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報告書 イタリアソーシャルファーム実態調査報告会

■報告1

イタリア・トリエステ調査を踏まえた日本型ソーシャルファームのあり方の考察

ソーシャルファームジャパン 理事長
社会福祉法人 恩賜財団済生会 理事長
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会 会長
炭谷 茂

この協会の会長を務めております炭谷と申します。今日は台風の迫る中、おいでいただきまして本当にありがとうございます。果たしてどれだけの方がこのような悪天候の中、ご参加いただけるか大変心配したんですけれども、このように予想以上にたくさんの人がご参加いただきましてありがとうございます。私からは2時40分までの1時間ですけれども、今回トリエステに行ったことを踏まえまして、日本型ソーシャルファームがどのようにあるべきかについてお話しをさせていただきたいと思います。

今日、皆さま方にお配りしております資料(注:これより『資料』は、本報告書「講演要旨」P.19-37を参照)の3ページをご覧いただきたいと思います。大変詳細な資料を作りました。今日は多分ここにあることすべてをお話しできませんので、皆さまがこれから検討されるときの参考までにということで、大体すべてのことを盛り込んでございます。今日お話しすることはほとんど活字に起こしましたので、特にメモ等のないようにしております。

3ページのⅠです。

なぜ今回イタリアのトリエステを調査したかということについてお話ししたいと思います。

実は1999年から日英の間で高齢者・障害者についての意見交換を行う機会を設置しておりました。その当時は別にソーシャルファームというものは全く眼中にはありませんでした。その日英の間で高齢者・障害者についてこれからどのような施策を講じるべきかをやっていたわけです。当時の日本側の代表は初山先生という、日本障害者リハビリセンターの総長をされた方でした。また副会長には隣の国際医療センターの総長だった鴨下先生になっていただきました。大変有意義な意見交換がなされてきました。

その中で2000年の1月にイギリスに我々が向かいました。そのときにイギリス側の委員であります貴族院のレーミング議員、社会福祉を長年やっていらっしゃったベテランで、一生涯を福祉にかけられている貴族院の議員です。そのレーミングさんから、イギリスの社会福祉はソーシャルインクルージョンを肝にしているのだということを教えていただきました。私は、イギリスのことは昭和50年に10か月間、イギリスに行き、また3年間イギリスに滞在しましたけれども、イギリスの福祉のことは自分でもイギリス人以上に知っているつもりでしたけれども、そのとき初めてレーミング貴族院議員から、「今はもうソーシャルインクルージョンなんだ」と言われて、正直言って大変びっくりしたわけです。

ソーシャルインクルージョンとは何なのか、そのときから私は追究を始めてみると、これは日本にも本当に必要な理念だ、日本もまさにソーシャルインクルージョンをもとにしなければいけないんだと思ったわけでございます。

それを具体的に実施している団体として、平成14年にCANという団体を呼びました。この中で参加していただいた方もいらっしゃるのではないかと思います。さらに2003年の11月にハワードさんという女性、この人はイギリスの社会保障省のアドバイザーなどを務めている方です。その人の口から、ソーシャルインクルージョンを進めるためにはソーシャルファームというものが非常に役に立つのだという話を聞きました。このときに初めて、ソーシャルファームというものに出会ったわけであります。これも非常に新鮮でですね、ソーシャルインクルージョンも衝撃的でしたけれども、ソーシャルファームという考え方自身も私にとっては大変衝撃的でした。そこで、これは実際にどんなものなのかを調べるためにイギリス、ドイツ、今回のイタリア、フィンランド等の国を直接回って調査をすることにしたわけです。話す順が逆になりましたが、日本にこれらの国の人を招いてソーシャルファームの勉強をする一方、日本障害者リハビリテーション協会としてイギリス、ドイツ、フィンランドを調査してきたところです。それでソーシャルファームの概要についてはかなりつかめたと思っております。

そこで、これはやはり日本にもソーシャルファームの設置を急がなければいけないということで、平成20年にソーシャルファームジャパンという組織を設立したわけであります。そしてこれが今日に至っております。

現在もまだ100社程度の段階にとどまっていますけれども、ますますソーシャルファームというものは日本に必要だなと思っているわけでございます。

今日も北海道から新得町の共働学舎の理事長の宮嶋さんにわざわざ来ていただいていますけれども、また、同じく北海道の帯広から「あうるず」の菊池さんに来ていただいておりますが、平成26年、この両名のご努力によりまして、ソーシャルファームジャパンサミットというものを実施しました。第1回は北海道の新得町、2回目には大津市、昨年はつくば市、今年は先月の末に行いましたが、横浜で実施し、ソーシャルファームの普及拡大に努めてまいりました。

