと、放送というのは、全員に一斉に流すことができます。1つの放送局、鉄塔があれば、みんなに伝わるじゃないか、という放送の特性が見直されました。放送局に情報を送れば、それがみんなに伝わるということです。

盛岡に知人がいまして、その方は釜石に老人ホームを持っていらっしゃるのですが、3.11の東日本大震災のあと、3月26日に、その老人ホームに荷物を運ぶという連絡が来たんです。では、一緒に乗せてくださいと頼んで、盛岡まで深夜バスで行きまして、それで1日かけて被災地を回り、その日の夜の深夜バスで帰ってくるということをやりました。釜石、大船渡、陸前高田といった町を回りました。皆さんが映像で見たとおりの光景でした。陸前高田なんてすごかったです。もう跡形もなく、全くないんです。被災した状況が大変だという以前に、町自体がなくなってしまっているのです。そのあとも、6月に福島、宮城、岩手の民放全局の社長と報道局長のところを回りました。

そのときに聞いた話で、放送局はこうして信頼されているんだと思ったことがあります。IBC岩手放送という、岩手県のTBS系の放送局があるのですが、ここはラジオもテレビ放送しています。震災後は停電が続き、誰がテレビを見るんだという状況でしたので、IBC岩手は、ラジオを放送しているところをテレビで流せばいいじゃないかと考えました。よく、サイマル放送と言いますが、普通はテレビの番組をラジオでも流すことを考えるんですが、それを反対に考えたわけです。さらにIBC岩手は、ホームページやツイッターで安否情報も流したりしたのです。そうすると、どうなったかというと、住民の人たちがいろんな情報を持って、放送局に訪ねてきたんです。

放送局の玄関のところに人があふれるものですから、学生アルバイトたち5人の体制で対応したそうです。放送局の人のお話では、安否確認で警察に問い合わせをした人は、必ず「IBCに行くと分かります」と言われたそうです。警察は死んだ人は扱うけども、死んだかどうか分からない人については扱わないということらしいのです。県庁でも、とても対応しきれないので、「IBCに行ってくれと」いうことになり、みんなどんどん来たそうです。

放送局はそのようなことで、非常に注目を集め、大事だと言われるようになったのです。

手話放送について

手話放送はどうでしょう。総務省の研究会でも強い要望があったのですけども、実は1800回も続いている手話放送の番組があるんです。多分、見たことがある方も多いのではないでしょうか。テレビ静岡、フジテレビ系列ですが、ここが「テレビ寺子屋」という番組を放送しています。毎週土曜日、テレビ静岡では9時55分からの30分番組です。フジテレビですと日曜の早朝にやっています。

もう故人となられていますが、吉岡たすくさんという有名な教育評論家が出たりして、子育てや教育の問題などいろいろとぶっちゃけ話をしたりするもので、実はこの番組は1978年にスタートしました。ひょっとして、今日ご参加の中には、まだ生れていない方もいるんじゃないでしょうか、そのぐらい古い番組です。

これは手話を最初に取り入れたテレビ番組なのですが、実はテレビ静岡は、その前の1974年に、「ワイドイン静岡」という生ワイドの番組で、月1回の手話の実験番組を始めているのです。手話通訳者の女性が協力をして始めました。その方のところに、聴覚に障害のある母親たちから、もっと子育ての問題を知りたいけれど、今の番組は音が聞こえないので自分たちにはわからない。何とか手話通訳をやってくれないかという声が出てきて、それを番組として手話を採用したのが「テレビ寺小屋」でした。

画面の中に手話通訳者の映像を小さく映す「ワイプ」という形で始めました。当時の話を聞くと、その「ワイプ」の映像は、画面のどちら側に置くのがいいのか、大きさはどれぐらいがいいのか、というように、結構議論されたそうです。このときのテレ静がすごかったのは、その経験をまとめた冊子を作ったことです。他の放送局も含めたあらゆる人に、どうぞという具合に公開したのです。このとき手話通訳は、番組とは別に撮影して画像に組み入れています。今でも多くのテレビ番組が同じ方法で放送しています。ですから、こういうやり方は、テレ静から始まったと考えてもらってもいいと思います。それが、1,800回続いているのです。

それでは他の民放で、手話放送はあるのでしょうか。NHKは「手話ニュース」などいろいろやっているので、民放を調べました。

日テレ系の青森放送に「RABニュースレーダー」という番組があって、毎日18時30分から30分放送しているんですけども、1974年の9月から、毎週金曜日分だけ、手話放送を行っています。

