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第一部:世界の状況

第1章:世界調査について

第1章世界調査について

インクルージョン・インターナショナルは、参加型の活動、調査研究の取り組み、そして世界調査の開発を通じて、知的障害のある人々とその家族が直面する重要課題を監視し、これについて報告する能力だけでなく、世界各地の地域社会の人々の知識と経験を引き出すことにより、政策と実践に貢献する能力も備えていることを実証してきた。私たちの目標は、地域の声を世界の改革へと結び付けることである。過去10年以上にわたり、私たちは、知的障害のある人々とその家族の専門知識と経験に依存する参加型実地研究の方法を開発し、強化してきた。いずれの報告も、知的障害のある人々とその家族が共有する意見を聞き取り、まとめたプロセスの集大成と言える。

2006年、インクルージョン・インターナショナルは初めて『貧困と障害に関する世界報告書(Global Report on Poverty and Disability)1』 を発行した。この報告書では貧困と障害の関係が明らかにされ、すべての国において、その国の社会経済状態にかかわらず、障害のある人々とその家族が貧しい割合は不釣合いに高いという現実が示された。「私たちは貧しいがゆえに、目に見えない存在なのです」という言葉が、報告書に掲載された知的障害のある人々とその家族からのメッセージであった。報告書では、国連ミレニアム開発目標に障害のある人々を含める必要性が指摘された。

女性の写真 2009年、「特別なニーズ教育に関するサラマンカ声明と行動の枠組み」の15周年を記念し、インクルージョン・インターナショナルは『インクルーシブな教育に関する世界報告書(Global Report on Inclusive Education)』2を発表した。報告書では、知的障害のある子どもは、世界各地で他の障害のある子どもよりも学校から疎外されていることが多く、また、多くの国において教育制度から完全に疎外されていることが確認された。報告書では「万人のための教育」の達成に向けた世界戦略に、障害のある子どもを含めるための基盤が示された。

2年前、インクルージョン・インターナショナルは、ベルリンにおける2010年世界会議で、障害者の権利条約第19条自立した生活及び地域社会におけるインクルージョンに関するグローバルキャンペーンを開始した。第19条キャンペーンの目的は、世界各地で地域社会における生活とインクルージョンが何を意味するのかを探り、これを達成する方法への理解を深めることであった。この報告書は、施設収容と、知的障害のある人々が地域社会で必要としている住宅、雇用及び教育などの支援に関する重要な調査研究を利用し、これを基に作成された。

国連障害者権利条約の草案作成プロセス自体も、障害のある人々の生活に影響を与える政策の決定と実践における、これらの人々の役割に関する考え方の変化を反映していた。障害者の権利条約の策定に利用されたのは、障害のある人々とその家族の専門知識であった。この結果、条約において、障害のある人々とその家族が、調査研究と政策の対象者から、これらに対する積極的な参加者へと、しっかりと位置づけし直されたのである。

地域社会における生活とインクルージョンの意味は、地域によってさまざまに異なる。各国の社会経済的現状は、リソースの利用可能性と供給、文化と伝統、地域社会における「自立生活」の概念とその理解などの点で大きく異なり、完全に異なっていることもしばしばある。地域社会における生活とインクルージョンがどのようなもので、どのように感じられているのかについては、その答えもイメージも一つではないことがわかっている。そこで私たちは、知的障害のある人々とその家族に目を向け、何がうまくいき、何がうまくいかないのか、また希望や夢、課題や懸念について、彼らの助言と知識を共有させてもらうことにした。知的障害のある人々とその家族に目を向けたのは、地域社会における生活とインクルージョンのイメージが一つではないからである。むしろそれは、何百万もの個々のイメージで、最終的には、専門家や政府、またはサービス提供者ではなく、知的障害のある人々とその家族によって作り上げられるものなのである。

私たちには、多様な視点と問題の複雑性を把握する方法とプロセスが必要であった。そこで、過去の世界報告書で採用された方法に基づき、知的障害のある人々とその家族からさまざまな形式で話(ストーリー)を集め、会員機関から国レベルの政策とデータに関する情報を収集し、地域、国及び地域社会の各レベルで、さまざまなグループに双方向の議論に参加してもらうプロセスが開発された。また、過去の報告書にかかわる経験から、寄せられた膨大な数の体験談をさらに活用する方法と、会員からの有意義な情報提供を、より一層支援する方法を学んだ。

インクルージョン・インターナショナルの地域組織(インクルージョン・アフリカ、インクルージョン・アジア太平洋、インクルージョン・ヨーロッパ、インクルージョン・インターアメリカーナ及びインクルージョン・中東・北アフリカ)、会員機関及びネットワークを通じて、知的障害のある人々とその家族に、直接手を差し伸べるプロセスが考案された。さらに、学術機関と政府官僚、人権関連のNGOs及び資金提供機関の見解と情報を得るために、これらと連携した。

若者の集合写真 インクルージョン・インターナショナルの調査研究は、以下の3つの問いに答えようとするものであった。

  1. 知的障害のある人々とその家族にとって、地域社会における生活とインクルージョンは何を意味するのか、また、これについてどのようなビジョンを持っているのか?
  2. 現状はどのようなものか、それはこのビジョンと比較してどうか?
  3. このビジョンを達成するために何をしなければならないか?