我々のソーシャルファームの運動というのは、民間レベルで進んでいたわけですけれども、やはりこれは政治の舞台、公的な関心も招いてきたわけです。昨年4月には国会で超党派のソーシャルファーム推進議員連盟を設立していただきました。初代の会長には小池百合子さん、当時の衆議院議員ですけれども、彼女が就かれました。彼女は何とかソーシャルファームを応援したいということで作っていただいたわけです。実際、ソーシャルファームを何か所か直接見られました。彼女は去年、東京都知事になりましたので、その後は4ページに書きましたけれども、田村元厚生労働大臣、事務局長には木村やよい議員が就かれ、ソーシャルファーム推進基本法というものを作って日本にもソーシャルファームをもっともっと増やしていかなければいけないということでご尽力いただいているところでございます。

一方、都知事になられました小池百合子さんの方は東京都としても進めるんだということで、昨年の都議会での最初の所信表明で都としてもソーシャルファームを進めるということを相当詳細に述べていただいた。また、都民ファーストの会の公約にも、ソーシャルファームを進めるということを明記していただき、また、今年度の予算にソーシャルファームに関連する予算を計上していただいております。小池さんはソーシャルファームについて都として非常に力を入れて、これから財政面、制度面、いろいろな面で努力をしていくと力強く言っていただいています。

したがってこのように長い流れを経まして今回、トリエステを調査しようとした目的はですね、実は、ソーシャルファームというものは、原点はこのトリエステにあるわけであります。既にイタリアのソーシャルファームをやっている人を招いてお話は聞いておりました。トリエステではこんなことをやったんだなということは聞いておりまて、またその報告書は日本障害者リハビリテーション協会のホームページにも載っておりますから皆さん方にご覧いただくことも可能ですけれども、やはり実際に現地を見ないといけないということで8月の上旬に行ったわけでございます。

後ほど野村さんから詳しくお話いただきますけれども、3日間、朝から夕方までびっちりとした日程で調査をいたしました。

イタリアのソーシャルファーム、社会的協同組合という形式をとっておりますけれども、この社会的協同組合についてはもう既に日本の方がたくさん行っていらっしゃいます。ですから、またその報告書というものは多分10冊、20冊とあるのではないでしょうか。ですから、ある意味では、紹介し尽くされていると思っております。私どもがあえて再び行く目的というのは、まさにこのソーシャルファームというものはどんなものなのか、その精神、息吹を肌で感じてきたい、また、現在はどうなのかな、ということを目的に行ったわけでございます。ですから、あくまで1つのソーシャルファームに限定してですね、ラコリーナというソーシャルファームですけれども、そこに限定をして3日間、びっちりと6時間とか、そんな時間でお聞きをしたわけであります。

したがって我々はラコリーナの人を通じて聞きましたので、相手は当事者の方であります。こう言うと悪いのですが、通訳をしていただいた方も若干心配になってくるんですね、果たして本当に正しく通訳しているのかな、と。そうすると向こうの人はイライラして英語でしゃべり出すんですね。そういうこともありましたから、果たして正確なファクトをどの程度つかんでいるかというのは、実は若干危ないところがございます。ですからそれについては、また文書で問い合わせたり、またもらったりしています。そしてこれは例えば制度上、細かいところとか、統計数字とかですね、不明確で皆さん方ちょっとイライラされることもあると思います。そのような事情があることをまず知っていただければと思っております。まあ日本人はそういうところは、私も含めて大変潔癖症ですので、数字をしっかりつかみたい、法律の条文までしっかりつかみたいという気持ちはあったんですけれども、これは1つの限界でした。今回の調査の目的はむしろソーシャルファームとは何なのか、その理念、精神、息吹、感性、そういうものをつかんできたいということでございます。

IIに入りたいと思います。

トリエステのソーシャルファームとはどんなものなのか。

まずそのためにはトリエステの概要をつかんでいただきたいと思います。後ほど多分野村さんが当時の写真を示してくれるのではないかなと、私は一切カメラも何も持っていきませんでしたので、写真はありませんけれども、これについては今回資料の31ページ(本報告書「トリエステ概要」P.75参照)をまずご覧ください。

トリエステはご存じの方もいらっしゃると思いますけれども、大概の人はトリエステとは何だろうかと。ローマやベニスは知っているけれども、ミラノとかですね、トリエステというのはご存じないという人が多いと思います。

