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「デジタル放送時代の視聴覚障害者向け放送の充実に関する研究会」報告書と総務省視聴覚障害者向け放送「行政指針」の見直しについて

全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長 高岡 正

 

吉井さんから怖いと言われたので、視覚障害者の皆さんには、私の今の様子をちょっとご紹介しておきます。今日はピンクのネクタイと赤いフレームの眼鏡をして、少しおしゃれにしてきました。この服装で、怖いのかどうか分かりませんが、今回の総務省の研究会に障害当事者の委員として参加した立場からお話ししたいと思います。

行政指針ができるまで

先ほど長塩課長から、長い間の関係者の努力の結果、今のガイドライン(行政指針)ができているというお話がありました。昔コロンビアトップさんという参議院議員の方がいらして、ずっと国会で繰り返し字幕放送について質問していただいたこともきっかけで、字幕放送が始まったということがあります。

1997年に放送法が改正されたのですが、当時の郵政省で視聴覚障害者向け放送に関する研究会が開かれて、最初のガイドライン(行政指針)ができました。実はその時に、全難聴が字幕放送拡充の署名運動を展開して約40万人の署名が集まったのですが、その運動の成功の発端になったのは1人のボランティアの女性の方です。テレビに字幕放送がないためテレビ番組を録画したものの文字起こしをする活動をされていた村上真理子さんと言う方です。最初、署名運動をやるにしても署名用紙を印刷するお金がないという話をしていたところ、村上さんがそのお金を寄付してくださって、署名運動を展開することができ、やがて放送法が97年に改正されて今日に至っているということです。ここで、村上さんのお名前を挙げて再度感謝の意を表したいと思います。

署名運動を行ったときは、本当にいろんな方々に協力していただきました。マクドナルドに署名用紙を置かせてもらったり、床屋さんにも署名用紙が置かれて、お客さんが書いてくれる。それからろう学校の校長先生が、生徒さんや親御さんたちに協力を呼びかけ、たくさん集めてくださる。そんな数えきれない方々の取り組みがありました。

また、全難聴でも、番組を提供しているスポンサーにはがきを出して、字幕を付けてくださいという運動をやりました。どこに送ればいいのか分からなかったので、何か製品を買うとお客さま相談室が必ずありますが、そこにはがきを送る運動を全国で展開しました。1万枚近く各スポンサーに送ったかと思います。

研究会の開かれた背景

そういった中で、今回の研究会が開かれたわけですが、その研究会の開かれた背景について、最初にご説明がありました。

1つは障害者権利条約が発効していること。2つ目は、東日本大震災が起きてさまざまな経験をしたこと。3つ目が、通信放送技術の発達。この3つを背景に研究会が開かれているというお話です。

その中で、私は研究会に対する最初の意見として、障害者権利条約を理解することが非常に大切であるというお話をしました。

放送事業者や行政の方と、障害者の間に意識のギャップがあるのではないでしょうか。障害者団体によるさまざまな取り組みを経て、障害者権利条約が国連で採択されて発効しました。日本政府は署名もしています。そして、日本国内でも障害者制度改革推進会議が発足して、障害者基本法が改正され、障害者総合支援法が成立して、来年には障害者差別禁止法が通常国会に提出されることになっています。その段階に至っているのに、放送事業者あるいは総務省のいろいろな報告を聞いても、そうした言葉を使っての施策の説明がないのです。

障害者権利条約について

レジュメの2番目の項目には、障害者権利条約の4つのポイントを示しました。

サービスの客体から権利の主体へというのが1つ目です。つまり、今までは障害者が自立するためのサービスは、行政から受ける一方でした。ところが障害者権利条約では、障害者はサービスを受ける受け身の姿勢ではなく、障害者が主体的にサービスを選択する、あるいはサービスを使っていく、サービスを作り出す、そういう立場であることが、考え方の転換として書かれています。

2つ目に、"Nothing about us, without us"(私たち抜きに私たちのことを決めてはならない)という言葉は私たち障害者団体の大きな活動理念の1つですが、「当事者主権」ということです。障害者権利条約の第4条の3項には、国及び地方自治体は障害者の計画、あるいは規格を作るときに、障害者団体を通じて障害者の意見を聞く、障害者を積極的に関与させる、ということが書かれています。

