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第1部
世界の状況

第2章
決める権利

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知的障害のある人々は、世界のどこに住んでいようと、絶えず孤立し、排除されており、地域社会における弱者であることが多い。孤立と社会的疎外は、意思決定をし、自分の人生を自分で決めるための支援を受けられるナチュラルサポートや人間関係がないことを意味する。決める権利とは、自分の人生を自分で決める、選択する力を持つということ、そして、意思と選好を反映した選択のための支援があるということだ。自分の人生を自分で決める権利を行使するに当たり、知的障害のある人々は、自分たちは「人間」なのかという疑問や、自分の能力(アビリティ/キャパシティ)に対する周囲の態度や誤解を受け止めてきた。条約第12条では、長年にわたるこのような思い込みの否定による、障害のある人々の社会的、法的および政治的な承認と、障害のある人々の人生における選択方法の根本的な転換を謳っている。

このような権利の否定は、しばしば「保護」と最善の利益という言葉で覆い隠される。知的障害のある人は、選択することもできなければ、選択の意思を表明することもできないという思い込みがあるようだ。しかし、知的障害のある人々に対する偏見の多くは、温情主義的態度のみならず、彼らが人間であること(personhood)やその人間性の否定に基づいている。

条約第12条実施の課題について、単に代替的意思決定を廃止するために法律を改正し、知的障害のある人々が自ら決定を下したり、表明したりできるように支援する必要があるだけだと考える者もいる。しかし、第12条は、社会に対し、それ以上のこと、すなわち、重度の障害のある人々の人間性を認め、彼らの意思や夢を理解し、それらを実現する方法を見出すことを進んで行うよう求めているのだ。知的障害のある人々にも同じ人間性を見出すことは、すべての人のためのよりよい社会の構築に貢献する。

知的障害のある人々の地域社会における日々のかかわりの中での体験は、このような社会による人間性の否定を反映していることがあまりにも多い。世界のあらゆる地域から、いかに自分たちが「人」ではないような扱いを受けたか、さまざまな話が伝わってきた。

「Lが亡くなったとき、医者が来て死亡を確認しました。医者は彼女を一目見ると、母に向かって尋ねました。『…モンゴロイドか?』まるで、大切な姉(妹)を失うことは、それほどひどいことではないかのように。それから国民医療サービス(NHS)の人が彼女を侮辱しました…」(姉妹)1

最も残酷なのは、「障害のある乳幼児を殺すことは、倫理的には、人間(person)を殺すことと同等ではない」と主張し、重度の障害のある乳児らの殺害を積極的に提唱しているプリンストン大学のピーター・シンガー(Peter Singer)教授が示した見解である。シンガーは、「ホモサピエンス」という種に属することは、知的水準が同程度の別の種の一員と比較して、よりよい扱いや悪い扱いを受ける権利があるということではない、と論じている。

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これと正反対の見解を述べているのが、箱舟運動の創始者であるジャン・バニエ(Jean Vanier)で、重度の障害のある人々に同等の価値と人間性を認めるだけでなく、さらに進めて、そのような人々が、障害のない人々による自己の人間性の発見に、いかに力を貸すことができるかを証明している。バニエは、著書『人間になる(Becoming Human)』の中で、障害のない人々が重度の障害のある人々との関係を築くことで、自己の人間性を発見したというエピソードを多数紹介している。これらのエピソードは、教室や職場、地域社会への知的障害のある人々の貢献を目の当たりにした、インクルージョン・インターナショナルの会員らの体験を反映するものである。

法律による承認

知的障害のある人々が人間であること(personhood)やその人間性を、社会がどのように承認し、あるいは否定しているかは、法律の中での意思決定の扱われ方に反映されている。

意思決定ができることを意味する法律用語は、「法的能力」である。すべての国には、法的能力に関する法律と慣行がある。これらの法律はすべての人に適用され、誰が決定できるのか、どのような決定ができるのかを判断するために使用されてきた。これらの法律が、知的障害のある人々の「法的能力」を奪うために利用される可能性もある。多くの国で、知的障害のある人々の意志決定を妨げる法律があることが知られているが、これは、彼らが「不適格」または「無能」と考えられているからである。

