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第四部:インクルージョンを達成するために

第四部

第8章:変革とインクルージョン促進における家庭を基盤をする組織の役割

話し合っているところ

世界各地の知的障害のある人々とその家族は、生活面で大きな違いがあるにもかかわらず、共通の経験をしている。この報告書にまとめられているような経験を共有するプロセスを通じて、制度面の障壁について学び、共通の課題を明らかにすることが可能となる。さらに、それらの障壁を克服するには、どの戦略がうまくいくのかも学ぶことができる。そして、この共有知識を通じて、自国の課題の批判的な分析を行うための別の視点を、会員に提供することができる。地域の声を世界の変革に結び付け、世界の知識を地域の変革に結び付けることで、学びのサイクルと、知識の共有を通じて変革に影響を及ぼす手段とを創造する。たとえば、国内会員組織が知的障害のある子どもを就学させようと取り組む一方で、インクルージョン・インターナショナルは、その会員組織の経験と知識を利用し、インクルージョンを促進する政策と投資戦略を開発するユニセフ及び世界銀行などの機関に影響を与える。

男性の写真インクルージョン・インターナショナルは、50年以上にわたり、世界各地の会員組織とともに、知的障害のある人々の生活の向上に取り組んできた。インクルージョン・インターナショナルの会員は、地域社会で支援やサービスを提供している大規模な組織から、職員も予算も事務所もない小さな草の根組織にいたるまで、さまざまな各国の家庭を基盤とする組織である。これらの組織はすべて、我が子のためにより良いものを開発したいと望む家族により設立された。

歴史的には、世界のあらゆる地域で、多くの親が医師や他の専門家から、我が子は社会で役割を果たすことはできないので、施設に入れるか自宅に置いておき、学校にも行かせず、人目につかない所に世間から隠しておくべきだと言われてきた。世界の一部の地域では、障害のある子どもを持つ家族は地域社会から避けられた。そこで家庭を基盤とする組織が家庭に情報とピアサポートを提供し、満たされていないニーズに対応するプログラムやサービスの開発を始めた。

家庭を基盤とする組織が成熟するにつれて、知的障害のある成人の意見や視点が取り入れられるようになった。知的障害のある人々によって組織されたグループによる本人活動が、定着している地域もある。知的障害のある人々は、意識向上や政府への要請、地域社会における正当な地位の主張のために、自ら組織を結成した。しかし、すべての人の意見が聞き入れられるわけではなく、施設に残っている人々や、本人活動がまだ支持されていない、あるいは理解されていない地域の人々、また、最も身近な支援者以外の人が理解できる方法で意思疎通ができない人々は皆、依然として無視され、あるいは意見を聞いてもらえずにいる。現在、家庭を基盤とする組織は、知的障害のある人々とその家族による「知的障害のある人々とその家族が、地域社会での生活のすべての側面において、平等に参加し、尊重される世界」1というビジョンを支持する世界的な運動に貢献している。

写真国連障害者の権利条約の交渉中、インクルージョン・インターナショナルは、知的障害のある人々とその家族の視点と優先事項を、条約に確実に反映させるよう会員から要求された。本人と家族の声が条約に与えた真の影響は、知的障害のある人々のための特別な配慮のリストを含めることではなく、政府と社会に対し、インクルージョン強化の責任を明確に求める考え方へと移行することであった。障害者の権利条約は、スロープや法律を設けるだけでは終わらない、インクルーシブな社会、学校、労働市場及び地域社会の構築に関する条約である。障害者の権利条約に反映されているインクルージョンへの移行は、インクルージョン運動の遺産である。

現在の課題は、変革に着手するに当たり、地域レベル、国レベル及び世界レベルでの我々の役割を検討することである。インクルージョン・インターナショナルの会員である家庭を基盤とする組織の活動と使命には、知的障害のある人々とその家族が訴える要求とニーズが反映されている。しかし、これらの差し迫った緊急のニーズへの対応を試みるに当たっては、支援を必要としているごく少数の人々のみを対象とし、保護に重点を置く傾向がある、短期間の応急処置に限定されてしまうことが多い。家族は、知的障害のある家族の安全が確保され、地域社会に貢献する一員として受け入れられる機会を得て、あるがままの姿を評価してもらえるという確信を得たいのである。また、障害のある家族にも、兄弟姉妹と同じような人生を送ってほしいと考えているのだが、障害のある家族の生活におけるおもな支援者は自分たち自身であることから、自分たちがいなくなったらどうなるのかを最も恐れている。家族は、隔離が、障害のある人々と自分たち家族が孤立し、疎外される原因となったことを知っている。しかし家族は疲れ切っており、将来に向けた戦略の開発に苦労している。