31ページですね、一番本当に端の方ですね、スロベニアという国との国境沿いにあります。この国境沿いにあってアドリア海に面している、人口20万人の都市です。ここに非常に特色があるんですね。そこで再び4ページに戻っていただきたいと思います。実はこの地理的条件が非常に重要なところです。実はかつてオーストリア・ハンガリー帝国という非常に強大な国がヨーロッパを支配していました。本来オーストリアは海のない国ですから、何とか海に出たい、ということで、このトリエステというのは大変すぐれた港、軍港になりますので、ここを支配することをオーストリア・ハンガリー帝国は非常に力を入れたわけであります。したがって第1次世界大戦でオーストリアが敗れるまで、オーストリアの占領下、統治下に長い間あったわけであります。でも、やはりかつてはイタリアの領土でしたから、イタリアの歴史、さらには隣のスロベニアの歴史というような、非常に多様な文化が混ざっているところに特色があります。

国際都市ですから自由性、それから多様性、そして先進性、常に何か新しいことをやろう、そういうところにあふれている都市でありました。これが今日お話しするトリエステの精神保健改革、またソーシャルファームの誕生ということに大きな影響を与えています。

まあこれはトリエステだけではなくてイタリア全土が地方自治体の自主性、地方分権が大変進んでおります。地方によって特殊性があるという政治制度ですので、トリエステ独自の政治発展も示したわけであります。

そこで5ページに移っていただきたいと思います。

ソーシャルファームの哲学・理念。これが非常に今回行って、改めてというか、さらに深まったと思っております。というのは、一言で言ってですね、私どもはソーシャルファームというのは何かやはり社会的に不利な方に対して仕事の場を何とか作っていこうというようなことが目的になっていたんですけれども、それは実は小さな話なんですね。よく私がソーシャルファームの説明をすると必ず質問に出るのは、ソーシャルファームはA型とか特例子会社などとどう違うんですか、ということでした。よく考えるとその質問はある意味では当然の疑問ですけれども、今回行ってみて、そのような質問自身がナンセンス、あまり意味がない。ソーシャルファームはこのような障害者が働く場所を創設するということをはるかに飛び越えて、違ったものだと。もっともっと大きな、大きな理念を基にしているということを知ったわけであります。

そういう話は薄々知識としては持っておりましたけれども、トリエステに行って、まさにその部分が大変重要だと。ソーシャルファームというのは、まさに現代の社会政策だけではなく、政治の仕組みとか経済の仕組み、そういうものを大きく変えるものに位置づけられているということを知ったわけであります。

それでは具体的にどのようにソーシャルファームが発展していったのか。

1972年にバザーリアという精神科医が作ったわけですけれども、その前に彼は1971年、サンジョバンニのトリエステ県立精神病院の院長に就任するわけであります。バザーリアは精神科医なんですね。そしてムッソリーニと戦った反ファシズム運動の闘士でもあったんですね。ですからそのために第2次世界大戦中に刑務所に入れられていたという筋金入りの男でした。サンジョバンニ病院というのは1908年、オーストリア・ハンガリー帝国が、ここが重要なところですね、ヨーロッパ一の立派な病院を作ろうという目的で建設されました。サンジョバンニ病院というのは、実は私も誤解していましたけれども、何か本当に劣悪な精神病院だと思っていましだか、それは全くの誤りでした。オーストリアは当時19世紀、20世紀においてはヨーロッパの精神医学をリードした国なんですね。例えばフロイトはオーストリア、それからアドラーがオーストリア。そして私自身がイギリスで出会ったビエーラという精神科医もオーストリアの出身でした。このように歴史的な精神科医はほとんどがオーストリアの出身で、彼らがオーストリアの精神医学をリードした。そこでトリエステに理想的な精神病院を作ろうとしたわけであります。

実際に行ってみてですね、すごい立派な病院です。びっくりしました。20万平方メートルと書きましたけれども、実際は野村さんの資料にあるように24万ヘクタール、もう広大な敷地でですね、それぞれにできるだけ家族的な雰囲気を味わわせようとして病室も大変立派に作ってある。教会も作ってある、ホールも作ってある。そして日当たりもいいように作ってある。それから植栽も十分凝って木も植えてある、花も植えてある。大変立派な病院として、ヨーロッパ一の病院として作ろうとしたわけであります。詳細はまた再び野村さんが話していただけるだろうと思います。

しかし、第1次世界大戦でオーストリアが敗れ、トリエステがイタリアの領土に戻りました。そこでイタリアはやや精神医学について後進性があった。そうすると、そこから患者さんに対する人間性を無視するような、尊厳性、市民性を否定するような療養が行われ始めたのではないかと推測しています。ですからこの精神病院が一種の隔離施設的なものに変化したという状況がありました。

一方、国際的な潮流もありました。1963年に、ケネディ大統領が精神疾患及び知的障害者について、病院で治療するのではなくてできるだけ地域に出すための「ケネディ教書」というものを出しました。施設から地域へという流れが起こりました。

