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特集/福祉機器開発の現状と方向 ブラジャーと車イス

ブラジャーと車イス

大塚 晴康

 口にくわえた2本のストローを呼気で吹き分けることで、イーゼルに乗せられた絵が上下左右に動かされる。電動リクライニングの車イスに乗り、両手をある程度固定し組み合わせ、その右手に絵筆を持ち、キャンバスの動きと筆先を合わせ絵を描き上げていく。

 絵を画くことを仕事とする私が、筋ジストロフィーという病の進行で窮地に陥った時、横浜市の総合リハビリテーションセンターに相談して、ドクターと企画室のエンジニア、その協力者によって作られたのがこの電動イーゼル。それまでは身体の支えを工夫したり道具の置き方、その内容の選び方等でなんとか続けてきたが、その方法にも限界が近づく中で、もう一度原点に戻って考え生み出されたものである。

 この、私にとっては最高の福祉機器は単に絵が描けるという道具としてだけではなくその後数年、絵描きとしての新たな出発を手助けをしてくれる仲の良い伴侶となっている。もちろん病の新たな変化で改造しなければならないところも出てくるが、それを考えることが次の発想を生み出し、新しい機器の開発とつながる。それはまた、次の人生へのかけ橋ともなる。良い福祉機器は手足を動かす道具にとどまらず、その人の人生をも活かし、心の動きを助ける道具ともなり得る。

 しかし、どんなに優れた機器も、それを活かして生きたいと願う伴侶に出会わなければ、その機能を発揮できないし、変化成長していくこともできない。

 昨今、電動車イス、その他いろいろな機器が多くの障害を持った人々に手渡されるようになったが、それはまた多くの機器がほとんど使われずに無駄に埋もれているという事実もつくりだしている。それは生活環境の問題や、病状と機器のミスマッチングも含まれるが、その多くは使用する側のその機器を生かす意識の低さが原因となる。

 機器の発展が障害を持って生きる人々の成長につながり、またその反対に、その人たちが生活し生きようとする意欲が新たな機器を生み出し発展させるためには、どのような意識の成長が必要となるのかをもっと考えてみる必要がある。

 先日あるシンポジウムに参加する機会を得た。いろいろな機器を作る会社が主体となり、多くの企業に語りかけた社会福祉を考える会であった。そこでこんな話をさせて頂いた。女の人が毎日身につけているブラジャーも、口紅も、メガネも視点を変えてみればひとつの機器ではないかと。人が生きる中の種々な事がらをいろいろな角度から助けている道具はたくさんある。身近にあるそんなものと、車イスやリフトなどの特殊な道具をもっと当たり前な意識でつなげて考えてみられるようになると機器の発展に役立つのではないかということを話した。

 私は、幼稚園で子供たちに絵を教えているが、そこの先生、お母さんたちに必ず語りかける事柄がある。いま目の前にいる4歳の子供と、親である自分たちと、何十歳年上の老人たちを人間という同じつながりの中で考えてみて下さい。そうすれば、愛も教育の方向もおのずと見えてくるのではないかと。

 もし、神が手足の足りない人間を当たり前として創っていたら、デパートで、町の雑貨屋で義足や義手が他の商品と同じに売られ、自転車屋さんに自転車があるように義手や義足が並んでいたと思う。

 実際には手足がそろい外見には現れていなくても、人間は何らかの障害を持って生きている。そういう意味では全ての人間が何らかの使いやすい機器を捜し出し、日常使っているのではなかろうか。計算ができなくても計算機があれば何とかなるし、当たり前に存在しているテレビのリモコンなども機器のひとつであろう。そんな身近な事がらとして機器を意識できた時、初めて、特別な人々のための特殊な機器も、人が生きる道具としての役立つ商品として、考え出せるようになるのだと思う。

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 私が現在使用している電動車イスはカナダの製品。そのデザインも設計思想も実に美しい優秀な商品としての意識を感じさせる。それは乗る人間の状態を正しく深く把握しているからこそ生まれる機能美であることを実感させられる。

 私の使用している電動イーゼルが、町の画材屋で選べる福祉機器に対する意識を育てられたらすばらしい。自転車屋にオートバイ屋に、そして大手自動車のメーカーに優秀な各種の車イスが並び一般の家具屋さんで使いやすい障害者用の機器が選べ、本屋さんに点字の書物が並んだら最高。

 それは、その特殊な道具を多く使う障害者に課せられた大きな課題でもあると同時に、その意識の成長が問われていると私は思う。

 私のイーゼルも、画家としての私の成長と共に新しい優秀な機器として生まれ変わらせていけるよう努力していかなければと願っている。

(おおつかはるやす 画家)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年10月号(第15巻 通巻171号) 12頁~13頁