「一見して、完全な人間としての能力(キャパシティ)がなさそうに思える者が生まれると、何か恐ろしいことのように見なされる。そして、そのためにこれらの人々は隠される。人間の神秘は理解する能力(キャパシティ)だが、それだけではなく、愛する能力(キャパシティ)でもあることを、理解していないのである。人間であるということは、頭と心を1つにすることだ。重度の知的障害のある人々は、人間関係を結び、信頼し、愛するという、たぐいまれな能力(キャパシティ)を持っている。おそらくそれが、人間の偉大な神秘なのであろう。人間という家族を結び付けるのは愛だ。私たちは、よい頭を持っていて、他者よりも優れていることを証明するだけでなく、お互いに愛し合うことを学ばなければならない。人間にとって基本的なことは、ありのままの自己を、強さも弱さもともに受け入れることだ。弱さは悪いことではない。それは「あなたの助けが必要だ」という意味なのである。これにより、私たちは結び付く。何もかも1人ですることはできないのだから。私は声をかける。「助けてくれますか?」と。基本的に、私たち人間が何よりも切実に必要としているのは、自分が愛され、受け入れられていると知ることである。私たちは皆、自分が有能であることを示しながらも、弱さも含めて自分自身を受け入れていくという、この緊張感を体験しなければならないのだ。」

(ジャン・バニエ『人間になる』)

国連障害者権利条約第12条

条約第12条は、法的能力に焦点を絞っている。そして、障害のあるすべての人が「生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有する」ことを保障している。これは、障害のある「すべての」人が、意思決定の権利を持つことを意味する。

第12条はまた、一部の人々は、意思決定を行う(法的能力を行使する)ために、支援が必要な場合があることも認め、政府に対し、「支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。」ことを義務付けている。これは、誰も意思決定に支援が必要であるという理由だけで、決める権利を否定されてはならないことを意味する。

条約第12条

1 締約国は、障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する。

2 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。

3 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。

4 締約国は、法的能力の行使に関連する全ての措置において、濫用を防止するための適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関による定期的な審査の対象となることを確保するものとする。当該保障は、当該措置が障害者の権利及び利益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。

5 締約国は、この条の規定に従うことを条件として、障害者が財産を所有し、又は相続し、自己の会計を管理し、及び銀行貸付け、抵当その他の形態の金融上の信用を利用する均等な機会を有することについての平等の権利を確保するための全ての適当かつ効果的な措置をとるものとし、障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保する。

条約第12条は、法律の前において認められる権利を明確に述べているが、この権利は国際人権法で、より一般的に認められている。

世界人権宣言、市民的及び政治的権利に関する国際規約、障害者権利条約は、それぞれ、法律の前における平等な承認の権利は、「すべての場所において」有効であると明記している。つまり、国際人権法の下では、人が法律の前に人として認められる権利を剥奪されること、あるいは、この権利が制限されることは、いかなる状況においても許されない。これは、たとえ公の緊急事態であっても、この権利のいかなる適用除外も許されないと規定している、市民的及び政治的権利に関する国際規約第4条第2項によって強化される。これと同等な、法律の前における平等な承認の権利の適用除外に関する禁止条項は、障害者権利条約には明記されていないが、障害者権利条約の規定は既存の国際法から逸脱するものではないと定めている同条約第4条第4項に基づき、国際規約の規定により、この権利は保護される。

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法律の前における平等の権利は、また、他の中核となる国際人権条約及び地域人権条約にも反映されている。女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約第15条では、法律の前における女性の平等を保障し、男性との平等を基礎として、契約の締結、財産の管理及び司法制度における権利の行使に関して、女性の法的能力を認めることを義務付けている。人及び人民の権利に関するアフリカ憲章第3条では、法律の前におけるあらゆる人の平等の権利と、法律による平等な保護を享有する権利を規定している。米州人権条約第3条では、法的人格を認められる権利と、誰もが法律の前に人として認められる権利を、正式に定めている。

〔国連障害者権利委員会による第12条に関する一般的意見〕

決定の種類

決める権利を持つということは、生活のあらゆる側面において意思決定ができるということを意味する。

  • 個人生活に関する決定―パーソナルケア、何を着るか、どこで買い物をするか、何を食べるか、余暇に何をするかなどの日々の決定。これらの日々の決定を下す権利は、知的障害のある人々にとっても非常に重要である。さらに、恋人を持つこと、結婚すること、高等教育や職業訓練を受けること、どこに住みたいか、どのような仕事がしたいかなど、より重大な個人的意思決定も含まれる。
  • 健康に関する決定―知的障害のある人々は、自分の健康問題や提案される医学的介入について、医療関連の十分な情報を得た上で決定を下せるように、より深く理解し、学べるようになりたいと考えている。また、特定の医療処置には、本人の同意が必要な場合がある。
  • 金銭および財産に関する決定―知的障害のある人々が、どこに住みたいか、誰と住みたいかを決められることが重要である。誰もが自分のお金を管理できるようになりたい、どのようにお金を使うかを自分で決定したいと考えている。年金の受給、相続およびその他の財政問題を管理し、貸借契約や雇用契約を結べるようになりたいのだ。クレジットカードの申請や、携帯電話、コンピューター、新しいテレビなど、大きな買い物をしたいと考える者もいる。

