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セミナー「ディスレクシアへの支援 デンマークでの活動から」

「日本でのディスレクシアの現状」

加藤醇子
クリニック・かとう院長

ご紹介いただきました加藤と申します。皆さんこんばんは。

今日は、研究者の方たち、教育関係の方たちが大勢いらしていただいているということで、20分という限りある時間のなかで、どのくらいディスレクシアのことがわかっていただけるか心配ですが、一応パワーポイントを中心にお話を進めていきたいと思います。

日本の文部科学省によるLDの定義を見てみますと、知的な発達に遅れがないというふうなことが言われております。それから、聞く、話すという、言葉の他の知的な遅れがなくて他のところには問題がないのだけれど、聞く、話すことに問題がある言葉のLDというものと、それから読む、書く、計算する、あるいは推論する能力というところに問題のあるいわゆる特異的LDと一般に言われますが、そういうものがLDというふうに言われております。そのなかに、この読む、書くというところがディスレクシアと私たちが言っているところであります。

読むことに問題があると、書くことにも問題が出てきて、読み書きの問題がディスレクシアというふうに言われます。それから、読みの方はほとんど問題がなくて、書くところに問題があるのが、「書き」の障害と言われておりますし、計算あるいは推論も含まれますが、算数障害という言われ方をしております。

LDというのが、イギリスでは少し違ったとらえ方をされているとか、こういう定義についてもさまざまな国によって少しずつ定義が違っていたりしますので、ちょっと難しくなるかと思いますが、このへんのことは少し先送りさせていただいて、ディスレクシアというのは読みに問題があり、結果として書くことにも問題が起きてくるというものを、ディスレクシアというふうに考えます。しかも、それが主に小児期から起きてくるものをディスレクシアというふうに考えます。

日本ではディスレクシアと言いますと、大人あるいは子どもでもですが、交通事故あるいは脳血管障害などでいったん獲得できた読み書きが後から壊れてしまうというものもディスレクシアというふうに、特に成人の場合にはそういう言い方をしますので、私は「発達性ディスレクシア」という言い方をすることもございます。

教育現場におけるLDの状況としては、LDという言葉、学習障害という言葉がアメリカから入ってきたときには、軽い遅れの人たち、知的な遅れの人たち、あるいは自閉症ですとかADHDもLDというふうに一括してとらえていた時期がありました。今でもある程度そうですが、対人関係あるいは社会性の指導に重点が置かれていることが多いと思います。ディスレクシアのように結果として学習に問題のでるLDというものが、一斉授業、今日本というのは35人から40人くらいが1クラスで指導されておりますが、そういう一斉授業のなかでわかりにくい、問題にされないというようなことが起きてきています。

それから特殊学級の利用が、米国では特殊学級の大部分が学習障害、LDという人たちが利用しているのですが、日本では知的な遅れのかなりな人たちがわずかに使っている、10分の1くらいというのが数年前までの状況であります。そこが、おそらく今回の発達障害支援法あるいは特別支援教育ということで今後変わってくるものというふうに思っております。

医療機関におけるディスレクシアについてですが、日本で使用される主な医学的定義としては、米国精神医学会の診断基準でありますDSM-IVTR、それからWHOの診断基準であるICD-10が使われております。ただ、使われてはいるのですが、ディスレクシアというものが通常の医療機関で診断されることは滅多にありません。発達障害をみる医療機関でときに診断されますけれども、そういうところでもまず読み書きの問題というのはあまり問題にされない。主に行動面の問題、ADHDあるいは対人面の問題、アスペルガー症候群、あるいは高機能自閉といわれる人たちが、診断はかなり最近されるようになっておりますが、ディスレクシアについてはほとんど診断されることがありません。