つまりマルチステークホルダーの1つとして、いろんな利害関係者の1つとして、障害者が必ず参加した形で進められなければならないということです。その意味では、この研究会が、前回も前々回も私たち難聴者、ろう者団体、視覚障害者団体が参加して、情報保障がきちんと行われる形で開かれてきたとことは、とても重要なことと思います。

3つ目に、障害の定義が権利条約で決められました。いわゆる社会モデルというもので、障害者というのは、機能障害をもっているから障害者ではなくて、社会の無理解、あるいは社会のバリアがあって、その相互作用で障害が起こるというふうに規定しているんです。そのことは、改定障害者基本法でも、障害者は機能障害をもつ者が継続的に社会のバリアの制限を受けるものというふうに書き込まれたことで、反映されています。今は、この障害者権利条約や、障害者基本法に基づいて、今後の規格を考えなくてはいけない状況になってきています。

4つ目は、ユニバーサルデザインと合理的配慮です。ユニバーサルデザインは、障害をもつ人ももたない人もすべての人が利用しやすいサービス、設計などを提供することですが、そこに合理的配慮が加わっています。合理的配慮というのは、障害をもつ人ともたない人を対等、平等にするための特別な措置ですけれども、その定義の中に「特定の場合に」という言葉が入っています。どういうことかというと、一人一人に合わせて行われるということです。つまり、ユニバーサルデザインは共通のデザインです。合理的配慮は、そのうえに一人一人に合った対応を取りなさい、取る必要があるということなんです。だからユニバーサルデザインと合理的配慮は、デコレーションケーキの土台と、その上に乗っかったイチゴみたいな関係です。

東日本大震災について

3番目に、東日本大震災における放送事業者の取り組みについてお話します。私たちは、NHK、民放とも、地震が起きた直後から、非常に懸命な取り組みをしていただいたことに、深く感謝しています。全日本ろうあ連盟も、全難聴も、24時間の放送をしていただいた日本テレビ等に感謝状を差し上げております。また、首相官邸の記者会見に手話通訳が立つようになりました。いろんな経過があって、離れたところに立っていた手話通訳者がだんだん近づいて隣に立つようになったのですが、テレビの映像ではその通訳者が、民放でしか映らないという状況が続いていました。その後、11月16日の衆議院解散のときに、夕方6時から野田首相が記者会見をしましたが、そのときには、NHKの画面の中に、四角いワイプで手話通訳者が映し出されました。これも放送事業者の取り組みとして、感謝したいと思っています。

しかし、緊急災害時の情報提供には多くの課題が残されました。今回の地震ではその後も大きな地震が何度も続いたわけですけれども、NHKの定時のニュースにしか、字幕が付かないんです。民放には字幕が付いていたのですが、NHKには字幕が付かないので、地震が起きたらNHK以外にチャンネルを合わせるというのが、私たちの習慣になってしまいました。

それから字幕放送の代わりにL字型の情報が出ます。地震だけでなく台風などのときにも出るのですが、これは非常に広い範囲の情報が中心で、その地域に必要な情報、あるいは、今アナウンサーが話している内容が出ないのです。九州の大豪雨のときにも、L字型情報が出ました。川の水がどんどんあふれる映像を映して、アナウンサーが「避難してください」と言っているんですけども、避難してくださいということは字幕にないんです。

ですから、本当に必要な情報が視聴覚障害者に届いていない、届けられていないという状況があります。

研究会報告書の評価

4番目に研究会報告書の評価をしようと思います。

まず、全難聴、全日本ろうあ連盟、日盲連といった、障害をもつ当事者組織からの省庁に対する要望書が提出されてきちんと議論されたことは非常によかったと思います。

2つ目に、今の字幕放送のガイドライン(行政指針)ができた2007年から、5年間の取り組みがどうだったのか、何ができて何ができていないのかについて、進捗状況の報告書が作成されています。これも非常によかったと思います。