そして6ページ目です。

1960年代には反精神医学の運動が起こったようです。バザーリアを筆頭にイギリスのレインや、ここに書いてあるような精神科医が従来の精神医学の強制性、拘禁性への異議を唱えた動きが起こりました。一方、障害者やマイノリティの世界的な人権確立運動、例えばデンマークのミケルセンによるノーマライゼーション、さらにはアメリカで起こった公民権運動、そして現在のソーシャルインクルージョンの芽生えも徐々に出始めたわけであります。

そしてバザーリアがこのサンジョバンニ精神病院に来たとき、ヨーロッパのいろいろな医師や研究者や学生がバザーリアのところに集結し始めた。精神保健対策をしっかりやり直さなきゃいけない、改革しなければいけない。このバザーリアの行動力やカリスマ性がこの改革を推し進めたのだと思います。

(3)、1971年にバザーリアはこの病院の改革に着手をするわけであります。

1,200人の入院患者、先ほど言いましたように患者さんが非常に人間性、尊厳性が無視されている状態だった。これを解決するためには退院させて地域で生活できるようにしなければいけない。そのめたのにグループホームやアパートを整備する。また、治療が必要ですから、そのための地域精神保健センター、これはトリエステには現在4か所できておりました。そこで外来治療を主にしていくという方向をとった上で退院をさせていくわけです。

ですからこのソーシャルファームというのは、精神保健対策をするための1つの手段、地域の中で生活を可能にするための1つの手段としてとられたわけであります。

1972年にこのための協同組合、ソーシャルファームのスタートになったわけですけれども、これは我々に説明してくれたラコリーナの人の話ですが、精神疾患の患者を1人の労働者として処遇しようということで設置したわけです。

(4)、1978年にバザーリア法が成立しました。イタリア・トリエステの実践が全国に拡大した。また、WHOもトリエステの成功、施設から地域へという流れについて高く評価しました。

そしてバザーリア法では、精神病院の新設を禁止する。また、新しく入院することや再入院を禁止する。そして現在ある精神病院をイタリア全土で全廃するということを法律で決めたわけであります。こんにち精神科病院はイタリアには1つもない、というのが現状になったわけであります。

7ページにいきまして、1977年に、サンジョバンニ病院は、当時、解散時には130人の患者が最後まで残りましたけれども、これを退院させた上で廃止になりました。

バザーリアは激しい活動をしたためにそれが命を縮めたのだと思いますけれども、割合早くして亡くなりましたが、今回、ラコリーナのソーシャルファームの人にお会いして、この精神はしっかりと継承されていると思いました。

バザーリアが作ったCLUという協同組合は、現在は4つの社会的協同組合に分かれて発展しておりました。そして会った人、当事者の人が多かったのですが、みんなバザーリアの精神や理念を強く信奉し、かつ尊敬しているということはひしひしと伝わってきました。

そして1991年、(6)ですけれども、社会的協同組合法が成立しました。トリエステの成功と、片方では精神病院が法律によって全廃した、そしてそのためにも社会的協同組合、ソーシャルファームですね、これを作らなければいけないということで、1991年に法律ができる。精神障害者だけではなくて障害者全般、他の社会的に不利な人たちを幅広く対象にするための法律を作って普及することにしたわけであります。

そこで3ですね、それではなぜバザーリアは協同組合の形式をとったのか、ということですけれども、これは実はイタリアの事情があります。イタリアには協同組合が発展してきた歴史があります。これは日本語の文献での知識ですが、イタリアは非常にお互いに助け合う国民であると。非常に人と人とのつながり、親族をはじめ同じ地域住民のつながりを大切にする国民性がある。その国民性を基にして協同組合というものが発展したわけであります。ですからちょっと考えてみると、「ゴッド・ファーザー」のような映画、今BSでやっていますね、あの映画などを見ると、なるほどな、とよくイタリアの国民性というものが理解できます。そして協同組合が発展してきたわけですけれども、1890年には公的慈善団体法、これは協同組合を作るための法律が、もう既に19世紀、日本で言えば明治維新の初めの頃にできているわけであります。

いろいろな活動をしているわけですけれども、8ページの方に進めていただいて、結局、イタリアの特色は協同組合という形でこんにちで言えば医療や福祉をやってきた。これは一方、8ページの上に書きました公的な制度、日本で言えば医療制度、医療保険や福祉の制度は公的な制度も進められてきたわけですが、その公的な制度を補完するもう1つのものとして社会的協同組合、ソーシャルファームというものが存在するわけです。ここにイタリアの特色がある。すべて公的なものだけでやるわけではない。公的なものだけでは不十分だと。社会的協同組合と2つが現在のイタリアを支えているということでした。

その旨が(2)です。

このような理由でバザーリアは精神疾患患者のために協同組合の仕組みを活用したわけですけれども、イタリアの現在の憲法の45条に協同組合を作る権利というものが明記してある。憲法にまで書いてあるほど協同組合形式が定着しているということがおわかりいただけるのではないかと思います。

