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序論

条約採択の何年も前に、インクルージョン・インターナショナル(II)は、その活動指針となる基本原則の1つとして自己決定を掲げていた。自己決定とは、すべての人が自分の人生に影響を与える決定を自分で下すべきだという考え方を指す。知的障害のある人々は何世代にもわたり、世界のどの地域で暮らしているかにかかわらず、どこに住むか、結婚するか否か、子どもを持つか否か、就労、金銭の使用、政治的手続への参加を決める権利や、その他の無数の日常的な課題について決める権利を、これまでも、また現在も、否定され続けている。条約第12条(法律の前にひとしく認められる権利)の採択により、各国政府、障害者組織、地域団体、裁判官および弁護士、家族および本人は皆、決める権利の重要性に対する認識をますます深めている。

条約第12条は、考え方の根本的な転換を反映している。つまり、支援があれば、知的障害のある人は皆、意思決定ができ、自分の人生を自分で決めることができると、第12条は主張しているのだ。支援は多くの形態をとりうる。わかりやすい言葉による情報提供、決定の選択肢と結果を理解するための支援、意思決定にかける時間の延長などである。さらに重大な支援のニーズおよび/または意思疎通の困難がある人々には、本人の意思と意向に基づいた決定を表明し、明確に示してくれる人々のネットワークが、支援として考えられるだろう。これらの選択肢はすべて、条約の交渉に当たり、インクルージョン・インターナショナルが支援付き意思決定の概念を導入した際に検討された。他の多くの障害者組織は、条約では、すべての人が自己決定の権利を持つことを主張し、本人に代わって別の人物が決定を下す法的権限を持つとする後見制度(代替的意思決定)など、この権利に対する制限を皆撤廃しさえすればよいと唱えていた。この報告書で概要が述べられているように、意思決定に必要な支援を提供することなく、単にあらゆる形態の代替的意思決定を廃止するだけでは、実質的には、知的障害のある人々から意思決定の力を奪うことになるであろう。

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インクルージョン・インターナショナルは、知的障害のある人々とその家族の声を代表する国際組織である。会員組織は、知的障害のある人々の地域社会へのインクルージョンを促進する活動を行っている世界115カ国の家族を基盤とする組織で、法的能力と決める権利を、条約の交渉における4つの優先課題の1つとした。自分の人生に影響を与える決定を自分自身で下す基本的な権利すら認めない人権条約は、他のすべての生活分野における知的障害のある人々の人権(地域社会で生活する権利、インクルーシブ教育・雇用の権利など)の推進に、まったく用をなさないことは明らかであった。

インクルージョン・インターナショナルは、障害者権利条約が義務付ける「移行」を実施する意味を、各国政府と地域社会が理解しようと努めていることから、真の専門家としての私たちの声に耳を傾けてもらうことが重要だと感じた。

「私たち」の定義―知的障害のある人々とその家族とは

インクルージョン・インターナショナルの会員組織は、しばしば、「私たち」とは何者なのか、また、「誰」のために活動しているのかという質問を受ける。自分自身を定義することは、慎重に行わなければならない。知的障害のある人々は、過小評価され、人間ではなく物として他者に定義され、レッテルを貼られることがあまりにも多い。今回の調査では、「私たち」とは誰のことを言うのであろうか。

第一に、私たちは知的障害のある者である。また、私たちはあなたの隣人であり、地域社会の一員であり、同じ学校の友人であり、仕事の同僚であり、同胞の市民である。そして、私たちは全員で、世界観の見直しを迫っている。人はさまざまな方法で学び、家族や地域社会に独自の貢献を果たすものだということを認めるよう、他者に求めているのだ。また、私たちは自分の人生について自分で決定を下したい、そのための支援を得たいと考えている。本人として、私たちはもはや、私たちを過小評価し、分離し、差別する「精神遅滞」という言葉で呼ばれることを望まない。

