音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

CBID研修プログラム開発事業2016年報告書

3-5 地域の「できることもちより力=相互支援力」の開発

NPO法人起業支援ネット 副代表理事 鈴木 直也

~地域の潜在力と高まる地域の“役立ち”ニーズ~

ワンデイ・シェフ・レストランというのがある。地域の主婦などが日替わりで一日だけのシェフになって自慢の一品をランチで提供するというものである。プロではないから、たくさんのメニューを用意することはできない。しかし1日だけ、1品だけならお客さんを笑顔にする料理が提供できるというのである。地域のひとり一人の中に“できること”がまだたくさん眠っている。どうすればその力を引き出すことができるのだろうか? このワンデイ・シェフ・システムの考案者は、コーディネーターの存在の重要性を説いている。そして、コーディネーターの重要な仕事とは「相互支援のしくみづくり」だという。ポイントは「お金で解決しないこと」。お金以外の手段で問題を解決しようとすることで、多くの人達を巻き込み、できることを持ち寄ることができる、と語っている。

内閣府「国民生活選好度調査」(2007年)によると、近所に生活面で協力し合う人が一人もいない人の割合が65.7%である一方、困ったときに助け合いたいと思っている人の割合は68.1%(※)で、住民のニーズと現実に大きな隔たりがあることが確認できる。また社会貢献の意識は年々高まりをみせ、1986年にはほぼ同じだった「社会のために役立ちたいと思っている」と「あまり考えていない」の割合が、2015年にはそれぞれ、65.0%、32.4%(※)となっており、約2/3の人が社会のために役立ちたいと思っている。具体的には「社会福祉に関する活動」を挙げた人の割合が一番高く(35.1%)、続いて「町内会などの地域活動(32.9%)」(※)が挙げられている。つまり社会福祉に対する貢献ニーズをどう具体的な活動に結び付けていくかが重要な鍵となっている。

~“できることもちよりワークショップ”が拓く地域の可能性~

本プロジェクトは「地域のつながり」という抽象的なテーマを、どうやって具体的に提案し、実践の土壌を作っていけるかというチャレンジである。

よく「困っている人がいたら助けましょう」「見て見ぬふりをしてはいけません」と言われるが、実際は、①困っている人にあうことが稀である、②困った人を誰かが助けている姿を見たことがない、③もし困った人にあってもどう助ければ良いかわからない、というのが実情ではないだろうか。本プロジェクトの中心的なプログラムである「できることもちよりワークショップ」は①困っている人の事例に挙げ、②参加者ができる限りの支援を出しあうことで、③実際に地域で困っている人に対して何らかの行動ができるようになる、ことを目指している。

ワークショップの参加者の多くは最初に事例を読んだ時、どうやって支援すればよいか全然思い浮かばなかったという。問題を解決しなければと思うばかりに、自分の能力では対処できることがないと感じてしまうからである。しかし他の参加者が、直接問題解決にはつながらなくても「少しでも困っている人の助けになれば」と思って出した支援に触れる中で、「それなら自分にもできることがある」と思い始め、前向きに参加できるようになってくる。どんな小さなことでも自分のできることが、誰かの役に立つかもしれない。そう考えることで、参加者の「できること」が持ち寄られ、困りごとを解決する支援というより、困った人を包み込んでいくような支援が集まってくるのである。

困りごとを抱えている人は、その困難さ故に様々な制約が生じてしまい、徐々に地域から孤立してしまう傾向にある。孤立することで問題が重層化して、困難さが更に増してしまう。困難さが大きければ大きいほど、素人では手に負えないという意識が働き、更に孤立してしまうという悪循環に陥る。すぐに問題解決ができない時、大切なことは問題解決に寄り添ってくれる人の存在である。どんな些細なことでも少しでも役に立つことを持ち寄ることが大きな力になる。

ワークショップの参加者は福祉的な仕事に就いてフォーマルな支援をしている専門家や事業従事者に加えて、行政関係者、教育関係者、地域の企業関係者、自治会の関係者など、多様な人々が集まる様に設計されている。福祉以外の関係者からみると、福祉の専門的な支援(フォーマルな支援)を知る機会になり、福祉関係者からからみると、地域にあるインフォーマルな支援の可能性を知ることになる。

フォーマルな支援とインフォーマルな支援の両方が上手く機能してこそ、困っている人の暮らしは改善していく。困っている人を中心にしながら、地域の多様な人がつながることで地域の可能性が引き出されていく仕掛けがこのワークショップには組み込まれている。また、専門家は自分の専門的な能力で問題の解決をはかるのが職業であるため、自身が持つインフォーマルな「できること」に目が向きにくい。しかしワークショップに参加することで、自らのインフォーマルな支援の可能性に気づくことができ、支援者としての能力が開発されていくことも期待できる。

~“助け合い文化”を地域に根付かせていくために~

地域のつながりは支援する側の人間だけでは実現しない。支援される側の人がいてこそ、つながりに意味が芽生え、現実的なものとなっていく。また支援する側だった人も、いつ何時支援を受ける側になるかわからないのである。いつか必ず、これまでの支援によって網羅されてきた地域のつながりに助けられる日が来るはずである。つまり支援される側の人は、大きな時間軸で考えれば間接的に支援する側に立っているとも言え、時間差の相互支援が成り立っている。

「情けは人の為ならず」という言葉を誤解して、「人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない」という考え方もある様であるが、それでは地域はつながれないだろう。本来の意味である「人に情けをかけるのは、その人の為になるばかりでなく、やがては巡り巡って自分に返ってくる」ということが信じられる地域かどうかが問われている。地域(コミュニティ)に現実感があれば、誰かを助けることは長期的に自らの身を助けることであり、困っている人を“困った人”だとみなして孤立させるようなことは起きないだろう。

結局、地域という実につかみどころがなく曖昧なものを信じることができるかどうかが問われており、“まちづくり”の要諦は“まちを信じる力づくり”にあると言えるのではないか。いざという時には助けてくれる、そんな文化をどうやって育てていくのか? まちづくりに対する前向きな意識をどうやって醸成していくのか? そして自立発展的な貢献をどうやって引き出すのか? 一朝一夕にとはいかないけれども、時間をかけて地道に取り組んでいく意義はあるだろう。

最初は避難訓練のような形態が一番効果的であろう。災害が起きた時に、迅速に避難できた地域は避難訓練をしっかりとやっていた地域であったという話を耳にする。避難訓練は文字通り、避難経路を覚え、災害時のパニック状態を抑制し、いざという時の手順を覚える為に行われる訓練であるが、それ以外にも、関わる人同士の信頼関係を構築する効果もあると考えられる。

地域の助け合いも、避難訓練の様に事前に体験しておくことで、いざという時の効果が期待できる。ワークショップの体験を通して、地域の「できることもちより力」の開発を行っておくことが、そこに暮らす人々の不安を軽減し、生活の質を向上していくことにつながるであろう。


 内閣府「社会意識に関する世論調査」(2015年)