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IT時代に生きる
ーパソコンを活用して盲ろう者の世界が広がるー

門川紳一郎
NPO法人 視聴覚二重障害者福祉センターすまいる 理事長

項目 内容
備考 Webマガジン ディスアビリティー・ワールド 2004年8月号掲載
ご自身も視聴覚二重障害者である門川紳一郎氏に盲ろう者の視点から日本での実践を報告していただいた。

 「IT(情報技術)革命」が叫ばれるようになって数年が経ちます。そして、今現在、ITは誰にとっても 、-高齢者から若者まで-身近なものになりつつあります。パソコンや携帯電話から、はては、券売機 や金融機関のATM(現金自動預け払い機)まで、幅広い分野において「IT革命」の波は押し寄せてきています。

 一昔前だったら、パソコンは高価で難しいもの、インターネットどころか電子メールでさえも一部のオタク族のやる事としてしか見られていませんでした。それが今では、パソコンは各家庭に1台はあり 、多くの人が携帯電話を持つ時代になりました。そして、コンピューターのネットワーク技術はパソコ ンや携帯電話だけでなく、駅の券売機や金融機関のATMに代表されるような不特定多数の人々が利用す る公共機関にまで広がってきています。ITの世界には、デジタル放送やICレコーダーなどいろんなもの がありますが、「IT革命」の象徴はやはりパソコンや携帯電話でしょう。なぜなら、パソコンや携帯電 話からインターネットや電子メールが出来、いつでもどこからでも情報を手にいれることが出来、メー ルアドレスさえあれば誰とでもコミュニケーションが出来てしまい、まさに、「革命的」だと言えるか らです。パソコンや携帯電話は人々の生活習慣、ライフスタイルに大きく影響を及ぼしました。車内や 町の中では、他人に迷惑がかかるのを気にもとめずに平気で電話をかけるなど、マナーの変化が目立ち ます。人々のマナーの変化などの問題点はあるものの、パソコンや携帯電話の発達と普及のおかげで、 電子メールやインターネットの活用によって人々のライフスタイルが良い方向へと大きく変化した人た ちもいます。私も、パソコンをフルに活用している一人で、インターネットでニュース情報を見たりシ ョッピングやバンキングをしたり、スキャナーを使って読書したり名刺などの管理をするなど、幅広く 活用しています。さらに、ホームページを作って公開するなど、パソコンを使って情報の発信にも勤め ています。

盲ろう者とIT

 盲ろう者とは、目と耳の両方に同時に障害を併せ持っている人たちの事で、より具体的には、「視覚 ・聴覚二重障害者」とも言います。盲ろう者は見ることも聞くことも出来ませんから、コミュニケーシ ョンが難しく、情報を取り入れるのさえも大変難困難です。ある盲ろう者は手話が唯一のコミュニケー ション手段で、また別の盲ろう者にとっては手のひらなどにゆっくり言葉をつづってもらう事によって 、会話がやっと成り立つという人もいます。こうした盲ろう者の数は全国に約1万3千人と推計されてい ます。

 盲ろう者は見る事も聞く事も出来ませんから、コミュニケーションと情報が大変大きなバリアとなっています。コミュニケーションが出来ない事は、人との会話がうまくいかず、ストレスがたまっていき ます。また情報を知る事が出来ない事は、時代から取り残されてしまいます。極端な言い方をすれば、 今現在の時刻も天気も分からず一人ぽつんと暗闇の中で過ごしているといったイメージです。

 幸い、こうした盲ろう者に対して徐々にではありますが、社会の支援が得られるようになってきまし た。コミュニケーションや情報を保障するための「盲ろう者向け通訳者」の養成・派遣が制度化され、 そのおかげで社会に出て行く盲ろう者が増えてきました。

 また、盲ろう者の世界にもパソコンは入り込み始め、IT社会からはじき出されまいと、パソコンを学 ぼうとする盲ろう者が年々増えてきています。残念ながら、盲ろう者とパソコンに関する実態調査は行 われていないため、どれだけの盲ろう者がパソコンを利用しているのかは不明ですが、私が主催してい る、盲ろう者を対象としたデイ・サービスセンターNPO法人視聴覚二重障害者福祉センターすまいるで のパソコン講習の状況からも、毎年多くの盲ろう者が電子メールに挑戦しています。