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これらの生活分野のそれぞれにおいて、非公式になされる決定と、公式な、または法的なメカニズムを必要とする決定がある。

表3:非公式および公式な意思決定

生活分野 非公式 公式/法的
健康に関する決定 運動、食事、衛生管理、喫煙、避妊など 医療処置、不妊手術、治療への同意など
金銭/財産に関する決定 お金の使用、予算作成 銀行口座、遺言および遺産、投資、信用取引
個人生活に関する決定 どこに住むか、人間関係、就労、教育、市民参加 住宅(賃貸または購入)、雇用契約、投票

法的決定

法的決定における個人の「能力(キャパシティ)」または意思決定「能力(アビリティ)」に関する従来の検査では、以下が問われる。

  • 決定に関する情報を理解しているか。
  • 決定の結果、起こりうる影響を理解できるか。
  • 自分の決定を伝えることができるか。

多くの場合、知的障害のある人々に対して行われるこれらの検査の結果を受けて、法廷、銀行、病院、雇用先または家主は、彼らの法的能力を否定する。これは、決める権利を特定の知的能力やコミュニケーション能力と同一視する、昔ながらの法的能力の考え方である。

条約第12条は、法的能力に関する新たな考え方を提供するものである。第12条では、人がそれぞれ独自の能力(アビリティ)と能力(キャパシティ)を持つことを認めているが、一部の人々にとっては、それはまさに自分を知り、愛してくれる他者に、完全な人として見なされる能力(アビリティ)である。重度の障害あるいは「深刻な」障害を持つ者もいるであろう。しかし、その存在とありのままの姿は、家族や友人に尊重され、理解される。一方、情報や、さまざまな選択によって引き起こされる結果のすべてを、理解したり評価したりすることはできなくても、自分が何を好み、何を好まないかは明確に表明できる者もいる。彼らの希望は、周囲の者に明確に理解される。

法的能力に関する新たな考え方に従い、第12条では、個人の独自の能力(アビリティ)に、支援(医師によるわかりやすい言葉を使ったアシスタンス、独立の権利擁護者、あるいは、世界に対して発言するために力を貸してくれる支援ネットワークのいずれかを問わず)を追加することで、法的に有効な意思決定を行えると認めている。

チェコ共和国では、インクルージョン・チェコ共和国とクオリティ・イン・プラクティス(QUIP)が協力し、家族と同居している、あるいは施設で暮らしている、知的障害のある人々のための支援の輪を結成し、彼らの意思決定を支援する方法を試験的に実施している。新民法と関連法に基づき、法的能力に関する新たな法制度が2014年1月に施行され2、全権を委任する後見制度は廃止された。限定的な後見制度は今も新法に盛り込まれているが、新たなモデル(家族による代理、支援を受けるための契約など)も取り入れられている。しかし、これらの新モデルを紹介したり、一般の人々と家族の認識を変容したり、専門家、裁判官、知的障害のある人々やその家族に、法律に記載されているこれらの新モデルの利用に向けて準備をさせたりするための、予備的な取り組みは何もなされていない。法制度と実践との間にこのような隔たりがあるために、インクルージョン・チェコ共和国とQUIPは、第12条の概念に照らして、これらの新しいメカニズムの利用方法を検証することを決定した。さらにこれらの組織は、知的障害のある人々の完全な法的能力を回復し、法廷、後見人、家族らによる将来の実践に向けた法的前例を作るために、訴訟を通じて、あらゆるレベルの法廷(地域裁判所、地方裁判所、最高裁判所)に戦略的な判決を下すよう強く要請した。チェコの法制度では前例に法的拘束力はないが、下等裁判所は憲法裁判所および最高裁判所による判決を尊重しなければならない。また、いかなる法廷の判決も、他の法廷における洞察およびエンパワメントの源となりうる。

法的能力とは、特に公式あるいは法的な意思決定にかかわるものであるが、決める権利には、生活のあらゆる側面における、公式および非公式な決定が含まれる。

インクルージョン・インターナショナルによる本人および家族との世界的な協議の結果、家族、地域社会および社会が、生活のあらゆる側面における決める権利を承認しなければ、法的能力を否定する法的メカニズムへの取り組みで、条約が約束する「パラダイムシフト」を達成することはできないことが、極めて明確となった。

この報告書では、決める権利とは、何を着るか、何を食べるかなどの日々の選択から、金銭や医療の問題に関するより複雑な決定に至るまで、非公式な決定と公式(法的)な決定の両方を含めた意思決定の権利を言う。

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