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特集/福祉機器開発の現状と方向

福祉機器開発のための視点

山内 繁

はじめに

 福祉用具法の制定を契機として、福祉機器の普及体制の整備とともに福祉機器の開発に対する関心が高まってきている。高齢化社会における高齢者・障害者の生活を支援するために福祉機器を活用したいという使用者側からの期待とともに、福祉機器ニーズの高まりに応え、新しいビジネスチャンスを創り出そうとする供給者側からの期待が合致しつつある。福祉用具法自身このような背景に応えて制定されたものであるが、制定以来2年を経て着実な整備が重ねられてきている。

 福祉用具法は、より良い福祉機器の開発とそれを利用しやすくする体制の整備を目的としているが、ここでは福祉機器の開発について日頃感じている点を述べることにする。

福祉機器の問題点

 福祉機器の開発に期待が寄せられるのは、現在の福祉機器に種々の問題点が存在するためである。これらのうち主なものは、

① 障害者・高齢者にとって使い勝手の面での配慮の不足しているものがある。

② 日本的生活様式に必ずしも適していない。

③ 障害の態様に応じて使用者ごとの適合を必要とするため、多品種少量生産となり、生産性が悪い。

④ 評価体制、標準化が確立していないために安心して機種の選択ができない。

⑤ 開発者側からみるとニーズの所在やマーケット規模の把握が困難であるため、開発のターゲットの設定が難しい。

 などである。

福祉機器の特質

 福祉機器開発のための視点を探るにあたっては、前項で述べた現状の問題点からいったん離れ、福祉機器を他の産業用・家庭用機器と比較したときの特質をまとめておく必要がある。

 このような検討を公的にまとめた文献として、平成4年6月に公表された厚生省の『介護機器等研究開発推進会議報告書』がある。ここでは福祉機器開発の基本理念が次の項目にまとめられている。

・身体的・精神的機能の維持増進の重視。

・自立の重視。

・人間性の尊重。

・人間と機械の役割分担。

・使用者の身体状況への配慮。

・使用環境への配慮。

 前項で述べた問題点を解決するにあたってこれらの視点が基本となるべきであることは言うまでもない。しかし、開発に当たる工学にとっては、福祉機器と産業用機器、民生機器との相違をもう少し明確にしておく必要があろう。

「福祉機器は身体の喪失した機能を補償するものである」と言われることがある。義肢や装具を考えれば判るように、身体機能を補償することは確かに福祉機器の目的の一つではある。しかし、この点のみでは先に引用した「基本理念」の視点を見落としがちになる。

 福祉機器の特質をより明確に意識するためには、福祉機器と医療機器を比較するのが判りやすい。両者はともに人間の身体機能に関する機器であるが、その立脚点である医療と福祉の相違に着目することによって、福祉機器の特質を浮かび上がらせることができるからである。

 福祉機器と医療機器の相違点の比較をまとめて表1に示した。福祉の立場は、高齢者・障害者の社会参加と人間性の復権を目的とするが、医療は患者の救命を最大の目的とする。このため、治療中はその人格や尊厳よりは救命のほうを重視し、患者は人体として扱われる。

  福祉機器 医療機器
目的 社会参加と人間性の復権 患者の救命
対象 人格と尊厳の主体としての人間 人体としての患者
使用形態 特定の障害者・介護者が特定の障害者に適合させて使用 医師・専門家が不特定の患者に使用
価格要因 普及のためには価格に限界 高額機器も普及可能

 医療機器は医師や技師が不特定多数の患者のために用いるので、MRIのように数億円の高額機器も救命のために有用であれば普及が可能である。しかし、特定の障害者・介護者による個人的使用を前提とする福祉機器においては、自然とその価格には限界がある。

 以上をまとめると、福祉機器の基本的特質は「人間としての尊厳と生活の質の向上を目的として個人が使用する」点にあると言える。「身体機能の補償」はこの目的のための手段であり、先に引用した「開発の基本理念」はこの目的のために開発にあたって配慮すべき事項をまとめたものと位置付けられる。

技術シーズにおける問題点

 福祉機器を「生活の質のための機器」と規定し、その開発を企図したとき、工学の立場からは、生活の質を工学的にどう把握するかが問題となる。

 工学の中心的な関心は産業技術にあり、特に我が国では産業における生産技術に重点がある。現在の我が国の技術の特徴は、高品質で安価な製品を大量生産する点にあると言っても過言ではなく、安定した品質を維持するために人間的な要素を生産現場から排除してきたと言っても良い。

 このため、現在の工学の中には「生活の質」は位置付けられてはおらず、その方法論が工学の中に確立されている訳ではない。しかし、新しい機器の開発は、現在我々の活用できる工学体系から出発せざるを得ない。

 福祉機器の開発にあたって工学は、このように一見矛盾した立場に置かれているように見える。そして、福祉機器の目的が生活の質にあることを見失ったとき、技術シーズ過剰の福祉機器を開発しがちである。工学の立場においては、この点は最も自戒すべきことである。

 しかしこのような「心がけ」で問題が解決する訳ではない。工学がより良い福祉機器の開発に役立つためには、生活の質を工学に取り込み体系化することが求められる。これは容易な課題ではないが、21世紀に向けて「人にやさしい福祉機器」を開発し、福祉機器産業を育成してゆくにあたっては、どうしても克服しなくてはならない課題である。

 さらに、生活の質を工学の中に体系化することができれば、福祉機器のみならず、家電製品、民生用機器から産業用機器に至るまでを「人にやさしい」ものとするための指針ともなるであろう。このように考えるとき、この課題は21世紀における工学において重要な位置を占めることとなると思われる。

草の根の技術開発

 このように考えると、福祉機器の開発においては、産業用・民生用機器の開発に比較して技術シーズの果たす役割が小さく、ニーズ志向型の開発に重点が置かれるべきであることが理解されよう。

 ここで、ニーズの把握が困難だとする見解に一言述べておきたい。一般に商品開発を企画するにあたって、ニーズ把握とそれに基づいた意思決定は、企業の自己責任のもとに行われる。ここでの洞察力は企業の競争力の源泉でもある。これを公的機関に頼ろうとするのはいかがなものであろうか疑問を感じざるを得ない。ニーズそのものは実はリハビリテーション施設を始めとする臨床現場にいくらも存在しており、そこではセラピストを中心に問題解決に苦心を重ねているのである。これらのニーズから出発した草の根からの福祉機器の開発こそがこれからの福祉機器開発の中心となるべきである。

 問題は、臨床現場に技術シーズが十分に備わってはいない点である。幸い、我が国の中小企業の技術力は高い水準に達しているので、これらとの協力による現場主導型の技術開発の可能性は十分に期待できる。このような技術開発をバックアップする施策が強化されるべきであろう。

公的試験研究機関の役割

 一方では、新しい技術シーズがそれまでは不可能視されていたことを可能とし、新しいニーズを現実のものとすることがあるのも事実である。最初は高価なために普及が見込まれなくとも、時とともに広く利用されるようになったものは多い。この種の技術開発は主として公的試験研究機関において責任を負うべきある。

 公的試験研究機関のもう一つの役割は、開発された機器に関して、第三者の立場に立って評価し、その情報を公開することである。これを実行するには困難が伴うが、欧米諸国に比して我が国における機器評価体制の立ち遅れは認めざるを得ない。早急な整備が望まれる。

(やまうちしげる・国立身体障害者リハビリテーションセンター)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年10月号(第15巻 通巻171号) 12頁~16頁