3つ目は、障害者の放送問題について社会の共通理解となるベースができた、というふうに考えています。研究会の当初から、いろんな課題は全部解決はできないが、どういう要望があったか、どの課題を採用するかについては、議事録にちゃんと残すことが言われて、ホームページには、研究会のすべての議事録が詳細に記録されて公表されています。

研究会の議論の問題

5番目に研究会の議論の問題をお話ししたいと思います。

1つ目は、障害者側の意識と放送事業者の意識の差が埋まらないことです。どういうことかというと、私たちは権利として放送のサービスを主張します。他の人が見られるのに障害者が情報を得られないのは不公平だ、なぜ私たちは見られないのか、という意識です。ところが放送事業者のほうは、マイノリティへのサービスという意識です。「優しい放送」という言葉を使います。私たちが、「普通の人たちが見たり聞いたりしているものを受けられないのは不公平だ」という意識でいるのに対して、放送事業者が、「マイノリティへのサービス」「優しい放送」を提供するという言葉を使うのでは、意識が全然違うわけです。

例えば、NHKも生字幕放送、手話放送がすごく困難だと言います。字幕に間違いがあってはならない、手話も正しく表現したい、ということを言いますが、それは「放送品質」の問題だと思います。では、それに対して、私たち、聞こえない人、見えない人の「生活の質」はどうなるのか。放送品質については一生懸命考えているけど、障害者のQOLはどうなりますか。この対比が、今は片方だけが偏重されているのではないでしょうか。ですから、どうしてもコストの問題が先に出ます。スカイツリーができました。来年の春に、あそこから地デジの電波が届くというときに、電波が届かない地域があるというので、今、一生懸命対策を検討しているんです。もう立ててしまったあとにです。その費用が最大で100億円もかかるといいます。スカイツリーが電波を出して、見られない人がどのぐらいいるのかというと、100パーセントに限りなく近い人はOKなんです。本当に、零コンマ何パーセントの人のために、100億円かけるんですよ。それを言うなら、視覚障害者、難聴者は、もっと全国に沢山いるわけです。なぜそれだけのお金がかけられないのか、お金のかけ方が違うんじゃないかというふうに思ってしまいます。

2つ目は、国の政策を進める姿勢が弱いということです。今度の研究会では、障害者団体側にどんどん意見を言わせて、放送事業者側はこれはできないと言う。こういうことをやっていますが、国としてどういうふうに進めるのか施策が見えません。

例えばローカル局で字幕を制作する設備がなく字幕放送ができないという問題があります。字幕制作する人もいません。放送事業者はデジタル化でお金をいっぱい使ったので字幕放送の設備投資にそんなお金は出せないと言います。では、国が障害者権利条約を推進する立場で設備投資に融資する予算を組めないのかと私は思うわけです。

それから、今日講演された長塩課長は地上放送課の方です。この前までは、行政指針などの所管は情報通信利用促進課でした。それから総務省の中に別に災害を扱う課があるんですね。それらが全部縦割りでバラバラなんです。

災害といえば、確か2年前の閣議決定で、障害者への災害時の情報提供に関する施策のあり方について平成24年内、本年度内に結論を得ることになっています。確かにこの研究会は行われましたけれども、これは別に災害に絞った研究会ではありません。本年度もあと3か月4か月しかない中で、災害時における障害者への情報提供体制についての何らかの結論が出せるのか、どこが取り組んでいるのか、少なくとも私たち障害者放送協議会の団体はどこからも呼ばれていないです。

それから内閣府、経済産業省、厚生労働省などの、横の連携も非常に不十分だと思います。

3つ目に、放送事業者側の判断が一方的ではないかというふうに思います。例えば、ホームページには、研究会に対して障害者団体がいろんな要望を出しましたが、それに対して、NHK、民放はこういうふうに考えます、という回答も載っているんです。載っていることはいいんですけれども、例えば手話放送は、限られた時間内で多くの情報量や専門用語を正確に翻訳表現することは極めて困難であろうと、もう断定しちゃっているんですね。それから手話を付与するための原稿の要約や、適切な表現で行うための時間もないから、手話による対応は事実上不可能である、と書いてあったり。また手話のできる制作スタッフが必要となるが、こうした人材の確保は容易ではないというふうに、できない、難しいという言葉ばかりなんです。