 盲ろう者にとってパソコンの利便性は高いので、様々な面でパソコンに助けられていると言っても言い過ぎではありません。私も含め、パソコンを活用している多くの盲ろう者がよく口にする事です。「 パソコンのない生活は考えられない」というくらいに、今はパソコンは盲ろう者の生活必需品となって いるのです。それはやはり、電子メールによるコミュニケーションやインターネットでいろんな情報を 知ることが出来るからです。盲ろう者は、コミュニケーションを求め、情報に飢えているのです。

 ところで、盲ろう者がパソコンを操作するには、まず、画面の文字を拡大したり、あるいは、点字で出力しなければなりません。そのためには、画面拡大ソフトや点字の形で出力するためのピンディスプ レイなどが必要です。特にピンディスプレイは大変高価な物で、盲ろう者の多くは年金生活ですから、 個人で購入するのは非常に苦しいものです。幸い、1999年より国は該当する盲ろう者にはピンディスプ レイを支給する事業を制度化し、その後、2001年には「情報バリアフリー化支援事業」をスタートさせ 、画面拡大ソフトなど必要なソフトや周辺機器の購入の一部を補助する事業を実施しました。しかし、 国が実施しているこれらの事業は決して十分なものとは言えません。なぜなら、ピンディスプレイの支 給は一回限りなので、故障した場合は(ピンディスプレイもパソコンも、生き物と同じように寿命がき たら故障してしまうものです!)自分で購入しなければならないし、また拡大ソフトなどの「バリアフ リー化支援事業」は「一部補助」のため、当然自己負担分が発生するのです。ですから、盲ろう者がパ ソコンショップなどでパソコンを購入しても、実際に操作するためにはさらにいくらかのコストがかかるのです。

 しかし、ピンディスプレイや拡大ソフトを手に入れ、パソコンが操作できる環境を整えてしまえば、 もう天国!パソコンから受ける恩恵は大した物だと思います。人の手を借りずに、好きなだけコミュニ ケーションの世界に浸り、欲しいだけ好きな情報を一日中探す事が出来、これまでに味わった事のない 素晴らしい体験が出来てしまうのです。中には、パソコンのインターネットが結んだ、「インターネッ トカップル」を実現させた盲ろう者もいます。

盲ろう者のパソコン学習支援環境

 マスターさえしてしまえば、パソコンは盲ろう者にとって便利なIT機器ですが、マスターするまでの道のりは大変険しいものです。その理由は次のように集約することができると思います。

1.Windowsパソコンは画像や図形などが多様され、それらをマウス操作するのが一般的となっていること。

 現時点では、特に画面の情報を点字で出力して読み取っている盲ろう者にはマウス操作や画像などの 理解は困難です。また、最近のパソコンは映像や音楽を楽しめるものが主流になっています。映像も音楽も今の技術では盲ろう者が自力で楽しむ事はできません。このまま進歩していくと、盲ろう者はます ます取り残されてしまう恐れがあります。スクリーンリーダーの限界も大きな原因でもありますが、パソコンのメーカー側が盲ろう者のような情報アクセス困難者の存在を意識していない事が主因だと考え られるでしょう。

2.盲ろう者にパソコンを指導できるインストラクターが少ないこと。

 盲ろう者に理解のあるパソコンインストラクターは潜在的に不足しています。パソコンの知識を持っ ていても、盲ろう者のコミュニケーションニーズを理解していなければならないのです。盲ろう者のコミュニケーションニーズを最もよく理解しているのは、盲ろう者自身でしょう。見えず聞こえない環境に置かれ、もがき苦しみながら生きてきている盲ろう者は、自分のコミュニケーション手段の獲得までどれほど苦労してきた事でしょう。コミュニケーションの手段(この場合は、手話や点字などのコミュ ニケーション手段)のみならず、パソコンの操作方法の習得にも多くのハードルを乗り越えてきていま す。このような盲ろう者こそがインストラクターとして活躍していくにふさわしい存在だと言えます。

