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売れるものを創る
―知的障害者による商品としての芸術作品作りー

(財)日本障害者リハビリテーション協会

項目 内容
備考 Webマガジン ディスアビリティー・ワールド 2002年8月号掲載

 日本古来の和紙に季節の植物をダイナミックにアレンジし、作り出された数々の作品が、知的障害者による作品としてではなく、本物の芸術作品としての価値を認められ大手のデパートで、飛ぶように売れている。

 売れるものを作る。紙好き工房「空と海」の創始者、奥野長流水(ちょうりゅうすい)さんと大野待子さんの単刀直入すぎるこの発想は、日本の福祉作業所にはなじまないかもしれない。しかし、生活の糧として真剣に製作した芸術品はお客に喜ばれるものを探しているバイヤーの目に留まり、毎年全国のデパートで展示販売会が行われている。デパートでは、知的障害者が作ったということには、いっさいふれていない。良いものだから、買っていく。1996年、東京都新宿区にオープンした高島屋新宿店は、もっとも人出の多い5月の連休に「空と海」の展示販売を行い、驚異的な売上を記録した。毎年、東京周辺をはじめ、全国のデパートで展示販売会が行われている。

自然素材の和紙を利用したランプ1
自然素材の和紙を利用したランプ2
和紙を利用したクッション

 このような成功を収めた背景には、創始者であり、芸術家である奥野さんと大野さんの真剣な取り組みがあった。奥野さんは高校を卒業した後、高野山のお寺で僧侶になるべく修行を4年間積み、その間に書を学んだ。その後、高校教師時代にアジアで紙すきを勉強した。その頃、イギリスで障害者の水泳指導を学んだ方の論文を読んで、感銘を受け、上京して、スイミングスクールで障害者に水泳の指導を始めるようになった。20年前のことだ。そこで同じく障害者に水泳指導をしていた、画家でカラーコーディネーターの大野さんと出会い、2人で障害者スイミングクラスを受け持つことになった。そのときの父兄から、知的障害者が学校を出た後、行き場所がないと悩みを打ち明けられた。それから、2人の障害者施設の研究が始った。約10年間の試行錯誤を経て、2人の才能と経験を生かし、立ち上げたのが紙好き工房「空と海」だった。

現在15歳~38歳の知的障害者が24人通っている。養護学校を終えた彼らの行き場所を親は必死で探した。単なる生きがいではなく、生活の糧としての技術を身につけて欲しい。切実な親の願いがあった。全国の施設を訪ね歩き、ここに入れるためにわざわざ引っ越してきた家庭もある。現在は3つの作業所とショールームがあり、職員4人、非常勤2人、近所のボランティア約20人と父兄の協力で運営されている。ウェブデザインが得意な父兄により、ホームページもできた。

 作業は、ひとつの工程をひとりが受け持つ。優れた作品にするため、ひとつのパートを完璧に、責任を持って仕上げる。材料はタイや秩父の小川村から買い付けた楮を使う。水槽に沈めた木枠の中で、楮の繊維を手で薄く広げ、ここに、野山で見つけた季節の木の実や草花を漉き込んで、天日で乾かし、タペストリー、ランプシェード、コースターなどを作る。また、帽子、バッグ、座布団などとても和紙で作ったとは思えないような作品を自由な発想で生み出し、現在では40種類以上の製品を創り出している。和紙にミックスする素材としては麻、黄砂、赤土、柿渋や着物に使う染料など様々だ。上から漆を縫ったバックなどもある。機織専門家佐藤敬子さんの指導で、和紙を横糸にした機織で作った、大きなタペストリーは圧巻だ。完成品が出来上がった時の彼らの感激はひとしおだ。

ふくろうをモチーフにした掛軸
和紙のバスケット

 ここで働く障害者たちは、朝8時45分には来て、まず体操を始める。仕事以外には、専門家による算数、ことば、音楽、絵画教室も組み込まれている。金曜日には、水泳トレーニングがあり、月に2回はカヌーを楽しみ、1年に1回江戸川で行われるレースにも出場する。冬はクロスカントリー、夏はキャンプに出かける。仕事に対する意欲は、仲間との野外での充実した余暇活動を通して、高められる。

 製品の売上と、6年前から千葉県と船橋市から出るようになった補助金は、知的障害者の給料、材料費、工房の運営費に費やされ、ほとんど残らない。法人化すれば、財政面で楽になり、新しい施設を作ることもできるが、あえて法人化しないのは、自力で、真剣に芸術を確立させ、生活の糧にしたいというこだわりがあるからだ。毎年、給料を上げ、ボーナスを年に2回支給している。

奥野さんと大野さんの挑戦はまだまだ続く。知的障害者と2人の才能を結集して、あくまでも商売として成り立つ芸術作品を創り続ける。それと同時に、ライフワークとして、スポーツや音楽を楽しむ。将来は、障害者、健常者の区別なく、物造りをする人がいつでも集えるホテルのようなスペースを作ることだ。