日本テレビの日曜朝6時45分から7時までの15分間の「ストレートニュース」は、1975年から手話を付けています。これは結構ご覧になられている方が多いのではないかと思います。

実は、放送局の人と話をしていくと、結構サービスとコストの問題が出ます。手話放送をやるにあたっては、手話を必要としている人たちの人数の問題が出てくるんです。6万人とか7万人とか言われています。

僕も初めて知ったんですけども、東日本大震災のときにどういうことがあったのか、いろいろ取材をした中で、こんな話がありました。岩手県の遠野は、遠野物語の河童伝説などで有名ですが、後方支援基地として、自衛隊も集まったし、いろんな物資を三陸沿岸部に運んでいくための拠点になったところです。その遠野市で、震災直後に災害対策本部から番組を流していたんです。夜の8時になると災害対策本部長として本田市長が出ました。岩手県の防災課長などを経験された方です。そのとき、遠野にある手話サークルの「どんぐり」が、聴覚に障害のある方がいらっしゃるので、自分たちが協力しますということで、手話通訳を始めたんです。市長の横に立って手話通訳している様子をそのまま映し出したのです。

この話を聞いて、あるケーブルテレビ局にお話をしたんです。毎日ニュースをやっているんだから、手話を付けてはどうかと。2,500の世帯ぐらいが加入していて、年間の事業規模は1億円ほどです。30分のニュースに手話を付けたいということで、地元の手話通訳協会に相談したら、1回5万円だったと思いますが、そのくらいの経費がかかることが分かりました。結局、毎日そんなに経費は出せないということで、その話はフリーズしてしまいました。

先ほどの遠野テレビの場合は、「どんぐり」という手話サークルが、ボランティア協力で、費用なしでやっていたと聞いています。そんなふうに、サービスのコストというのは、前に進もうとするときに、なかなか難しい問題でもあります。

これについては、ぜひ皆さんがいろいろアイディアを出して実現に向かえばいいなと思います。また、その解決のために、いろんな技術を活用することもできます。

新しい技術への期待

民放でもいろいろ取り込みがありますが、NHKの場合は、「NHK放送技術研究所(技研)」というのがあります。技研では、毎年5月下旬に誰でも参加できる「技研公開」というオープンハウスの展示会を行います。そこで、スーパーハイビジョンのような最高の画質の技術から、通信を使ったいろんなサービスまで含めて、いろいろ見せてくれるんです。

うちの編集部では、もう4回になりますが、この技研公開を視覚と聴覚に障害のある方と一緒に見に行くという企画をやっています。NHK技研に、自由に見られるような特別の時間枠を1時間ぐらいお願いして、技研の研究担当者の解説で一緒に回るようにしています。大体、30人ぐらいで回っています。視覚障害のある参加者からは、やはり口で説明されるだけだとよく分からないので、できたら触らせてほしいという声もあって、来年は、触れる形にできないかなと思っています。技研のほうも、こういう企画をやっていると考え方が変わってきて、今年の5月に行われた技研公開では、聴覚障害の人たちに手話を使って案内するコースが生れたんです。1日に1回から2回だったと思うんですけど、事前に応募してもらって、みんなで見に行きましょうという手話コースができたのです。

この技研が開発している中で、3D手話アニメ技術というのがあります。要するに、音声認識による字幕の自動表示技術の開発とすごく絡んでいるんですけども、アナウンサーがしゃべっている言葉をそのまま3Dの手話アニメにするという技術です。これが、結構ものになりそうなんです。何とか天気予報ぐらいから始めたいというお話でした。

もう一つは、さっきお話ししたような「ワイプ」のような形で、手話を画面に小さく切り出すよりも、もっと大きくしてほしいとか、こうしてほしいという要望があります。画面をどういう具合に構成すればいいのかは、悩みのあるところなんです。

実はNHKが開発している新しい技術で、放送と通信を連携させた「ハイブリッドキャスト」というサービスがあります。これは、放送電波で番組を流して、通信で、例えば手話の動画映像を送って、テレビ受信機で合体させる技術です。字幕では、見たい人が字幕表示を選択できる「クローズドキャプション」です。このハイブリッドキャストを使って、手話でも表示を選択できる「クローズドサイン」でやろうというアイデアです。手話の必要な方が、自分で選択して、画面の半分を手話にしてしまうことも可能です。もうちょっと小さくても大丈夫という人は小さくもできるなど、そういう新しい手話サービスを実現しようとしています。