さまざまなプロセスを通じて、95を超える国の何千もの人々から情報が得られた。41カ国から詳細な国別プロフィールが、36カ国から個別の話(ストーリー)が、そして23カ国のフォーカスグループと5つの地域フォーラムから情報が寄せられた。

表1:情報源

国別調査話(ストーリー)フォーカスグループ情報提供機関
アフリカ 14
南北アメリカ 9
ヨーロッパ 9
中東・北アフリカ 4
アジア太平洋 5
36カ国
(知的障害のある人々とその家族)
23カ国 精神障害アドボカシーセンター(MDAC)
精神障害権利インターナショナル(MDRI)
メンタルヘルス・イニシアティブ(MHI)
国際障害同盟(IDA)
オープンソサエティ財団(OSF)
ハンディキャップ・インターナショナル
地域フォーラムと戦略会議協議及び国レベルのイニシアティブ
南北アメリカ地域フォーラム:
コロンビア 2010年11月

アフリカ地域フォーラム:
南アフリカ 2011年3月

ヨーロッパ地域フォーラム:
ポルトガル 2011年10月

アジア太平洋地域フォーラム:
ネパール 2011年11月

中東・北アフリカ地域フォーラム:
ヨルダン 2012年3月

南北アメリカ地域戦略会議:
メキシコ 2012年2月

アフリカ地域戦略会議:
ケニア 2012年3月

ヨーロッパ地域戦略会議:
ブリュッセル 2012年6月

95カ国 各国の大規模施設閉鎖の経験に関する協議 ブリュッセル 2012年6月

サルダリアガ・コンチャ財団(Fundaci?n Saldarriaga Concha)の試験的イニシアティブ:
コロンビアにおける障害のある子どもの施設介護に対する代替案の開発

ケニア知的障害者協会(Kenya Association for the Intellectually Handicapped)のパイロットイニシアティブ:
ケニアにおける地域社会による支援の開発

AKIMのパイロットイニシアティブ:
イスラエルにおける支援及びサービスを、よりインクルーシブな、地域社会中心のものへと変革

情報収集の方法

時間と人材及び財源の制約、多数の言語、そして地理的な障壁は、報告書作成に向けた情報収集の取り組みにおいて直面する課題のほんの一部にすぎないとわかっていたことから、報告書に寄与するための多角的な戦略が慎重に開発された。フォーカスグループやイベントが開催された国もあれば、既に連携し、グループを組織している人々を利用するため、焦点を絞った取り組みを既存のイベントに追加した国もあった。各地域の地域コーディネーターが、データ収集の開始と、現地の知的障害のある人々と家族への連絡を支援してくれた。

インクルージョン・インターナショナルは、各国の会員組織、連携機関、知的障害のある人々とその家族及び支援者に、以下を通じて調査研究に貢献するよう求めた。

  • フォーカスグループ‐各組織及び関係者に対し、知的障害のある人々とその家族によるディスカッションを主催し、どのような生活をしているのか、どこで生活しているのか、何かを変えたいと考えているかどうか、意見を聞くよう求めた。
  • 国別調査‐オンラインと書面で実施。調査は、国レベルの人口統計学的データ(利用可能・入手可能な場合)を収集し、地域社会におけるインクルージョン達成の重要な問題、課題と成功例の概略を提示することを目的としていた。
  • パイロットイニシアティブ‐地域社会における生活とインクルージョンを阻む障壁として認められた特別な課題に、一部の国と直接協力して取り組んだ。これらのイニシアティブには、コロンビアにおける障害のある子どもの施設における介護の代替案の開発、ケニアにおける地域社会による支援の開発、そしてイスラエルの会員機関AKIMによる、さらにインクルーシブな、地域社会中心の支援とサービスへの変革の検討に対する支援などが含まれる。
  • 話(ストーリー)の共有‐知的障害のある人々とその家族に対し、個人的な体験談の共有を求めた。口頭または書面による体験談や、詩、絵や写真及び映像の提供を通じて、生活の様子が示され、語られた。
  • 地域フォーラム‐インクルージョン・インターナショナル(II)は、5件の地域キャパシティ構築フォーラム(南北アメリカは2010年11月にコロンビアのボゴタで、アフリカは2011年3月に南アフリカ共和国のヨハネスブルグで、ヨーロッパは2011年10月にポルトガルのペニシェで、アジア太平洋は2011年11月にネパールのカトマンズで、中東・北アフリカは2012年3月にヨルダンのアンマンで)と、3件の戦略的地域会議(2012年2月にメキシコのメキシコシティーで、2012年3月にケニアのナイロビで、2012年5月にベルギーのブリュッセルで)を開催した。