これは全部いっぺんにやらなくても、段階的にやればいいと思うわけです。あるいは全国的に政見放送などもやる手話通訳士協会もあるわけですから、何らかの相談をしたらいいと思うんですが、まだ相談はされていないようです。

それから災害時の24時間放送体制は、コスト的に困難という言葉が出てきます。24時間だったらやはり大変だと思いますけれど、よくテレビが見られるのが朝の7時から夜の12時だとすれば、その間に限ったらいいのではないかと思います。あるいは自分たちのところで全部やろうと思うから難しいので、「目で聴くテレビ」など実績のあるところと契約をしたらいいのではないのか。地震が起きたときだけ、災害が起きたときだけ、手話通訳をしてもらったらどうか、と思うわけです。

次に4つ目ですが、議論が深まらなかったことが問題です。いろんな問題点も出し合ったんですけれども、放送事業者の回答は文書で出てきただけです。それについて議論するという時間はなかったです。

それから、先ほど吉井さんがお話しされました、5.1チャンネルサラウンドで今は解説放送ができないとか、手話の混合ができない問題、それから、ローカル放送で字幕放送が行えない問題などについては、すべて私たちが問題点として出してきました。放送事業者側は、知っていたかもしれませんけど、こういう問題があるんですが、どうしたらいいか一緒に考えてほしいという、そういう提案や呼びかけはなかったです。

それから、課題は示されても問題解決の方策が示されていません。関係者が努力する、あるいは検討するというようなことはありますけど、どこで誰が集まって検討するのか、その場は総務省が持つのか、放送局が設けるのか、どういう形で広く意見を求めるのかということについての提案はなされていません。

しかし、障害者側は問題解決の方法をいくつか提案しました。生放送の字幕制作コストが非常に高いということが今回の研究会で分かりました。日本では生放送の字幕制作費は、1時間17万円から27万円と発表されています。アメリカは5,925円、イギリスが4万円です。なぜこんなに差があるのかと思います。NHKは音声認識技術を長年研究しています。でも民放はありません。生字幕を各社で作るから大変であるなら、生字幕の共同制作センターを作ってはどうかと提案をしました。総務省の方は、それが効果的ならやったらと消極的なお答をされていましたが、それではもっと検討したらどうでしょうか。字幕放送が始まったときは、字幕制作共同機構というのがあって、各放送事業者の字幕を一緒に制作していました。

それからローカル局など、手話放送や字幕放送が単独でできないところは、CS障害者放送統一機構「目で聴くテレビ」にアウトソーシングすることも考えられると思います。

最後に今後の障害者施策の軸についてです。これについては、障害者基本法が改正されています。それから障害者政策委員会が発足しています。この改定障害者基本法と障害者政策委員会を軸に、今後の放送通信施策を十分議論していくことが大事だと思います。

今後の障害者向け放送行政の課題

放送行政については3つの課題があります。

1つは、具体的な問題解決を図る場を設け、そこに当事者参画を保障するということです。

2つ目に、視聴覚障害者以外の障害者のニーズを把握するということです。今回の研究会でも、視聴覚障害者の課題だけが話し合われ、その他の知的障害者、学習障害者、発達障害者などいろいろな障害者については、どういう問題があるかも把握されていないままです。

3つ目に、各種検討委員会が障害者の参画がないまま決められています。この間も、次世代テレビ放送に関する検討会が行われるという報道が新聞に載っていましたけれども、私たち障害者団体は誰も呼ばれていません。

情報通信審議会に、私たち障害当事者は1人も入っていません。1度ヒアリングで視覚障害者、難聴者、ろうあ者団体が呼ばれて意見を述べたことがあるだけです。

その他さまざまな検討会が行われているにもかかわらず、私たち障害者を含めて検討されていないというのが大きな問題ではないかと思います。

以上で、時間をオーバーしましたが、終わらせていただきます。