これは日本の文献を引いただけですが、2005年、社会的協同組合の数が7,000程度ある。働いている人は22万人という数字になっています。随分古い数字ですが。

そして(3)ですね、1991年に社会的協同組合法が成立しました。バザーリアの成功が非常に大きな影響を与えたわけです。そして社会的協同組合はA型、B型という2つに分かれています。これは後ほど寺島先生が制度的に詳しく説明していただきますので、私は概要だけ説明しますと、A型というのは協同組合が、例えば教育をやろう、平和活動をやろう、人権活動をやろう、こういう、公的な団体がやるようなことを協同組合としてやるというものであります。ですからソーシャルファームとはちょっと違う方式です。

そしてB型、これがソーシャルファームです。つまりソーシャルファームというものは、社会的に不利な人、まあ障害者が代表的でしょう。刑務所からの出所者が代表的ですけれども、このような人たちが働く場所を作ろう。しかし働く場所を作る場合、その人たちと一般の労働者が一緒になって働く。これがこの協同組合の特色であります。そして、組合員は健常者、それから不利な立場の人が一緒に組合員になって経営に参加するということです。

9ページに進んでいただきたいと思います。

ボランティアにもこれに参加していただこう。ただしボランティア組合員は組合全体の50%までですよ、となっております。9ページに書きました数字は、これも日本の文献をもとにして、現在B型の組合がいくつあるかを引いたものです。最近はもっと増えているのではないかと思います。正確な数字を私もこれから把握したいと思いますけれども、いずれにしろ規模感を感じ取っていただければいいと思います。

C型というのがあります。これも後ほど寺島さんから説明していただきますけれども、協同組合が連合を結んでいる、そういうものであります。

(4)です。

現在、多数の社会的協同組合が活動していることがわかりました。つまりここが重要なんですね。現在、この社会的協同組合は、イタリアの経済や社会の仕組みの中で一定の地位を占めている。単に障害者の働く場所というだけではなくて、社会的・経済的に大きな位置を示している。そしてその目的というのは、社会的に不利な立場にいる人に対してソーシャルインクルージョンを実現するための手段であるという位置づけになっているわけであります。

それから、イタリアの社会的協同組合の特色は、非常に小規模なものが多い。そして設置数が毎年増えています。事業の内容も非常にさまざまだという印象を受けています。

10ページに移っていただきたいと思います。

4ですけれども、B型社会的協同組合の制度と実態についてお話を薦めたいと思います。

社会的協同組合にはA型、B型、C型があるというお話をしましたが、そのうちB型がソーシャルファームです。これについては、法律の中にはっきりと、社会的に不利な立場の人に労働の機会を与えるんだ、と、つまり社会の中で放置しておけば労働に就けない人たちを、労働することによってソーシャルインクルージョンする。労働者の1人の仲間として入れるということが目的であると書いてある。1人の労働者、さらに言えば1人の人間としてなるようにする。ここが大変重要なところだと思います。この対象者は、これも寺島さんのところにお任せしますけれども、障害者をはじめいろんな人が対象になっております。

(2)、事業内容です。

今回、我々はいろいろな内容を見ました。後ほど野村さんから詳しく、スライドをもとにして実感をつかんでいただきますけれども、ああこんなことをやっているのかと感じ取っていただけると思っております。

ただ、ここが重要なところですが、既にイタリアのソーシャルファームは40年の歴史がありますけれども、常に変化しているんですね。昔からやっているものを今もやっているのではなく、常に変化をしていかないと事業は成り立たない。当たり前ですね。日本でもこのように企業はどんどん、どんどん変わっているわけです。例えばソーシャルファームで昔、床屋さん、理髪業をやっておりました。でも、今は日本でも床屋さんは苦戦していますよね。イタリアでもソーシャルファームの理髪業は苦戦したというので、現在はやめているということでありました。

そしてこのソーシャルファームは生産技術をどんどん向上させている。例えばデザインにしてもEUの障害者のコンテストではありません、通常のEUの設計コンクールに出て勝ち取っているんですね。ここまで技術を向上するものを出しているということも教えていただきました。

11ページです。

仕事の進め方ですけれども、これもそれぞれ当事者の特性、特にこれは庭師、ガーデナーの組合でですね、サンジョバンニ病院の跡地は、広大な、24万ヘクタールですから、ヨーロッパ一と言っていましたけれど、バラ園があるんですね、バラ園の手入れをしているわけですが、それもそれぞれの当事者の特性がありますから、それぞれをうまく組み合わせて経営が成り立つようにしておりました。