それから、これもあまり説明していると遅くなってしまうのですが、脳の発達の面で側頭平面ですとか、これについてはいろいろ研究者の間でも問題がありますが、ディスレクシアについての染色体の知見ですとか、そういうものが外国では盛んに発表されておりますけれども、こういうことについても日本ではあまり知られていません。側頭平面というのはPlanum Temporaleと言われまして、いわゆるこの名前通り、部所がちょっと難しいところにあるのですが、これについても特にアメリカの研究者たち、あるいは教育関係の人、学校の先生たちでもかなりこの名称は知っていらっしゃるのですけれども、日本ではほとんど知られていないと思います。そして日本LD学会というのが1992年に立ち上げられておりますが、ディスレクシアについての特別講演については、1997年のヘインズ博士の聴覚系の処理についてのお話、それから2003年にカナダですか、ダス教授の認知面のことが講演で行われているくらいであります。LD学会の学会誌でも、ディスレクシアの特集は1998年の読み書き障害、ディスレクシアというふうにここでは書かれておりますが、そういうところ。それから2003年に、 私も長く編集委員会に入っておりまして、この読み書きにおける言語認知神経心理学ということで、アメリカで勉強しているコバヤシマヤさん、それからイギリスのタイコワイデル先生、それから日本語の平仮名とか漢字に関しては、成人のディスレクシアを研究していらっしゃる人たち――成人のディスレクシアというのは、先天的なもの、あるいはこういう発達的なものではなくて、脳血管障害の結果起こってくるものですけれども――そういうものについては大人の神経内科の人たち、あるいは脳神経外科の人たちが非常に勉強していらっしゃいますし、いろいろな研究成果も出ていますので、そういうことをここでは編集しました。LD学会に参加される専門家の人たちは、少しディスレクシアということを知ってきているかと思います。

私は1975年に初めて書字障害、ライティング・ディスオーダーのお子さんをみました。小学校5年生でしたけれども、読みは普通にできるお子さんでした。1978年に、発達性ゲルストマン症候群というのがあるのですが、そういうお子さん。それから1990年に非常に典型的なディスレクシアの5歳のお子さんをみました。そしてそこから、私もディスレクシアに関心を持って、1990年から日米比較研究というものを行いましたが、日本ではディスレクシアに対する検査というのが全くありませんので、実際には正確な比較研究にはなりませんでしたけれども、子どもたちが通るコース、それからどういうことが大変かということについては、日本もアメリカも言葉は違いますけれども同じような経過をたどると思います。そして、ここで音韻認識検査とか、そういうことが、音韻の認識ということも非常に読みに関しては大事になってきます。

日本語というのは1文字1音対応。1文字が1音であることが多いですね、平仮名、片仮名。これは、音節というのはモーラともほぼイコールというふうに考えられています。言語の人たちはモーラという言葉を使います。音節。「あ」と書くと「あ」としか読まない、「か」と書けば「か」としか読みませんね。後ろは見えないかもしれませんが、「ねこ」なんていうのは「ね」と「こ」になっている。ところが英語の場合は、上に書いたのはパンのことで「bread」ですし、下に書いたのは夜のことで「night」ですけれども、読まない字があったりして非常に不規則なものが多い。そうすると、だいたい5歳くらいになってくると、子どもというのは「ねこ」というのが「ね」と「こ」というふうに、音がわかるようになってきます。そして、それが「ね」という記号ですね、文字記号と対応させることができるようになると、平仮名を読むことができるようになってくる。たとえば、しりとり遊びなんかができるようになってくる。そうすると、音との結びつき、音を分解することができて、その音と記号とを一致させることができれば、読み書きができるようになってきます。 これが単語について音を分解できるかということと、音と結びつくことができるか。ですから、検査としては、音を、単語のなかの音を1音抜かしてみたり、それから逆から言わせてみたり、知っている言葉だとやりやすいので、知っている言葉、よく知っている言葉と、言葉ではない言葉、ノンワード、非語とも言いますけれども、そういうものと分けて検査をしたりします。