 なお、外国に目を向けると、アメリカやスウェーデンなどで、盲ろう者主体のパソコン講習を実施しています。アメリカでは、ヘレン・ケラー・ナショナルセンターにおいて、自ら盲ろう者でありながら テクノロジー部門の部長を務めている専門家がいます。また、スウェーデンにはエクスコンプという名 の所謂パソコン教室のような会社があり、ここのスタッフは9割が盲ろう者だといいます。

3.アフター・サービスを提供できるようなサポートセンターがない。

 せっかくパソコンをマスターしても、予期せぬトラブルのためパソコンが動かなくなったりした時のサポートが得られにくいのが現状です。一般のパソコンユーザーなら買った店に持っていって修理をし てもらうだけで済むでしょうが、盲ろう者の場合は拡大画面であったり点字ピンディスプレイ使用のた め、一般のパソコンショップではどうすることもできない場合があります。
そのため、一度動かなくなってしまうとしばらくの間電子メールなどができなくなりいらいらが募っていきます。

ITを活用して-パソコンは盲ろう者の就労に繋がる

 盲ろう者がパソコンを習得する過程で3つの大きな問題点がある事を述べました。これらの問題解決を探る中で、私は次の3つを実現したいと考えています。そして、これらはどれも盲ろう者自身にできる事でもあり、将来的には盲ろう者の新しい職業分野として定着していく事を願っています。

 まず、第一に、ソフトの開発です。これは、エンジニア・プログラマーが盲ろう者自身であればまずいうことないのですが、そうでない場合でも、盲ろう者とプログラマーが一体となって盲ろう者が使えるソフトを開発していきます。すまいるでは実際ソフトの開発事業を始めています。すまいるで最初に開発したソフトは、電子メールやインターネットをごく簡単な操作で行うことができるというソフトで す。このソフト、イージーパッドのおかげで、この1年間で沢山の盲ろう者が電子メールを始めました 。

盲ろうの青年がパソコンを使っている写真

 次に、盲ろう者のインストラクターを養成することです。盲ろう者が盲ろう者を指導することは、ピア・トレーニングとかピア・インストラクションなどと言う様に、お互い励ましあい、支えあい、譲り合う心が芽生えてきます。教える側は、逆に教えられ、指導を受ける側は自信をつけて、インストラク ターを目指そうとします。盲ろう者が何かに対して自信を持つ事は、あまりにも消極的な盲ろう者が多 い中で、非常に意義のある事です。

 そして三つ目として、是非実現したい事は、盲ろう者向けのパソコン教室を作る事です。そのためには、盲ろうインストラクターを揃え、マニュアルを作成し、人件費などの予算を確保しなければなりません。これがもし実現出来たなら、盲ろう者が働ける新しい環境がひとつ誕生することになるでしょう 。

また、社会の理解、特に盲ろう者であっても働けるんだということへの理解があれば、明日から、いや、今すぐにでもはじめられることです。
そして、盲ろう者が働く環境とそれを支える財政支援を求めています。
社会の理解を得るためには、パソコンを活用したITがどんなに盲ろう者にとって便利で有効なものであるかを盲ろう者自信が積極的にアピールしていきましょう。

参考

NPO法人視聴覚二重障害者福祉センターすまいる
 盲ろう者のデイ・サービスをはじめ、日常生活動作訓練、パソコン講座、レクリエーションなどを行っている施設で、盲ろう者が運営しています。
URL:http://www.deafblind-smile.org/
email:db.smile-osaka@nifty.com

ヘレンケラー・ナショナルセンター
 米国の盲ろう者専門総合リハビリテーションセンター
URL:http://www.hknc.org

エクスコンプ(ExKomp)
 エクスコンプはスウェーデンの盲ろう者のためのパソコンコミュニケーションにおける教育の専門家です。希望に応じて盲ろう者と関わりを持つ人たちに教育を提供することも出来ます。彼らにも教育を受ける必要があります。補助器具のアドバイザー、家族や親戚、その他にも沢山の人が教育 を必要としています。
URL:http://www.exkomp.nu