人事・労務管理、これが重要です。特に給料は通常の、一般の労働者とほとんど見劣りがしない。実際、我々が会った人は、かつては一流の多国籍企業に勤めていた人がここで働いていて、給料はどうですかと聞くと、満足です、ほとんど変わらないと。これは当事者の人ですね、そういうようなことを言っておりました。

(3)の給料ですね。ここで重要なことをお話ししますと、イタリアの給料、俸給表は一般の労働者も企業と労働組合、日本で言えば連合に当たるのでしょう、経団連と連合がそれぞれ俸給を決めるという仕組みになっているそうです。俸給表を我々はもらいましたけれども、その俸給表に基づいて決める。そして一方、ソーシャルファームの場合もほぼそれに準じた俸給表になっている。ですから社会的協同組合で働いている人の給料も一般の企業とそんなに見劣りがしないものになっているというようなことを知ったわけであります。ですから実際、11ページに書きましたけれども、今回調査した当事者は、いずれも給料の額については非常に満足をしている、仕事にもやり甲斐があるということを言っておりました。

(4)公的な支援ですけれども、これは協同組合というのは、本来は共益性、同じ仲間同士、組合員同士でやることですから、公益性という面でやや疑問を感じるわけですけれども、イタリアの場合は、社会的協同組合に共益性と共に公益性や非営利性があるということで、公的な支援をやっています。かなり手厚いものです。この制度的な面は寺島先生の方に譲りたいと思いますけれども、大変きめ細かい支援を行っている。

しかし、だんだん社会的協同組合、ソーシャルファームが力をつけてきましたので、例えば優先購入は原則、少額のものを除いて廃止になっている。それから、公的な補助金もソーシャルファームが力がついてきたのでもう要らないだろうという趣旨なんでしょう、だんだん、だんだん減少しているという話をしてくれました。

12ページに移っていただきたいと思います。

行政監査は6か月おきに州によって実施されます。

経営実態。主にラコリーナの経営実態を聞いたわけですけれども、これもですね、通訳さんがおっしゃった数字で、若干危ないかな、と思って多分間違って通訳したのではないかということでクエスチョンマークを全部つけてあります。正確な数字は後ほどのお2人のところにお任せします。

しかし、そんなに夢物語だけではなくて、例えばレストラン、向こうではバールという形のレストランが非常に盛んですが、これを経営したり、ホテルも経営している。我々は社会的協同組合が経営しているホテルに泊まりましたけれども、そこも一時、経営難に陥った。でも何とか今は立て直っている。ですから非常に浮き沈みがあるわけであります。

13ページです。

(7)設立数は1991年以来、設立が進んでいます。これはやはり伝統として協同組合がイタリアでは熱心であること。また、公的福祉サービスはイタリアでは後退しています。その分補完しようということで社会的協同組合が増えている。また、市民活動が盛んである。もちろんバザーリアの精神、社会的に不利な人たちのソーシャルインクルージョンを果たしていかなければいけない。このようなところで社会的協同組合は設立数が増えているわけであります。

このようなことから、(8)ですけれども、日本への示唆ということで、やはり根拠法というものが必要だなと思いました。それから、対象者。対象者はイタリアの場合は比較的広いわけですけれども、やはりこれは法的な支援をする以上、一定の基準が必要だろう。そして公的支援、特にイタリアの場合は税制上、工夫しているわけですけれども、こういうものも効果的だろうと思いました。

それから経営。これは卓越した経営ですね。もう一般の企業とほとんど変わらない経営の仕方をやっている。特にラコリーナの理事長、これは当事者の方ではありませんでした。一般の企業に行っても十分CEOが務まるような方でありましたけれども、大変卓抜した経営感覚を持っている人だなと思っています。そして公依存ではなくてニーズの変化に応じた経営が必須である。イタリアの場合も40年の歴史の中で本当に浮き沈みがある。でも今は発展している。だから的確にニーズの変化、今で言えば、情報産業がいいというのであれば情報産業に力を入れていく、こういう工夫が必要だろうということがわかりましたし、また、十分収支はとることが可能である、利潤を残すことは可能であるということも確認できたわけであります。

また、5ですが、社会的協同組合を支援するための中間組織がございます。

広く協同組合自身の中間組織、協同組合を指導したり援助する組織があります。一方、社会的協同組合についても同様なものがあります。

そして残りの時間、14ページにまいりたいと思います。

今回のトリエステの調査を踏まえまして、これからの日本型ソーシャルファームの方向はどう考えたらいいのか。改めて今回トリエステに行ってよかったなと思います。ある意味では制度とかファクトの詳細はややさらに確認するものがありましたけれども、その精神、また、現在の情熱というもの、それぞれのソーシャルファームがどんどん、どんどん発展している、そういうものを肌で感じた結果、やはり日本にもソーシャルファームというものが必須であるという確信を得たわけであります。