こういうことについても、統計的に標準化された検査がないんですね。私のところでは200例くらい、各学年の検査のデータをもとにやっております。ただ、英語と違って音節読みが主体になってきますので、音韻検査というのは日本語でちょっと作りにくいんです。ですから、そこが英語と日本語の違いというふうに思っております。

これはイギリスの方で、ゴスワミという女性の方ですが、音節の発達が最初、読み始めるちょうど前くらいにできてきて、読みを獲得しながら音韻の発達、それからさらに音素の発達ができてくるというふうに言われております。日本語の場合は、この音節の発達とその先のところが少しできていれば、なんとか日本語というのは読めてしまう。ですからわかりにくい、英語になって初めてディスレクシアがはっきりしてくることがあります。

中学生になって英語の獲得、習得に非常に支障をきたす。これはディスレクシアのお子さんの読みに問題があると、書くほうにも必ず問題がでてきます。それから、漢字というのは次にくる文字によって読みが違いますので。漢字は読みにくい人が多いですね。これはもちろんディスレクシアの種類によってちょっと違うこともありますけれども、大人のディスレクシア、後天的なディスレクシアですと、読みがダメで書くほうは大丈夫ということも有り得るのですが、子どものディスレクシアの場合はほとんどが読みが苦手だと、書くことはもっと苦手であります。読みのところが少し軽いと、書くことの方に障害がでてきて、書字障害というものと間違えられることもあります。この例は、読みももちろんダメで、ただ小学校3年生くらいから簡単な文章は読めるようになってきており、この頃には少し黙読もできるようになっておりました。ところが、書いたものをみてみると、お父さんにカレーライスを作ってあげて、遅く帰ってきたお父さんに、弟が食べてしまうといけないというので、上に紙をかけて、そこにメモが書いてあったというものであります。 これも、「お父さん以外わぜったい見るな」と書いてある。弟が見て食べちゃうといけないと思ってこうしてあるのですけれども、「わ」は日本語では「は」と書かなければいけない。これが1、2年生でしたらちっともおかしくないと思うのですが、これは5年生なんですね。漢字は鏡文字、ミラー・ライティングがでます。そういうお子さんです。やはり英語はとてもたいへんで、一生懸命勉強しても10点とか20点しか取れない。ですから、進学先も狭められてきますし、就労も非常に困難になるということがおわかりいただけるかと思います。

また、中学生の読み速度、これはパイロット・スタディできちんとした研究ではありませんけれども、左側にたくさんあるのは、ちょうど小学校5年生くらいの文章を読んでもらったものです。右の方にまとめてある人たちは特に日本語というのは縦書きが読みにくいんですね。やはり、このブルーのところ、非常に時間がかかっている。もう少し正確度だとかそういうものもちゃんと検査すれば、正確度もおかしいかと思いますが、ここではただ、これはちょっとやってみただけということであります。

ディスレクシアのお子さんの一番左端にあるお子さんは、読みもなんとかできるようになっております。日本語に関しては読めるのですが、英語に関しては「cat」が読めない。「シー・エイ・ティー」とは読めるのですが、それをどう読むかというと読めないんですね。聞くとわかる。「キャットと書いてあります」と言うと、「ああ、猫のことだ」というふうにわかる。

少し時間が押してきましたので、何例かこういう人たちをみていますと、私のクリニックというのは、ADHDあるいはアスペルガーの人たちがたいへんに多くて、そういうことが学校での行動面での問題が難しくて私のところに来られるのですけれども、聞いてみると読み書きの問題が非常に多い。そういう人たち、こういうMRIというのはこの時期、まだ昔だったものですから、形態的な問題だけであります。ただ、これが全てこの問題点が処理経路に、読み書きの処理経路に関係しているかどうかはわからないわけですけれども、いろいろなタイプのものがあるのではないかというふうに考えました。それから音節の操作の遅れというものも非常に多いですし、心理検査、知的なレベルは普通な力を持っている人たちであります。

