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CBID研修プログラム開発事業2016年報告書

3-4 『包括的な視点を常に活動の中に取り込みながら実践する』

一般社団法人草の根ささえあいプロジェクト 代表 渡辺 ゆりか
特定非営利活動法人起業支援ネット 副代表理事 鈴木 直也

~CBRマトリックスを使った診断とビジョンづくりの有効性~

CBID研修プログラムではCBRマトリックスの考え方をベースに、様々な形で包括的な視点が保たれるような工夫がされている。CBRマトリックスは障害のある人や困難を抱える人の置かれた状況を包括的に見るためのツールであり、個人レベル、事業所や団体レベル、地域の社会包摂度診断にも使えるものである。CBIDを実践するための事業計画を作成する時も、ワークシートとしてCBRマトリックスを活用している。

図 CBRマトリックステキスト

左の図がCBRマトリックスである。大きく保健、教育、生計、社会、エンパワメントの5つの項目に分かれていて、更に一つひとつの項目に対して5つの要素がある。

この25の要素で現状や活動、結果などを診断することができる。

事業計画ではコミュニティの現状をCBRマトリックスを用いて分析する。診断のテーマは2つ。

1つ目は、25の要素が誰に対しても機会が開かれているかどうか。そして2つ目は要素の質が担保されているかどうかである。こうして包括的に地域を診断することで、地域の強みや弱みが発見できる。

また、CBRマトリックスは、コミュニティの視点だけではなく「個人の視点」でも診断ツールとして活用が可能である。当事者にとって25の要素が充足しているのか、不足しているのかを診断することで、個人の生活上の課題を様々な角度から把握することができる。同じ地域に住んでいても、個人が使える資源には大きな差があり、一人ひとりかなり違った診断結果になる。そこを見逃さないことがとても重要な視点となる。いくら地域に資源があっても、当事者が使えていなければ、本人にとてっては無いのと同じである。地域にあって個人に無いということは、個人がアクセスする時に何らかのバリアーが存在しているということである。そのバリアーを取り除かない限り生活の課題は解決しないであろう。

そして、この現状をどう変えていくか、つまり個人の未来のビジョンについてもCBRマトリックスで表わすことができる。どの要素を強化していくのかが一目でわかるため、関係者とビジョンを共有する時にも有効なツールとなる。また、その状況にあわせた支援の内容や優先順位も共有しやすいため具体的な行動に落とし込みやすいというメリットがある。

CBIDを実践するための事業計画では、最終的に3年後の地域の姿をCBRマトリックスで表す。これは、個人のビジョンをひとり一人達成していく時に地域がどう変わっていくかをイメージするものである。地域にばかり目がいっては、当事者が取り残される危険性がある。個人の延長線上に地域があり、誰かのために良くしようと変えた地域が、結果として他の誰かの為になっているという好循環を作っていくことが重要である。CBRマトリックスを活用することで、この好循環をイメージしながら実践することがポイントとなるであろう。

~CBRマトリックスを応用することで更に活用の幅が広がる~

CBRマトリックスの視点は、CBID研修の中心プログラムである「できることもちよりワークショップ」の中でも応用されている。できることもちよりワークショップは、ひとりの困りごと(事例)に対して、参加者ができることを持ち寄り、それを付箋に書いて貼っていくという流れになっている。この時、付箋を整理していくために、CBRマトリックスを応用した要素を活用する。

CBRマトリックスは生活の質にとって必要な機能に主眼が置かれているが、ここでは悩みやニーズに対する支援という視点で、CBRマトリックスの要素を変換している。

下の表がその要素をまとめたもので、全27の要素に分かれている。

悩み・ニーズ 悩みやニーズに対して提供できる支援
仕事 就労の支援 働く機会の提供 起業・自営の支援
住居・居宅 住居の確保 訪問支援 身辺の世話・見守り
日常生活 コミュニケーションの支援 家庭の支援 権利擁護
お金 公的給付の受給サポート 貸付(サポート) 多重債務の支援
病気 医療・看護 予防・リハビリ 入退院の支援
教育 発達支援 学校 インフォーマル教育
交流活動 居場所の提供 移動の支援 余暇の支援
社会参加 自助グループの支援 地域・政治・企業とのつながり支援 人材の育成
法律・手続き 制度利用の相談 申請手続きの支援 被害に関するサポート

ひとりの困りごとに対して出来ることを出していく時、思いつかない視点もあり、なかなか包括的な支援とはならない。しかし上記の27の要素で整理していくことで、足りない視点に気づき、徐々に包括的な支援となっていく。

ワークショップではグループ内で支援が出てこない要素に対して、参加者全体から支援を求める時間が用意されている。多様な参加者がいればいるほど、求められた支援に対して「できること」は集まってくる。一人では難しいと感じたことも、数人がグループになって知恵を絞れば出来ることは結構あるという意識に変わる。そしてグループのメンバーだけでは困難だと手詰まり感を感じても、参加者全体で持ち寄れば、どんな困難なことでも何とかなるという雰囲気が全体に充ちてくるのである。

「誰一人取り残さない社会」を目指すとき、『多様性』と『包括性』の視点は極めて重要である。このワークショップでは、参加者を集める段階から27の要素を意識して多様な参加者が集まる様に仕掛けている。そして、多様な参加者から包括的な意見やアイデアを引き出すために27の要素が重要な役割を果たすのである。“専門”をベースに考えるのではく、“地域”をベースに考えるのがCBIDであるとすれば、地域が本来持っている多様性と包括性の可能性をどれだけ引き出せるかが重要であり、その意味においてCBRマトリックスの視点と活用は効果的である。