それでは1ですけれども、ソーシャルファームの必要性は何なのか。

これは簡単に言えば、単に障害者の仕事作りではないのです。つまり日本の社会政策、経済政策に大きな影響を与える。イタリアではバザーリア改革で精神病院が全廃されましたけれども、このためにはソーシャルファームが必須の要件だった。精神病院を全廃するためには、ソーシャルファームが必要だったのです。

ソーシャルファームというものは日本の国家のあり方を変えてくれるのではないか。イタリアでも変えているわけであります。

もちろん国によって差異がある。イタリアでは協同組合の方式をとった。ですから日本の条件に合った日本型ソーシャルファームというものが必要になってまいります。

それでは、どのような意義があるのか。まず、経済・社会分野におけるソーシャルファームの意義をトリエステの経験を踏まえて考えてみたいと思います。広くですね、もう福祉とか、そういう小さい分野を離れて、もっともっと広い、経済・社会という大枠の中で考えなければいけないわけであります。

まず①、ソーシャルインクルージョンの実現です。

だんだん社会的な弱者が今、日本の中でだんだん増えています。激動する社会の中でいろいろと生きづらさを感じる人が増えている。なかなか適切な解決策が講じられない。その代表的なものが障害者だと思うんですね。障害者の中でも精神障害者、また発達障害者等の数は増えている。これに対する対策は極めて遅れていると思います。

すべての国はこれを対象にしているわけですが、範囲は国によって少しずつ違うかな、と思います。難病患者、慢性病患者、高齢者、ひきこもりの若者、長期のニート、これらについては対象としていない。もちろん慢性病患者は障害者の範疇に入る部分もありますけれども、大半が該当していないのですが、日本の場合は必要性が強いのではないかなと思います。

刑務所の出所者は、再犯が拡大している現状を考えて、イタリアなどかなりの国がこの人たちを対象にしている。日本でもこのような人たちを対象にすべきだと思います。

長期失業者、これは、ヨーロッパでも特別に事情があって対象になっている国が多いのですけれども、日本では必要性が薄いのではないか、これは議論のあるところだと思います。

ホームレス。現在、野宿者が減少していますけれども、しかし野宿しないホームレスが増えている。このような問題をどう扱うか。私は、対象にすべきだと思っております。

また、DVの被害者。イタリアでは移民を対象にしておりました。

このような社会的弱者が増えております。一方でですね、これら社会的弱者が社会的な排除・孤立が進んでいる。これは日本もヨーロッパも全く同じです。だんだん家族・親族、地域社会のつながりがなくなってしまった。情報化社会でみんなデジタルの関係だけになって、フェイス・トゥ・フェイスの関係がなくなっている。このために社会的弱者の社会的排除・孤立が進んでいる。

ハ)ですけれども、就労条件の悪化も重要なことだと私は最近思うようになりました。一方、一般の企業ではどうか。一般企業は競争が激しくなった。それで即戦力、役立つ人しか雇わないわけです。昔であれば研修をしてじっくり職員を育てる、そして将来働いてもらう。このような企業が大半でしたけれども、今はもう即戦力、役に立たなければすぐに辞めてもらう。1年間だけの非正規雇用にする。このような企業社会に今、なってきたので、社会的弱者の人はこのようなものになじめない、適合しないことが多いのではないのかなと思います。そして一般の労働市場では社会的弱者が増大する一方、働く場所がない。それによって社会的排除や孤立が一層進んでいるのだろうと思います。

16ページです。

このため、ソーシャルファームというものが絶対に必要であり、これによってソーシャルインクルージョンを実現させる。これがイタリアの社会的協同組合法に目的として明記されているわけです。確実にですね、そして地域社会の中で精神障害者もしっかりと一般の市民と一緒に生活をする。まさにソーシャルインクルージョンが果たされていると思っているわけであります。

ですから今回の調査で、彼らは常に「我々も一般の労働者の1人なんだ、一般の市民なんだ」ということを強調している。でも、日本の場合、私もソーシャルファームを作りましたけれども、地方自治体からどう言われたか。「障害者はいいですよ、他の人はみんな除外しないと。一般の人が働く? とんでもない、刑余者の人が働く? そんなものはうちは認められません。障害者だけですよ」というような指導をして、定款を変更してようやく認めていただいた。こういう状態が日本の場合は残念ながらある。同じようなことを経験された方はたくさんいらっしゃるだろうと思います。

ですから、繰り返しになりますけれども、単に障害者の就労の場を作るということだけにとどまらないで、その1人の人間、1人の労働者として社会の中で生活していく。そして生涯を、人生を全うする。これが目的なわけであります。