今後の課題に効果的に対応するには、不足を補うことから、社会変革に影響を与えることを重視した取り組みへと、私たちの役割を転換し、新たな戦略を明らかにしていかなければならない。地域社会における変革の主体として、以下の手段により、限られたリソースを活用し、地域社会に持続的な変革の影響を及ぼす戦略を展開していかなければならない。

  • 地域社会における他の関係者(雇用者、文化・宗教団体、政党、大学、メディアなど)との連携の構築
  • 一般向けのシステム(教育、雇用、住宅、乗り物、司法など)がインクルーシブであることを確保するための政府との協力
  • 地域社会におけるインクルージョンを求める本人と家族の意見の強化

知的障害のある人々のために、地域社会をよりインクルーシブにする取り組みに貢献しながら、疎外される危険のあるすべての人々にとっても、地域社会が一層インクルーシブなものとなるよう支援し、結果的に、地域社会を強化していく。すべての人のための力強い地域社会の構築への重点的な取り組みに優先順位を移していくことは、不足を補うことからインクルーシブな地域社会構築への移行を意味する(表11)。

表11:すべての人のためのより力強い地域社会

不足を補うことからインクルーシブな地域社会構築へ
隔離型の雇用、住宅及び教育サービスを少数の人々に提供 各個人が一般の雇用、住宅及び教育にアクセスできるよう支援
既存のシステムと支援を明らかにするために地域社会の関係者と協力
本人に対する「生活スキル」の研修 本人活動グループの結成と支援
親に対する「知的障害」に関する研修 家族が地域社会における支援にアクセスし、これを利用できるようにするために、家族に対するリソースと研修プログラムを開発
家族による計画立案を援助するための支援
地域社会におけるナチュラルサポートを確立し、維持するための、家族に対する援助
リハビリテーション:評価されたスキルが成果となる 地域社会の開発:地域社会におけるインクルージョンが成果となる
サービス提供者(供給側)が支援内容を決定し、提供 知的障害のある人々(需要側)のニーズと要求にしたがい、支援内容を決定
障害関連の支援への予算配分を支持 一般会計予算の中での障害関連の支援とインクルージョンへの予算配分を支持
低い期待と否定的な態度 人権とインクルージョンに関する一般の人々の認識の向上
知的障害のある人々の地域社会における生活とインクルージョンに関する事例の共有

地域社会とシステムを重視し、個人の障害への注目を軽減する方向へと戦略を転換することで、私たちは、すべての集団にとって、よりインクルーシブな、それゆえ、より力強い地域社会の構築を支援しているのだ。教師は、さまざまな学習スタイルを持つ、知能の異なる生徒に対する指導法やカリキュラムを改良する方法を学ぶ時、すべての生徒にとって、より良い教師となる。これと同様に、教師が支援を利用できるようにし、すべての職員を問題解決に活用し、問題のある生徒を追い出すのではなく、あらゆる生徒が成功できるよう全力を尽くす教育制度が、全体として、より優れた制度なのである。

作業しているところ障害のある労働者が職場に存在することで、士気を高められるとともに、所得支援に依存する人々が減る。人間関係を育み、人と人との非公式なつながりを強化するインクルージョンとインクルーシブな戦略は、家族と本人のための社会資本に貢献する。知的障害のある人々の地域社会におけるインクルージョンは、社会統合、すなわち、地域社会における多様性の受容に貢献する。

地域社会におけるインクルージョンは、本人と家族にとって重要である一方で、社会的・経済的に結束した力強い社会の構築にも不可欠である。家族と家庭を基盤とした組織は、多くの場合、地域社会におけるボランティアとして、人権擁護者として、また支援システムとして、変革の推進者であるが、これらの役割を果たすための支援を必要としている。我々は、地域社会における知的障害のある人々のインクルージョンと、すべての人々のためのより力強い地域社会を実現するために、家庭と家庭を基盤とした組織に投資しなければならない。