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特集/福祉機器開発の現状と方向

福祉機器開発の動向と欧米事情

末田 統

 今年は、日本リハビリテーション工学協会(以下、日本リハ工学協会と略す)が設立されて10年目になる。日本リハ工学協会では、毎年1回リハ工学カンファレンスを開催し、福祉機器に関わる多くの関係者に発表の機会を提供してきた。そこに発表された論文が協会員の活動の全てでない事は明らかであるが、福祉機器開発に関する傾向をある程度現していると思われるので、論文集を元に概観する。

 また、ヨーロッパ、北米でもわが国と同様に福祉機器に関するリハ工学カンファレンス(北米ではRESNAカンファレンス‥レズナ・カンファレンス、ヨーロッパではECART‥イーカート)が開催されている。RESNAカンファレンス、ECARTについても論文集を概観する。

 わが国における第1回から第10回までのリハ工学カンファレンス毎の発表総演題数は、表1に示すようにこの10年間で2.4倍に増加し、わが国における福祉機器に関する関心と研究が活発になってきたことを物語っている。発表論文の中で最近特に多い分野は、車イス、姿勢保持、コミュニケーションの3分野であり、この3分野で発表の約半分を占めている。

表1 わが国リハ工学カンファレンスにおける発表論文数(ビデオ発表含む)。
  総数
第1回(1986) 65 7 1 7 -
第2回(1987) 59 9 4 3 3
第3回(1988) 98 7 3 13 -
第4回(1989) 79 6 9 9 8
第5回(1990) 116 22 10 5 1
第6回(1991) 159 36 15 7 10
第7回(1992) 112 18 9 10 12
第8回(1993) 142 25 28 19 6
第9回(1994) 156 29 19 33 6
第10回(1995) 158 17 31 35 14

 

 

 ①車イス
 ②姿勢保持
 ③代替えコミュニケーション
 ④自立支援

 

 

 

 

 

 

 

 また、自立支援に関する発表も増加の傾向にあり、障害者・高齢者の自立に向けた取り組みが多くなっていることがうかがえる。なお、姿勢保持関連の論文が多くなっているのは、小児への座位保持装置の給付が1989年に補装具として認められたことによると思われる。運動機能障害者に対する発表が多い反面、視覚障害、聴覚障害、知恵遅れ等の障害者に対する研究発表は少ない。これは、わが国のリハセンターの多くが、運動機能障害を中心にして設置された経緯と協会員の構成によるものと思われる。

 一方、北米リハ工学カンファレンスにおいては、表2に示すように車による移動とシーティング、代替えコミュニケーション、援助ロボットと電気機器、サービスの供給と公共政策、コンピュータ活用の五つの分野で50~60%を占めている。また、欧州リハ工学カンファレンスでは、表3に示すように車による移動とシーティング、代替えコミュニケーション、感覚補助機器、サービスの供給と公共政策、量的・機能的調査研究の五つの分野で70~90%を占めている。

表2 北米リハ工学カンファレンスにおける発表論文数(ポスターを含む)。
  総数
RESNA'88 294 38 21 11 34 37
RESNA'89 228 40 36 15 15 30
RESNA'90 215 33 35 19 25 22
RESNA'91 159 26 30 5 16 23
RESNA'92 234 39 37 24 22 16
RESNA'93 194 45 30 7 29 20
RESNA'94 178 33 19 12 18 18
RESNA'95 211 42 18 15 24 24

 

 

 ①車による移動とシーティング
 ②代替えコミュニケーション
 ③援助ロボットと電気機器
 ④サービスの供給と公共政策
 ⑤コンピュータ活用

 

 

 

表3 欧州リハ工学カンファレンスにおける発表論文数(ポスターを含む)。
  総数
ECART-1(1990) 130 21 24 13 10 39
ECART-2(1993) 143 14 27 23 21 14

 

 ①=車による移動とシーティング
 ②=代替えコミュニケーション
 ③=感覚補助機器
 ④=サービスの供給と公共政策
 ⑤=量的・機能的調査研究

 