直接これとは関係ないですけども、今月の29日に、ハイブリッドキャストのような技術を使って、東北大学で総務省の実証実験があるのですが、それが公開されます。災害時における情報提供はどういう形がいいかという実験なのですが、放送と通信をうまく連動させて、何ができるのか、本当に使えるのかどうかを、検証しようというものです。そんなにコストかけられる時代ではない中で、こういうハイブリッドキャストのような、新しい技術で何とか課題がクリアできるかもしれないという期待もあります。

字幕付きCMについて

CMに字幕を付ける動きについては、花王さんが字幕付きCMのトライアル放送をやっています。民放の皆さんにとって、CMというのは、商売の上で最も大切な、聖域とも呼ばれているところなので、どういうことができるのか、慎重の上に慎重を期して、石の上に三年どころじゃなく、ずっとどうしようかと考えてきたんですけども、やっと踏み出そうということになり、トライアルということをやり始めました。

花王さんは、実験とはいえ、きちんとやろうぜ、という態度で、ぐんと前に出てきて取り組んでいます。2011年夏のフジテレビから始まって、2012年4月からはTBSで、次は、3局一緒にやるぞ、ということで、TBS、フジテレビに加えて、今度はテレビ東京でも行ったんです。これはもう終わりましたけど。

日本テレビは、実は花王さんではないんですけども、別なクライアントで行っています。民放キー局で残るはテレビ朝日です。テレ朝は字幕CMのためのシステム改修を終えて準備が整っているんです。

しかし、トライアル放送がなかなか実現できないのは、普通、一つの番組にはCMがいっぱい入っているじゃないですか。トライアル放送の場合は、1社で提供している番組でやりましょうということで、花王さんだったら、花王さんだけが提供している番組でやってみましょう、ということなんです。

1社提供枠を持っているところは、沢山あるわけじゃないし、なかなか踏み出してくれるところがないんです。テレ朝にも、1社提供枠を持っているところはあります。皆さんから、その会社に期待しているよ、という声を届けていただくと、前へ進めるかもしれません。

今日、花王さんのCMを担当されている方がお二人いらっしゃっています。ちょっと立っていただけますか? 一番後ろに座っていらっしゃるんで、ちょっと皆さん見てください。皆さんから向かって左が多治見さんとおっしゃいます。実際に作っているのが、右にいらっしゃる菊池さんです。拍手しましょう。皆さん、CM字幕って、見ている人もいるけど、見ていない人もいるんじゃないかというので、今日限りで、ちょっと借りてきました。ご覧ください。〔スクリーンに映写する〕

CM画面の最初の右上に「字幕」マークをテロップで表示しています。字幕番組と同じ案内です。ここがポイントです。1分間のCMです。花王さんは全部で何本のCMに字幕付けているんでしたっけ。200本近いですか。200本ぐらいのCMに字幕が付いています。見たい方は、花王さんのホームページに行きますと、CMに字幕を付けた動画がYouTubeから見られるようになっています。ぜひご覧ください。

という具合に、一生懸命やられている。今見ていただいたように、字幕の出る場所は、大体画面の下段に固定していましたね。あれは、聴覚障害の皆さんから、学生さんだとか主婦だとかお年寄りの方だとか、いろいろ意見を聞いて、どういうところに出せば見やすいのかなど、いろいろと検討して決められたそうです。

残り時間が少なくなりましたので、ちょっと急いでいきます。字幕を付ける作業は、テレビ番組を作る流れで言うと最後になります。つまり、番組として絵もできて、音も入れて完成したものに、字幕を付けるということになります。もし途中で内容を改編して変えると言われたときに、また字幕も変えないといけない。そういうことで、最後なんです。だから字幕制作の人たちは、もう時間との戦いです。

今日は、字幕制作の会社の方もいらしています。立っていただけますか。一生懸命やっていらっしゃる方です。この仕事は、時間との戦いなんです。皆さん、字幕って、字数も少ないから簡単に作れるんじゃないか、と思いがちですけど、実はいろんな工夫や苦労があるんです。これはまた、機会がありましたら聞いてみましょう。