②、そしてこれらソーシャルファームは、いわば日本の経済・社会における機能として、一般企業と競争するわけです。いわば企業と同格な運営をする。イタリアでは社会的経済、ソーシャルエコノミーという形で、社会・経済構造の中で一定の地位を占めているわけであります。いわばこれはですね、私もコープみらいの理事を長く務めておりますけれども、今では購買生協は、十分、例えばイトーヨーカドーや西友と戦ってやっているんですね。それと全く同じようなものにソーシャルファームがなってくるんだろうと思います。

ロ)富の創造。つまり単に消費するだけではなくて、ソーシャルファームが富、GDPに貢献してくる。韓国では「生産型福祉」ということで既に1,700社ができているということですけれども、富のGDPに貢献をしていくわけであります。

17ページです。

それがベンチャービジネスとして地域の産業を興していくということもイタリアでは起こっているわけであります。後ろの方に資料としてつけましたけれども、主要参考文献の中に大阪市立大学での調査があります。なぜイタリアの社会的協同組合を調査したかというと、大阪市の中小企業が元気がない。地域が元気ない。そのために社会的協同組合の手法を使おうということで研究をされたと聞いております。

そして③ですけれども、社会サービスの多元化。つまり現在は公的な援助がだんだん、だんだん財政上の理由、専門家がいないということで縮小しているのが世界的な傾向であります。その空白を埋めていく、それを補完していく第2のセーフティーネットとしてソーシャルファームというものがあるんだろうと思います。

(2)、今までは日本の経済・社会的な構造の中でのソーシャルファームでしたけれども、今度はもっと狭く、いわば福祉の分野としてソーシャルファームは社会サービスとして機能する。つまりソーシャルファームでは生活の訓練、職業訓練、あるいは機能訓練、そのような機能を持たせるというのもソーシャルファームの特色であります。

2ですけれども、それでは対象者をどう考えるべきか。これはできるだけ広く考えなければいけないだろうというのが私の考えであります。

イタリアは他国に比べて幅広い考え方をとっていました。私はどうしても対象者を広くとりたいんだけれども、例えば公的な援助の関係上、限定せざるを得ないという場合であっても、ソーシャルファームは他の、仮に対象にならない社会的な不利な人も、積極的に入れていく。公的な援助の対象にはならないけれどもそのような人を入れていくということも必要でしょうし、それから、言うまでもなく一般の労働者も、イタリアの場合は最大70%が一般の労働者ですから、こういう人たちも一緒になって働く。そうでなければ意義は乏しいわけであります。

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対象者の割合は常識に言えば30%ではないのかなと思います。

事業主体としては、日本の場合にはいろいろな団体があります。これを活用していくことになると思いますけれども、ソーシャルファームとしての認定というのは公的な支援を行うためには必要である。都道府県が認定するのが適当かなと思います。

ただし、指定を受けられない、受けようとしない団体もあるでしょう。そういう場合であっても、指定を受けないソーシャルファームとして育てていくということもやはり重要ではないかと思っております。

4、ソーシャルファームの経営ですけれども、やはりこれは、一般企業と同様の経営手法をし、利潤を上げていく。これがイタリアでは十分なされている。そのために事業内容としてやはり需要が拡大する分野をやる。それから従事者の適性に合致する事業。市場競争の中で成立するもの。こういう分野をやっていくということが重要だと思います。

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そのためには、質と価値、質と価格ですね。良いものをより安く、そういう工夫が必要である。イタリアでも、例えば十分な職業訓練、情報処理業をやっていました。コンピュータを使いこなす、そのための職業訓練。独自性。これはソーシャルファームでなければできないというものを作る。例えばなんと演劇をやっている。放送局までやっている。それからデザインをやっています。

それから得意なのはやはり労働集約的なもの。今、一般企業が苦手な労働集約的なもの。有機農法や園芸農業、ビル清掃などが得意なところであります。

ニッチな分野。それから競争が少ない分野をあえてやっていく。このようなことをして価格と質で勝負をしていくことが重要だと思っています。

人事管理は、労働時間・給料を含めて一般の労働者と同じにしなければソーシャルファームの意味がないわけです。

公的な支援。これは非常に関心があるところですが、後ほど寺島先生がお話になります。私は基本的にはやはり何らかのしっかりとした枠組みの公的支援が必要だと思っております。

最後に、7ですけれども、日本型ソーシャルファームを発展させるためには、やはり日本型ソーシャルファームの概念を明確化していく。さらには法的・財政措置の整備。現在、議員立法なり東京都の方で検討していただいておりますけれども、法的な制度、財政的な制度を整備する。そしてソーシャルファームの普及・拡大を図っていくということが重要だと思っております。

以上、私の方からお話をいたしました。皆さま方多分、現状を交えての話をお聞きした方がよろしいと思いますので、これは後ほどのお2人にお任せしたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。