 次に、わが国、北米とヨーロッパにおける研究発表者、特に第1番目に記述している発表者(概ね実質的な研究代表者)の所属についてみることにする(欧米については、不明のものを除く概数)。

 1974年から1975年にかけての世界的なオイルショックの際に、NASA(アメリカ航空宇宙局)から解雇された約5万人のエンジニアの内、約3万人が1972年以降作られたリハ工学センターに吸収されたと言われている。このことがその後のアメリカにおけるリハビリテーション工学の発展に貢献しており、大学を中心とした工学技術に基づく福祉機器の研究発表が行われ、しかもそれらが実用的な機器として市場に出てくる仕組みが作られてきた。

 RESNA’95の論文集を分析すると、大学のリハ工学センターや福祉機器研究学科などの現場に近い大学の研究者と病院や独立のリハ工学センターの研究者などを合わせたリハ現場の研究者の論文数は56%、それ以外の大学研究者の論文数は24%、企業からの発表数は10%である。しかし、大学所属の研究者という目で見直すと、その論文数は55%、病院や独立のリハ工学センターの論文数は25%となる。このような背景の下での発表は、解析的、分析的で客観性のある科学的なものが多く、試作報告にしても、単なる試行錯誤による試作ではないという印象が強い。

 また、ヨーロッパの2回のカンファレンスを同様に分析すると、リハ工学センター、病院等の現場の研究者の論文数は45%、大学所属の研究者の論文数は36%、企業からの発表数は11%である。リハ工学センターからの発表の多くは、スウェーデン、ノルウェー、オランダの国立研究所からのものであり、工学手法を用いた科学的なものも多い。

 わが国における研究者についてみると、ここ3年間の発表件数の割合には大きな変動がなく、リハセンター、病院、療育園等のリハの現場に近い研究者の論文数は52%、大学所属の研究者の論文数は18%、企業からの発表数は18%である。

 わが国の場合、独立のリハ工学センターは少なく、リハセンターの中の1部門であり、研究・開発を本業とするスタッフ数が少ないのが現状である。わが国においても、大学の中に福祉機器に関する学部あるいは学科が新設され、大学において最新技術を用いて実用的な福祉機器の開発がおこなわれると共に、独立したリハ工学センターが全国的に設置されることが望まれている。

欧州と北米の福祉機器開発の連携

 欧州では1991年よりECが北米と日本を競合相手として、TIDE(タイド‥障害者、高齢者のための技術支援においてイニシャティブを取る)プロジェクトなるものを推進し、欧州全体の福祉機器の開発普及を強力に推し進めており、この分野における大きな役割を果たすようになってきた。一般的に研究費の50%を援助するTIDEプロジェクトは、これまで約150億円を支出することになっているので、EC全体では約300億円の研究・開発費が使われることになる。最近、ECは方針を転換し、競合相手であった北米とは共同で福祉機器の開発を行うことになり、昨年12月にアントワープ(ベルギー)においてTIDEと北米リハ工学協会(RESNA)の関係者が第1回目の会合を持ち、その後も第2回(パリ)、第3回(バンクーバー)の会合が持たれている(第2、3回には小生がオブザーバーとして出席)。

 一方、北米では、ベンチャービジネスを育てるインキュベータ(培養の意味)なる方法を国の財政援助策として福祉機器の開発普及に積極的に適用する事になり、RESNA’95カンファレンスにおいても、その説明会が開催されている。

 個々の市場規模が小さい福祉機器の分野における研究・開発、普及(製造、市場開発を伴う)を図るためにヨーロッパ、北米共に新たな展開を見せており、日本リハ工学協会へも国際協力の要請が来ている。今後、国際的視野に立った福祉機器の研究・開発が、わが国のリハ工学関係者に求められている。また、それを支える社会基盤の設備が急がれる。

(すえだおさむ・日本リハビリテーション工学協会理事長、鳴門教育大学教授)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年10月号(第15巻 通巻171号) 24頁~26頁