音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

地域に根ざした共生社会の実現 CBID事例集

総括

はじめに

障害に関するアジア太平洋地域を含む国際的枠組みとして、障害者権利条約(2006)、CBRガイドライン(2010)、ミレニアム開発目標(2000)、国連アジア太平洋経済社会委員会の新アジア太平洋障害者の十年(2013-2022)の政策文書であるインチョン戦略(2012)等が挙げられます。

これらの国際的枠組みの目的は、CBID(Community-based Inclusive Development: 地域に根ざした共生社会の実現)の実践と考えられます。これは社会やコミュニティが、障害のある人をはじめとする、すべての脆弱な人々やグループを含めたインクルーシブなものに変わることを意味します。CBIDはまた、1970年代から途上国で取り組まれてきたCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)の現在の到達点でもあります。これまで主として海外で発展してきた取り組みという理解がされてきましたが、日本でもCBIDの考え方に基づく実践が存在していたことが今回の事例調査でわかってきました。

CBID事例集作成

アジア太平洋地域では、CBIDの好事例の収集を2014年から行っています。日本国内でも日本財団のご協力を得て、好事例収集を行った結果、さまざまな事例が明らかになりました。今回の事例収集ではCBRガイドラインのほか、特にCBIDを見る視点を取り入れました。CBIDを見る視点とは、地域の課題は何か、その解決のため動員しうる既存の地域の資源は何か、どういう資源・人材・ネットワークがあればいいか、関係者とのつながり、どのような変化が見られるか、フォーマルとインフォーマルの支援、地域社会の人々への働きかけ等に着目することです。CBIDの事例収集作業を通して、それぞれ特徴のある取り組みがわかってきました。本事例集は、アジア太平洋地域と日本の好事例を通じて、お互いに理解しあい、他地域でも役立てていただこう、という期待をこめて作成されました。

事例調査収集の結果、日本全国にまたがる地域から10の好事例が選ばれました。そして、そのうちの一事例「草の根ささえあいプロジェクト」が日本の代表事例としてアジア太平洋CBR会議に提出されます。

選出された10の事例は、以下の団体や地域による取組です。

(1)特定非営利活動法人 いけま福祉支援センター(沖縄県宮古島市)

いけま福祉支援センターは、過疎化の進む小島で、高齢者の地域密着型の介護サービスを最初から作り出し、高齢者の知恵を生かした地域おこしへとつながる取り組みが注目されます。

(2)社会福祉法人 一麦会 麦の郷(和歌山県和歌山市)

麦の郷においては、制度をうまく使いながら、福祉の一大拠点を作り上げたことが特徴です。

(3)一般社団法人 草の根ささえあいプロジェクト(愛知県名古屋市)

草の根ささえあいプロジェクトでは、さまざまな支援団体のネットワークを構築しながら、サービスの網から漏れている人々の支援を行っています。都市において拠点を持たないネットワークとアウトリーチを活用した、斬新な取り組みです。国連の障害に関するニュースレターEnable(2014年4月号)にCBIDの好事例として紹介されています。

(4)社会福祉法人 こころん(福島県西白河郡泉崎村)

こころんの特徴として、農業の取り組みを通じて、精神障害のあるメンバーへの生活、就労、相談支援を行っており、ビジネスとしての視点がしっかり取り込まれています。

(5)社会福祉法人 JHC板橋会 クラブハウス サン・マリーナ(東京都板橋区)

サン・マリーナは、クラブハウス運動としての取り組みで、利用者と支援者の同等な立場を基本として、お互いに情報の共有が確保されていることが特徴です。

(6)チャイルドデイケア ほわわ(社会福祉法人 むそう)(東京都世田谷区)

ほわわでは、医療的なケアを必要とする0歳から6歳までの呼吸器が必要な子ども、気管切開や胃ろうなどの状態の子ども、さまざまな要因で医療対応が必要な子どもたちが、地域で生活する支援を提供しています。ここでのサービスは日本でもまだ数少ない、医療・看護・福祉が連携した取り組みです。

(7)のわみ相談所(愛知県一宮市)

のわみ相談所は、ホームレスを含むさまざまな人を対象に、当事者を中心にした学習会を開催し、生活保護に頼らない自立をめざした支援をしています。

(8)特定非営利活動法人 ハックの家(岩手県下閉伊郡田野畑村)

ハックの家の周辺は、まだコミュニィが残っているところであり、障害のある人もない人も普通に地域で生活しています。ハックの家は、周囲を巻き込み、また巻き込まれながら、地域のニーズ(高齢者の居場所、不登校児支援、子育て)に応え、互いに支え合う関係を確立し、震災後、他の地域ともつながりができています。

(9)東近江圏域働き・暮らし応援センター”Tekito”(滋賀県東近江市)

"Tekito”では、480社に及ぶ企業・事業所と連携し、障害のある人やひきこもりの人の就労と生活の支援をおこなっています。そして、市民活動が活発な東近江の地域特性を活かし、様々な企業・事務所・市民活動と出会う機会をつくりだしています。これらの出会いを通じて、障害分野以外の地域課題にも取り組んでいるのが”Tekito”の特徴です。

(10)社会福祉法人 むそう(愛知県半田市)

むそうは、どんなに障害が重くても地域で当たり前に生きていくことをめざして、総合的なサービス:「育む」「働く」「住む」「経験する」という4つの基本的な支援を軸に、子どもの成長を支え、成人から老年期までの暮らしにずっと寄り添った支援を提供しています。