会員機関と連携機関のプロセスへの参加を支援するために、特別なツールとリソースが開発された。キャンペーンと第19条の両方に関するプレゼンテーションが、インターネット上で、英語で利用できるようになり、さらに各地域や現地でも利用できるように、アラビア語、日本語、フランス語及びスペイン語に翻訳された3

地域キャパシティ構築フォーラム、地域戦略会議及びフォーカスグループは、知的障害のある人々とその家族から、世界の各地域に特有の問題について話を聞く機会となった。人々が集って経験を共有しあうプロセスを通じて、報告書への重要な情報と、インクルーシブな地域社会を築く戦略を開発する機会が、ともにもたらされた。

ボリビアでは次のような声を耳にした。「このイニシアティブは、知的障害のある人々の権利、この場合は、地域社会における生活の権利を認め、獲得するための、ファミリーや市民社会団体による長年にわたる数多くの抗議活動を明らかにすることに役立ちます。報告書への情報提供を試みる中で、書面で入手可能な、このテーマにかかわる情報は限られていること、そして、障害のある人々の団体が、その経験と良い実践を文書にし、他の人々と共有するのはまれであることを実感しました。良い実践の共有は、インクルージョン・インターナショナルによる介入の影響力を高めるでしょう。これにより、大陸間の境界と距離を解消し、さまざまな状況における体験と開発された戦略を利用し、影響力を一層強めることができるようになります。これは集団的な知識構築となり、寄せられたすべての情報は評価され、拡散されます。インクルージョン・インターナショナルのイニシアティブに祝福を!」

撮影風景 キャンペーンのツール、リソース及び資料4は、会員機関によって多くの方法で利用された。たとえば、ニュージーランド、アイルランド、ケニア、コロンビア及びニカラグアでは、国別プロフィールを作成するツールが利用され、このイニシアティブのために実施されたすべての活動をまとめた出版物が作成された。

コロンビアでは、バランキヤのファンダウン・カリブ(Fundown Caribe)が、個人的な話(ストーリー)に関する質問とフォーカスグループによる戦略を利用し、知的障害のある若者自身の人生を反映した身の上話の創作に、当事者本人とともに取り組んだ。ファンダウン・カリブはこの身の上話を共有し、これらの若者たちとの活動を継続している。

データ分析によって、国家間の共通点を発見し、さらに調査を進めることが可能となった。たとえばカナダ、アメリカ合衆国、ノルウェー、英国及びニュージーランドでは、大規模施設の閉鎖に関して同様な経験をしていた。これについて、各国の経験から得られた教訓を明らかにするために、特別会議が開催された。その結果は第7章に記載されている。

分析の結果、サービスと支援の欠如や、知的障害のある我が子が生涯にわたる支援と介護を家族に完全に依存していることに関して、南アメリカ、アフリカ、アジア及び中東の国々が同じような現実に直面していることも明らかになった。

地域社会における生活とインクルージョンに関するパイロットイニシアティブに、インクルージョン・インターナショナルが連携機関とともに取り組んでいる国では、地域社会の変革を中心となって進めている会員組織を支援し、地域社会の変革におけるファミリー組織の役割について、より一層理解を深めることができた。コロンビアでは、政府機関とともに、危機にある子どもたちのために現在実施されている施設におけるサービスの、代替案を模索している。また、イスラエルでは、ファミリーが中心となって運営している機関による、地域社会における生活促進に向けたサービス改革の取り組みを支援している。

地域での取り組み キャンペーンを通じて、また、インクルージョン・インターナショナルによるアプローチの結果、世界各地のさまざまな関係者からの、草の根レベル、国レベル、地域レベル及び国際レベルでの情報を収集することができた。すべての知的障害のある人々の声を聞き、理解するためには、さらなる努力が必要であることは理解している。参加型の方法を採用したとはいえ、この報告書は、知的障害のある人々全員の視点を完全に反映しているものではないと認めることは重要だと、私たちは感じている。このような人々の経験を含め、重大な支援のニーズを抱えている人々の声を含めるよう努めてはきたが、意思疎通に関してより大きな課題を抱えている人々や、施設で生活している人々については、今なお十分に対応できていない。

私たちの調査研究は、世界各地から生活の現状を語った声を集めた結果である。この報告書に見られるように、家族や本人の体験談と、地域社会における生活とインクルージョンを実現しようとする取り組みの成功と苦労の中に、データと知識があふれているのだ。