字幕放送については、「三者のガマン」があると、資料に書きました。「邪魔だと思う聴者」、「ダサい字幕をいやがるCM制作者」、「我慢してしまう聾者」、この三者です。

健常者の皆さんは、字幕は邪魔だよっていう思いがあります。

CMを作るクリエイターの人たちは、字がダサい、自分の作った画像が汚れるという思いを持っている人もいます。文字そのものの感じが、あんまりシャープな感じではないじゃないですか。30年ぐらい前の文字っていう感じで、いやだなという思いがあるんです。

そして、そういうことを言われながら、なかなか字幕表示ボタンが押せない聴覚障害者の皆さんがいます。家族の中でも、なかなか押せないっていう思いがあります。三者三様にいろんな我慢があるのが、今の字幕放送なんです。そういう中で、字幕を作る人たちもいろいろ努力をしているんですけども、実はここにも実質的に解決する方法があるんです。

デジタル放送の場合、先ほど言いました「アライブ」という規格の中に字幕のフォーマットがあるんです。実はこれによれば縦書きもできます。ですが、本当に放送波に乗せて映るのか、表示されるのかというのは、まだ実験したことがないので、それを試しましょうという取り組みが結構出てきています。その結果によっては、ひょっとしたら三者の我慢のあり方が変わるかも知れません。

さてここで、花王さんのあのCM字幕を見た人からのメッセージを紹介します。花王さんの字幕付きCMを、彼と一緒に見ました、ということなのですが、ここが憎いよね。今日参加された皆さんの年齢から言うと、かつての青春時代のような話で、うらやましいと思うかもしれませんが、読んでみます。

「いつも彼と一緒にテレビを見るときは、字幕表示をオンにしていますが、(CMには字幕がないので)面白いCMがあると、彼が通訳してくれることが多かったんです。(彼っていうのは、聴者の彼ですね。)でも、東京エアポート(フジテレビの番組ですね)を見ていたら、CMにも字幕が付いていて、何も知らなかった彼はびっくりして、見て見て、って指さして興奮していました。聞こえる彼と聞こえない私が、初めてCMを共有した瞬間です。私にとって、そんな彼の反応は、とってもうれしくて、おかしくて、11月4日、初めて彼とCMを共有できた日と、勝手に記念日にしちゃいました。彼に、今は花王だけのトライアル放送だよっていう説明をしたら、他のCMにも、字幕は当たり前に付くべきだと言ってくれました。そして、何でそんな簡単な当たり前のことができないのと、怒り始めました」というメッセージでした。

実は、大塚のろう学校に行っている子どもたちの話を聞いたときに、番組には字幕が付いているけど、CMになると、もう全く関係ない、とよく言っていました。こういうふうに、当たり前に字幕が付いていいんじゃないって、みんなが思うようになればいいな、と思っています。皆さんと同じ気持ちだと思います。

字幕放送の専用ホームページが登場した、と資料に書きました。皆さんご存じですか。字幕放送の専用ホームページは、花王さんとTBSさんに登場しています。ホームページの中にありますので、ちょっとたどって見てください。そして、そこからメッセージを簡単にアップできるようになっています。

  1. 花王 http://www.kao.co.jp/corp/ad-cm/index.html
  2. TBS http://www.tbs.co.jp/tv/jimaku.html

言語としての手話

よく皆さんからのご意見ご感想をお寄せください、なんて書いてあるときに、手話を使う皆さんからも教えていただきたいです。例えば、「相談」という言葉ですが、手話で表すと「交渉」という強い意味がある言葉を使うことが多いことを、僕はこのあいだ、初めて教えてもらいました。ひょっとしたら、日本語でいわゆる聴者が会話しているニュアンスと、手話が伝えているニュアンスに、違いがあるかもしれないことを、ちょっと問題意識として持たれてはいかがでしょうか。これは、いいか悪いかではなくて、言葉のニュアンスの問題として考えたいことです。手話の場合は、手から手っていうか、人から人に伝える、ノンバーバルの言葉であると思うので、そういう点が1つあると思います。

放送局の人は、聞こえない方には字幕があればいいじゃないっていうふうに、よく考えるんです。まだまだ、多くの人がそう考えている。さっき言った6万人と言われる手話を使う人たちの問題は、字幕放送で解決すると思われている人が多いんですけども、実はそうじゃないということが、伝わりきれていないんです。