本人は、知的障害について、単に記憶や思考および意思疎通が遅い、あるいは苦手なだけだと定義する者に、異議を唱えている。私たちは他者に対し、違いを尊重し、理解し、私たちを平等に扱うよう求める。ちょうど、宗教、ジェンダー、民族・人種・文化、性的志向およびその他の違いによって定義される人々を平等に尊重することを、他者に求めるのと同じように。

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これは、知的障害のある人々が発達を望まないという意味ではない。それどころか私たちは、自分の可能性を最大限まで高め、独自の人生を追求するための支援を求めているのである。私たちは、家族、地域社会、学校および職場の人々とともに、目標に向かって進んでいきたいと考えている。

世界の知的障害のある人々の正確な数は不明だが、この報告書では、この分野の研究者と人口統計学者が好んで使用する推定数の平均(世界人口の2.0%すなわち約1億3千万人)を使用する。

第二に、私たちとは知的障害があると認められた人々の家族である。私たちは、知的障害のある人の父母、兄弟姉妹、おじ・おば、いとこ、姪・甥、祖父母であり、知的障害のある親を持つ子どもである。また、私たちは、知的障害のある人々の完全なインクルージョン、市民権および人権の推進を支援することを誓う、友人であり、権利擁護者である。私たちは家族なのだ。

報告書概要

この報告書は、決める権利について、知的障害のある人々とその家族がどのように考えているかを示すものである。私たちは、意見を伝え、自分自身の人生を自分でコントロールできた(あるいはそれらができなかった)体験、自分のことについて自分で意思決定をした体験、自分の意思と選好を反映した選択を行うために支援を得た体験、そして、これらの体験が地域社会における私たちの日々の生活と、他のすべての権利の保障に及ぼした影響を、共有したいと考えている。

報告書の第1部では、分析に向けて世界の状況を明らかにし、決める権利とは正確には何を意味するのかを探り、第12条の意味と、個人生活のあらゆる場面における、健康に関する決定、金銭および財産に関する決定、個人生活と地域社会に関連する決定を含む、決める権利の意味を説明する。第1章では、報告書がどのように作成されたか、また、世界各地の参加者が、ディスカッショングループ、オンラインセミナー、インタビュー、調査、地域フォーラムおよび会員組織による情報提供を通じて、体験談、情報および知識をどのように提供してくれたかを解説する。意思決定にかかわる地域的および文化的文脈を理解することは、すべての地域社会における決める権利の推進に欠かせない。第2章では、意思決定が法律でどのように扱われているのか、また、公式および非公式な決定が、決める権利にどのような形で含まれるのかを説明する。第3章では、意思決定の権利の否定がもたらす影響について、このような否定が、不妊手術から雇用、投票に至るまで、生活のすべての場面にどのように影響を与えるかを論じる。

第2部では、代替的意思決定から支援付き意思決定への移行を論じ、知的障害のある人々とその家族および支援を提供する地域団体にとっての、意志決定の重要性を検討する。第4章では、支援付き意思決定の考え方とメカニズムを検討し、既存の支援付き意思決定モデルの見直しを行う。第5章では、知的障害のある人々にとって、決める権利がなぜ重要なのか、日々の大小の意思決定のために、どのような支援が必要かを説明する。第6章では、家族にとって、決める権利がなぜ重要なのかを検討するとともに、家族が抱えるいくつかの課題と、支援付き意思決定への「移行」にかかわる支援のニーズも明らかにする。第7章では、家族を基盤とする組織の活動において、決める権利がなぜ重要なのかを検討し、第12条を推進する際の家族を基盤とする組織の役割を模索する。

第3部では、まず変革の主体としての活動をどのように進めることができるかを論じる。第12条と支援付き意思決定の実施における実務的な課題を第8章で検討し、最後に、勧告と結論で、インクルージョン・インターナショナルの所見をまとめ、世界各地で知的障害のある人々の決める権利を推進するに当たっての今後の方向性を、各国政府、本人と家族および家族を基盤とする組織に示す。

インクルージョン・インターナショナルは、知的障害のある人々の現実の日常生活における決める権利の推進に、この報告書をもって貢献する。それは、私たちが障害者権利条約の心臓部であると信じている第12条の実現に向けたロードマップを示すものである。