最近はこのファンクショナルMRIの検査もされてきております。まだまだきちんとしたデータは日本では出ていないと思いますが、これからだろうと思います。評価については、先ほどからもお話しましたように、こういう音の操作の処理、それから語彙ですとか書字、それから読みなどすべてに、統計的に標準化された検査が今のところまだないということであります。

そしてもう一つ、最近は外国でも言われております二重障害仮説と言われていることがあります。数字をランダムに並べてそれを次々に読ませるんですね。それからアルファベットを使うところもあります。それからちょっと私は絵が下手なので描きませんが、絵の呼称をさせることもあります。と言いますのは、こういうお子さんたちは失名詩症状といって、ものの名前が思い出せない、たとえば固有名詞とか友だちの名前が思い出せない。たとえば、スパゲッティのことを「赤くてにょろにょろしたやつ」と言ったり、机のスタンドのことを「机のところで光るやつ」とか、「あれ」とか「これ」とか言っていてなかなか名前が出てこない。そういう失名詩症状というのがあります。これは、私くらいの年齢になるとあるのですが、こういう記号を見てその読み方を思い出すという、想起するという時間が非常にかかってしまうということだろうと思います。それでこういうRANという検査ができて、これをいくつか組み合わせて作るラスという検査もあります。それが日本でも最近研究者がいくつか研究を始めておりますし、データも出始めておりますが、 まだ充分に統計的に標準化されたものとして使われてはいません。もちろん書くこと、読みというのは記号を見て音を想起する、それからそこで音という記号に変えるという意味でdecodingということが言われております。

ですから、記号を見て音に変える、つまりは読むということでもあるのですが、decodingというのは辞書を見ると「解読する」というふうに出ていますけれど、そういう意味ではなくここでは記号を見てそれを音の記号に変えるという意味であります。それから書くということは、音から、話し言葉のたとえば「あ」と言うと、「あ」という記号を思い出してくる。私たちは自動的にできるのですが、この人たちはそれがちょっと時間がかかってしまう。それから正確にできないということで、正確に読めない、あるいは書くことはもっと負荷がかかってくるわけです。ですから、今のところ対応としては漢字に振り仮名をふったりとか、文とか句の区切りを示したりということがありますし、それから最初に読んであげるとか、そういうことを日本ではやっております。もちろんこれに関しても少し研究がいろいろできてきてはおります。どういう指導の方法がいいのかとかですね。

この点に関しては、英語と日本語はすごく違いますので、英語のように、たとえば「at」というのを教えて、この頭にくるものが「C」、オンセットですね、頭韻。アットは脚韻といいます。この「at」の韻の方を教えて、脚韻の方を教えていって、そこにいろいろな音素を付ける、あるいはオンセットを加えるということで、そういう指導の仕方をするのですが、それが日本では使えないわけですね。ですから日本ではどういうふうにやっていったらいいのか。それからもう一つは、漢字をどう教えたらいいのか。漢字を分解して教えるととてもこの人たちは苦手で、やはり熟語として教えていっちゃったほうがいい場合もあったりします。

こういうふうに、アスペルガーのお子さんたちに一番多いのは書字のLDですが、ディスレクシアもかなりたくさんいらっしゃるということで、この人たちの行動面あるいは対人面の問題だけでなく、学習面ということにも指導あるいは対応していただきたいと思いますし、そのためにこの日本障害者リハビリテーション協会のDAISYソフトも、作るのがたいへん難しいのですけれども、とてもいい方法ではないかと思いますし、今そういう著作権の問題のある教科書なんかもDAISY化されると少し遅れのあるお子さんたちにも、こういうディスレクシアのお子さんたちにも皆さんに使えるのではないかと思っております。

最初の常務理事さんのお話で、発達支援法というのがありましたけれど、今JDDネットと言って保護者の人たちを中心に専門家も巻き込んだ大きな運動がでてきておりますので、官民一体になってそういう対応が進んでいくというのはたいへん良いことだと思っております。

端折って申し上げましたのでわかりにくいこともあるかと思いますが、これで終わらせていただきたいと思います。