要するに、第一言語=母語は手話なんだということです。だから、手話を使っている人にとって、日本語を使うということは、私が英語で話をするのと同じニュアンスなんだということを、十分に伝えていく必要があると思っていました。つまり、ニュアンスだけの問題ではなくて、言語としての存在というのを、考えていく必要があるということでしょう。

サンキュー作戦--作戦をチェンジしよう

最後になりますが、時間もないので、要点だけ話します。人にとって一番つらいのは無視されることです。「障害者の権利に関する条約」、いわゆる権利条約が、日本でも実施されていくことは、一つのチャンスだと思います。さらにもう1つの課題は、高齢社会ということです。ここにいらっしゃる皆さんも、自身が高齢者の方もいらっしゃいますし、ご両親が高齢になっている方もいるでしょう。みんなに共通の問題なんです。それは、テレビをやっている放送局の皆さんもそうですし、官僚の皆さんも同じです。みんな共通の悩み、高齢になると衰えという問題を持っている。そのために、どうしたらいいかと最近思い始めました。

ある聴覚障害の方が言っているのは、気分を盛り上げる、さざ波を起こすということで、「サンキュー作戦」というのがあります。「ありがとう」、「よく頑張ってくれた」という気持ちや言葉を、伝えていきましょう、という作戦です。

どういうことかというと、皆さん、放送局の中で、字幕担当の人って何人いると思いますか。今日、フジテレビの方がいらっしゃっているんですけども、フジテレビは、民放で字幕セクションがある唯一の放送局です。私が取材したときは、担当の人が3人いらっしゃいました。1人、聴覚に障害のある方がいらっしゃいました。他の民放キー局は兼務の立場です。

こうしたセクションに対して、いろいろクレームを言うとどうなるでしょう。その人たちが一生懸命頑張って、局内で予算を持ってきて字幕を作るんだと言っても、クレームしか来ないとします。その人たちが元気に頑張れるかというと、なかなか難しいのではないでしょうか。心が強い人間はそんなにいないです。また、社内での出世を考えたときに、その王道に字幕放送をやることが多分位置づいていないと思うんです。そうすると、担当になった人が後ろ向きになっちゃう。

それともう1つは、クレームの電話しか来ないと、放送局としては、いかがなものかという態度になります。クレームと向き合うのは、放送局の大きな課題になっているんです。そういうことを考えると、やっぱり頑張っている人を、もっと味方にしていく作戦のほうがいいんじゃないかって、ずっと思っていました。メールでも何でも、褒める、感謝を伝える。その数が多いと、局内でも、広告主の会社でも、関心が高まると思います。そうすると、担当者はやりがいを感じますから、いい知恵も湧いてくる。経営陣も、何だか字幕について1日に何通もメールが来ているらしいね、すごいねって、関心を示すし、予算が増えるかもしれない。すると、広告会社が動いてくれる、CMにも字幕が付いてくる。ひょっとしたら、字幕の予算が足りないってことになるかもしれない。アメリカは、字幕にスポンサーがついていますから、そういうやり方が生まれるかもしれない。ということで、北風の作戦ではなくて、太陽作戦というのがいいのかなって思っています。

今は、ソーシャルメディアの広がりもあって、LINEとかツイッターとか皆さんもやられていると思いますが、そういうものをどんどん使っていってはどうでしょうか。それに、もっと若い世代にも活躍してもらいましょう。すると、みずみずしい意見が集まります。あとで総務省の長塩さんがお話になりますが、国の審議会にしても、あるいは規格作りをやっている人たちも、もっと意見を聞かないといけない、と考えるようになるわけです。例えば、高岡さんのように怖い顔の人が行くと、なかなか話を聞くといっても、かしこまらないといけないでしょう。それが、若くい人たちがワイワイとやって来ると、なになに? ってなるわけです。ちょっと作戦をチェンジしないといけないと僕は思っています。

そして、バラバラの声ではなく、要望や提案をまとめることが大切です。実現のための道筋、順番を決めるということが大事です。これは今日参加されているろうあ連盟や全難聴などの組織体の幹部の方の大きな仕事です。個々のバラバラの意見を山のように出してもだめです。まとめて整理をする。順序性を持たせる。それでアピールをする。みんながなるほどと思うことが大事です。こうした取り組みで前へ向かって確実に進んで行きましょう。どうもありがとうございました。