CBRマトリックスとCBID

アジア太平洋地域の多くの途上国では、CBRという手法で障害のある人と家族の生活の質の向上が図られてきました。CBRが障害者権利条約の制定などにより進化したのがCBIDで、その具体的な内容は、CBRガイドライン(2010)に示されています。

総括 図1(図の内容)

それをわかりやすく包括的に示したのが、前ページにあるCBRマトリックスです。CBRマトリックスを使うと、地域づくりに関わる活動全体を包括的に見ることができます。

このCBRマトリックスは、実施してきた活動に社会的包摂がどこまで達成されているかを見るツールで、個人の人生の充足度、団体や事業所の活動診断、地域の診断にも使うことができます。今回の事例集では、各事例の活動をCBRマトリックス使って分析しました。マトリックスを使うことにより、活動の開始時と現時点での社会的包摂が達成される変化を見ること等ができます。

CBIDを見る視点

さて、今回の事例をまとめるために、CBIDを見る視点の概念図を作成しました。そしてその具体的な項目を次のように設定しました。A地域分類、B地域課題、Cインクルーシブの方法、D事業・プロジェクト運営〔財源、ネットワークを含む〕、Eエンパワメントの対象、F変化〔地域及び当事者(家族)を含む〕です。

図 CBID を見る視点
総括 図2(図の内容)

このCBIDの視点から、10の事例を分析してみましょう。

A 地域分類

内訳は、中核都市(3)、地方都市(4)、農(山漁)村(3)になっています。地域分類が大体3つの規模に平等に分布することから、取り組みが、農村部と都市部に均等に広がっていることがわかります。アジア太平洋地域の開発途上国においては、CBRの取り組みが農村部に多いことに比べると、日本の特徴が表れています。

B 地域課題

精神、知的障害のある人への対応から、医療的ニーズのある児童、要介護高齢者への介護サービス、ホームレス、東日本大震災後の課題、地域医療・地域福祉、ひきこもり、社会的に孤立した人々など、さまざまな地域課題に立ち向かっていることがわかります。アジア太平洋地域の途上国においては、障害のある人および貧困削減への対応が主であるのに対し、地域課題の多さも日本社会の特徴を表しているものと思われます。

C インクルーシブの方法

インクルーシブの方法も多岐にわたります。多くの取り組みが拠点を中心にして活動を展開していますが、「草の根ささえあいプロジェクト」のように、アウトリーチやコーディネートを中心にした取り組みもあります。また、地域のビジネス関係者を地域の資源としてうまく利用していたり、利用者や当事者のニーズや可能性をうまく引き出して事業に結びつける取り組みもあります。

D 事業・プロジェクト運営〔財源、ネットワークを含む〕

こちらも運営団体の規模が、社会福祉法人からNPO法人、そして法人化されてない団体など多岐にわたります。財源は、国の障害者福祉サービスや介護保険制度による報酬が一般的ですが、しかし近年の財源縮小の流れから、公的な制度の報酬に依存することなく、独自の社会的事業やコミュニティビジネスを立ち上げ、その収益などによりサービスの充実を図る取り組みが進められています。さらに、行政や地域の多種多様な組織とのネットワークも豊富に構築しています。国の財政的支援が当てにできなく、国外のNGOからの支援や地域の資源に依存することが多いアジア太平洋地域の開発途上国とは対照的です。

E エンパワメントの主な対象

多くの取り組みが精神障害、知的障害のある人々を対象にしています。また、児童や高齢者を対象にした取り組みもあります。さらにホームレスやひきこもりなど、社会的に孤立した人々などに対象範囲が拡大していることがわかります。これは、インクルーシブな社会をめざした取り組みのあらわれだと思われます。

F 変化〔地域及び当事者(家族)を含む〕

多くの取り組みが、エンパワメントの対象者(障害のある当事者、高齢者、社会的に孤立した者)に変化が生じたことを報告しています。さらに、地域の人々や取り組みが大きく変化したことも示しています。これは、CBIDを促進する戦略であるツイントラックアプローチ(当事者のエンパワメントと、当事者の地域へのメインストリーミング:本流化の2つの取り組み)が実現されていることを示しています。CBRの世界的権威者であるマヤ・トーマスさんは、日本の10の全ての事例がこのアプローチを実現しているため、CBIDの取り組みとして認知できると述べています。

さいごに

これまで日本には、CBRやCBID(地域に根ざした共生社会の実現)の取り組みは存在しないと思われてきましたが、今回の調査から、地域に根ざした共生社会の実現の多くの取り組みがあることがわかってきました。またこの取り組みは、他の国にもひけを取らないものです。日本は、経済の発展が順調なときは国民が総中流意識を持つという時代がありましたが、失われた90年代からグロバリゼーションの進む中で、さまざまな問題が噴出しています。非正規労働などを原因とする貧困問題やすでに深刻な少子高齢化社会の問題など、大きな政策課題となっています。しかしこれらの問題は、政策的な変革が求められる一方、地域での取り組みが重要になっています。地域を復興させることが、実はグロバリゼーションに対応する方策なのです。このような中、日本でも地域の課題を地域の人々が解決する形でCBIDの取り組みが生まれてきたのだと思われます。現在、日本のような先進国と開発途上国の差はなくなりつつあります。富の格差、貧困問題、地域の崩壊は、世界中の課題になりつつあります。今、このような共通な課題に立ち向かう取り組みを互いに学び合う、分かち合う時代になりました。CBIDも、世界中で共通の課題に取り組む共通な方策です。

今回のアジア太平洋CBR会議は、各国のCBIDの取り組みをお互いに発表し合いグッドプラクティスを共有していく、最良の機会になるでしょう。